(6歳のお誕生日が過ぎて…)
今日はぽっちゃんの四十九日です。死んだ日も火葬の日も、そして今日も。…いっつも晴れです

3月17日(火)夕方、天国に旅立ってからもう一か月以上がたったのね。。。エンジェルぽっちゃん、天国では楽しく過ごしていますか?本当のパパ、ママに会えましたか?人見知り

が激しかったから、お友達ができたかどうかだけが心配です。
亡くなる直前に買い足した心臓のお薬20日分はせつないので、獣医さんに処分を頼んだよ。食欲がなくて心配して15日(日)に買ったばかりのおやつはお友達のコーギーちゃんがもらってくれたよ。よかったね。おもちゃのボールもあげる約束をしたからね。ぽっちゃんの供養になってほっとしてます
でも今回ぽっちゃんを見送って…犬って超能力があるのかな

って、ちょっと不思議な気分になってます

18日(水)に火葬場に行く時

、道を間違えて偶然ぽっちゃんを買ったペットショップの前を通るなんて

11年前にぽっちゃんを選んでから、一度も行ったことのないペットショップだったのにね。あまりの偶然にびっくり

でもよかったぁ。ぽっちゃんに最初に出会った場所に、最期の時にもその場所を通ることができて

なんか運命を感じちゃった

病院通いが多かったので、いつも十万円単位でぽっちゃん用資金

を用意していたんだけど。。。なくなったらまた銀行

に行って、の繰り返し。2月末にそろそろお金も底をついてきたかな

って思っていた時だったね、我が家からさよならしたのは。
ちっちゃな、ちっちゃなお骨になって我が家に帰ってきた晩、「あれ~

、まさか

プラマイ微妙かも



」
ぽっちゃん資金

から医療費、火葬代、お花代、などなど経費を電卓ではじいて、残金が17円。なんとか資金内でおさまってた

。で17って数字、なんだか見覚えがある数字

でも思いだせない。
そうしたら子供が「ぽちの死んだ日だ

」
一瞬、ぞ~

と鳥肌がたちました

資金内でおさまったことでさえ、「ぽっちゃん、気を使わなくてよかったんだよ」っていうお話なのに、残金が命日の17と同じだなんて。
あまりにも悲しすぎるよね。これまた運命を感じちゃった

17日の亡くなった晩は、私の横において最期の最期の夜を過ごしたけれど。。。
子供は私がぽっちゃんを抱っこしている夢をみて 目がさめた時(な~んだ。死んでないんだぁ)とうれしくなって「ぽち~


」って覗き込んで呼んだら…やっぱり死んでた。っていう悲しい夢。
私は夢なし。あ~あっ

夢でぽっちゃんに会えるなんてうらやましいな。って思っていたら…。お骨になった18日の晩、ぽっちゃんの夢を見ました。
場所はまったく見覚えのないところ。私はそとにいて、ぽっちゃんは2階の窓から身をのりだして、私を見てるの。その横には茶色のシェルティーっぽいわんちゃんと一緒に

。そこで私は危ないから「ぽっちゃん、そこで待ってて」とまたまた怒鳴ってしまって

自分の怒鳴り声で目がさめちゃった。もっともっとぽっちゃんと夢の中で一緒にいたかったけれど、相変わらず怒っている私に苦笑



でもよ~く良くいい方向に考えてみると、ぽっちゃんは天国に行く前に私にさよならの挨拶をしていったのかな。それ以降まだ一度もぽっちゃんと夢で会っていないわ。ちょっとさみしいような、でも天国に行って幸せなのかなぁとうれしいような気持ちです。
ぽっちゃん、本当にどうもありがとう。3月21日(土)に獣医さんにお礼を言いに行った時に、先生がやさしい言葉をかけてくださいました。「わんちゃんは飼い主さんと一緒にいられる時が一番幸せなんだよ」
最期の頃はお留守番が多くて今だに後悔しているけれど、預けることもなくほとんどの時を一緒に過ごせたように思ってます。
ちょこっとゴミを出す時も、家族の駅までの送り迎えの時も

、狭い家を移動(1階


2階)する時でさえも。。。いつも抱きかかえて移動していたよね。メンチャイ反面、かわいかったぁ
子供が時々ぼそっと言います。「ぽちに会いたいな。」
そして子供と話しています。「ずっと忘れてたけど、思い出したよね

。あの絵本」
ぽちが我が家にやってきた時、子供は小学1年生。
ずーっと ずっと だいすきだよ (作者ハンス・ウィルヘルム)の絵本を毎日のように読んでいました。
あの頃は、ぽっちゃんにも毎日言ってあげようね、「ずっとずっと大好きだよ。」って。
でもいつもまにか忘れちゃった

絵本の中のエルフィーとぽち。主人公の僕と我が子がダブります。一緒に遊んで、楽しんで。
ぽっちゃん。ずーっと ずっと だいすきだよ