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チャーリーブラウンによろしく

2年ほど放置していたブログですが、ヤプログから引っ越してきました。
更に数年を経て、ようやく再開しました。

叫風一過 3

2015年10月31日 | 小説
 言葉となってこぼれた途端、この言い逃れは前頭葉に貼り付いて、脳の連係をさえぎった。どう猛な犬に追走されているかの如くに、彼は逃げた。
(前回ここ迄)
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 どうやって、たどり着いたのだろう。古いワンルームマンションの階段を上り、二階の自室のドアを後ろ手に閉め、明幸はその場に、ドアに体をあずけて崩れた。乱れた息が横隔膜を乱打する。立てた両ひざの間に息を吐き、髪に手をやった。が、手に触れたのは髪ではなく帽子。帽子だった。―こんなもん!こんなもん取りに行ったから!―。わし掴むや歯をむいて壁へ投げつけた。
 何故、こんなことに巻き込まれたのかという現実の拒絶と、あのバイクが悪いのだという責任の転嫁と、小鳥たちはきっと皆、大丈夫だという根拠のない希望と、その望みを増幅させる妄想が、頭を支配した。拒絶と転嫁と楽観と妄想…。執拗に明幸は反すうした。やがて、疲れ果てベッドまで這い、短絡した回路が発熱して溶けるように、彼の意識は闇にうずくまった。…シャカシャカシャカ…。地を引き摺られ、いつの間にか片方ちぎれたイヤホンが、依然として心地いいジャズを、逃亡者の、その足元で奏で続けていた。

 叫んだような気がして、明幸はシーツから頬をはがした。風だった。近づく台風がもたらす重く湿った強風が、窓のわずかな隙間を声帯にして、無音階の叫びをファルセットで歌っていた。目の先にはこたつ机。はっと起きあがった彼は、そこに寝転ぶテレビのリモコンを握った。少し見ては、次、また次。眼前に構えたリモコンを押してニュースを探した。が、無い。リモコンを捨てた彼は、部屋の奥のパソコンを起ち上げた。いつも見るサイトの速報枠の中ほどに、果たして、それはあった。
「通学の列にバイク突っ込む(大阪)」
 マウスをすべらせる。ポインターが見出しに重なる。マウスを叩く。すぐに画面が替わり、写真付きの記事が示された。写真をポインターで打つと、扉を破壊され、悲鳴を上げたまま固まった店と、道路にかがむ警官が大きく画面に示された。慌てて写真を閉じた。
「9月6日午前8時ごろ、大阪市浪速区下寺2丁目の路上で、ハンドル操作を誤り横転したバイクが、小学生を次々にはねるという事故が発生した。この事故により、大阪市立日東小学校3年の田丸翔一君(9歳)が頭を強く打ち、意識不明の重体のほか、バイクを運転していた大阪市平野区の会社員も重体となっており…」
「重体ってなんや。よぉわからん。助かってよ、お願いや…」
 言葉がこぼれ、気が付けば、涙が口の端を湿らせていた。明幸は、次々と画面に問いかけ、検索した。
 突然柵を飛び越えた男を避けようとしたバイクが、バランスを失い転倒して事故が起こった、とは、どこにも書かれていなかった。「警察は、バイクを運転していた会社員の、スピード出し過ぎが原因ではないかとみて、取調べを行っている」という報道を最後に見て、明幸は液晶画面から離れた。
 消し忘れたテレビが、北海道の秋の味覚の特集だと騒いでいる。
「花咲ガニはぁ、ほら、足が一、二、三…八本。つまりぃカニじゃなくてぇ、なあぁんと、ヤドカリの仲間なんですぅ」
「ええから早う、ニュース流せや」
 したり顔で語尾を伸ばすレポーターに向かって、毒づく。窓枠を揺らしながら、風がまた歌った。それは、ヌンクの「叫び」を、明幸に思い出させた。今にも、自分があの絵と同じように何かを恐れ、怯えて叫び声を上げそうだと、彼は感じた。恐れ、怯えているのは、事故の悲惨とその責めを負うことだった。そしてもう一つ。逃げ出してしまった自分。
 力を込めて窓を閉めた。悲鳴は断たれた。テレビを消した。









叫風一過 2

2015年10月30日 | 小説
 着地した明幸が後を振り向いたのと、彼の肩をヘルメットがかすめたのが同時だった。つられて前を向くと、ブレーキの、命がけの軋めきが絶叫し、路面に火花を散らしてバイクが滑って行くのが見えた。またがっているはずの人物は、腕を気味悪く肩から捻じってアスファルトを転がった。制御を失くしたバイクは、はすかいに道路を横切るや、小学生の列に突っ込んだ。直後、悲鳴とガラスの粉砕音が朝を切り裂き、道路に面する調剤薬局の扉が派手に壊れた。
(前回ここまで)
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 不気味な間をおいて、幼い阿鼻叫喚が噴出した。号令に一喝されたごとく、目撃者たちは、傷ついた小鳥たちの中へ飛び込み、道路の動かぬライダーに駆け寄り、のぞき込んだ。
「大丈夫か」怒声が響く。「救急車」という叫び声も。
 電話を握りしめ、男が辺りを見回しながら、
「ここは松屋町筋の西側の…いや、えっと、に、日東や。日東小学校の近くの…」
 必死に場所を伝えている。
「嘘、やろ」
 明幸は、歩道の柵を握りしめ、光景を現実と了解できずに立っていた。自分が、目の前で今も刻々と進行する事故の、その引き金を引いた事実を、事実として受け容れられなかった。ぶらりと胸に垂れたイヤホンが、シャカシャカと昨夜の、幕開けのワルツの、会心の即興への挑戦を再現している。
 見回せば、二、三メートルほど先、道路のセンターライン近くに、見覚えのある帽子が落ちている。明幸はゆっくりと歩み寄り、しゃがんでそれを手に取った。しゃがんだまま目深にかぶる。帽子のつばの先、抱きかかえられた一人の子の、力無く垂れた腕が見えた。洩れ出たのだろう。ガソリンの臭気が目と鼻を刺す。
 明幸は、ふらりと立ち上がった。振り返った。見回した。自分に視線を固着させている者は、どこにもいなかった。いたいけな負傷者たちに人々は吸い寄せられ、ある者は明幸の肩を押しのけるようにして被害者へと向かった。事態を何とかしようとする緊張と集中が、明幸の存在を透明にした。
 彼は事故に背を向けた。飛び越えた柵の反対側へと道路を横断し、静かに歩き始めた。頭痛がした。心臓が頭に移動したかのように、左右のこめかみが拍を刻む。その鼓動に足取りを合せること。それだけを意識して、目を伏せて歩いた。さっき通って来た交差点を虚ろに折れてしばらく進み、次の交差点を、再びどちらかに折れた。
「あっ…」
上げた目線の先に、通天閣があった。老婆が小さな犬を連れて歩いて来る。自転車が、カリカリという金属音を立てて伸びやかに駆け抜ける。横切った女児の黄色の帽子の下、赤いランドセルが揺れている…。視野に、くつろいだ日常が開けた。悲惨はどこにも無い。安堵が吐息となった。彼は、ぼんやり、かつての「大大阪」のシンボルを目指して進んだ。
 だが、やがて相次いで遠く叫ぶサイレンに反応し、胸の中で新たな不安が、ドライアイスの様に湧き、心に這い広がった。しばらくすると、サイレンが近づき、突如、明るいヘッドライトが曲がり角から現れた。赤い光彩の明滅。一方通行の逆行。救急車だ。立ち止まり目を固く閉じ、ドップラー効果のうす気味悪い下降音を背中に
聴いた直後、明幸はたまらず走りだした。喉を低音の呻きがこすり抜け、吸い込んだはずの空気はたちまち足りない。そのとき、心に幾度も共鳴していた想念が小声になって漏れた。
「俺やない。俺のせいやない」
 言葉となってこぼれた途端、この言い逃れは前頭葉に貼り付いて、脳の連係をさえぎった。どう猛な犬に追走されているかの如くに、彼は逃げた。









叫風一過 1(連載スタート)

2015年10月29日 | 小説
夏に書いた小説は、選から漏れた。だから、例によって、ここに掲載する。
「帽子」をキーワードとする小説を、とのことであった。いま読み返すと、拙さに「あっちっち」と声を出したくなるような表現もあるのだが、構わず、そのままを載せたい。ただし、そこそこ枚数があるので、分割することにした。何処で切るのかが悩ましくも楽しい。

どれ、ダメだった原因をはっきり見定めてやる、というお方、暇なお方、自分も応募作品などを書いてみようと思っているので、ここは、下手なものを読んで自信をつけたいというお方、その他、読んでもいいぞというお方は、どうぞ目をお進めください。
大体同じ分量で、今日から9日間、連載いたします。通勤、通学の電車内などのお供、昼食やティーブレイク後の気楽な読み物などとして、持て余す「すきま時間」の埋め合わせになれば、これはもう、望外の喜びでございます。

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「叫風一過」

 雲が滑らかに流れていく。湿気が肌に絡みつく。金曜日の朝、曇天。明幸の足取りは軽い。そして、少しおぼつかない。
 ピアノのまっちゃんと俺のベース。そこに、久々のコウスケのドラムとくれば悪くなりようがない。にしても、昨夜はよかった。とりわけ、二曲目に演った"Nardis"は格別だった。
「俺、スコット・ラファエロ?いや、エディ・ゴメス?みたいな」
 明幸は、独りごちた。「で、まっちゃんは七十年の、あのビル・エヴァンス」小鼻がまた膨らんだ。マスターもニコニコしていた。滅多にほめないあの人のあの顔。一年に一回くらいだろうか。
 こんな日の酒は、気持ちいいばかりで、空が明るくなるまで飲んだのに、いっこうに酔わない。マスターが店を閉め、朝の「おやすみ」を言い交わした時も、皆、しらふみたいなもんだった。
 明幸は、思い出して、店が録ってくれた昨夜の演奏を再生した。イヤホンを両耳にきつく押しこみ、音量を増した。きれいに録れている。楽器が見えるようだ。また嬉しくなった。
 そうそう。台風が近づいているとマスターが言っていた。ウッドベースを店に置かせてもらえてよかった。ごろごろと曳いて帰る途中に、雨に降られたら洒落にならない。そんなことを思いながら、にび色の空を仰いでペットボトルの水を飲み、ふうっと大きな息を吐いた。イヤホンの"Waltz for Debby"が、水彩画のような和音で鼓膜を撫でる。狭い歩道を揺れながら歩いた。
 突然、そこにガチャガチャとランドセルの揺れる音が割り込み、背中いっぱいにそれを背負った小鳥たちが、明幸を追い越して走り抜けた。嬌声。交わされる「おはよう」。軽やかなさえずりがピアノトリオに混じる。軒先の老人が、ポストから取り出したばかりの新聞を広げている。スーツの男の足早な出勤。近づく台風を、誰も気にしていないようだ。町の朝のいつもの風景が動いている。
 突風だった。
 明幸のトレードマーク、デニムのハンティング帽が、あっ気なく宙に舞い上がり、車道に落ちた。思わず舌を一つ打った。夕べからの高揚と酒精の残滓がそうさせたのかもしれない。彼は、とっさに歩道と車道を区切る柵に手をかけるや、それをひらりと飛び越えた。と、イヤホンが外れ、急に4ストロークのエンジン音が轟いた。
 着地した明幸が後を振り向いたのと、彼の肩をヘルメットがかすめたのが同時だった。つられて前を向くと、ブレーキの、命がけの軋めきが絶叫し、路面に火花を散らしてバイクが滑って行くのが見えた。またがっているはずの人物は、腕を気味悪く肩から捻じってアスファルトを転がった。制御を失くしたバイクは、はすかいに道路を横切るや、小学生の列に突っ込んだ。直後、悲鳴とガラスの粉砕音が朝を切り裂き、道路に面する調剤薬局の扉が派手に壊れた。










まじない札

2015年09月27日 | 小説
文章を学ぶ学校の課題は「占い」「肩こり」のいずれかで三枚というものだった。
今年から、講義数を減らして、時代考証のプロの先生のみ、受講している。その代わり、短編、長編などをせっせと書いている。
今月末日締め切りの短編50枚を書きながら、上記課題の内、「占い」をテーマに書いた。やっつけ仕事丸出しの一日作品である。やっつけぶりをご覧になりたいという奇特な方や、お暇な方、酔狂な方、等等、どうぞ目をお進めあれ。

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まじない札

 ひと頃、本町橋の東のたもとに、夕暮になると占い師が立った。水野天元と名乗るこの男は、占いの際、その託宣を疑う者があれば、自分はかの有名な観相家、故水野南北先生門徒の末席だったと騙った。これが功を奏したのか、男の占いはそこそこの評判を取った。
 天元は、元々、京は二条通りの薬問屋の手代であったが、博打で身を持ち崩し大坂に流れて来た。その出自を含めて、彼が「似非」であることは、誰の知るところでも無かった。
 彼は、当時、髷が未婚を告げてくれるのを幸いに、橋を渡る女が島田髷だと見るや、
「その思いは、堀に流すのがよい」だの、「次は二人で渡るであろう」などと、声をかけた。当てずっぽうだったが、幾人かはきっと真に受けた。いつの世も、恋は女心に隙を作る。
 その日も、天元は橋を渡って来た娘に、
「その恋、川が上から下に流れるが如く、当然に叶う」
 したり顔でうそぶいた。娘はクスリと笑って通り過ぎたが、丁度その時丸髷の若い女がすれ違い、ふと足を止め、声の主を見た。が、彼女はすぐに立ち去った。通り過ぎた華やかな娘を追う好色な天元の目は、この女の挙動を認めたが、気にかける道理はなかった。
 次の日の夕暮、彼が本町橋に着くと女が待っていた。きりりと着こなす小袖は友禅。間違いなく金はある。天元はほくそ笑んだ。
「昨日、あなたは私の秘めた恋を見抜きました。なぜ、わかったのでしょう」
 女は、天元の目を見た。彼は当てずっぽうの流れ弾が、人妻に当たったと驚いたが、
「心の目による観相、としか言いようがありません。あぁ、他言はせぬ故、ご安心を」
 柔らかく見つめ返した。この商い、ここからが肝心だと思いながら。
「きっと叶うと、あなたはそう言いましたね」
 女は、なおも尋ねた。
「今一度、あなたを深く観させて戴きたい」
 彼は、問いに答えず、一途な人妻を取り込みにかかった。数日の手間暇をかけ、甘美な幻想の沼に彼女を沈め、持てば道なき恋の道をも通すと、手製のまじない札を売り付け、おおよそ一か月分の稼ぎを、彼女から得た。

 季節が一つ過ぎた。
「その恋、真田の赤備えに同じと観た。さよう。あと一歩のところで叶いませぬ」
 夕暮れ。天元はいつものように、橋を渡る髙島田の娘に声をかけた。娘が前を過ぎた。
 瞬間、天元は腹に焼けるような痛みを感じ、直後に一転、冷水を感じた。見れば懐刀が真っ直ぐに脇腹に立っていた。それきりだった。娘がそれを引き抜くや、鮮血がほとばしった。活目の暗闇の中、彼は、娘の涙声を最期に聴いた。
「姉は、まじない札を手に不義を重ね、死罪となった。然るに、さんざそそのかした者が、未だ生き残っている。天誅と心得よ」
 蒼白の天元の額に、まじない札が貼られた。

(了)
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拙いものにお付き合いくださり、誠にありがとうございます。

本日、少々疲れております故、いつもの「解説もどき」は省略させていただきとうございます。悪しからずご了承のほど、お願い申し上げます。










Midnight Lady

2015年08月25日 | 小説
ストレスに弱いので、厄介な仕事を前にして腰を痛めてしまった。情けない。
安静にしつつ、懐かしい音楽を聴いていた。音楽は、一瞬で僕を昔に引きずり込んだ。

・・・・・・。
あのころ、僕は、背伸びするために生きていたのかもしれない。
高校生のころである。
入学した年の6月くらいだった。僕は、当時24歳の女性が自宅で開いた英語の塾に通うことになった。彼女は、地元の高校を出て京都の私立大学に行き、卒業後通訳ガイドの試験を受けるため帰郷していた。
その数カ月後、秋の終りに、僕とその先生は恋に落ちた。塾の終りにテーブルの下で手渡されたメモには、夜中に来いと書かれていた。当時、僕は深夜によくジョギングをしていた。

深夜に自室の窓から部屋を抜け出して、明け方に戻る盗人の如き行いを、それなりに長く続けられたのは、田舎であったことと、銀行員の父の出勤先が車で小一時間のところだったため、やたら朝が早かったことによるところが大きい。
11時過ぎには、両親は就寝していた。深夜に部屋の電気を消して家を出て、彼らが起きる直前の五時前に戻ることが多かった。
それでも、秘めた恋はやがて僕の親の知るところとなった。
当然僕は、散々の叱責の後厳しい監視下に置かれたが、その後すぐ彼女は通訳試験に合格し、単身、大学時代を過ごした京都に戻って行った。

恋は、人間に、何やら特別な力を授けることがある。
その後、大学を受験した僕は、受けた大学の内一番偏差値が高かった、最後に受けた京都の私立大学だけに合格した。彼女の母校である。断然、集中力が違った。

では何故、今、その彼女が僕のそばにおらず、ヒロコさんがいるのかという件(くだり)はまたの機会に譲りたい。高慢で、木で鼻をくくる厭な男の話をどう 糊塗したものか 書いたものか悩ましいからである。

話を戻す。
塾の時以外は夜中に会うしかなかった僕はその曲を聞いた時、「これは彼女の曲」だと思った。彼女が大好きなLee Ritenourの曲だった。貸してくれたレコードに入っていた。大好きな曲になった。

久しぶりに聴いた。
優しいクラシックギターの音色に・・・。能書きは不要である。当時西海岸にいた凄腕が集まって奏でた「彼女の曲」は正しくは、"Midnight Lady"という。