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元緘黙症児だったアラフォー主婦の本当の気持ち(現在もこの症状かなりひきずってます…)
HN:ふわり

本当の自分

2005年11月25日 | 心の思い

小学校の頃、何もしゃべらなかったが、何も考えていなかったわけではありません。当たり前のことなのだが、毎日いろんな事を考えていました。

例えばクラスメイトに話しかけられた時、しゃべりはしないが、心の中で答えてました。声にならないだけで。性格の全然合わない子とグループが一緒になった時などは、心の中でかなり罵倒してました。

心と体が極端に違うので、バランスを崩してストレスを溜め込んでいたかもしれません。
本当の自分は体と心と目と耳とですべてが「こうしたい」「したくない」と意見が一致した時の姿。
少しでもズレがあるとやっぱり苦しいです。

今の自分もやっぱりズレている気がして、どうも居心地が悪い。
自分の心の思うがままに行動させてやりたい。けど、何か見えない壁のようなものが私を邪魔している。
この壁どうやったら壊せるのでしょうか?

もしかしたら本当の自分を出してしまった方が、受け入れられるかもしれません。隠している私というものを周りはうすうす気づいて、近づかないのだとしたら嫌われてもいいからぶつかってみた方が楽かもしれない。

失敗してもそれは本当の自分なのだから。


それでも学校へ行った理由

2005年11月17日 | 緘黙時代(小学校)
私は保育園、小学校、中学、高校と学校では無口な人間でした。中学、高校では簡単な会話程度なら話す事ができたのですが、話をしても返事がない私には当然、友達はいませんでした。学校では1人でいる事がほどんどでした。
それは本当に寂しく、辛い毎日でした。普通だったら、こんな状況から逃げたいと思い、学校を休んでしまうでしょう。
でも通い続けました。皆勤賞をもらった年もあります。

なぜ?

それは、特別な目で見られたくないから。無口というだけで充分目立っていたかもしれないですが、目立ちたくなかった。他の子と同じでいたかった。だから本当の気持ちは苦しくて辛くて毎日泣きたいのに、学校では
「私は1人で平気!誰に頼らなくてもやっていけるわ。」
というクールな感じの態度をいつもとっていました。この習慣が現在にまで影響し、今でもうまく人に頼る事ができないし、自分の思っている事と逆の行動をとってしまい、よく後悔しています。自分の気持ちをきちんと相手に伝える方法がわからないまま、大人になってしまい、今でもよく戸惑います。

あと、もう1つの理由は、学校を休むほどの勇気がなかったから。登校拒否をするには、エネルギーが必要です。親に説明しなくてはいけないし、学校からも連絡が来るでしょう。それに自分の気持ちを話さなくてはいけないし、もし登校した後のクラスの子達にどうゆう態度をとればいいかわからない。そんなエネルギーを使う事をするぐらいなら、普通に通っていれば楽だと考えていました。だから、学校へ行かない選択をした子を見ると、それだけで勇気があるなと思っていました。私には登校拒否するほどの勇気もなかったのだから。

これが緘黙症であった私の学校へ通い続けた理由です。

感情の波

2005年11月10日 | 心の思い
最近、感情の波が激しく、突然何でもないことで怒ったり、
泣き出したりしてしまって、家族に迷惑かけっぱなしです。

私は現在、子育て中の専業主婦なので一日のほとんどを家で過ごしています。ただでさえ人付き合いが苦手だというのに、専業主婦という閉鎖的な生活を1年以上続けてきて気持ちが落ち着かないのです。なるべく子供の前では感情を抑えるように努力してきたのですが、どうしようもない時はやつあたりしてしまいます。その度にすごく落ち込んでしまって、反省ばっかりしてしまいます。

私は人が苦手で何気ない挨拶程度の会話でも緊張するし、子連れのお母さん達が5,6人で立ち話をしているのを恐怖に感じたりするくせに、実は人と関わり合いたいと思っているのです。本当は集団に加わりたいし、たくさんおしゃべりをしたいと思っている自分が心の中にいるからとても苦しく感じる。この緘黙症という性格と今まで培ってきた経験が邪魔して全然前に進めなくて、もどかしくて、すごく落ち込んでしまうのです。

仕事をしている時は、仕事をいうつながりで人と話をすることができたけど、今は本当に1人なんです。友達もいないし、新しくどうやって作ったらいいかわからないし、回りをみるとほとんどママさんたちのプチ集団ができていて、その中にいまさら飛び込む勇気もなく、孤独感どっぷり味わってますって感じです。

本当、一緒に住んでいる家族には申し訳ないです。