タイトルロールからファーストシーン(夫婦の性交場面)にかけて流れる、意味不明な言語(録音テープの逆回転?)のような音響が不気味。以降も男の心象としてクラシックからスキャットまで多用される安楽音楽と対比的に“恐妻幻想”の抑圧の象徴として、この不条理ながらも“呑気な逃避行”の不穏さを掻き立てる。
1967ま年当時、ある日突然に人が行方不明になる“蒸発”が頻発した。そんな社会現象をピンク映画という“社会の隠花”に取り込んで客を呼ぼうという若松プロの逞しさ。とはいえ、沖島勲と足立正生の脚本は一筋縄ではいかない。
意表を突く結末のアバンギャルド精神が見事。時流に乗った(今村昌平作品拝借の)ラストシーケンスのオチが、追い詰めらえた男(山谷初男)が抱え込んだ「自我の消失」を描いてユーモアとともに、マジな説得力を持ってゾッとさせる。
(5月14日/シネマヴェーラ渋谷)
★★★★★
【あらすじ】
サラリーマンのその男は会社帰りの新宿駅で上司と別れた。翌日、気がつけば男(山谷初男)は見知らぬ海辺の町にいた。浜で裸の女と男が自由奔放に振る舞うようすを見た男は、ここで一日のんびり過ごし夕方には恐妻が待つ家へ帰ることにした。ところが若く美しい海女の誘いに乗って帰りそびれてしまう。妻や会社から解放され男は、トラック運転手相手の売春婦、奔放な有名女優、ドライブインのウエイトレスと身を重ねるがいつも恐妻の影がつきまとうのだった。当時、家族のもとから失踪するサラリーマンが続発した社会現象を題材に、同年公開の今村昌平の『人間蒸発』にも目くばせする若松孝二監督作の不条理ドラマ。(白黒/78分/成人映画)