「明幸、俺のこと、怖いみたいやしな」
夫は、どこか誇らしげに言い添えた。
(前回ここまで)
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若い二人には、ことによれば酷なのかもしれないが、自分たちの信ずる善を急ぐため、洋子は間を置かず明幸を訪ねたのだった。
靴を脱いですぐの、こたつ机の前の座布団に、洋子は座った。安物のマシンが、ポコポコと音を立てコーヒーを淹れ始めた。蒸れた豆が匂う。ここでも彼女は、いきなり核心を突いた。
「佳乃、ゆうべ帰って来てから様子がおかしいんやけど、明幸君、昨日、何かあったの?」
気圧されながらも、明幸は、自分の不注意な行為が原因で事故が起こり、それなのに、とっさにその場から逃げてしまったことを、はっきり告げ、その後の二人のコインランドリーでのいきさつを詳しく語った。そこで、やおら明幸は座りなおし、
「色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と、深々と詫びた。もう少し口下手だったはずだが、と洋子は思っていた。そうとも知らず明幸は、自分が事故の賠償をすることになったら、結婚なんてできなくなると佳乃がひどく落ち込み、夕食を食べずに帰ったのだと、洋子への回答を終えた。
そう、と答えた洋子に明幸は、当分の演奏の仕事を整理したので、今日、佳乃からの電話を待って、出来れば彼女に同意してもらい、警察に出頭するつもりであることを打ち明けた。その最後に、彼は、
「俺、事故に遭われた方全員に謝ります」
と、一晩かけて固く決めた思いを語った。
つとめて穏やかに、洋子は尋ねた。
「そしたら、婚約はどうするの?」
「佳乃さんやご両親には、とても…その、とても申し訳ないのですが、こうなった以上、婚約は、無かったことに…」
明幸は口下手に戻った。最後まで言えなかった。
「明幸君。はっきり言いなさい。婚約は無かったことに?」
洋子は、静かにただした。
「させてください」
重く湿った返事が、机に落ちた。
「ね、コーヒー、出来たみたいやね。飲も」
唐突に、洋子はわざと空気を壊した。
「え、あ、はい」
明幸は、あたふたと流しに立ち、コーヒーを注いだ二つのカップを両の手に持ったが、思い直して小さな盆にそれらを載せ、そろそろと運んだ。そのペアのカップを見て、洋子は思わず微笑んだ。一口飲んで、彼女は毅然と言った。
「許しません」
夫は、どこか誇らしげに言い添えた。
(前回ここまで)
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若い二人には、ことによれば酷なのかもしれないが、自分たちの信ずる善を急ぐため、洋子は間を置かず明幸を訪ねたのだった。
靴を脱いですぐの、こたつ机の前の座布団に、洋子は座った。安物のマシンが、ポコポコと音を立てコーヒーを淹れ始めた。蒸れた豆が匂う。ここでも彼女は、いきなり核心を突いた。
「佳乃、ゆうべ帰って来てから様子がおかしいんやけど、明幸君、昨日、何かあったの?」
気圧されながらも、明幸は、自分の不注意な行為が原因で事故が起こり、それなのに、とっさにその場から逃げてしまったことを、はっきり告げ、その後の二人のコインランドリーでのいきさつを詳しく語った。そこで、やおら明幸は座りなおし、
「色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と、深々と詫びた。もう少し口下手だったはずだが、と洋子は思っていた。そうとも知らず明幸は、自分が事故の賠償をすることになったら、結婚なんてできなくなると佳乃がひどく落ち込み、夕食を食べずに帰ったのだと、洋子への回答を終えた。
そう、と答えた洋子に明幸は、当分の演奏の仕事を整理したので、今日、佳乃からの電話を待って、出来れば彼女に同意してもらい、警察に出頭するつもりであることを打ち明けた。その最後に、彼は、
「俺、事故に遭われた方全員に謝ります」
と、一晩かけて固く決めた思いを語った。
つとめて穏やかに、洋子は尋ねた。
「そしたら、婚約はどうするの?」
「佳乃さんやご両親には、とても…その、とても申し訳ないのですが、こうなった以上、婚約は、無かったことに…」
明幸は口下手に戻った。最後まで言えなかった。
「明幸君。はっきり言いなさい。婚約は無かったことに?」
洋子は、静かにただした。
「させてください」
重く湿った返事が、机に落ちた。
「ね、コーヒー、出来たみたいやね。飲も」
唐突に、洋子はわざと空気を壊した。
「え、あ、はい」
明幸は、あたふたと流しに立ち、コーヒーを注いだ二つのカップを両の手に持ったが、思い直して小さな盆にそれらを載せ、そろそろと運んだ。そのペアのカップを見て、洋子は思わず微笑んだ。一口飲んで、彼女は毅然と言った。
「許しません」