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チャーリーブラウンによろしく

2年ほど放置していたブログですが、ヤプログから引っ越してきました。
更に数年を経て、ようやく再開しました。

沈黙は金ではない、と思う

2023年11月22日 | 暮らし
遠藤周作氏の名著「沈黙」を読んだのは多感な高校生の頃だった。いたく感動したというより、傷ついたような心持だったことを忘れていない。
弱者の弱者たる由縁をあぶりだすように描き、その弱者が自分と重なったからだと思う。繰り返される神の沈黙という言葉が記憶に刻み込まれている。

今秋、若者が亡くなった。
ヘアアイロンを押し付けられて額に火傷を負った女性が、その後の複数の上司(と言っていいと思う)達からの、膨大な業務命令と凄惨な言葉と態度による暴力を受け続け、自らの命を絶ったとのことだ。

古くから長く続く、女性だけの劇団の中で起こったこの事件は、刑事事件だと思う。
少なくとも労働基準法に触れるが故に、警察署同様、捜査権を持つ監督署が取り扱う事件であることは間違いない。
1か月で400時間を超える残業の果ての自死は、阪急に雇用されている労働者たる劇団員の過労死事件だ。

話はそれるが、僕は、この女性だけの劇団について、ジェンダーフリーの現代に、昭和のそれも初期の頃の風土から抜け出られず、変化できない憐れを感じていた。
殊に、同じような化粧と髪型と発声と台詞回しで演じられる、はなはだしい没個性のきわめて形式化された「男役」という存在が、とりわけ滑稽で憐れを醸し出していると思う。
馬鹿げたスタイルの写真を電車の広告に見つけるたび冷笑を禁じ得ない。

揶揄るのは程々にする。
かつて劇団に属した方が、極めて具体的な例示と共に、この劇団では、かかる暴力が常態化していたと、主張されている。
その主張の詳細をARC TIMESというyoutubeの動画で視聴した際、傍らのヒロコさんは、最下層の劇団員の置かれている状況が第二次大戦下の日本軍の二等兵や日本軍に捕らえられた捕虜のそれに等しいと嘆いた。
同番組の編集長の尾形氏が拷問だと漏らした一言を受けてのことだった。

なるほど、そっくりである。かの時代の兵や捕虜の凄惨については、戦争を知る世代が残した著書や映画での見聞に過ぎないが。

長く続く劇団とその前置機関たる音楽学校からは、多くの女性が巣立った。
だが、組織内での、戦時下の捕虜に対するものに匹敵する、恒常的に行われ続けている暴力についての報道が今年2月から始まったのに、今日まで、声を上げることが可能なはずの、組織を出た女性たちは、ことどとく「沈黙」している。

劇団の人気作に「ベルサイユの薔薇」がある。
この劇の原作である名作漫画では、主人公が自らの正義に従い革命軍に転じ、殉職する。正義と良心の物語でもある。
この劇に参加された方も多くいるであろう。
その原作に恥じない行動は出来ないものか、と問いかけ、願う。

ヒロコさんの指摘に反応して、僕は、戦争捕虜の殺害を命令され、仕方なく絶望的に加担した為、戦犯として処刑される男の苦悩を描いた名作映画のタイトルを想起した。

わたしは貝になりたい。

劇団を退いた方や、今属している方、事実を知る多くの方たちは皆、そう思っているのだろうか。

「沈黙」でいいのか。本当にいいのか。

ー追記(令和5年11月28日)ー
これを未明に書き仮眠の後ネットに上げた日の夜、報道で西宮監督署が動くことを知った。事件になって安堵した。
正義が行われることを期待する。

さらに、かつて西宮署は以前に是正勧告を発していたことも、その後の報道で知った。
過日行われた、あの傲慢極まりない記者会見が、当局からの是正勧告を放置してはばからない者どものがゆえの所業であったと知り、妙な納得をした。



悲惨な二つの戦争を横目に、博覧会開催に邁進する破廉恥

2023年11月03日 | 暮らし
公共事業は、税を費やして行われる。
だから、事前に事業の実施については、市民の賛成があると盛り上がる。
同意を得るためには事業の内容を説明し、事業の実施に必要な税の見込み支出額を提示し、適否を問う。
「その事業で、そんなことが出来るのか。或いは、そんなものができるのか。で、それには、これくらいかかるのか。・・・まぁ、それならいいんじゃないか」
という具合に、市民が同意すればしめたものである。

大阪に万博をと主張し、その通り開催できるようになり、それは既存政党でない新しい政党の推す市長や知事の功績だと、その新しい政党は主張した。主催者である公益財団法人2025日本国際博覧会協会は、万博の支出見込み額として、1,250億円を提示した。
2018年12月のことだ。

事業の開始前に予め算じたものである以上、その通りに行かないこともある。見込みがある程度ぶれるのは仕方ない。
だが、当初の見込みが1,250億円であったものが2年後に1,850億円になり、更に3年後に2,350億円になるのは、ある程度の範囲を超えている。
こんな言い分ををビジネスにおいてすれば、詐欺で訴えられたり、契約を破棄されて損害賠償を請求される。

事務総長は、スポンサーである国と大阪府市、財界には、予算増額の根拠を概説したが、大阪府市民とその他の国民に向けては、何も発していない。
スポンサーには説明をするのは当然だが、国家に税を支払い、その使途を委ねた市民には説明する義務はないので、興味があれば報道などで知って下さい、という態度だ。
またしても。いつも通り。木で鼻を括る。
誘致に当たり、賛成の民意が形成されていることを示し、無事に誘致できたのだから、見込み額もほんまもんに差替えるし、事前に切符は売るから、もう賛成してもらわなくても結構、なのだろう。
奥歯が軋む。

だから。
先日、公益財団法人2025日本国際博覧会協会のウェブサイトにある問い合わせフォームに、質問を投じたので、ここに載せることにした。問い合わせフォームは、意図的に、同ウェブサイトの最下段にひっそりとあった。

目と気が向きましたら、どうぞこの先にお進みください。

冠省。
 近頃、万博の開催が危ぶまれる報道がいたるところで行われております。しかるに、貴会におかれましては、これらの報道に対応する説明や情報発信が十分になされているとは、私には思えません。
 例えば、貴会のウェブサイトにおかれましては、工事の進捗状況、参加国の申込み状況などについての説明は、どこにもなされておりません。唯一、「契約情報」のみ存しますが、進捗を示す資料ではございません。
 質問をいたします。報道により万博開催に不安を覚える国民のために、報道に応え説明する道義的責任は、貴会には無いのでしょうか。或いは、既に説明済みであれば、その資料をご提示ください。
 本日、試みに生成AIによる検索をしましたが、二度目の万博開催予算増額についての、貴会が国民に向けて行った発表や説明は見つかりませんでした。唯一、貴会会長が、経団連会長として行われた際のスピーチにおいて、簡単な説明がなされたのみです。万博開催の予算の三分の一を負担する国民、更にもう三分の一を負担する大阪府市民に対する増額理由や増額の内訳の説明などの働きかけは、まったく見当たりませんでした。
 二つ目の質問です。開催費用を負担する資本家、或いはスポンサーたる国民に、明瞭な説明をする道義的責任は、貴会には無いのでしょうか。お答えください。或いは、既に説明済みであれば、その資料をご提示ください。
 ところで、現在、技術の進歩により、インターネットの視聴サイトを通じて個人や団体が自ら主体的に情報を発信できるようになりました。その結果、国民の情報源はマスメディアによるものに限定されず、大きく広がったことは、公式視聴サイトを設けられている貴会も、十分ご承知のことと存じます。
 そういった視聴サイトでの発信を行う個人や団体の中には、様々な「報道」を、独自の視点でされておられる方も多く存在します。最近では、「一月万冊」という視聴サイトを運営する団体に属する個人記者の質問が、おぞましくも夥しい性加害を行った者が起業した法人の(当初は変更しないと主張していた)その社名変更を結果するという、既存のマスメディアが有するそれよりも、すぐれて国際標準的な常識に基づく、報道による実績が形成されました。
 謂わば、マスメディアではない個人記者の優れた質問が、民度の低かった加害法人をして、国際標準に叶う行動をさせたものと思料致します。
 ことほどさように、最早、視聴サイトを通じた個人記者による報道の中には、その品質において、マスメディアの報道に比肩し、或いはそれを凌駕するものが多く存在します。
 そこで第三の質問です。すぐれた報道をする無所属の個人記者が多く存する現代において、記者クラブに属する記者にのみに記者会見の事前案内をするという、国民の知る権利にとっての不利益(情報源の制限)を敢えて行う理由をお聞かせ下さい。
 さらに最後の質問です。凡そ記者会見においては、事前の個人情報と誓約書の提出、入場前の身体検査、会場内での警備員の配置などによる、秩序維持、会見の品質保証は、会見開催者側に課せられた任であることは言を待ちません。
 今後の記者会見においては、かかる体制を築かれた上で、何らの制限や条件を付すことなく、参加を求める者が当然に等しく参加でき、等しく質問の機会を与えられるよう態度を変更され、行動されることは可能でしょうか。お答えください。
 この回答に際しましては、業界団体に無所属の個人記者の社会的信用の不透明さなどという詭弁や、会見進行における秩序維持などという狡猾な論点のすり替えを、あたかも指名NGリストを作成した某法人の浅薄な言動のごとく駆使されませぬよう、老婆心ながら申し添え致します。
 末筆ながら、いたらぬ文章を読了くださいましたことに感謝申し上げ、心あるご回答をお待ち申し上げます。
草々

万博会場は爛尾楼になるのかならないのか

2023年09月20日 | 暮らし
コロナが流行る少し前だった。
近所のまとまった土地が整地され、ビルの建築が始まった。インバウンド需要を見込んだホテルだ。
工事の進捗が遅いことをいぶかっているうちに、張り付いていた足場が解体され、未完のビルが工事中の簡易壁の向こう、露出した土の上に所在無げに立ったままとなった。
中国資本によくある、資金繰りをしながらの建築という無謀が破綻した。

「爛尾楼(ランウェイロウ)」
未完成のまま放置されたビルのことを、中国ではこう言うらしい。
ヒロコさんが教えてくれた。インターネットで探すと、たくさんの陰惨を見ることになった。

ところで。
大阪万博の開催が、工事の遅れなどにより、期日に間に合わない見込みとなっている。
その会場に大屋根リングなる建築物(一周2kmある世界最大の木造建築物になるらしい)を建てることになったが、その金額は設計変更料だけで170億円を超え、総額350億円とのこと。

最近になり、各国が建てるパビリオンの建て方の選択肢として、プレハブを建てるから内装だけそちらでやってという、タイプXなる提案がなされ、万博会場建設工事に限り、労働法制の規制を外す要請がなされた。
行き当たりばったりな動きが、かの国の成り金資本や国家プロジェクトに似てきた。
期待はしぼみ、不安と開催費用は膨らむ。

巨大木造建築物をアイコンとする会場立地は、南海トラフ巨大地震の震源地近くの人工島である。
巨大地震は、いつ起きてもおかしくない(2018年1月現在で今後30年間に発生する確率は70~80%)そうである。

9mの海抜にあり、想定津波の高さは5mなので大丈夫と大阪市は主張するが、神戸大名誉教授の田結庄良昭(たいのしょうよしあき)氏は、巨大地震で、護岸が液状化で沈下し津波により浸水し、会場は陸の孤島となるほか、対岸からの大量の油漂着による火災も指摘する。

巨大地震の予定地に巨大建物を建てるとは、すごい発想だ。知事は、その所属政党名を「斬新」に変えられてはいかがか。
或いは、きっと知事は、万博の隣に博打の会場を誘致するのだから、行き当たりばったりではなく、イチかバチかで地震が起こらない方に、膨大な予算を賭けることにしたのだろう。
知事を、博徒と呼びたくなった。

万博会場と建築物が、爛尾楼(ランウェイロウ)にならないよう祈りたいと書くはずが、違う結論になり、驚いている。
が、冷静に考えると、万博は無事に終了すれば、350億円超の税金を投入して、労働法制を曲げてまで建てた世界一の巨大木造建築物であっても、すべて解体し、会場は現状回復されるそうだ。

いいのか悪いのかは別にして、爛尾楼(ランウェイロウ)になる可能性は、元よりない。



ignore と reject の両方を行っている、と思う

2023年08月08日 | 暮らし
原子力爆弾でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

広島と長崎の原子力爆弾の投下は、日本(軍)政府がポツダム宣言を黙殺(ignore)したことが直接の契機となったそうだ。
これを通訳が、却下(あるいは拒絶)(reject)と英訳したため、黙殺の真意が通じず、怒りに火を注いだ云々、との説もあるが、黙殺の言葉の後は、断固戦争完遂に邁進する、 と結ばれているのだから、アメリカにすれば、この際の言葉の違いは大した問題ではなかったろう。

もうやめよう、という申出を黙殺した。
だから、死ななくてもいい膨大な数の市民がむごたらしく死に、生き残った人々は病苦にさいなまれ、あろうことか自国民に差別された。原子力爆弾の被害認定を拒絶された方も多くいる。
そういう日と歴史だったと刻み、過ちを二度と繰り返さないよう、一市民として誓いたい。

その記念日の少し前の日だった。
国際機関が調査に訪れ、調査を終え、自分たちの見解を述べた。
彼らは、いくつかの事案について調べ、また服部吉次さんをはずかしめたことに端を発する重罪人の行状も調べたそうだ。
その最後、毅然とした声音で糾弾は始まった。
糾弾は、重罪人本人のみならず、これを見逃した重罪人の設立した組織の不作為と、報道機関のもみ消し加担と、行政の無策に及んだ。

重罪人であったにも関わらず、その科(とが)を受けることなく死んだ、小児〇愛(〇は心辺に生きると書く字)者による犯罪が行われたことは、最高裁において事実認定されている。

当時の報道機関の多くは、この裁判を黙殺した。
そして、重罪は積み重ねられた。
生涯にわたる重罪人の犯行を数えれば、おびただしい回数と人数になるとの見通しを、先日見聴きした。

その被害者の内、数名の方が自分の被害について詳細を公表し、再発防止と救済を希望された。
だが、これを報じたテレビ局はほとんど無かった。
黙殺はなおも続いている。

報道機関の沈黙は拒絶に等しい。
情報伝達に当たり、middle(media) の意味通りの仲介をしない、という意味において。
報道機関は、被害者の声を黙殺することで拒絶した。少なくとも報じることを拒んだ。
原子力爆弾を投下され、過ちは繰り返すまいと刻んだ国民の末裔は、またも黙殺の過ちを、組織内でも、報道の現場でも、行政でも繰り返している。
祖先にあわせる顔がないではないか。

国連には、是非、お願いしたい。
国際社会における名誉ある地位を占めたいと、憲法前文で謳っているにもかかわらず、労働市場における奴隷制が残置され、〇搾取(〇は心辺に生きると書く字)が放置されている日本は、国際連合の理事国などはもってのほかなので、現在の地位を相応なところにまで引き下げる、という爆弾的処遇を、是非、投下いただきたいと願う。
かの憲法前文を黙殺し、拒絶してほしい。
黙殺と拒絶の痛みを身をもって味わい、国際社会での評価が堕ちるのを見れば、行政や報道機関は無論、財界人なども、すわ一大事とばかり手の平を返して騒ぎ始めるに違いないから。
その時には、重罪人の作った組織からの要望や嘆願など、黙殺し拒絶するに違いないから。

壊れた思い出

2023年07月18日 | 暮らし
大学の三回生当時、アルバイトで貯めたお金で買ったギターは国産メーカーが丁寧にアメリカのブランドを真似たテレキャスターと呼ばれる形をしていた。

当時、僕はヒロコさんの影響で、モータウンを核とする音楽に魅せられていた。
テレキャスターのトーンは、これらの音楽をやるのに不足はなく、更に、結構暴れる音も出せて、それはそれなりに当時演っていたハートその他のコピーバンドの指向とも合っていた。

でも、何よりも。
山下達郎氏が弾いているのと同じテレキャスターというギターだということが大事だった。テレキャスター以外を買うつもりは無かった。
氏のものとは、メーカーはもとより仕様も異なる安物だったが、テレキャスターであればよかった。

大学に入った秋、僕は、所属した音楽サークルで、当時四回生の先輩たちのバンドにスカウトされた。
卒業を前にした最後のライヴだった。
渡されたスコアには、山下達郎氏の名が記され、初期の作品のいくつかを演奏することになった。

新鮮だった。

メンバーが手練れの先輩だったこともあり、すごく楽しかった。
もちろん指は今も、当時演った曲を覚えている。
以来、山下氏の作品群、とりわけ氏のカッティングが好きで憧れた。僕もテレキャスターを弾きたいと思った。
大学三年になり、願いが叶った。

つい先日まで、氏の、アカペラ盤を除くMELODIESまでのレコード盤と、竹内まりや氏のVarietyまでのレコード盤はいずれも愛聴盤で、折に触れターンテーブルに入れ替わり載った。(アカペラ盤はなぜか持っていない。)
その後のCDも幾つか手元にある。

以前もブログに書いたが、ずいぶん前だが、まりや氏の「駅」の、ヒロコさんの凝ったハモを入れたアレンジを、リンクの通りYoutubeにアップしている。
最近は、大好きなPaper Dollを、サビのみ4ビートのウオーキングベースにコードのコンピングを混ぜるアレンジを施し、独りよく弾いていた。
コード進行に氏の粋を感じていた。他にも、いくつかカヴァーのアレンジを作り終え、ライブで演りたいと思っていた曲がある。

先週、山下達郎氏のラジオ放送を聴いた。

最初から最後まで、弄した詭弁にあきれた。
最後に、ある種のいさぎよさ、或いはけれんみの無さを示すためだったのだろう。(自分に不同意の方には)私の音楽は不要でしょう、と氏は、決意表明のように語った。

勝手な言い分もあったもんだ、と思う。
思い出や記憶や憧れが、こういう形で損なわれてしまったことに、戸惑っている。
大事にしていたものが壊れてしまった、そんな喪失感を持て余している。