進化論つうものは、大昔学校で習って、私の記憶の中では、キリンは、もともと馬のような姿だったものが、高いところの葉っぱを食べるために、徐々に進化して長くなっていった~~みたいなことだと、漠然と思い続けてきました。
虫や植物の色や形状なども、命をつなぐために独自の進化を遂げてきたのだ~みたいな。
でも、ちょっと調べてみると、19世紀のイギリスで普及したのは、ダーウィンと同じ時期にいた、スペンサーという人の進化論だったそう。
生物が進化すると考えた人はダーウィン以前にもたくさんいましたが、スペンサーも他の学者も、みんな「進化は進歩」だ
と思っていて、ダーウィンと同時代の進化論者たちは、こういう考えの根底には、「存在の偉大な連鎖」と共通する「生物
の中でヒトが最上位」という考えがあったのだろうということです。
一方、ダーウィンは、進化を意味する言葉として「世代を超えて伝わる変化」(descent with modification)をよく使っていて、この言葉には進歩という意味はないそうです。
もっと掘り下げてみたのですが、またもやきりがなくなるので、ここまでで私にヒットしたのは「進化は進歩」英語にするとエボリューションという言葉。
方向性選択が働けば、生物は自動的にただ環境に適応するように進化します。
たとえば気候が暑くなったり寒くなったりを繰り返すと、生物は、暑さへの適応と寒さへの適応を、何度でも繰り返すこと
になり、生物の進化に目的地はありません。
目の前の環境に、自動的に適応するだけで、こういう進化なら明らかに進歩とは無関係なので、進化は進歩でないとダーウィンは気づいたのでしょう。
人間は科学を進歩させても、自分たち自体は進化させることなんてできないでしょう。
ちょっと、にわとりかたまごか的になりますが、私は常々、科学の進歩は人間の進化には逆効果なんじゃないかと。
朝の短い時間でうまくまとめることはできないのですが、環境の変化などにもよるでしょうが、人間そのものは、このまま絶滅するんじゃないかと思いますわ。
科学の進歩が人類にとってよいことだったのか。
進化論、種の起源とは別な話になりますが、適応するものが生き残る。
人間はいろんな道具に頼らなければ生き延びられないけど、それもまた独自の生き残り戦術で、進化ともいえるのかもしれません。
朝から小難しいことを考えますが、これにも色々事情がありまして、私のように悩多き人間には、楽しく生き残りたくて、色々と進歩しようとしておるところです。
全く理解不能な内容になり申した。
おもさげなござんす。
今日の言葉
最も強いものが生き残るのではない。 最も変化に敏感なものが生き残る
ダーウィン
最もかわいいものが生き残る
ご訪問いただきありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫