ポコピン亭

ポコピンの日々の記録と東方緋想天の戦いが綴られていきます。多分。

間章 幸せの裏側

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
「いらっしゃいませ」
 営業スマイル全開に迎えられてデパートの一階にある喫茶店に入った。駅前とは違って人は少なく、ランチタイムもとうの昔に過ぎているので更に人が少なかった。
 店内を案内されて席に付いた後、オムライスとコーヒー、それと食後にこの店の目玉らしいストローベリーパフェを頼んだ。
 デパート内は割と人の話し声や店員の客寄せなどで騒がしかったりするのだが、この店は防音でもしているのかそんな音はほとんど聞こえてこず、天井に設置されたスピーカーから穏やかなBGMが店内を包んでいた。
「たまにはこういう店もいいな」
「うん、なんか落ち着く感じがする」
「デザートもうまそうだし、また来るか」
「あんまり甘いもの食べ過ぎると太っちゃうよ」
「はは、朋香とかこういうパフェ好きだからな、あいつが太らないか心配だ。一度食べたらまた来そうだし」
「そんなの失礼だよ」
 注文した品が届いてからもそんな感じの会話は尽きなかった。ただ話していることが楽しくて嬉しくて、どうしようもなくくだらない話題でも笑うことが出来た。
 料理のほうはというと、オムライスはうまかったしコーヒーも香りは抜群だったしパフェは最高だった。
 また来よう、次は和哉と朋香も連れてきてやろうか。
 そう思いながら喫茶店を出てからエスカレーターを昇って本屋へ行く。
 三階フロアの一角、知っていなければ気づかないほど小さな本屋には人の数も店の大きさに比例して少なく、店主らしき新聞を読んでいるお婆さん女の子の二人だけ。
 ちゃんと経営できてるのかなと心配したくなるその店で前から集めているシリーズの最新刊を買おうと思っていたのだが、残念なことに棚には並んでいなかった。在庫にはあるのかもしれないが出してきてくれとお婆さんに頼むのも面倒だったので、買う予定はなかったがほしいとは思っていた本を一つ手に取ってレジまで持っていく。女の子は随分大きな音で聞いているらしくヘッドフォンからは音が漏れまくっていた。
 代金を支払い本を鞄に詰めて店を出る。
 そこでそれ以上行くあてが無いことを思い出した。さてどうするか。
「そうだ、みつき」
「ん、何?」
「明日行きたいって行ってたやつなんだけど、明日じゃないといやか? 今からならまだ――」
 途中で言葉を止めたのはみつきがふるふると首を振っていることに気づいたからだ。目を瞑って一生懸命に俺の言葉を否定していた。
「ごめん優君、今日じゃなくて明日がいい、ごめん、わがままだけど」
 何度もごめんと謝る彼女を見ているとすごく悪いことをした気がしてくる。
 みつきが今までに俺の言うことを否定することはほとんどなかった。何を言っても彼女は素直に頷いてくれて、それが普通だった。
 だからきっと、今のみつきはひどい罪悪感のようなものを抱いているのだろう。
 頭に手をぽんと置いて撫でてやると、落ち着いたらしく身を預けてきた。
「悪い、そうだよな、珍しくみつきが自分から行きたいって言った場所だもんな。絶対連れてってやるから、な? 全然わがままだなんて思ってねえよ。謝ることもないし、だからそんな泣きそうな顔すんな」
「うん」
 その声がとても愛らしかった。やっぱり笑ってるほうがいいって、絶対。
「そうだ、じゃあ今どこに行きたい?」
「え、今?」
「別に俺行きたいとこ無いし、どこか無いか?」
「えっと、ちょっと待ってね、えっと……」
 そのまましばらく固まってしまった。さっきとは違う意味で目をぎゅっと瞑ってうんうんと頭を唸らせていた、が結局何も出てこなかった。
「ごめんね優君」
 申し訳なさそうにみつきは言うが、別に困る事は無い。最初から予定はなかったのだから。
 もう一度柔らかな栗色の髪の毛を撫でた後、「それじゃ適当に歩こうか」と言ってデパート内から歩くことにした。
 別に何かを買うつもりはない、ただ歩くだけだ。
 最初に洋服屋を見て回ると、少し歩くたびにみつきがあれが可愛い、これが優君に似合いそうと楽しそうに洋服を見ていた。選ぶ服の大体が白っぽく、俺に似合いそうと言った服も雪のような白色をしていたのだが、俺には似合わないんじゃないだろうかと思った。鏡を見ても黒いこの服を着ている自分しか想像が出来ないくらいなのだから。その服を着た俺をみつきはどんな風に想像しているのだろう。
 それから一つエスカレーターを降りて二階のゲームショップへ行く。何をするわけでもないが、なんとなくだ。
 体験版ゲームコーナーからは様々な音が飛び出していてそこはとても賑やかだった。少し時間が遅いせいかいつもは小さな子供達で溢れているゲームの前には誰もいなかった。ただすぐ近くに設置されたベンチで同世代と思われる少年が堂々と寝そべっていた。こんなところで寝ていて恥ずかしくはないのだろうか?
「優君はあんなことしちゃ駄目だよ」
「……流石にしないと思うぞ。みっともないし」
 少年を一瞥した後、同じフロアの家具屋で本棚を色々と見て回ってデパートを出た。
 行く当てもなくただのんびりと歩いていると、いつの間にか小学校の前に来ていて、せっかくだから寄って行くことにした。
 冬休みという時期と薄暗い雲模様が相まって校内はひどく静かだった。
 大型の連休ともなると暇をもてあます小学生達がグラウンドで遊んでいたりしても良さそうなのだが、そんな声は全く聞こえて来ない。
 ただ通り過ぎる冬の風がすっかり落ちきったイチョウの葉を渦巻いて遊んでいた。
 数年ぶりに入った小学校は卒業した時のまま、しかし自分が大きくなったせいで色々なものが小さく見えた。花壇やウサギ小屋や下駄箱。
 校舎や体育館は相変わらず大きかったけれど、やはり昔よりも小さかった。
「小学校なんて懐かしいね」
 四棟並んだ校舎の間を歩きながら昔を思い出す。花壇の横ではいつも追いかけっこをしたりしていて、グラウンドでドッチボールをしたりしていた。
 大きくなってからの小学校は不思議な感じがする。時間が戻ったような、そんな感覚。
「あの時は馬鹿ばっかりやってたな」
 本当に今思えば恥ずかしい記憶ばかりだ。しかしそれすらもこの場所は懐かしい思い出に変えてくれていた。
「アサガオの話覚えてるか?」
「覚えてる、交代で水遣り当番するの。でも優君も和哉君もずっと忘れてて枯れちゃったんだよね」
「あの時は先生に怒られたよな、それでよせばいいのにみつきも一緒に怒られてて」
「だってあれは、私も忘れてた、から」
 言葉は尻すぼみでしょんぼりとしていたが、どこか照れくさそうな顔で、俺と同じように昔を懐かしんでいた。
「俺達のときって四十人の二クラスだっただろ?」
「うん、そうだった」
「もう今は三十五人の一クラスだってさ」
「……少ないね」
「あぁ、少ないな」
「廃校、になっちゃうのかな」
「当分は大丈夫だろうけど、そのうちにはなるだろうな」
「……なんか嫌だね、そういうの」
「嫌だな、でも仕方ないんじゃね、変わらない物はないってことだろ」
「それはそうだけど……」
 そのままみつきはうつむき加減で残念そうな表情をしていた。
 すぐではない、しかし近い将来にそれはやってくるだろう。
 変わらない物は無い。それは自分で言った以上に重くのしかかっていた。
 分かってるさ、変わらない物がないくらい。分かっていても、どうしようもないことだろ。どんなに抗ったところでそれはいつかやってくる。例えば、死。
 逃げようの無い、決して変えられない運命。
 だからこそ人は必死に抗ってみせた。何年も掛けて死を遠ざけた。それでも、いつかはそのときが来る。
 それが分かっているからこそ今を頑張って生きているんだろう。誰かが言っていた、人生は線香花火のようなものだと。
 俺は今、光を放っているだろうか?
「寒くなってきたね」
 携帯で確認すると時計は四時半を越えたところで、日は暗くなり始めていた。雲の分厚さのおかげで普段よりもずっと暗く感じられる。
「それじゃ、帰ろうか」
「うん」
 並んで校門を出て小学校を後にする。また来ようと、さっきとは違う思いでそう誓った。
 とぼとぼと家に帰って、その頃にはもう空は暗くなっていた。
 中に入ると珍しく母は飛んでこず、代わりにリビングのほうで母の声が聞こえた。積極的に関わりたくはなかったのでそろりとリビングに入ると母と父は何かを必死に話し合っていて俺に気づく様子はなかった。好都合だ。
 そのまま部屋に戻って息をつく。今度は自分から照明をつけて、そのままベッドに身を投げる。
「お疲れさま」
 みつきは優しくそう言ってベッドのに座った。
「別に疲れてるわけじゃないけどな、いつもはこの十倍は動き回ってたわけだし」
 どちらかというと精神的な面が大きい。ほんの二、三時間歩いただけなのにいろんなことがあった気がした。
「お昼のパフェ美味しかった?」
「うまかった、特にソースが良かったな」
「次は朋香ちゃん達と行きたいね」
 家に帰っても話題に困る事はなかった。みつきだから落ち着ける。みつきだから小さなことでも笑えたりする。ここがセカイの中ということも忘れて。
 突然母が部屋入ってきたのは俺達がベンチで寝ていた少年のことを話していたときだった。
 ノックもせずに、母はどこか喜びに満ちた表情で進入してきた。ついにノックもしなくなったかと自分ですら聞こえない舌打ちをした。
「優、聞いて!」
 表情と同じくその声も弾んでいた。対照に俺の表情は曇る一方。
「明日と明後日、一泊二日で旅行に行くことにしたわ! 行き先は福井! スキーで楽しむわよ! だから予定は空けといてね!」
 それだけ言うと母は鼻歌でも歌いながら部屋を出て行った。
 ドアを閉めていけよ、なんてことは全く、欠片も思うことが出来なかった。
「……は?」
 ただそれだけが出てきた。意味が分からない。
 理解が出来なかった。頭が理解することを拒んでいた。
 旅行? 何の話だ?
 隣では同じようにみつきが強張った表情で開いたドアのほうを見ている。
 耐え切れないほどの沈黙がそこにはあった。
 今までにも家族旅行と称した親の娯楽に何度もつき合わされてきた。俺は行きたくないと思っているのだが、ほとんど連行されるように連れて行かされる。
 嫌々ながら連れて行かれた先でみつきはいつも励ましてくれていたりした。
「お母さん達も優君と遊びに行きたかったんだよ」
 そう思うしかなかった。それだけが救いだった。
 でも今は――
 何も言うことが出来ず、ただドアを馬鹿みたいに見つめることしか出来なかった。
 その沈黙を破ったのはみつきの言葉。
「あはは、旅行、だって」
 今にも空気に溶けてしまいそうな細い声は、震えていた。
 俺はそれに答えることも出来なかった。
「楽しそうだよね、スキーって。私はやったことないけど、雪の上を滑るんだよ。かっこいい、よね」
 ただうつむいて、ただ小さく漏れるその言葉は、濡れていた。
 明日から旅行? いくらなんでも、突然すぎるじゃないか。何がスキーで楽しむだ。俺はもう、楽しみを見つけていたのに。
「優君の滑ってるところ見たいなぁ、それにほら、向こうでも行きたいところとかあるかもしれないし」
 違う、そんなところじゃだめだ。みつきが行きたいと言った場所はそこじゃない。
 俺は右手で顔を鷲掴みにして、こみ上げてくる感情を押さえ込んでいた。そうしないと、今すぐにでも殴りに行ってしまいそうだったから。
「私、雪好きだよ。こっちじゃあんまり降らないけど、あっちは一杯積もってるんだろうな」
「…………」
「だから、大丈夫。元々は私のわがままだったんだもん。全然平気だよ」
「……平気な奴が、そんな声出すかよ」
「……仕方、ないよ。だって、お母さん達も、優君のために……」
 泣いていた声は、やがて嗚咽に変わった。
 俺にしがみついて頬を濡らす少女は、ひどく小さく見えた。
「ごめん……ごめんね優君……ごめん……」
 いつかの暖かい気持ちになれるごめんなどではない。それは、悲しみに満ちていた。
 ごめん……私が勝手に言ったわがままなのに……迷惑かける……ごめん……
 胸元で溢れる涙とこぼれる声を、ただ感じることしか出来なかった。
 右手を頭から離し、ほとんど抱きかかえるように栗色の髪を撫でた。
 しばらく泣き続けた後、みつきは倒れるように眠り込んでしまった。幸せな眠りではない、ずっとずっと辛い眠り。
 みつきをベッドに丁寧に寝かせた後、押し寄せる感情の波を抑えつけながら夕食を取った。夕食は、何の味もしなかった。耳障りな父の音も、何も耳には入ってこなかった。
 頭の中で色々な思いがどす黒く渦巻いて気持ちが悪い。
 風呂に入ってもその思いを洗い流すことは出来なかった。
 だから今部屋で携帯を手にしている。わかってるさ、こんなものは八つ当たりだ。
 番号を押すと携帯はルルルと軽い音を出して、すぐに相手を呼び出した。
「よう、俺だけど」
『おう、どうした』
 電話からは当たり前のように和哉の声がした。
「まぁ聞いてくれよ相棒」
『早く言え』
 何を言おうとしている? 言ってどうする?
 抑えこんだはずの黒い思いがまた動き出した。
 それで何か変わるのか? お前は変えることができるのか?
「実はさっき親が部屋に入ってきて“明日から旅行行くぞ、一泊二日くらいで”とか言い出すんだぜ。どう思うよ。明日は遊びに行くつもりだったのにさ」
 わかってる、わかってるさ、こんな事は無意味だ。
 でも、そうでもしないと、自分を抑えていられる自信がなかった。
『あ、あぁ実はそれな――』
「ほんとにもう参っちゃうよな、俺の予定も考えてほしいっての、マジで参ったよ、ははは」
 和哉が何かを言おうとしたが、俺はどうしようもないことなのだと自分に言い聞かせるので必死だった。
 そんな自分を誰かに見ていてほしかったのかもしれない。俺が暴走しないように。
 それから何を話したかはよく覚えていない。くだらないことばかりだった気がする。
「じゃあな。夜に愚痴の電話して悪かった」
 そう言って電話を切ってから、急に冷静さを取り戻し始めた。
 和哉に色々吐き出して気が楽にでもなったのだろうか。
 最低だな。
 黒い思いと俺の考えが一致した。本当に最低だ。親友を吐き口に使うなんて。
 それは俺がこのセカイの住人であると言っていた。この腐ったセカイの。
 どうすることも出来ない。ただ流されていくだけだ。
 月の無い空の下で、小さな呻き声が一つ――


 ほとんど拉致されるように家を連れ出されたのは翌日の早朝。
 昨日の晩に荷物を車に移していたらしく、人間が乗り込むとそれはすぐに動きだした。
 八人乗りのワゴン。
 運転席に父、助手席に母、二列目に修が座って、三列目に俺とみつき。
 久しぶりの勉強からの解放と遊びへの思いで修の顔は喜びに溢れ、運転席と助手席の間に身を乗り出して三人で楽しそうに何かを話している。
 とてもそんな気分にはなれなかった。
「大丈夫優君? 顔色悪いよ」
 思えばいつも心配されてばっかりだな。不安げな顔をするみつきに微笑んで大丈夫だよと言ったが、本当に笑えていたかは分からない。
 そのまま何を話すわけでもなく、車に揺られ続け、次第に外の景色には白い積雪が見え始めてお昼ごろにはスキー場へ到着していた。
 言われるがままに車を降りると、目もくらむほど眩しい銀色の山々に囲まれたゲレンデが見えた。
「よーし、早速着替えて行くぞ、昼飯はリフトで上がったところにある小屋でうどんでも食おう」
 父が高らかにそう言うと車から荷物を取り出してゲレンデの下にある木造の建物に入っていった。その後を子犬のように修が追いかける。
 走ると危ないわよと言いながら母が後に続き、俺とみつきがゆっくりと建物のほうへ歩いていった。
 レストランや売店で賑わっている建物の中にある更衣室に父と修が元気に飛び込んで行き、母も向かおうとしたときに俺の表情に気づいた。
「優、大丈夫?」
 心配でもしているのだろうか。そうさせた人が。
「実は体調が良くないようで、休んでいて良いですか」
「あら、そうだったの、どうしよう、私も一緒に居ようか?」
「いえ、構わずに遊んできてください」
 そう言うと母は少し考えた顔をした後、
「それじゃあ、お金渡すからそれで適当に食べてね、お土産とかも好きに買ってて良いから」
 俺に一万円を託して更衣室のほうへ歩いていった。
 だだっ広いフロアの真ん中。人の話し声。流れるラジオ放送。
 とりあえずどっか座るか。
 ゲレンデを見上げることができるレストランの中に入って適当にメニューを注文して一息ついた。
 お昼時ということもあって店内は賑わっている。料理室のほうでは忙しそうにシェフが手を動かしていた。
「ねえ優君」
「ん?」
 ウエイターが持ってきた水に口をつけながら答える。
「本当に大丈夫? 辛いなら横になったほうが……」
「大丈夫大丈夫、嘘だから」
 完全な嘘といえば間違いだが少なくとも肉体的な疲労やだるさは無い。
 しかしみつきは心底驚いた様子で目をパチクリさせていた。
「え、そうなの? なんで嘘なんて――」
「だってみつきは滑れないだろ?」
「別に構わなくても平気だよ、私待ってるから」
「はは、俺がそうしたいんだって」
 するとみつきは目を伏せて恥ずかしげに「……ありがとう」と呟いた。そう言われるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
 注文したナポリタンを食べ終え、デザートのフルーツパフェをゆっくりと完食して食後のコーヒーを飲んで、後は席に座ってみつきといつものようにおしゃべりをしていた。
「これから何するの?」
「予定も無いしどうすっかなぁ」
「じゃあお土産見ようよ、和哉君達の」
「他にやることも無いしな、そうするか」
 レストランを出た後、同じ建物内にある土産屋を見て回った。
 この土産屋というのがなかなか広くてまず建物の一階の三分の一が土産屋であり、二階フロアは全て土産屋である。
 そんなに土産になるもんあるのかよ……
 そう突っ込みたくなったが、時間を潰すには丁度いい。
 一階のを見回った後、二階に上って全てを一つずつ見て回るだけで二時間、さらにアレがいいコレがいいなどともう一度巡回するのに一時間。
 土産を選んで購入する頃には午後四時を軽く回っていた。
「みつきってさ、趣味おかしいと思うぞ」
 買ったばかりの土産を手の中で遊ばせながら言った。
「そんなことない、と思うけどなぁ」
 言葉が尻すぼみなのは多少自覚しているのか、それとも俺がそう言ったからなのかは分からない。
 しかし、これはなんだろう。
 赤いリボンをつけた猫のマスコットが恐竜の着ぐるみを着たぬいぐるみ。以前UFOキャッチャーで取ったあれよりかは随分まともだが、それでもおかしい。
「可愛くない、かな?」
「…………」
 全然可愛くねえ、とは言えず黙っておくしかなかった。だがみつきはその意味を捕らえたらしく、恥ずかしそうに下を向いた。
 朋香は喜ぶかもしれないが、和哉どうだろうな。あいつの困った顔が想像できる。それはそれでありかもしれないな。
 そんな事をしている間に時間は過ぎて、両親達が帰ってきた。
 
 世界がセカイに変わる。
 

 更衣室で彼らが着替えた後、再び車に乗り込んでホテルへ向かった。
 十階建てくらいありそうなホテルにチェックインした後、七階の洋室に荷物を投げてすぐに夕食のためレストランへ向かった。流石にこのときばっかりは母も夕食を共にしたのだが、バイキング形式のそれは美味しくもなんともなかった。
 部屋に戻ってから、彼らはホテルの自慢らしい浴場へ向かい、俺は引き続き気分が悪いと言って部屋に残ることにする。
 一応部屋にもバスルームがあったので、そこでシャワーを浴びた。
 シャワーも済ませ、部屋に備え付けられている浴衣は着ずに親が持ってきた替えの服に着替えた頃には時間は七時を回り、空は闇に溢れている。
 本当なら、今頃はみつきと約束の場所にいるはずだった。
 二人でそこで一緒に笑っているはずだった。
 忘れようとしていた感情がむくむくと膨らみだす。夜の暗さが後押しするように、それは加速度的に大きくなっていった。
 黒の思いが騒ぎ出す。
 お前は、こんなところで何をしている? 約束したじゃないか、絶対連れて行くって。忘れようとしていた? それは約束を? それとも、みつきのことを? 間違えるなよ、今日お前が笑えたのは誰のおかげだ? お前は何をしてやれた? 何をしようとした?
 仕方がないだろ、これは一種の運命だ、どうしようもない。
 動く前からノックアウトか? まだスタート地点にすら立っていないぞ? お前でもやれることがあるだろう、例えば――――
 …………いいな、それ。
「優、君?」
 みつき。唯一このセカイから俺を救ってくれる存在。それは何よりもの最優先事項のはずだ。
 迷う必要なんてなかった。
 どうしてこんなことに気づかなかったのだろう。
 みつきの髪を優しく撫でて、笑みを返した後、それを実行することを決意した。

第三章 虹色のなかで 七

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 電話のけたたましいコール音で目が覚めた。
 二階のリビングに置いてあるそれは三階の俺の部屋にまで激しく鳴り響いていた。
 誰だよこんな朝早くから。
 母や朋香が出るだろうと思って数秒放っておいたが、一向に鳴り止む気配はなかった。どうやらまだ皆寝ているらしい。
 こんなに音に敏感だっただろうかと疑いながらも仕方なくベッドから降りてリビングへ向かう。
 受話器の前に立って声が寝ぼけていないことを確認した後、それを手に取った。
「もしもし、菊池ですけど」
『和哉君? 和哉君ね!』
 焦りと困惑に溢れた叫びにも近い声が受話器から漏れる。
 その声が聞きなれた声とは随分かけ離れていたので気づくのに少し時間がかかったが、それは間違いなく優の母の声だった。
「え、あ、はい、和哉です。おはようございます」
 何呑気に挨拶してるんだ僕は。まだ頭のどこかが寝ぼけているらしい。
「えっと、どうかしましたか?」
『優が……優が……』
 優雅? 何か綺麗なのだろうか。なんてそんな馬鹿な事では無いということは流石に分かった。
『優が……居なくなったの』

 半ばパニックに陥っているおばさんを何とか落ち着かせて状況を聞くことが出来た。
 旅行先のホテルで朝目が覚めてから家族を朝食に誘おうと起こして回っている時、優が寝ていたはずの布団の中に優ではなく旅行鞄が横たわっていたこと。それから父と一緒にホテルの中を探し回っても見つからなかったこと。探すあてもなく、優の行きそうな場所を知っていそうな僕に電話をしたこと。
『私のせいだわ、やっぱり私があの時優についててあげれば』
 その声はひどく震えていて、今にも泣き出してしまいそうだった。受話器の向こうで落ち着けという声がしたのは、おじさんが必死におばさんをなだめているからだろう。
「とにかく落ち着いてください」
 僕もとにかくおばさんを落ち着かせようと頑張ったが、僕の声自身が動揺していたので成功したかは分からない。
「優のことだから大丈夫のはずです。安心してください」
 無責任な発言だが、言ってから確かにあの優なら身の上は大丈夫だろうと気づいた。
 何でも器用にこなす奴だ。事件に巻き込まれてるなどではないと思う。
『え、えぇ、ごめんなさい。それで、優の行きそうな場所なんてわからないかしら』
 声は先ほどよりは幾分ましになったが、やはり不安を隠しきれてはいなかった。僕に尋ねてくるくらいだ、もう心はいっぱいいっぱいなのだろう。
 とはいえ、旅行先で優の行きそうなところと言われてもさっぱりわからない。
 ああもう、どうして僕の親友達は皆逃げ出すんだ。
「すいません、わからないですが、こっちでも探してみます」
 そう言うしかなかった。わからないですと突き放したりしたら、おばさんは簡単に崩れてしまいそうな気がしたから。
『ごめんね和哉君、朝から迷惑かけて』
 本当に申し訳なさそうに言うおばさんの声を聞くとこっちまで申し訳なくなってくる。
「いえ、気にしないでください。大丈夫です、何とかなりますよ」
『そうね、きっと大丈夫、優のことだもの、大丈夫のはずよ』
 ほとんど自分に言い聞かせるように呟いた後、『私達ももっと探してみるわ』と言って電話が切られた。
 プー、プー、プー――
 受話器からはそんな電子音が流れ始める。
 さて、どうしようか。
 いつかと同じ答えの出ない思考を必死に動かしながら、その場に立ち尽くしていた。
 そうだ、とにかく優に電話してみよう。もうおばさんたちが何度もしているだろうけど、何か行動を起こさないことには始まらない。
 電話機に優の携帯の番号を入れて耳に受話器を押し当てる。
 数度のプルルルというコールの後、ガチャという電話ならではの音がした。
 繋がった!
「優! お前今どこにいるんだ? おばさんが心配して――」
『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません』
 若い女性の機械的な声が流れていた。
 くそ、やっぱり駄目か。
 受話器を置いて考える。どうすればいい、何をすればいい。
「おはよう、和哉がもう起きてるなんて珍しい」
 小さなあくびをして朋香がリビングに入ってきた。
「先に起きてるなら暖房ぐらいつけなさいよ、誰かと電話してたの?」
 暖房機のスイッチを入れて、朋香は僕が電話の前で突っ立っていることに気づいた。
「今優のおばさんから電話があった」
「それって優とうまくいったって報告? 大成功じゃない」
「旅行先で優が、いなくなった」
「……へ?」
 作戦の成功だと思っていた朋香は一瞬何を言われたのか理解できなかったように目を点にしながら、「なに、それ」と小さく漏らした。
「朝起きた時にはもう居なかったらしい。起きてから布団を見ると中に鞄が寝かせてあったってさ」
「…………」
 事情を説明している間、朋香は言葉を発する子とも出来ずにただ黙っていた。きっと私のせいで、なんてことを思っているのかもしれない。 
 しかし本当に優が旅行が嫌で逃げ出したなら、それは僕の責任だ。初めに旅行を提案したのは僕なのだから。
「とにかく飯食ったら優探しに行くぞ」
「探すって、どこを? こっちに居るかもわからないんでしょ?」
「わかんねぇ、わかんねぇけど、探すしかないだろ」
「う、うん。そうだね」
 それは限りなく不毛な努力かもしれなかったが、今の僕にはそうする以外に考えることが出来なかった。


 急いで朝食を食べ、部屋に戻って着替えを済まして朋香と家を飛び出した。
 どこを探すわけでもない、とにかく優を見つけるんだ。そんな思いでいっぱいだった。
 自転車にまたがってペダルを踏みつける。すぐに朋香と二手に分かれて町中を探し回ることにした。
 見つけることは難しいかもしれないが、探し方自体は難しくはないはずだ。
 黒いのを探せばいい。
 あれだけ目立つ黒だ。身長も高い。そんなのが目に入ればすぐに優だと気がつくだろう。
 それ以外の色に目を向ける必要は無い。黒を探せ。
 ハァ……ハァ……ハァ……
 日が昇りだし賑やかになってくる町の中をただ必死に突き進む。
 息が上がってきた、ずっと立ちこぎだからな、足が痛い。それでもペダルを踏み続けた。
 どこで何してんだよ……
 何度も何度もそう呟いては多くはない、だが決して少なくもない人の流れの中を走る。
 黒……黒……黒……白じゃねえよ……黒……黒……くそっ、やっぱいねえ。
 時々避けきれなくて人にぶつかりそうになりながらも前に進む。
 人の多い大通りからほとんど人影のない小道まで、がむしゃらに探し続けた。
 気がつけば太陽の光は随分高いところにあった。雲が覆っていて太陽自体は見えなかったけれど。
 少し休憩してジュースでも飲もうと自販機の前に自転車を止めてポケットから財布を取り出そうとしたとき、携帯がやかましく喚き始めた。
 携帯を開いて通話ボタンを押す。
『和哉、駄目、全然見つからないよ』
 ハァハァと荒い息遣いと共に朋香の声がした。おそらく彼女も一生懸命に走り続けていたのだろう。
「こっちもだ」
『もうお昼だし、一度どっかに集まって食べない?』
「そうするか、どこに集まる?」
『じゃあデパートでよろしく』
「わかった、あんまり無茶するなよ、来るのもゆっくりでいいからな」
『ん、わかってる。ありがと』
 デパートで合流した後に喫茶店でランチを取って、例のストロベリーパフェもしっかり食ってから優探しを再開した。
 薄々気づいてはいた。いや、薄々というよりもずっと明確に分かっていた。優を見つけられないんじゃないかってことくらいは。
 隠れた太陽が次第に傾いていき、雲が赤く染まりだしても自転車をこぎ続けた。
 時間がたつにつれて町を歩く人の数が少なくなっていく。
 それでもまだ足を止めるには早いと思って走り続けた。
 それなのに、優を見つける事は出来なかった。
 気がつけば日は落ち、昼にはたくさん居たはずの人達も全く見ることが出来なくなった。
 夜か。もう駄目だな、夜に人探しなんて無理すぎる。それにこの暗さだ、あいつの服装のことを考えれば見逃す可能性も十分にある。
 夜の暗さに追い詰められるように、僕の気持ちは暗かった。
 どこで何やってんだよ、優。
 飽きるほど呟き続けたのに、口からはそんな言葉しか漏れてこなかった。
 今日はもう諦めよう。考えてみれば優のことだ、心配して探し回ってやらなきゃいけないほど弱い奴ではない。
 はは、何やってんだろな、俺。
 そう考えると急に馬鹿馬鹿しくなってきた。朝から走り回って、本当に馬鹿みたいだ。
 笑い飛ばしてやろう、きっとそれがいい。
 そうだ、今ならほとんど人は居ないだろうし、朋香ともう一度あれを見に行こう。このもやもやした気持ちも忘れて笑えるかもしれない。
 ポケットから携帯を取り出して番号を入力する。数度のコール音が止んだことを確認した後、
「朋香、あのさ――」

第三章 虹色のなかで 八

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
「――二人で……イルミネーションを見に行きたい」
 和哉達と遊んだ日の夜、確かにみつきはそう言った。
 同世代の女の子にはできるおしゃれやそれ以外の色々なものが、特異な体によって許されなかったみつき。
 だからだんだん彼女は自分から何かをしたり、言ったりすることが少なくなった。
 理解による諦め。
 本当に神様がいるなら、倒れるまで殴り続けてやりたかった。
 そんな世界に見捨てられたようなみつきが、行きたいと言った。それも泣きそうになってまで。
 どうしてそれを放っておくことができる?


 彼らが寝静まるのを待って、最小限の荷物だけを持ってホテルを出た。
 布団の中にはバッグ類を詰め込んできたから、例え家族の誰かが起きたとしても、照明をつけて布団を開かない限りは俺が居ないことに気づかないだろう。
 電車に乗り込み、いつかと同じようにクロスシートに並んで座っていた。あっという間に景色は流れていく。前に見た空は灰色だったが、今は漆黒に飲まれていた。
「ねぇ優君」
「ん?」
「本当に、いいの? 私はもう本当に大丈夫だから――」
 その言葉を遮るように栗色の柔らかな髪を撫でると、やはり綺麗に微笑んだ。
「いいよ、俺がそうしたい。それより悪いな、今日はもう間に合わないけど」
 そう言うと彼女は少し表情が曇り、しかしすぐに明るくなって、
「ううん、だって明日が本当のクリスマスだから」
 その仕草からどれだけ今日という日に行きたかったかが見て取れた。悪いな、本当に。それ以上言うとみつきが困った顔で笑いそうだったので、心の中だけで謝っておいた。
「眠そうな目してるな」
「そ、そんなことないよ」
 言われて目がとろんとしていることに気づいたのかごしごしと目をこすっていたが、目はとろけたままだ。
 それを見ていると何故か笑えてきて、そして心が穏やかになっていく。
「いいよ眠てても、着いたら起こすから」
 初めのうちは眠るまいと頑張って起きていたが、やがてみつきは小さな寝息をたて始めた。
 肩に寄り添ってくる可愛い寝顔を優しく撫でながら、流れていく世界を見つめていた。
 途中二回ほど電車の乗り換えがあってみつきを起こそうかと思ったが、あまりに気持ちよさそうに眠っているものだから背中に背負って移動した。
 深夜のホームに人は全くといっていいほど居なくて、不気味なくらい静かだった。
 見慣れた町の見慣れた駅に帰ってきた後みつきを背負ったまま家に戻りって彼女をベッドに寝かせた。
 みつきの可愛らしい寝顔を見ながら、色々なことを考える。
 おそらく朝になったらすぐに彼らは俺が居ないことに気づくだろう、携帯に電話をかけてくる可能性は高い。携帯の電源は切っておくか。心配するだろうか? まさか。そんなわけはない、あの親だ。俺が居なくなったところで夜まで遊んで帰ってくるに違いない。そういえば明日、いやもう今日か、今日でイルミネーションは最後だったな、間に合ってよかった、本当に。夜までは何をして待とうか、そうだ、そういえば前にみつきが―― 


 そんな事を考えている間に空は白み始めていた。
 随分長い間色々と考えていたようだ。しかし眠気は無い。遠足前の小学生みたいだな、と自嘲気味に笑っておく。
 みつきを起こさないように静かに部屋を出て、コーヒーを淹れてから冷蔵庫を漁ると中には以前と違って豊富な材料が詰まっていた。
 そこから適当に朝食に使う材料を取り出して、適当にそれらを調理して、適当にテーブルに座って朝のニュースを見ながらそれを食べる。
 やっぱ目玉焼きは半熟だよな、それに朝は米だ米、フレンチトーストも悪くは無かったけど米には敵わないって。 
「おはよう、おいしそうな匂いだね」
 俺がポテトサラダに手を伸ばした時、みつきが階段から降りてきた。
「おう、おはよう」
「珍しいね、優君が私より先に起きてるなんて」
「まぁ寝てないからな」
「えっ?」
 向かいの席に座った彼女は目をまん丸にして驚いていた。そんなに驚くことだろうかと思ったが、その表情も見ていて面白かったのでそのままにしておくことにする。
「寝てないって平気? 体は大丈夫?」
「全然、むしろ元気なくらいだ」
「ちゃんと寝たほうがいいと思うけど……」
「心配するなって、今日は朝から出かける予定もあるしな」
 ニッと笑ってやると、渋々納得したのかみつきはそれ以上何も言わなかった。
 一日寝ないくらいたいしたこと無いだろ、なんせ俺はまだまだ現役高校生。
 最後の味噌汁を飲み終えて手を合わせてから食器を洗い綺麗に拭いて棚に戻し、部屋に戻って外出の準備をした後、みつきと一緒に家を出た。
「今日も雲ってんな」
「最近ずっとだね」
 並んで朝の住宅街を歩く。まだ寝ぼけた雰囲気の道をみつきと歩いているだけで何故か楽しい気分になってくる。それと同じかどうかはわからないがみつきもすごく上機嫌で、顔からは笑みがこぼれまくっていた。
「頼むから飛んでいかないでくれよ」
「あはは、大丈夫大丈夫、それよりこれからどこ行くの?」
「そうだな、まずは――」


「うわぁ、すごく似合ってるよ」
 試着室から出ると、外で待っていたみつきは目をきらきらさせて実に楽しそうだった。
「ちょっと白すぎやしないか?」
「でも似合ってるもん、いつも着てていいくらい」
 まだ人の少ないデパートの洋服屋で俺達はわいわいと賑わっていた。
 服のコーディネートを全てみつきにまかせてみると、見事に全身を真っ白に染められてしまった。脱色された気分だ。
 上から下までの一式を購入して試着室で着替えた姿を見せると、期待通りの笑顔でみつきは喜んでくれた。
 普段は黒一色だが、今日くらいはいいだろう。彼女の笑顔を見ると自然と幸せがこみ上げてくる。
 なんてったって今日はクリスマスだ。年一回のそんな日に、少しいつもと違うことをしても罰は当たらないだろう。それにみつきが笑ってくれるなら、なんだってよかった。
 最終的な目的地がここなのだから服もそのときに買えばいいかな、などと一瞬思ったが、すぐにそれは何か違うと考えをかき消した。
「そういえばみつきって何で白色が好きなんだっけ?」
 レジで貰った大き目の紙袋にさっきまで来ていた黒い服を押し込めながら尋ねてみると、彼女は少し恥ずかしそうにしながら、
「それは、えっと、白色って好きな色に染められる、から」
「つまりみつきは今の俺を好きなように染めようと企んでいるわけか」
「え、違……」
 その言葉が止んだのは俺がニヤニヤと笑っていることに気づいたから。もうと少し怒ったような声を出しながらも、表情は笑ったままだった。
「優君は?」
「ん?」
「優君はどうしていつも黒い服ばっかりきてるのかなって」
「あー、それはだな」
 理由を言いかけて、その内容が人に話すには恥ずかしすぎるものだったので、
「なんでだろうな」
 そう言っておいた。
「えー、ずるいよ」
「ずるくない」
「私はちゃんと言ったのに」
「俺も言っただろ」
「もー」
 あのセカイの中では決して見つけられない光がここにはあった。
 洋服屋を出てから前と同じように少しだけデパートの中をうろついて、少し早い昼食を一階の喫茶店で済ませて店を出た。
 デパートの前に並べられた木々には目立たないように電球がいくつも隠されているが、後数時間後の日が完全に落ちた頃にそれらは綺麗に光りだすのだろう。
 前に見たチラシの写真にあった映像を思い出しながら、ワクワクと子供のように胸を躍らせる。
「次はどこに行くのかな?」
 デパートの横にあるコインロッカーに服の入った荷物を押し込ていると、期待を込めた目でみつきが見上げてきた。
「あぁ、次はだな……」
 答えようとして、言葉が続かなかった。あれ、おかしいな、確か朝になるまで色々と考えていたはずなのに何故か今はそのときの記憶がひどく曖昧で、頭に霞がかかったみたいだった。
「優君?」
「うーん、まぁ適当に見つかるだろ」
 結局記憶は思い出せなかったが、それでも何とかなるだろう。行く場所が重要ではないのだから。
「みつきはどこか行きたいところ無いか?」
 前にも訊いた気がするが一応訊いてみる。案の定彼女はうんうんと悩んだ結果、そのまま答えは帰ってこなかった。
「ごめんね」
「いや、全然構わないけどさ、とりあえず歩いてれば――」
「あ、優君危ない」
 一歩を踏み出そうとした瞬間みつきに手を引かれて身を寄せられ、俺が居た場所のすぐ隣を猛スピードで自転車が駆け抜けていった。避けていなければ半身ほどはぶつかっていたかもしれない。自転車は謝る様子もなく走り続けてすぐに道を曲がって見えなくなった。
「あっぶねぇなぁ」
 自転車の消えた路地を見つめながら悪態ついておく。
「今の人、和哉君に似てなかった?」
「……そうか?」
 突然のこと過ぎて顔なんか全く見えていなかったから似ているかどうかもわからなかったが、みつきもあまり自信がないのか「やっぱり違うかも」と小さく笑った。
「もし和哉なら軽く殴り飛ばしてやろう」
「あ、駄目だよ乱暴なことは」
 そんな冗談を交えながらもどこへ行こうかという話に戻る。
 人も増え始めた町の小道を歩きながら、服のコーディネートに関する話を続けていた。デパートを出てからかれこれ三時間は経過している。
 そして今は俺が黒い理由を再び問われている途中。
「だから別に理由なんて無いって言ってるだろ」
「本当に?」
「…………」
「本当に何にも無いの?」
「…………あるといえばあるけど」
「何?」
「…………まあ、いつか教えてやるよ」
 言って表情を窺うとみつきは怒った声を出すのではなく、どちらかといえば「やったー」とはしゃぎだしそうな顔をしていた。
 そこでこの光景が別段いつもと変わらないことに気づく。
 そのままでも十分に幸せを感じることが出来たが、今日はせっかくの特別な日だ。何かいつもとは違ったことをしてみるのも良いんじゃないだろうか。例えば、この真っ白な服みたいに。
 相変わらず霞のかかった晴れない思考を無理矢理ぐりぐりと働かせてみると案外あっさりと答えが出てきて、それに従って足を動かしていくと自然と小学校の前まで来ていた。
「この間もきたのにまたきちゃったね」
 おどけた調子で笑うみつきと並んで校門を通って中に入る。
 やはり以前に来たときのように中は独特の薄茶色の静寂を抱えていて、それは物寂しいイメージを与えていた。
 そんな時間のゆっくりと流れる錯覚のするような世界を歩いていく。
「どこに行くの?」
 みつきは頭の上に疑問符を浮かばせながら遅れないように隣についてきていた。
 冷たい風に揺れる木々の間を通り抜けて第四校舎の裏側へ入る。
 ただでさえ雲が分厚すぎて日光は弱弱しいのに、学校の端にあるその校舎の裏側は影になっているせいで更に暗かった。
 もう消えているかもしれないと思いつつゆっくりと以前は思い出すことが出来なかった目的の場所を目指す。 
 昔はもっともっと長かったはずのその道は、ずっと短く感じられた。
 たどり着いた目的の場所。校舎裏の入り口、庇の下。
「約束の場所」
 回答の言葉にしては随分と遅かったが、みつきもそれを思い出したのか「あっ」と小さく言葉を漏らして俺の見つめる先を一緒に見ていた。
 小学校に入ってまだ間もない頃に書いた落書き。
 入学した時には既に廃校舎となっていて、誰も近寄ろうとはしなかった第四校舎。どことなく校舎から気味の悪い雰囲気が漂っているように思えたからだ。
 それでもみつきと二人きりで話すには都合がよくて、度々この校舎裏を訪れたりしていた。
 そのときに書いた落書き。庇のおかげで雨の被害も少なく、多少薄れてはいたがチョークでごしごしと書かれたそれは今も消えずに残っていてくれた。
「今見るとよく恥ずかしがらずに描いたな、これ」
 幼い線で、しかししっかりと書かれた落書きはあの頃を思い出すには十分だった。
「そうだね、ちょっと恥ずかしいね」
 みつきもそれに同意する。当時を思い出したのか恥ずかしそうに顔を薄く染めながらその落書きを見つめている。
 よくわからないイラストや記号が扉の横の壁に色々と書かれていて、その中心ではよくもこんなことを書けたなと思うほど恥ずかしい文が書かれていた。
 
 ゆうとみつき ずーっといっしょだよ

 赤や青や黄色のチョークでカラフルに彩られたその落書きは稚拙で、陳腐で、それなのに思いは今でも同じだということを気づかせた。
 ちゃんと分かってるじゃんか小さい時の俺。
「この絵、みつきがいたやつだよな」
 落書きの中から一つ選んで指差してみる。白のチョークで書かれた円に小さな円が線で結ばれているような絵。大きいほうの円の中には豚のような鼻と線で書かれた目が…………あれ、これどっかでみたことあるぞ。
「この頃からこんなんだったんだなお前……」
「そ、それはまだ私が小さかったから……」
 仮にそうだとしても大部分は合っているはずで、それに最近似たような形の人形を手に入れた気がする。
「あの時は本当に楽しかった」
 だんだんと記憶が思い出されてきたのか、みつきは増して穏やかな表情で一つ一つ落書きに目を向けていた。
 そんな彼女を見ていてふと思い出した記憶は、一緒に話しているみつきでもなく、笑顔で笑っているみつきでもなく、俺にしがみついて涙をこぼしているみつきだった。ゆうくん、ゆうくん――
「ゆう君」
 過去の記憶と混ざって、俺を呼ぶ彼女の声は不思議と幼く聞こえた。どうしたのかと尋ねる前に、みつきが俺の右手を掴んでいることに気づく。
「えっと、駄目、かな」
 恥ずかしそうにうつむき加減でそう言うみつきが愛らしく思えて、ぎゅっと手を握ってやるとうつむきながらも口元を笑わせた。
 しばらく落書きを懐かしく見つめてから校舎裏を出ると、空は程よい暗さに包まれていて後数分もすれば辺りは闇に包まれるだろう。
 そろそろ向かおうかと言うとみつきはもう少しだけと学校を見て回りたいと言ってきた。
「あぁ、分かった」
 手を握り合ってゆっくりとグラウンドを一周し、四棟ある校舎の間を歩いて花壇やウサギ小屋を眺めたりした。その間ずっとみつきの目は優しく、思わずドキドキとするほどだった。一体何を思っているのだろうかと考えてみる。しかし出てくる記憶は何故か暗いことばかりで、思い出を汚されているような気がしたので考えるのをやめた。
 すっかり日の落ちた暗い夜道を一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩いていく。
 学校を出てからも繋いだ手は暖かく、時々遊ぶように強く握ってきた手を握り返してやるとみつきはすごく幸せそうな顔で笑った。俺もそれに釣られて笑う。
 雲のせいで星は見えずこんなに暗いのに、日の落ちたせいで町はこんなに静かなのに、この世界は明るく暖かだった。
「楽しみだね」
「あぁそうだな」
 お互いの温度を確かに感じながら歩く夜道では、冷たい風すらも俺達を応援しているような気さえさせていた。
 あのセカイでは手に入れられなかったものが、今確かに手の中にある。くだらないセカイでは見つけられなかった光がここにある。
 もしこの光がなければどうなっていた?
 不意に黒い思いが動き出す。
 想像してみた途端に冷ややかな汗が滲み出し、背筋に鳥肌が立ち、がたがたと小さく震えているのが分かった。
 考えたくも無い。光のない、みつきの居ないセカイだなんて。思えば思うほど体の震えを止めることができなかった。
「どうしたの優君、寒い?」
 震えていることに気づいたみつきが顔を覗きこんできた。
 その瞬間に先ほどまでの思いはすぐに消え去っていく。
 何を心配することがあるだろうか。何を心配していたんだろうか。何も迷う事は無い、今ここに光があるのだから。
「なんでもない」
 優しく言いながら空いている左手でみつきの髪を撫でると彼女は安心した表情で胸を撫で下ろした。その顔があまりにも可愛くて、つい髪を撫ですぎてしまう。
 再び歩を進めだした時にはもう黒い思いは完全に見えずに、妙に頭がスッキリしていて心地よかった。
「優君の手あったかいね」
 みつきが握る手に力を入れた。しかし握る手はあまりに弱弱しく、気を抜けばすぐに抜けてしまいそうだったので俺も離さないようにぐっと握った。
「そうか?」
「うん、すごくあったかい」
「自分じゃわかんないな、みつきの手も暖かいぞ」
「そ、そうかなぁ」
「おう、暖かいな」
「……あ、ちょっと見えてきたよ」
 少し恥ずかしそうに、そしてそれを隠すようにみつきの指差した先では道脇に並んだ木がこれでもかというくらい輝いていた。
 進むたびに光は大きくなり、数も増え、やがて体は光に包まれる。
 一言で言えば、そこは奇跡だった。
 七色に輝く幻想的な光で結ばれた様々なものが世界を生み出している。それは木の上で踊る渦巻きであったり、建物の壁から笑う星であったり、デパートの前に並んだサンタやトナカイの像であったりした。
 さらに空からこぼれだしたほんの小さな雪のそれぞれが光を反射して虹を作っていた。
「綺麗……」
 みつきから呟きにも近い言葉が漏れた。
「これは……マジですごいな」
 俺も光を見つめながらそれを同意する。
 その世界の中に俺達しか居ないということが、奇跡をより強いものにしていた。
 おそらくは町の人間はもう見飽きたのだろう。何せチラシによれば数日前から毎晩のように灯していたのだから。大して広くも無いこの町がすぐに光に飽きるのは明らかだった。
 だからこそ無人の光の中に俺とみつきだけという環境は、その幻想的な光景を更に強めていた。
「私ね……」
 突然みつきが目の前の光を見ながら手を強く握って話しはじめた。
「和哉君や朋香ちゃんに会えて、本当によかったと思ってるよ」
 耳に届いた言葉はいつもよりもしっかりしている。
「私は話したりは出来ないけど、和哉君達と居る時優君すごく楽しそうな顔してるの、それを見てるとなんだか私も嬉しくなって、だから私も和哉君達が好き」
 普段の何倍もみつきが饒舌なのは、この世界がそうさせているのだろうか。相変わらず降りてくる小さな雪は白くて、そのくせ光が当たって輝いている。
「でも優君と二人でおしゃべりしてる時は和哉君達と居る時と少し違うの、どきどきして話してることは全然大したこと無いのに、すごく楽しくて、だから」
 光の中で、みつきの頬が紅潮していくのがわかった。
「きっと、優君のこと、大好き、なんだと思う」
 言葉は切れ切れだったが、恥ずかしさたっぷりに大好きだといった。その言葉がどれだけ嬉しいか、今すぐにでも和哉に教えてやりたいくらいだ。
 顔を真っ赤にして、しかしうつむかずにしっかりと俺を見つめるみつきの笑顔は今までにないほど綺麗に見えた。
 彼女を見て、それからもう一度前の奇跡を見る。
 これ以上無いほどに美しい世界。
 雪も光も、時折舞う風すらも俺達を祝福してくれているような気がした。
「俺も……」
 光を見つめて口を開く。強く握られたままの手をぎゅっと握り返そうとして、
「――――――――――――――――っ!」
 何も掴むことが出来なかった。


 世界が変わった。セカイが変わった。
 明るいだけの世界にただ一人。
 グロテスクなほど白い何かが降るセカイにただ一人。

第三章 虹色のなかで 九

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
「うわぁ、ちょっと綺麗過ぎない?」
 二度目にもかかわらず朋香は目をキラキラさせて虹色に光るイルミネーションを眺めていた。
「これは……すごいな」
 流石に俺も思わず声に出して驚いてしまったのにはわけがある。
 雪が降った。クリスマスの夜に。
 全然積もるような気配はないけれど、光を反射して無限に輝いている雪はその景色をさらに幻想的なものに仕上げていた。
 優捜索を打ち切ったことが良い事なのかはわからないが、朋香とこの眺めを見られたのだから悪くは無い。
 雪は今にも止みそうなほど儚いのに、天使のように白かった。
 それは静かな花火が空から降っているような、虹の粉が舞い降りているような、そんな世界。
「今年はなったね」
「なにが?」
「ホワイトクリスマス」
 えへへと笑う朋香の笑顔が楽しそうで僕も笑った。ホワイトクリスマスなんて二度と見られないと思っていた。
「綺麗だね」
 いつか山の上で見た穏やかな目で朋香が言う。このときばかりは僕も「そうだな」と頷くしかなかった。
 いつもは薄暗くて、ちっぽけな町にしか見えなかったのに、今はどの景色よりも綺麗に見える。
 次第に雪は小さくなっていき、後数分もしたらやんでしまいそうなサイズになった。
「それじゃ帰ろっか」
 相変わらず楽しそうな笑みのままの朋香に従って帰ろうと自転車にまたがった時、何かが見えた。
 ベンチの向こう側、今立っていた場所からは陰になって見えなかった場所に人影が見えた気がする。
「朋香、ちょっと待て」
 今にもペダルを踏みかけている朋香を制して自転車を降り、ベンチのほうへ駆け足に近寄る。後ろからどうしたのと不思議そうな声を上げながら朋香が追いかけてくる。
 濡れた地面に足を取られないように近づくとはっきりと確認することが出来た。
 人が倒れている。
 全身真っ白な服を着た人がほとんどうつ伏せになって冷たい地面の上に倒れていた。
「大丈夫ですか!」
 慌てて手を肩に回して声をかけてみるが返事は無い。ただ荒い息遣いが聞こえてきたので生きてはいるようだ。
「和哉……」
 心配そうな声で朋香が白い人を指差している。
「大丈夫、一応生きてる」
「ううん、そうじゃなくて……」
「ん?」
 その指が白い人の頭部を指している事に気づいて、そこで俺もその意味を理解した。
 白い帽子からはみ出た栗色の毛。見覚えがある。
「優!?」
 顔を覗きこむとそれは間違いなく優本人であり、目を閉じて辛そうに息を吐いていた。
「おい、優! どうした!」
 肩を軽く揺すりながら叫んでみてもやはり返事はない。
「顔、赤い。熱があるんじゃ……」
 朋香の言葉を聞いて額に手を当ててやると異常なほどの熱を帯びている。普通ではないことは明らかだった。
 何故こんなところに居るのかとか、どうして熱があるのかなんてことを一瞬頭をよぎったがそんな事を考えている場合ではない。
 優を背中に担いで家に走る。朋香が手伝うよと言ってくれたが体格の大きな優をもてるとは思えなかったので僕が頑張るしかなかった。
 何やってんだよ優……
 忘れかけていた言葉が喉に詰まって、でも言葉にすることが出来なくてそれを飲み込むしかなかった。
 小さな雪はもう見えなくなっていた。


Ж


「冗談……だろ……」
 掴んでいた手。
 それは間違いなく手の中にあって、暖かかった。
「おい、みつき? みつき!」
 見ていた景色は信じられないほど綺麗で、一緒になってすごいすごいと言っていたはずだった。
 見回してみても見つかるのはただの明るい光。
「……なんでだよ……」
 誰と?
 胸が苦しい。バットで殴られたような頭痛がした。
 急に目の前が歪みだし、世界がぐるぐると回っていて、それはセカイが俺を笑っているような気がした。
 酷く白い何かがにやにやと笑いながら俺を見下ろして、気がつけば風と一緒に居なくなっている。
 それはまるで、みつきを連れ去っていたみたいだった。
 何がいけなかった? 何が悪かった?
「優!」
 誰かが俺の名前を呼んだ。すぐ近くで。それが和哉の声だというのに気づいて「なんだどうした」と答えなければいけないと口を動かした。そうしてないと、あいつが心配するから。
 しかし声は出てこなくて、息をするだけで限界な状態。
 体が動かすことを許さなかった。心が話す気力を持っていなかった。
 ただ自分でも分かる呼吸の音だけが脳に響いている。
 覚えているのはそこまでだった。


Ж


 急いで家に帰った後、優の母に電話を入れるとすぐに戻ってくるというのでひとまず僕の部屋のベッドで休ませておくことにした。
 相変わらず優の呼吸は絶え絶えで朋香に言われて熱を測ってみると三十九度もあった。
 一体こんな状態で何をしていたのだろうと考えてみたが、さっぱり心当たりが無い。
 優のことだ、大丈夫だろうと考えていた自分が馬鹿のようだ。目の前で倒れる少年はあまりにも小さくて、弱弱しかった。
「優、何してたんだろね」
 ベッド横の定位置に座って朋香が心配そうな目を向けて言った。
「さぁな」
 そう答えることしかできなかった。
 リビングのほうからもそわそわした空気が漂ってきて落ち着かない。初めての事態に父も母も困惑しているようだ。
 度々部屋を訪れては何が必要だ何をすればいいと尋ねてくるのだが、僕にだってそんな事はよくわからない。
 ひとまず落ち着くように言って今はリビングで大人しくしてもらっている。病人の前であまり騒がしくないほうが良いと思ったからだ。
「ずっと一人で居たのかな」
「……さぁな」
 答えの出ない問いが繰り返される。それを知っているのは優だけなのだから。
 時計はもう十二時を指していて、もうすぐ優の家族が帰ってくる頃だろう。
 ふと朋香を見ると目をうつらうつらとさせて随分眠そうだった。今日一日動き続けていたから当たり前といえば当たり前だろう。
「眠いか?」
「ううん、平気」
 強がっていても体は正直で、その声は半分以上寝ぼけていた。
「俺がついてるから、無理せずに寝てこいって」
 しばらくの沈黙があった後、「ありがとう」という短い言葉と一緒に部屋を出て行った。ドアが閉まる時に「おやすみ」と言うと優しい声で「おやすみ」と返してくれた。
 小さな空間に二人が残される。
「何してたんだよ、優」
 ゆっくりと、はっきりと言ってみても、ただ空気に溶けるだけだった。
「ほんとに一人だったのかよ……ずっと……」
「…………みつき…………」
「え?」
 あまりにタイミングがぴったりだったので驚いてしまった。
 普段からは想像も出来ないほど弱い消え入りそうな声で呟くように言った。みつきと。
 しかしそれは僕の問いに答えたわけではなく、単なる寝言だったようだ。
 みつき。どこかで聞いたことがある、ような気がする。
 みつき……みつき……みつき……あぁもう、わからない。
 懐かしい雰囲気を漂わせるその名前は、どれだけ考えてみても思い出すことは出来なかった。
 それから優は家族が到着してつれて帰られるまで、夢の中で何度もその言葉を繰り返していた。


Ж


 気がついたときにはベッドの上に倒れていて、そこがセカイの中だと気づくのに時間はかからなかった。
 ひどい頭痛と眩暈で頭は何かの警告を必死に鳴らしているが、体はどうすることも出来ないらしい。
 こみ上げるような吐き気がして息が詰まっても、何が出てくるわけでもなくただ口の中が胃液の酸味を帯びるだけ。
 自室にただ一人。異様なほど静かなセカイは不気味で、それはリアルから遠く離れていた。
 痛んだ体を起こして自分の部屋を見回してみる。
 なんて事は無い、見飽きた眺めのはずだ。もう何年も見てきたはずなのに、今は知らない場所にさえ思えていた。
 彼女が居ない。
 ずっと隣に居てくれた人をどこにも見つけることが出来なくて、まるで夢の中にいるような現実感の無いセカイ。
「みつき……」
 消え入るような声で呼んでみても、やはり返事はなく、すぐに静寂に押しつぶされた。
 何度見回してみても、何度呼んでみても、このセカイに彼女を見つけることが出来なかった。
 ただ唯一の光は、見えなくなってしまった。
「…………うっ…………」
 喉の辺りが上を向き、目が急に熱くなって、吐くつもりも無い息が不規則に漏れ始める。
「……ふっ……う……うぅ…………」
 次第に速まるリズムに意識がついていかず、握り締めた毛布が濡れていた。
 ドアの開く音がした。誰かが何かを叫びながら駆け足に近づいてくる。
 しかし何を言っているのかは理解できず、ただ毛布に顔をうずめ、肩を震わせるしかなかった。
 彼女の居ないセカイでどうすればいいのか。
 彼女の居ないセカイになにがあるというのか。
 彼女の居ないセカイに何を求めればいいのか。
 彼女の居ないセカイに――――


Ж


 優が倒れたというのに世界の年末という空気は早足に過ぎ去って、あの日からもう三日が過ぎた。
 何事もなかったように、もしくはそれが当たり前であるかのように空はのんびりと雲が詰まっていた。
 あんなことがあったのに、きちんと世界は回り続けるんだよな。得体の知れないもの寂しさに心を濡らされながらそんな事を思った。
 相変わらず優の体調は良くないらしい。
 初めのうちはおばさんが看病していたみたいだけど、目の覚めた優に突き飛ばされるようにして接触を拒絶されて以来、食事の時以外は部屋に入れずにいるようだ。
「どうすればいいのか、わからなくて……」
 おばさんは度々うちを訪れては僕や母や朋香にそんな事を落ち込んだ声で呟いて綺麗な顔を曇らせていた。
 お昼頃にやってきたおばさんを僕が出迎えてリビングで朋香と一緒に優のことを話していた。
 母は丁度買い物に行っていて、他の家族もいつものように外出中。
 暖房の効いているおかげで気温は高いはずなのに、空気は冷ややかだった。
「優は……まだ元気無いですか……」
「えぇ、熱は大分引いたのにベッドから出てこなくて……」
 差し出したコーヒーに目を落としながらうつむき加減におばさんが言う。同じように僕達も湯気を立てるコーヒーに手をつけられずにいた。
「あの……」
「何? 朋香ちゃん」
「優君がこうなったの、きっと私のせいです、私が旅行なんて言ったから……ごめんなさい」
 座ったまま、しかし深々と下げられた頭は少し震えていたような気がする。
 それを見て旅行だと最初に言い出したのは僕じゃないかと思い出し、朋香のせいではないと言おうとした時におばさんが精一杯穏やかな表情で、
「謝らないで、朋香ちゃんのせいだなんて思ってないから、もちろん和哉君も、行くと決めたのは私達なんだから、ね?」
 その声はいつものように優しかった。
 それを聞いても朋香の頭は上がらず、むしろ肩の震えは強まっていて、しばらく顔は見れそうにない。
 何か声をかけようと思ってみても、考え付く言葉はどれも震えを止めるには役不足で、相変わらず僕は情け無いままだった。
「優が突然居なくなるような原因に何か心当たりはありませんか」
 逃げるようにそんな事を聞いてみると、おばさんは随分と長い間口元に手を当てて考え込んだ。
 あまりに長い沈黙が訪れて、時計の音だけがリズムをただ刻んでいる。
 黙り込むおばさんと震える朋香。僕だけが取り残されているような、何故かそんな気がした。
 そしておばさんが口を開く。
「もしかしたら、ううん、きっと全然関係ないのかもしれないけど」
 そうかもしれない。自信の欠片も見つけられないほど小さく頷いて、おばさんは何かを見つけていた。
 一体何を、ということは聞けなかった。なんとなくそういうことを聞いてはいけないような空気があった。
 それからしばらくして朋香が落ち着いてからおばさんは
「いつもありがとうね、それじゃこれから行くところがあるから」 
 と言って立ち上がり家を後にした。
 リビングでぼんやりと眺める空はつまらないほどいつもと同じなのに、優が見つかって以来朋香が笑っているところを見ていない。
 日常からはみ出た日常がここにあった。
 それは普段と同じ形をしているのに、何かが中で蠢いているようで気持ちが悪い。
 テレビでも見て笑い飛ばしてやろうか。
 そう思って視線を窓の外から部屋の中のほうへ向けると朋香がすぐ傍に立っていることに気がついた。
 涙の後はきれいに消えていたが、表情は暗く落ち込んだままで見ている方も悲しくなってくるくらいだ。
 朋香は何かを言いかけて口を開き、それは声にならずに消えていった。
 言葉が消えるたびに伏せられる目が痛々しくて、とても見ていられなかったが、目をそむける事は出来なかった。
「和哉…………やっぱり…………私…………」
 ようやく出てきた言葉は切れ切れだったが、内容を示すには十分すぎる。
「……散歩でも行くか」
 自分でもわざとすぎるほど声の調子をいつものものに戻して朋香の言葉を遮ってやった。
 それ以上朋香のそんな顔を見ていたくなかったし、そんな声を聞いていたくなかった。人一倍責任感を感じる真面目な奴だ、今回の件を全部自分一人悪者に仕立て上げて、一人で苦しんで、悲しんで、後悔しているに違いない。おそらくはどれだけそれは違うという言葉をかけてみたところで決してぬぐいきれるものではないのだろう。
 僕との散歩くらいでその思いがなくなるとは思えないけど、何もしないよりかはずっと良いはずだ。
 笑ってくれなくてもいい、いや笑ってくれたほうがもちろんいいけれど、悲しい顔を見ていたくなかった。
 朋香は一瞬「えっ?」と何かに驚いた後、小さく頷いてから部屋に戻った。
 僕も部屋に戻って出かける準備をする。
 上着をクローゼットから取り出す途中で机の上の小瓶が目に付いた。
 随分前からそのまま置きっぱなしになっている優から貰った星型のガラスと青い水の入ったお土産の小瓶。下に溜まった青い色素に光が当たって、見方によってはどす黒いような輝きを放っているように見える。
 なんとなくそれを手にとって小さく揺らしてみると、カラカランと軽やかな音が響いて、
 黒い光は虹色の星になった。

第三章 虹色のなかで 十

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 あの日から一週間が過ぎようとしている。
 あれだけ続いた憂鬱な雲はどこかに消え去っていて、年明けの太陽光線がぎらぎらと部屋を照らしていた。
 それはまるで、世界からも拒絶されているように見えた。
 電柱にとまった鳥のさえずりも、冬の冷たい風鳴りすらも嫌がらせか何かに思えてくる。
 体調は悪くない。元々は頑丈に作られてきた体だ。
 今では以前と同じように階段を下りて食事を取ることもできる。
 しかしその食事は味も、臭いも、音すら感じることが出来なかった。
 父の不快な騒音も、母の灰色の臭いも分からなくなっている。
 それは都合が良くて何を思う必要もなかったけれど、でもそこにはもう――
 ただ修がテレビのバラエティ番組を見て笑っているのを覚えている。その日父はチャンネルを変えなかった。
「…………」
 またか。
 死んだように静かな空間は意味の無い思考を動かしてくれる。もう何度こんなことを思っただろうか。
 肺一杯の空気を吐き出して部屋を出てリビングに下りる。
 ほんの少し前に彼女と笑い合っていた場所と同じ形をしているのに、今は全く違う形に見えた。
 母が電話に向かって誰かと話しているのを横目にしながら、何か飲もうと冷蔵庫を開けて中を見ると甘ったるそうなジュース類のパックがいくつか置いてあった。父も母もあまりこういうのを飲む人間ではない。修がコンビニで買ってきた物だろう。ちょっとコンビニで、というにはあまりにも多い量だったが特に気にする事はなかった。
 でもなんとなく飲む気が失せて、水道の水を汲んで飲むというよりも胃に流し込んだ。
 何やってんだろな、俺。
 電話に向かって「やっと叶ったわね」とか「おめでとう」とかそんな事を嬉しそうに話す母の声を右から左に通しながらソファに倒れこむように座ってテレビをつけた。
 話し方からして随分見知った相手なのだろうが、関係の無いことだ。リモコンのボタンを押して早足に画面を切り替えていく。チャンネルはどれも正月の特番ばかりで漫才なんかをしていた。
 背の高いメガネと背の低い帽子の男達が鳥のように首をせわしなく振りながら何かを言って客を笑わせている。
 くだらねえ。
 吐き捨てるように、自分でも聞こえないほどの声で言ってやった。くだらねえ。
 しばらくつまらない漫才は続いてからコマーシャルに入って、頭の悪そうな宣伝がいくつも流れていく。
 画面が切り替わるたびに腹が立って、電源を切った。
 母の話し声だけがBGMのように響いている。
 父はどこかに出かけていて、ガレージの車が無いあたり仲間と釣りにでも行っているのだろう。
 今日は珍しく修も遊びに出かけているらしい。
 BGMが終わり、ほんの短い間の沈黙が訪れてから母が慌しく出かける用意をし始めた。
「優、もうすぐ人が来るからお母さんちょっとお菓子とか買いに行ってくるけど、家に着いたら上がるように言っておいて」
 返事をしたわけでもないのに、母の中では勝手に返事が聞こえていたのかマフラーを巻いて家を出て行った。
 リビングの中にただ一人。
 窓はどこも開いていないはずなのに、風に揺られたような気がした。
 ……シャワーでも浴びよう。
 胸の中の気持ちの悪い何かを消し去りたくて脱衣所に入ると、鏡の中にやたら長身で、しかしひどい顔をした男が立っている事に気づく。
 どうして生きているのかもわかっていないような顔の男はやけに白色をした服を着ていて、何かにすがるような目をしていた。
 彼女が選んだ服。綺麗に笑いながらあれがいいこれがいいと服を選んでいく彼女を思い出すと、心が痛んだ。枯れた土をシャベルでえぐられるような痛み。
 何故白が好きなのかと訊くと、好きに染められるからと彼女は答えた。
 好きに変えられる色、彼女にとってそれは白であり、それは彼女の思いだった。
 変わりたいという意思そのものだったのかもしれない。
 それは現実のものになって、確かな変化が訪れてきて――――
 …………違う、そんな事は望んでいなかった。俺のリアルに足を踏み入れないでくれ。俺はずっとあのままでも、ずっとあのままを望んでいたはずなのに。
「優君はどうしていつも黒い服ばっかりきてるのかなって」
 すぐ耳元で彼女の声が聞こえた気がした。慌てて振り返ってみても、そこに彼女を見つけることは出来なかった。
 締め付けられるような胸の痛みを手で握り締めて、その虚構に耐える。
 あの時俺は確かこう言ったはずだ、いつか教えてやるよ、と。
 果たされることのなくなった約束が胸の中でどろどろに溶けて、心にこびり付いている。
 本当はあの時に教えてやるつもりだった。それなのに恥ずかしさなんかに負けた俺は言えずに場を濁して逃げたんだ。
 何故あの時教えてやらなかったんだろう、どうして言えなかったんだろうと何度も何度も繰り返す。
「黒ってさ、ほら他の色を混ぜてもほとんど変わらないだろ? 変わらない色なんだよ、黒は。だから、ほら、別に特別なこととかなくったって今の俺は十分楽しいし、幸せだからさ。和哉と馬鹿するのも、朋香と本のことで話せるのもすげえ嬉しいし、今こうやってみつきと居られるのだって――――」
 過去の自分に会えるなら何恥ずかしがってんだよ、言えよそれくらい、でないとお前はすごく後悔するから、今のお前なら言えるだろ、もう俺は言えないけどお前なら…………そんな事を言ってやりたかった。
 しかし現実は違う。それは無理だと本当は分かっている。
 だからただこうしてすがるようにあの時と同じ色の服を着るしかなかった。こうしていれば何かが変わってまた会えるような淡い希望を持ってしまっている。
 あの日から一週間、まだ彼女は帰ってこない。
 心の中ではもう分かっているのかもしれない、でもそれを認めることはできなかった。
 彼女の居ない生活に慣れ始めている自分が怖かった。
 手に力を込めて心を押さえつける。握られた胸が痛みに悲鳴を上げているが、心の痛みよりもずっとましだった。
 次第に冷静さを取り戻して、それに従って腕の力は弱くなっていく。服を脱いで鏡を見ると、胸元が随分赤くなっていた。
 シャワーを浴びてから部屋に戻ってベッドに倒れこむ。強く乗りすぎたせいかベッドから嫌な音がした。
 ふとベッドの頭部分に小瓶を見つけた。二つ仲良く並んだ小瓶。帰ってきた日に取り出してそのままになっていた瓶の中身はいくつもある星形のガラスが底に積もっていて、元々は青かった液体は色素は底に溜まって二層に分かれていた。
 溜まった色素は窓からの光を受けて青色にも、赤色にも、見方によっては黒色にも見えるような輝きを放っている。
 でもそれは本当の色ではない、彼女の選んだ時の色はもっと輝いていた。
 二つの小瓶を手にとって上下に振ってみる。瓶が小さいので片手でも二つを覆うことが出来た。
 揺られた星がふわふわと青い水の中を泳いで、虹を思わせる七色を照らし出している。その光はまるで白色のように見えた。
 もしかすると彼女には初めからそう見えていたのかもしれない。
 飽きずに光り続けるそれを、しばらくの間じっと眺めていた。
 家のチャイム音が鳴っていることに気づいたのは星たちが疲れて沈み出した頃だ。
 そういえば人が来ると言っていた気がする。まだ母は帰っていないので俺が出るしかない。
 惜しみながら丁寧に二つの小瓶を置いて部屋を出て玄関に向かって、つっかけに足を通して玄関の扉の鍵を回す。
 しばらく触れていなかった扉は以前よりもずっと重たく感じられたが、扉の前に立っているであろう人にぶつけないよう静かに開いた。
 半分ほど開けたところで二人の女性が見えた。一人はおそらく母親。もう一人はおそらくは娘だろうと思われる女の子。
 それ以上扉を開けることが出来なかった。
「こんにちは」
 母親らしい女性が頭を下げて挨拶をした。しかしそれに答えることが出来ず、ただ馬鹿みたいにその場に固まってしまっていた。
「お姉さん、あ、優君のお母さんから聞いてるかもしれないけど、今日はこの子の退院の報告と顔を出しに来ました」
 母親が女の子の肩にぽんと手を置いて続ける。
「この子はずっと昔、優君がまだ一歳か二歳の時に病気で意識不明になって、でも一週間くらい前に治療法が見つかってようやく目が覚めたの」
 女の子は少し不安げに母を見上げて、それから俺を見た。
「本当は目が覚めてからすぐに来たかったんだけど病院生活が長かったせいで筋肉が衰えていてね、初めはちゃんと動くことも出来なかったのよ」
 優しい目で母親が女の子を見ると、安心したのか穏やかな顔になった。
「リハビリをして、やっと退院することができたんです。ほら」
 母親が優しく女の子の背中を押すと、ずっと黙っていた口をようやく開いた。
「こ、んにちは……」
 緊張しているのかその声は尻すぼみだった。女の子は一度母親を見て、また俺を見る。
「今日、退院することが出来ました」
 その声は信じられないほど綺麗で、
「えっと、今まで迷惑をかけてごめんなさい」
 その小さな体は真っ白な服でコーディネートされていて、
「今日から色々お世話になると思いますが、よろしくおねがいします」
 その髪は俺のものよりもずっと美しい栗色をしてた。
 母親が女の子をぽんぽんと叩いて耳元で「名前、名前」と呟くと、女の子は慌てた様子で顔を赤く染めながら、しかししっかりとした声で言った。
「え、あ、えっと、すいません、私は如月――――」

エピローグ 青い大きな丸の中

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
 新学期が始まってそろそろ最初のテストが押し寄せてきそうだ。
 相変わらず僕は朋香に勉強を教えてもらったりしているのだけど、元々勉強とは相性が悪すぎて全然頭に入ってこない。
 こんな時に勉強の時間が少ない優が羨ましく思えてくる。
「こら、ぼんやりするな」
 窓の外を眺めていると、ベッドに寝転がって文庫本を読んでいる朋香に怒られた。
「分かってるって」
 そう言って再びノートと教科書にペンを握り締めて向かうのだが、眠い。
「寝るな!」
 そんな事を繰り返すこと早三回目。流石に切れて殴られるかもしれない。
 仏の顔も三度までっていうしな、あれ、三度目は無事なのか? まぁいいや。
 こんな感じに今日が過ぎようとしている。
 
 倒れていた優救出から少し経った年明け。冬休みもそろそろ終わろうかという頃だ。
 突然優が遊びに行こうというメールが来た。
 それまでおばさんの話によればずっと落ち込み気味だった優からのメールは僕や朋香を明るく元気付けた。
 一体何があったんだとか、どうしてたんだとかを尋ねてみたけど、優は笑って僕の質問を次々ごまかしていく。
 でもそれがいつもの優らしくて嬉しかった。
 そうそう、それからもう一つ大きな変化があった。
 優が毎週、週末に帰ってくるようになった。
 やっぱり理由は教えてくれないけど、どうやら親戚の人に会いに帰ってきているらしい。とおばさんが嬉しそうに僕達に話してくれた。
 その親戚の子に始めて会ったのは優が今年に入って初めて遊びにいくぞとメールをしてきた日。
 待ち合わせ場所の駅に黒服に戻った優ともう一人、随分小さめな女の子が並んで立っていた。
 小さめの朋香よりもさらに小さな女の子が、よりにもよって優と並んでいるせいで余計に小さく見えた。
 名前は如月みつきっていうらしい。
 優の髪も綺麗だが、染めているわけでもない彼女の髪は綺麗を通り越して美しかった。
 それから町の中をうろうろと歩いて遊んだりして解散。
 今でも週末になるとこうして四人でぶらぶらと遊びに行ったりしている。
 まるで前から四人だったかのようにそれはとても自然体だった。
 ほんの少し前に出会ったはずなのに、それが当たり前のよう。
 朋香もなんとなくそんな事を思っていたみたいで、二人で不思議がったりした。

「こらぁ! ね、る、な!」
「あがっ」
 まずい、朋香が本気でお怒りモードだ。何とか沈めなければ。
「そういえばもう昼だぞ、昼飯どうしようか」
「あ、じゃああそこがいい、和哉のおごりで」
「まじかよ……そろそろ財布の中身やばいんだけど……」
「お年玉入ったでしょ、ほら行くよ」
「さて、俺は何食おうかな、オムライスか、スパゲティか、グラタンか。とりあえずあれだな」
「私ピラフと、マカロニサラダとあれ」
 一呼吸置いてからお互い声が合った。
「ストローベリーパフェ」

あとがき

2008-03-04 | one day -鈍色の叫び-
ども、制作期間おおよそ6週間もかかったにも関わらず納得のいかない部分の多すぎる作品を作ってしまったポコピンです。
こんばんば


さて、one day-鈍色の叫び-はいかがでしたでしょうか。
本作品は当方の苦手なファンタジーな要素が詰め込まれてしまったことも合って制作期間が前作の6倍以上もかかったのに完成度は随分見劣りすることになってしまいました。
テーマは「愛情」と「叫び」です。
お父さん、お母さん。子供の声が聞こえていますか?時には彼らに話しかけてあげてください。彼らもまた何かを叫んでいます。その声に耳を傾けてください。
和泉優、そして如月みつきも言えない、または言うことの出来ない人間でした。
きっと人ってそんなものだとおもいます。
一生懸命に話しても、伝えたいことが伝わらなかったり。
それでも皆必死で思いを伝えようとしています。
ただ不器用で、伝え方がわからないだけ。
心配で様子を見に来ても、何を話せばいいのか分からなかったり。
良いことだと思ってやってみても、それは相手が求めていなかったり。
食違いによる軋轢はいつの時代も、いつの世代もあるものだとおもいます。
それでも、相手を信じてあげてください。
差し伸べられた手を、決して振り払わないように。




↓素ポコ感想




というわけで、ポコピン小説第二段を一応終える事ができました。
いやもう終わったとか終わってないとかそんなレベルじゃなく、
なんなんだこれはってかんじ・・・
そりゃ社長だって嘆きたくなりますよ・・・
【もはやこれはデュエル(小説)ではない】
と(´・ω・`)
出来の悪さに吹いた。大体お茶碗72杯分くらい。
あれだなぁ・・・作業が長期化しすぎたこともあって後半は何が言いたいのかもうさっぱり・・・
というかもう序盤からクライマックスすぎて意味不明に_| ̄|○死にたい・・・
もっとファンタジー練習したほうがいいんだろうか・・・うーむ
まぁいいや、次のはもっと気持ちよく書いて、気持ちい間に終われるように書き進めよう。うん、そうしよう。
さて、ここまで読んでいるようなマニアックな人がいるだろうか。
むしろ最後まで読めた人がいるかどうか心配だが、それもポコピン小説の一興。一驚?

では最後に。
この度は本作品を読んでいただき本当にありがとうございました。
引き続き【ポコピン亭】の馬鹿騒ぎにお付き合いしていただけることを願います。
それでは。


追伸
タイトルの叫びの意味は戯言の中を漁っていただければ分かると想います。