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折登ひろしのGRAFFITI

日本人と英語と国際社会と、ちょっぴり料理について考える

貴方/あなたはカタカナ英語とアルファベット英語を区別できますか?

2021年11月15日 | Weblog

カタカナ英語は和製または日本国製で、アルファベット/alphabet英語は英語国製です。

NHKの連続テレビ小説の番組名は日本国製のカタカナ英語 「カムカムエヴリバディ」 で、Come Come Everybody は日本人が中学・高校で学んだ alphabetを用いた英語国製です。

 alphabet英語の Come Come Everybody を日本語に訳すと、「皆さんいらっしゃい」 とか 「皆おいでよ」 になります。 「カムカムエヴリバディ」 は日本人でも由来が分からければチンプンカンプンでしょう。 

 今、何かと話題になっている 「マイナンバーカード」 は和製英語で、alphabet 英語に直すと  My Number Card となるはずですが、英語国で残念ながら意味不明ですmy house number なら別ですが……。アメリカでは identity card/ID card (身分証明書) です。

注:且つて (EU/European Union/欧州連合/が設立されるまで) Passport/旅券がヨーロッパでは身分証明書で、私は外出・旅行時には常時携帯していました。国境が接していて不法滞在者が多かった故。

 日本のお役人は My Number Card は、日本語の 「私の番号札‣証」 と考えているのでしょうが、欧米の常識から言えば冗談じゃありません‼ 個人に番号を振るのは、脱走を防ぐための囚人か、ナチス・ヒットラー時代に収監した、ユダヤ人の腕に刺青した番号くらいです。日本の常識は世界の非常識。世界の常識は日本の非常識」を地で行くのが和製英語です。

  「マイナンバーカード」 に似た例をもう一つ挙げると、今、話題になっている小室桂さんと真子さんのアメリカ・ニューヨーク市行の件です。それは 「国際運転免許証」 です。わざわざ鮫洲免許センターまで出向いて取得したようですが、私の経験では海外で通用しません。

 日本で発行された顔写真のある免許証は受け入れられます。日本のお役所が発行する 「国際運転免許証」 は海外で通用しません。無用の長物です。もっと卑近な例では、東京大学も東京芸術大学も海外では全く通用しません。オックスフォード大学/Oxford University やハーバード大学 / Harvard University は通用します。日本の重鎮と言われる人物は、ママさんの居る銀座のバーでは重鎮でも海外では只の人・男です。

 リニューアル」 も和製または日本製英語であることは以前述べました。カタカナ英語は英語のふりをしている英語もどきの言葉で、端的に言えばいかさま英語で、日本で通用しても英語国では通用しない、というのがカタカナ英語とアルファベット英語との相違です。

 日本人の知性は全く霧消してしまったようで、阿呆だね……。危機感が全く無いのに只々呆れています。中国由来とされる 「珍紛漢紛」 または 「チンプンカンプン」 をカタカナ英語で何と言うのでしょう?アルファベット英語では  "It sounds Greek to me."  または  "It's all Greek to me." です。

I'll see you all, soon.

 

 


松本亨と "Think in English"

2021年11月14日 | Weblog

NHKラジオ英語会話講座を21年間にわたって担当

「戦後始まった『ラジオ英語会話放送』の黎明期」(2014年11月03日) を投稿してから実に17年の歳月が過ぎ去りました。またその一年前に 「『10年一昔』、『20年は二昔』以上でした」 (2013年12月20日) を投稿...あっと言う間に過ぎ去った中の世界の動乱と日本が衰退を続けた年月です。

 今、NHKの総合番組で連続テレビ小説が 「カムカムエヴリバディ」 の表題で放映されているようですが、内容や時代の設定は全く平川唯一氏が放送していた当時とは異なるようで、何故 「カムカムエヴリバディ」 なのか、首をひねるどころか腰をひねります。カタカナ語の乱用もここまで来たかという最悪の例です。前回の投稿で (2021年10月22日) 指摘した 「エビデンス」 や 「マニフェスト」 が霞んで見えます。カタカナ英語は alphabet スペリングの英語と同じに扱われているのです。つまり 「カムカムエヴリバディ」 = Come Come Everybody は、NHKでは同じ言語表示としているのです。

 上記「戦後始まった『ラジオ英語会話放送』~」で、出版社:英友社に関わる話を約束して途切れてしまいましたが、コロナ禍で日本に限らず世界中が激震に見舞われている最中に、約束した松本亨氏と氏に関わる  "English" を振り返り、再、再度、日本人の英語という外国語に対し、驚愕するほど幼稚な認識に、無駄とは分かりつつもその病巣にまたぞろ照準を充てます。その理由は、これまで度々述べてきた日本村の住民の思考能力の後退と低下、それに付随する使用言語、日本語の著しい劣化です。

     在りし日の松本亨、NHK放送室にて。

松本亨 「ラジオ英語会話」 講師就任 

川唯一氏が 「ラジオ英語会話講座」 の番組を降りることになり、代わりの後継者を探すことが私の父、折登健三郎に託されたという話で前回は終わりました。「ラジオ英語会話講座」 の テキストを出版するために設立された 「メトロ出版社」 が、ドル箱の 「ラジオ英語会話講座」 テキストの出版権を失い倒産の憂き目に遭い、テキストの編集責任者であった父は同時に失職し、その後、嘱託とかの名目で 「ラジオ英語会話講座」 の編集者として復職したものの、その間、我が家は貧乏のどん底に喘ぐことになりました。

 その様な父が、何故後継者を探す役を受けることになったのか今となっては不明ですが、平川唯一氏に代わる講師の候補で白羽の矢が立ったのが松本亨氏です。氏と父親との出会いは、明治学院大学に始まります。

明治学院は、長老派教会/Presbyterian Church の宣教師‣医師で、ヘボン氏が横浜で開いた 「ヘボン塾」 が基になって、1887年に東京の港区白金台に日本最古のキリスト教主義学校 (ミッション・スクール/mission school=キリスト教に基づく教育を行う学校。mission=キリスト教の伝道会) として設立されました。ヘボン/James Curtis Hepburn氏は、幕末に来日し、横浜で医療活動に従事、また日本初の和英辞典『和英語林集成』を編纂し、それによってヘボン式ローマ字を広めたことでも知られています。

  • 中学校で英語の授業を受け、英語のアルファベット/alphabet を習うと共に、日本語のローマ字表記も学習の一環として学んた記憶が蘇ります。日本語のローマ字表記には基本的に 「訓令式」 と 「ヘボン式」 の二通りあることも教えられましたが、カタカナ語が氾濫する現在、かつてHepburnが 「ヘボン」 と表記された摩訶不思議な理由は?映画『ローマの休日』で一躍有名になった女優/俳優のオードリー・ヘップバーン/Audry Hepburn をオードリー・ヘボンと表記も発音もしないのはなぜでしょう?
  • ここに日本人の母語ならびに外国語に対するジレンマ/dilemma (二者択一、板挟み) があります。「ヘボン」 と表記するか 「ヘップバーン」 または 「ヘプバーン」 と表記するかは悩ましい選択です。「ヘボン」 は音声的にはより正しいが、「ヘップバーン」 は文字表示としてはより正しい、というジレンマです。英語のネイティブ・スピーカー/native speaker (母国語とする話者) がナチュラル・スピード/natural speed (日常話す速さ) で話すと、日本人の耳には大体 「ヘボン」 のように聞こえるはずです。
  • 中国語を視覚による文字だけを輸入し、音声をないがしろにして来た付けが、現在の日本人の日常生活に影響を及ぼしている好例です。
  • 言い過ぎても言い過ぎない音声を無視したカタカナ語の乱用がそれです。
  • 先日結婚された真子さんを、アメリカ人は 「マイコ (Mako)」 と言っていました。何故か分かりますか?OPECを 「オーペック」 ではなく 「オペック」 と言うのと同一習性です。

 人づてに 「明治学院にすごいのがいるぞ」 という話を聞いた父は、早速、明治学院大学に出向いたところから、松本亨氏と英友社と後年私をも巻き込む運命の交流が始まりました。「すごいのがいるぞ」 のすごいというのは、英語に堪能であるという意味ではないかと解釈していますが、アメリカで長く生活・活動していたという意味も含まれていたかもしれません。そして1951年に就任した松本氏の 「英語会話放送」 も順調に推移するにつれ、父親と松本氏の交流が深まりました。

松本亨:1934年東京で開催された第Ⅰ回日米学生会議に日本代表として日本側代表演説を行う。1935年明治学院高等学部英文科卒業後、ニューヨーク市マンハッタン/Manhattan区に在るユニオン神学校 / Union Theological Seminary入学。1941年日米開戦により1942年「敵性外国人」として、ニューヨーク市のエリス島/Ellis Island に抑留される。1944年アメリカ改革派教会/The Reformed Church of America より按手礼を受け牧師となる。1949年コロンビア大学/Columbia University 教育学部卒業 (教育学博士) 後、北米外国伝道協議会/The Foreign Council of North America より明治学院に派遣され、戦後の母校の再建に関わった。

 回顧すれば、私が高校生となった冬のある日、すき焼き鍋を囲むという名目で、松本氏と秘書の愛子氏 (後妻となった) を父が自宅に招いた時が初対面でした。1950年代は、日本はまだ戦後の食糧不足を引きずっていた頃で、すき焼き鍋は我が家にとっても大変なご馳走でしたから、氏に最上級のおもてなしをしたのです。その後、私は芸大に進学し、念願の留学計画が実を結び始めた頃、助言を得るために松本氏と再度お会いしています。

松本氏が第2回日米学生会議の日本代表として客船で渡米した時に、同乗していた若い女性が最初の奥さんとなりました。その出会いについて、後の著書『英文・ユーモア作文集/Laughing at Myself(英友社) に英文で述懐されています。米国生活に慣れた彼女は、帰国後の日本の生活に馴染めず、ニューヨーク市に戻り離婚しています。

折登洋の渡米の実現と英友社の誕生

学の足掛かりを掴んだ私は、川崎汽船の貨物船で一週間かけて他の三人の乗客と共に生まれて初めて北米の地、カナダ/Canadaのブリティシュ・コロンビア/ British Columbia州、ヴァンクーヴァー/Vancouver に先ず足を踏み入れることになりました。ヴァンクーヴァー市では、英語が話せる私は観光のため下船し、同乗船者の一人と市内を巡る中で、スタンレーパーク/Stanley Park に行き当たり、広い緑豊かな美しい自然公園が深く印象に残りました。ネット上で見て今も変わらぬ風光明媚で休心しています。

 南米チリが最終目的地である船は、途中、課せられたそれぞれの寄港地で荷の積み下ろしのため、ヴァンクーバー市から南下し、アメリカ、オレゴン/Oregon州のコロンビア/Columbia川を遡り、アストリア/Astoria市、ポートランド/Portland市 に立ち寄り、さらにカリフォルニア/California州へ向け南下しました。有名な金門橋/Golden Gate Bridge の下をくぐった船は、私の下船地サン・フランシスコ/San Francisco市 の港に到着しました。船上で入管手続きを済まし、芸大在学中から同じ画学生と文通していたペン・パル / pen pal=ペン・フレンド/penfriend が、嬉しいことに新婚の夫とともに出迎えに来てくれていて、初対面をしました。

気候の温暖化で高温や火災の被害からテレビに映し出された、上記の西海岸のヴァンクーヴァー市もポートランド市も現在は高層ビルが林立し、当然とは言え以前とは様変わりです。気候変動だけではない、過去半世紀の間に地球上で加速する変化に私は危機感を覚えます。

スコットランド/Scotland のグラスゴー/Glasgow市で COP26/ Conference of the Parties (締約国会議) が先日開催されましたが、まさに、この半世紀と言うよりも、第二次世界大戦以降の世界の変動ぶりには、危機というより恐怖感が先立ちます。COVID-19 はある意味での警鐘を鳴らす役目を果たしているのかも……。ただ一つだけ私が言えることは、地球は自転を続けるということです。つまり、毎日朝と夜を告げ時を刻みます。脳みその肥大化した人類もそれを制御することは永遠に不可能でしょう。地球上を騒がせている、プーチン大統領も習近平国家主席も回転する地球に乗っかっているだけです。

 サン・フランシスコ市内を車で観光案内してくれたペン・パル宅に一泊し、翌日、陸路列車で滞在先のカリフォルニア/California州ロング・ビーチ/Long Beach市 に向かいました。出迎えてくれたスポンサー (身元引受人) 一家とこちらも初対面を果たし、スポンサー宅に一時滞在することになりました。それは、予期していた波乱万丈のアメリカ生活の第一歩の始まりでもあった訳ですが、アメリカ本土の地に足を踏み入れたにも拘らず、アメリカ生活に関わる情報を散々集めていた為か、異国の地という実感が湧きませんでした。かつて父親がワシントン大学に留学していてその話を幼少の頃から聞き、また留学時代の多くの写真を見慣れていた事も一助したかもしれません。

 ただ強いて言えば、列車から見る LA/Los Angeles市 から Long Beach市 に至る平野のいたるところに、カラスの嘴のような形状の巨大な機械が上下して原油を汲み上げているのが印象的でした。同時にこの原油確保のために日本が馬鹿げた戦争を始めたのだ、という感慨がよぎりました。

ホームシック/homesick という言葉があります。何人もの日本人が経験しているのを見聞きしていますが、私は経験したことがありません。戦時中のひもじく貧しい虐げられた生活を経験した私には、アメリカ生活は天国での生活のようでした。一方で、世界のあちこちで現在も貧しい虐げられた生活を強いられている、特に女性子供には、かつての自分の事のように心が痛みます。

人生を欧米で全うする覚悟で日本を出国した私は、欧米の生活に溶け込むことは望むところで、難事は挑戦のための試練であったので、意に反して帰国せざるを得なくなったこれまでの半世紀は、逆のホームシックに掛かっています。挑戦しても前進する成果が得られない日本村の現実に、閉塞感と息苦しさだけを感じています。

 以後、ロス・アンジェルス市に移動、ミシガン/Michigan州、ブルームフィールド・ヒルズ / Bloomfield Hills市 の留学先 Cranbrook Academy of Art に何とかたどり着き、留学生活を始めた頃、父親から届いた手紙に、日本放送出版協会退社を期に英友社を創業したとありました。

 社名は、松本氏の 「英語の友になる」 という提案を受けて命名された、ということも後で知らされましたが、出版社の社名が英語に特化するのは、選択肢が限定され賛同できることではないと思い、その後帰国することになって、氏にそれを伝えましたら、「あぁそうかね」 の返事で終わりました。結果として危惧したことが誠になったのは皮肉なものです。

 その後、改めて知らされた英友社創業に関わる事は、松本氏 (以降松本亨・松本) と父と後述する森喬伸氏 (以降森喬伸・森)の三者が会合を持ち、アメリカで自著の出版歴のある松本が、英語学習書を執筆、英友社が出版、森が英語塾で松本の英語学習書を使用する、という三者合意があったことです。

 そして危惧が誠になった英友社と運命をではなく共ににしたのは誰あろう、このブロッグの投稿者: 折登洋です。日本の英語教育は口にするのもはばかる程、当初から当ブロッグで指摘していた事ですが、日本の衰退と行動を一にするかのように退化・劣化しています。日本も かつての GM の後を追っかけているようです。是非、「GMの破たん」(2009年6月20日) を参照してください。

 私見として、アメリカは 「腐っても鯛」ですが、対する日本村は、かつては光る日本刀のように見えた世界地図の右端の離島も、今はぶら下がる 「鰯の目刺し・干物」 のようです戦後復興したものの結局は栄枯盛衰を地で行く態になっています。

著者としての松本亨とその功績

十年前までは、松本亨の名前は世間に広く知られる存在でしたが、光陰矢の如しの諺にあるように、今ではほんの限られた年配者に記憶されているだけではないかと思います。

余談ですが、「光陰矢の如し」を英語で何と言うか知っていますか? Time flies です。Time flies like an arrow ではありません。調べてみると、「光陰矢の如し」 の出典は明らかではないが、古代中国や日本の平安時代以降の文献などに、度々その表現が見られるということです。Time flies の意味は、時間が経つのは早い、とか時の流れは早いという意味で、他に time に関わる言葉では time is money があります。

 私の意に反して帰国して英友社を引き継ぐ事になった頃、松本亨も21年続けたNHKの 「ラジオ英語会話講座」 の講師を、私の帰国に合わせたかのように降りることになる一方で、長年のラジオ英語会話講師・執筆活動により、多くの信奉者・賛同者を松本亨は得ることになりました。

 松本亨の21年間続いた、 「ラジオ英語会話講座」 を支えたのは、聴衆に対する松本の放送中の話しっぷりや声や進行の仕方や英語の知識であったかもしれませんが、最大の武器であり才能は、もし執筆力という言葉があれば、文章を書く能力です。松本は常に自身の書き下した原稿を公にすることを望んでいました。それも日本語よりも英語でです。

 その希望に合致したのが英友社であり「ラジオ英語会話講座」のテキストです。結果的に英友社は、松本亨の御用出版社のように、数々の英語学習者向け著書を世に送り出しましたが、松本にとって、毎月発行される講座のテキストを執筆するのも喜びであったようです。その結果が21年という長寿番組につながりました。

 松本が生涯に渡って残した著書は100点を超えました。英友社が出版し、私が推奨する英語学習書で後世に残る作品として代表的なものとしては、当ブロッグで紹介した 「『書く英語・基礎編』How to Write English  Vol.1と (『書く英語・実用編』How to Write English  Vol.22010年8月26日〉参照) でしょう。他に『英作全集‣全10巻』がありますが、膨大な量であるのと時代に合わせた改訂が必要で、私が関わる改訂版の 「第1巻」「第2巻」 は出版にこぎつけましたが、「第3巻」 は英友社の存続が不可能になり、中途で断念、以降の巻は絶版となりました。

『書く英語・実用編』How to Write English  Vol.2 は、4年の歳月を掛けて改訂しましたが、現在の日本人の英語力では程度が高過ぎて、使い道が無いでしょう。本当に残念ですが、日本が太平洋に面した東の再果ての夢も希望も失った、小学生並みに幼稚で家畜化された民族が居住する村と化した現実は受け入れるしかありません。虚しく空回りした松本亨の努力は霧消してしまいました。併せて馬鹿正直な当ブロッグの執筆者の私の悔しい思いのやり場がありません。運命と受け止めるしかないのでしょう。

「松本亨高等英語専門学校」の開校

本亨の弟子を任じ、信奉者の一人森喬伸は、東京渋谷で経営していた英語塾の格上げに挑み、同じ渋谷の宮益坂の中途に土地を購入、学長として松本亨の名を冠し 「松本亨高等英語専門学校」 を立ち上げました。10階前後の立派なビルで、開校の日に招待された私は、松本亨の学長としての英語の挨拶を、他の来賓と共に聴くことになりました。アメリカ全土で1000回以上演説した経歴を持つ人物だけに、期待に違わないものでした。

 森は松本亨の信条とも言える 「英語で考える・Think in Englsh」 を、英語学校の指導の主軸にしました。従って校内では日本語の会話を禁じ、英語でのみの教授・指導を (近年では珍しいことではない 英語が社内公用語になるという怖~い話」 〈2010年8月26日〉参照) 是に施行しました。

 ただ松本亨の学長就任は名のみで、実権は理事長の森喬伸が握り、看板である松本亨の授業は週一回程度で、松本本人は利用されているのは分かっていても、さすがに校長に対しての処遇には不満だったようで、英文で一冊の本に著しました。『ある学長の死/Death of a College President(英友社) です。内容は学長としての自身の行く末を予測するもので、原稿を受け取った私は 「えぇ~っ」 と思いましたが、ほぼ著書通りの経過と病 (心臓疾患) で、65歳で逝去されました。

 松本亨の著書は、既存の書 Thinking in English が在ることから Think in Englishとした経緯があります。ニューヨーク市の広告代理店に勤め始めた頃、父から新刊で 『英語で考える本/Think in Englshという書名で新刊書を出版するとかで、カバーの装丁を頼まれました。「英語で考える」をどの様に視覚化するか名‣迷案が浮かばず、不満ながらも何とか期日に間に合わせ、版下を東京に送りました。

 

                                                                                                                                                                                                                                                                    学習法としてThink in English=「英語で考える」 という提唱は、上記 Thinking in English という著書が既に存在し、私自身、高校 (青山学院) の英語の授業で、該当の書は宣教師のアメリカ人教師が使用、教わった経験があります。ドリル式で似たような文章を反復練習させることで、日本語に訳さずに次第に英語のまま理解させるという手法だったようです。参考書として所有していましたが、今、手元に無いので確認できません。ネット上で調べましたが、古い本なので同じ内容と思われるものは見つかりませんでした。

  『英語で考える本』は、幸い書店での売上が好調で再版を重ね、また松本亨高等英語専門学校の主軸となる教科書として採用されたこともあり、英友社の経営の一助となりました。

松本亨は二人いる?

う一人の松本亨の存在が、英友社の経営に携わってから知りました。創業者の父も松本亨も故人となった、とある日、松本亨の知人と称する人物から松本について話したいことがあるので来社したいとの電話があり、約束した日時に会いました。二人きりの会話の内容は全く覚えていませんが、帰る間際にもう一人の松本亨の実像を明かしました。なるほど、と納得しましたが、それを私に伝えたいがためにわざわざ来社されたようです。その松本亨は本物の松本亨の知名度に便乗したのでしょう。

そこで改めて松本亨の履歴をたどると、1960年母校、明治学院校舎の再建に関わるごたごた (詳細は知る由もない) で同校教授辞任、その後フェリス女学院大学教授など勤めました。1971年には、NHKより日本放送協会放送文化賞を受賞するに至るなど、松本亨の知名度はさらに広まったようです。

 もう一人の松本亨を、ウイキペディア/Wikipedia で調べてみると経済評論家とあります。株式投資について知られた存在であったようですが、何年か前に故人となっています。改名前というか実名を知りたかったのですが、叶いませんでした。

 松本が存命の時に、夜中に投資の事で電話がかかってきて迷惑したと、こぼしていましたが、かつては、電話帳で個人の電話番号を知ることが出来、そのような事は日常茶飯事でした。英語学習者が松本亨は英語だけでなく金儲けに手を貸している、と怒っているという話も聞いた事があります。

 次回は、「松本亨高等英語専門学校」 の破綻です。

to be continued, friends!

 

 


日本人と英語⇒カタカナ語の使用は博学の証か優越感か?

2021年10月22日 | Weblog

   「整形」と「形成」、「エビデンス」と「証拠」       カタカナ語の使用は博学」と「優越感」の一挙両得?

日、BSテレビ東京で、恒例だそうですが、東京工業大学の学生から寄せられた数々の質問に、報道記者 / journalist 池上彰氏が答える、という番組を初めて視聴しました。そこで、我が目と耳を疑う事態が起きました。池上氏がある質問に対し、「それにはエビデンスがあるのですか」と言い放ったのです。「証拠」 をカタカナ英語で答えたのです。ちなみに、基本的にエビデンス/evidence のカタカナ英語と本物の英語の発音は ”ビ= bi”と "v" の差だけです。日本語にアルファベット/alphabet の "v" の発音はありませんが、発音に近い表示として"ヴィ"とする方法はありますが、面倒なのか適用外のようです。

 いや~、またまたびっくりさせられました! 以前、元三重県知事だった北川正恭氏が、TV放送でマニフェスト/manifesto (選挙公約) の使用を目を輝かせて推奨していたのを思い起こさせます。池上氏の発言で、初めて ”はっと !” 気が付いたのです。"~そうだったのか" 日本では、カタカナ語 (主に英語) の使用は、カタカナ語の基になっている外国語の知識が博学の証になっているのですね……!何とも侘しく軽薄な日本村の現実に絶望感を感じるのは私だけなのでしょうか?(「リニューアルオープン」か「新装開店」か?」2008年12月13日〉参照) 

 以前、脳科学者の茂木健一郎氏がNHKを批判し、ツイッター/twitterに投稿した文を転載させていただきましたが、文中のカタカナ語の多用について疑問を呈しました (CNN と NHK この差って何ですか?-前回の続きです」〈2019年2月17日〉参照) 。茂木氏は察するに自他共に認める博学の士と思われるので、英語もどきのカタカナ語を多用されるのでしょうが、カタカナ語と原語の音声の差についてはどのように考えているのでしょうか。私は煩わしいツイッター/twitter を利用しないので、氏に当該機能を利用して疑問を直接提示できないのは歯がゆいですが……。

 例えば、以前当ブロッグに投稿した 「世界に誇る: 日本語の『漢字=表語文字』と『アルファベット=表音文字』の軋轢を放置する目出度い民族」 (2020年11月01日)  について、中国語由来の漢字の読みと日本語由来の読みの 「音」と「訓」についてですが、私には興味がありますね……。

 現在のカタカナ語は外国語、特に欧米語の亜流みたいなものですが、発音の差はここでは論外として、外国語の単語を拾っているだけなので、またの言葉で、外国語のつまみ食い、あるいは幕の内弁当の洋食判とも言えるでしょう。

☆折登洋のGRAFFITI:カタカナ語/外国語の雑学☆

(「カタカナ英語は、使い勝手がいい、それともかっこいい?」(2008年6月30日〉参照)

 カタカナ語の基になっている外国語の知識が、博学の証になっているとするならば......以下の諸例を、興味のある方は検証してみませんか?

 「しっちゃかめっちゃか」 なカタカナ語の使用は、日本人の特技:融通が利く文化の証でもあるのでしょう⇒「風呂敷」、「ふんどし」、「押入れ」 は日本が世界に誇る発明品‼

英語/English (順不同) ➡

  • ショウアップ (和製英語) /show up (現れる、やって来る)

テレビ朝日の朝の番組:「モーニングショー」 (和製英語) の画面にどういうわけか 表示されています。日本の報道機関の国際感覚の欠落には言葉を失います。

  • ガソリンスタンド (和製英語) /gas station 
  • ジェットコースター (和製英語) /roller coaster 
  • エール (和製語)/yell (スポーツでチームに送る声猨、叫ぶ=動詞)
  • エンタイトルツーベース (野球用語・和製英語)/ ground rule double (公認の二塁打)
  • 美容整形 (和製語)/cosmetic surgery (美容形成)
  • 形成外科/plastic surgery
  • 整形外科/orthopedics
  • アバウト/about (~について、~のあたり、およそ等々)
  • ダブ/dove (ハト=白いハト=平和を象徴するハト、化粧品・洗剤等の商標名
  • ヘアリキッド/hair liquid (男性用整髪剤)
  • ジョイナス/join us (我々に参加しない?)
  • バイキング (和製語)

ヴァイキング/Viking (8世紀~11世紀にヨーロッパの北‣西部各地に侵攻した北ゲルマン族。間違ってもフジテレビジョンの昼の番組ではありません。こちらも言語道断な言葉の戯れです。日本の報道機関は、戦前戦後を通して理性に欠けます。男性優位社会の視点のみでは、偏向の弊害が顕著になります。基本的に女性と男性では価値観が異なることを日本社会は認めるべきです。それは幼稚な社会からの脱皮に繋がるのです。

北欧式料理は smorgasboardと言い、また同形式の料理の提供にブッフェ/buffet (英語) があります。

  • 上記の ダブ/dove とヘアリキッド/hair liquid についての問題は、外国語の発音を自国語の発音に合わせたことで、原語の意味が失われてしまった例です。dove [dʌv]、 hair liquid [heɚ likwid] と発音。しかし私には、“ダブ“はどぶ (溝) のように、ヘアリキッドはヘアリーキッド/hairy kid (毛むくじゃらの子供) のように聞こえるのですが……。アメリカ人が 「カラオケ」 を 「キャラオケ」と発音するに類似……?
  • フリー/free 1. 自由、2. 無料 
  • フリーアナウンサー (和製語) またの (私の) 言葉で渡り鳥アナウンサー。
  • エリア/area (地域、区域) 発音はエアリア/[earia]です。
  • リスク/risk (危害、危険、危険を冒す)
  • トラブル/trouble (問題、悩み、いざこざ、心配、苦労、困難、災難等々)

報道では、 「何らかのトラブルがあった」 と、カタカナ語お決まりの名詞の一語で片付けていますが、上記するまでもなく、原語の trouble には以下のような意味があります。 The American Heritage Dictionary から引用すると:名詞:a state of distress, affliction, danger、a source of distress or difficulty、inconvenience or bother、a condition of pain or malfunction 動詞:to agitate、to stir up、to afflict with pain or discomfort、to distress、to worry

「リスク」 も、「ニューアル」 同様で、言葉の節操を失った日本村の住民のちぐはぐな言葉遣いには、毎日ただただ呆れています。日本語もまともに使えない幼稚な住民に、英語をやらせるとは、無い物ねだりでしかありません。

イタリア語/Italian (順不同) 

  • パルコ/parco (公園)、park (英語)
  • ルミネ/lumine (光)
  • ピザ/pizza

日本人にはピッツァと発音するのは、そんなに難しいことではないはずですが、創業者の判断でピザにしたと聞いたことがあります。

フランス語/French  (順不同) 

  • シュークリーム/chou à la crèmecream puff (英語)
  • シュール/surréalism (超現実主義)
  • バカンス/vacances (長期休暇)
  • マルシェ/marché (市場)

ドイツ語/German

  • アルバイト/Arbeit (労働)
  • シャン/Shön (美しい) 

戦中?から戦後にかけて美人をシャンと言っていました。そこから後ろ姿の良い人をバックシャンという言葉も派生しました。いろいろありますね!

 以前指摘したことですが、母音の多いイタリア語とか独特な発音を持つドイツ語の地名・都市名・国名を自国語読みに変えてしまうことです。同様にスペリング/spellingもです。このことは、やはり以前指摘した母音の少ない英語対応と思いましたが、一部はフランス語対応でもあるようですが未確認です……。日本でも同様の対応が一般化しています……。

 (順不同) 

  • Köln/Cologne (ドイツ・ケルン市)、München/Munich (ドイツ・ミュンヘン市)、Firenze/Florence (イタリア・フィレンツェ市)、Milano/Milan (イタリア・ミラノ市)、Torino/Turin (イタリア・トリノ市)、Venezia/Venice (イタリア・ヴェネツィア市) Roma/Rome (イタリア・ローマ市)、Paris/Paris フランス語では ”s” は無声音でパリと発音しますが、英語国では読んで字の通りパリスと発音しています (フランス・パリ市)、Wien/Vienna (オーストリア・ウイーン市)
  • 永世中立国のスイスは、4種の公用語が認められている世界でも特殊な国家です。私は以前述べたように、前の妻とスイスで挙式したこともあって、居住しだことはありませんが、ある親しみを抱いています。日本の敗戦後、私はてっきりスイスを見習って、永世中立を選ぶと思っていたところ、戦争放棄を宣言しアメリカの庇護に行ってしまいました。この時点から、自立心を失った日本の幼児化が始まったと思います。この件はいずれ書くことにしましょう。
  • 英語では Switzerland と表記されます (公式:Swiss Confederation) が、4種の公用語が認められていることから、国名も4種類有ります。ここでは5種類の通称を紹介しておきます。
  • ドイツ語名:Schweiz、フランス語名:Suisse、イタリア語名:Svizzera、ロマンシュ語名:Svizra、ラテン語名:Helvetia

 

 

 

 


なぜ日本人は英語をやらせられるのか?

2021年10月19日 | Weblog

                                                                                                          一生の内で何人の日本人が英語を日常使いこなし                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             生活することになるのでしょうか?                                                                           英語を小学校で必修科目とする必要は全くありません

日本の英語教育は 「コロナ禍に匹敵する」 ほど、百害あっても一利もありません

本の英語教育は英語の教育ではなく、多くの日本の産業に見られる 「政治・官僚・財界」 の癒着による 「鉄の トライアングル」 (国益・国民益より省益・企業益が優先される) と称される構造の産物です。ただし、英語という語学教育産業の場合は、大資本を必要とする製造や金融に関わらないので、最後の財界は業界と呼んだ方が相応しいでしょう。つまり 「政治・官僚・業界」 です。

 それだけ小粒なので御しやすい産業です。従って、長年にわたって (詳しくは半世紀・または50年以上) 日本の英語教育の不備が叫ばれても、政・官・業の癒着が崩れれることはありません。「『意思疎通』か『コミュニケーション』か?」 (2015年6月23日) の表題でかつて投稿しました。日常的にかなりのアクセス/access 数を記録していますが、こと英語産業または英語教育に関しての反応は 「鈍い」 の一言です。従って、以前 TOEIC について書くと述べたことがあるので、今回、約束通りに投稿させていただきます。

 TOEICとは:私には全く縁もゆかりも無い試験なので、ずっと看過というか無視してきましたが、この項を書くために調べてみたら……驚きました!私の不明を恥じました……。しかし、このような試験を受けなければならない受験生達が気の毒です。その上に、この試験結果が入試や就職に影響があるとは……しかも高額な受験料を払わされるのですから……開いた口が塞がらないとはこの事ででしょう。四国・徳島県の阿波踊りの掛け声ではないが、お仕着せの英語の試験に 「踊る阿呆に」 なっています……。「日本人がバカになった?」 (2010年4月12日) 参照。

TOEIC(Test of English for International Communication の略称) には5種類あるということです。次に TOEICは日本の英語の試験かと思っていたら世界中で行わていることも初めて知りました。

私の手元にある2020年3月に更新された資料には、「TOEIC Test」 (TOEIC 試験とは上記の TOEIC のは Test=試験に当たるので、TOEIC Test というのは重複し矛盾している) の5種類ある内の試験も大別すると2種類に分けられるようで、 「TOEIC Test」 は主流または本流で、もう一つの 「TOEIC Bridge Test」 は 「英語学習初級者から中級者を対象とした、日常生活における活きた英語の力を測定する」 とあり、2001年から実施されています。

最も一般的で普及しているのは 「TOEIC Listening and Reading (L&R)」 で、この試験の受験者が総受験者の9割以上を占めるそうです。一般に 「TOEIC」 と言われるのは L&R のことを指すと思っていいというのも驚きです。英語を「聞く」 能力と 「読む」 能力とに二分して評価・採点するのはごく妥当と思われますが、 「読む」 能力を試すというのはどういうことかと思って、ネットで例題を検索してみたら、例文中の空白部に与えられた単語群の中から最も適切な語を選び、文を完成させるというのでした。この出題方法は1979年から実施されています。例を挙げると…… 

 Jamal Nawzard has received top performance reviews ₋₋₋₋₋₋ he joined the states department two years ago.                                                         (A) despite  (B) except  (C) since  (D) during                        ⇒ 正解は (A) despite と思いますが……。貴方は……? 

● Gyeon Corporation's continuing education policy states that ₋₋₋₋₋₋ learning new skills enhances creativity and forcus.                                 (A) regular  (B) regularity  (C) regulate  (D) regularly                             ⇒ 正解は……私は分かりません。貴方は……? 

私見を述べると performanceとは何の performance なのか疑問が生じます?恐らく仕事ぶりなのでしょうが、この一文では分かり難いですね。次の設問は私には奇問です。空欄にどの単語を入れても意味不明です。こんな無味乾燥な文章をあてがわれる受験者が可哀そう。

TOEICテストのプログラムの開発は、アメリカのプリンストンに拠点を置くETS/Educational Testing Serviceという非営利団体が行っている、というのも驚ろかされます。

TOEIC の最高点は L&R を合わせると990点のようですが、時間制限もあるので小生の実力では500点~600点も取れれば御の字です。

2007年から実施されている 「Speaking and Writing」 は、受験者数が少なくあまり普及していないとあります。何を話し何を書かなければならないのかは不明です。

 TOEFLとは:こちらも私には縁もゆかりもない試験ですが、TOEIC を取り上げた以上は TOEFL も、と思い調べた結果、残念ながら公式ガイドを購入する以外、内容を把握できないことが分かりました。ちなみに、日本語版は6800円、英語版は5200円、自主学習セットは4900円とあり、出版社は アメリカの McGraw-Hill です。ということで、英語の資格を取るにはかなりお金が掛かることを発見したのが最大の発見でした。

 TOEIC・英検が量産する英語難民を救出するELSの挑戦 (2020年11月13日) で、今から思えば徒労に終わった野望と野心を吐露しました。何とも諦め切れないことですが、コロナ禍の現状では、実現の夢を断念せざるを得ませんでした。でも……ぜひ捲土重来を期したいですね !!

蔓延る似非/えせ英語教育➡文部科学省の大罪英語を必修科目とするより選択科目に

育を施す、ということは金銭では計り知れない、また金銭で売買することのできない人類にとっては、質の高い社会生活を全うするために、躾/しつけ同様に必要不可欠な社会活動です。今、流行りのペットとして飼う犬や猫にさえも躾は必要です。

 教育/educationとは、読んで字の通り教え育てることです。社会生活に適応するための知識・教養・技能などが身に着くよう備えさせることです。英語になると……

a process of teaching, training and learning, especially in  schools or colleges, to improve knowledge and develop skills OXFORD現代英英辞典 

 一利もない幼児英語教育が盛況を極めています。幼児は自分で率先して英語を学ぶわけではありません。親が学ばせるのです……とここまで書いて、何のことはない共著の書 (『英語と日本人なぜ英語ができない』 (2007年7月12日初版等で散々指摘したことの繰り返しです。つまり英語をやらせる悪習慣の事始めです。改めて上記 『意思疎通』か『コミュニケーション』か?」  の投稿の項を参照してください。

 幼少から外国語を学ぶことは、今,脚光を浴びている野球の大谷翔平選手や藤井聡太棋士にあやかることとは異なります。言葉を学ぶことは習い事をやるのとは異なるのです。言葉というのは人間の生活・生存に直結した行為で、習い事とは一線を画さなければなりません。敗戦後、占領軍のマッカサー元帥/General D. McArthurに、日本人の知性は12歳程度と指摘された現実から、何時卒業するのでしょうか?( 「『親方日の丸』 瓦解の始まりか? ⇒ 新型コロナウイルス⇒ 風水害⇒ 幼児化 ] 〈2020年7月30日〉参照 ) 

 日本村のような男性優位の閉鎖的社会では、人間と人間の言葉による交流がとかく軽んじられ抑圧されます。「意思疎通」 か 「コミュニケーション」 か?再参照。特定の男性集団による強権的な支配が横行しがちです。好例に、今、世界中で注視されているアフガニスタン/Afganitan のタリバン/Taliban 政権 (?) がそれです。日本村も同様の域から出てないのではないのではないでしょうか。

英語は闊達な表現を特色とする言語

ーロッパ/Europe の言語群 (インドヨーロッパ語) の中でも、私の経験も踏まえると、英語は煩雑な冠詞の用法や語尾変化を簡略化 (?) した、自由闊達な言語で、それ故に世界中に広まる原動力になったのではないか……と最近の私は感じています。ということは英語を身に着けるには、日常の生活感覚も闊達な意識を持つことが望まれます。改めて以下の投稿を参照してください。「英語が社内公用語になるという怖~い話」 (2010年8月26日)「英語を話すときは英語の生活感覚で」 (2008年7月25日)

 かつて、英友社で上梓した書籍の中で、日本の英語教育の歪みを指弾する試みがなされました。その元凶として第一にやり玉に挙がったのが、文部省 (現文部科学省) です。

 先ず、下記 1.の D. Harrington氏の著書です。この書は一部のマスコミに取り上げられ、英語教育に関連したことで、私自身、文部省に出向き、担当官僚と会談するまでになりました。残念ながら当時は私自身、実態の深層に対する認識不足から会談の内容は、建て前論で終わったような記憶があります。それから 2. を出版し、G. Stricherz氏が引き出した結論は、文部省よりも日本人自体に主因があるということで、それ以上の詮索は継続されることにはなりませんでした。3. は日本人がコミュニケーション同様、苦手とする聞き取りを中心にした教材です。

  1. 『私が採点する日本の英語English: A National Disaster) 1974年、Donald Harrington著)
  2. 『なぜ英語が聞きとれない、話せない』(1979年、Gregory Stricherz著)
  3. 『アメリカ口語英語〈発音とヒヤリングの演習〉・正編 (Real American Pronunciation)(1980年、Gregory Stricherz著) 

 しかし年月が過ぎるにつれ、驚くことに文部科学省は、英語の必修科目を低学年向けカリキュラム/curriculum (教科課程 ) の充実より、中学校から小学校にまで引き下げる暴挙、つまり教師に不慣れな英語の指導を丸投げする安易な手段に出ました。日本語もまだままならない幼少時には外国語に触れさせることよりも、私が当ブロッグで繰り返し述べてきた、日本人の問題点つまり人と人とのコミュニケーション能力が著しく劣ることに注力すべきです。同時に十把一絡げより選択の自由に教育方針を変換させるべきです。「帰国子女の実情と悩みから見える日本文化の画一化」 (2018年10月月11日) 参照。

 私の場合、英語も日本語も決して饒舌ではありませんが、長く欧米文化に関わったおかげで、社交術というか 「座談」 はどちらかと言うと得意です。また直截的な英語の方が日本語を話すより楽です。しかし、英語の方が楽とは言え、日常、ケーブルテレビを通してCNNなどを視聴し英語に触れていないと、立ちどころに会話能力が失われるということを警鐘としてお伝えしておきます。

 何の言語であっても常に接触していないと、かつての私のように日本語を忘れてしまうことを肝に銘じておいてください。英語、英語と学ばせ、一生の内で何人の日本人が英語を日常使いこなして生活することになるのでしょう。                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

 英語も日本語も座談とは違い、私は議論や言い争いは不得手です。ですから、過去の結婚相手にはよく遣り込められ、現在も状況はあまり変わりません。「何事にも才能あるいは能力には個人差が付きまとう」 のが偽らぬ真実です。

似非/えせ英語教育よりも言葉で伝える能力を育む教育を

かし、日本人の 「コミュニケーション能力」 が劣るのが民族性にもなっているのは、日本村社会の長年にわたる悲しい歴史です。先日、私がネット上で購読している "Newsweek" の日本語版に投稿された船津徹氏の記事に引き寄せられました。表題に 「ランゲージアーツ(Language Arts) の視点が足りない日本で『言葉を用いて伝える力』を育てるために」 とあります。要約すると、自分の考えを 「言葉を用いて伝える方法」 を、日本の学校の授業では殆ど教わらないために 「話す力」 や 「表現する力」 が身に着かない、ということからその対策法を述べているのです。

船津氏は、以前やはり "Newsweek" 誌に、国内でバイリンガル/bilingual を育てる最善の方法として読む/reading 力の育成を提唱しています。(氏は、ハワイ・カリフォルニア・上海で学習塾を主催)

 正に 「意思疎通」 並びに 「コミュニケーション」 の問題を抉り出しているのです。氏は、更に 「以心伝心」 「空気を読む」 等、相手に 「察し」 を期待するなど日本人には当たり前のことが、国際社会では相手に理解されない場合が多くなる、と述べています。「自分の言葉を持てず自立できない日本の未来は...?」 (2018年10月月11日) 参照。

 日本村には、英語も外国語も不毛の地であることはこれまで指摘してきたことです。翻って、これから急遽望まれるのは、英語教育より言葉の発信力の強化ないし教育です。男とか女とかの区別を排除して、人と人との言葉による交流の原点をしっかりと見直すことです。男言葉や女言葉は徐々に無くす努力もすべきです。

 お分かりになりますか?選択的夫婦別姓で足踏みしていては、日本村の泥船化の進行を止めることはできません。

Hi friends! You know learning English doesn’t mean to be a cosmopolitan, right?

 


男性優位社会が生む人類の悲劇 (その5): 日本で起きた二つの幼児殺害事件

2021年09月28日 | Weblog

        太平洋に面した東の再果ての衰退が続く                         袋小路に入り込んだ離島日本村からの報告です

 初に過去の幼児殺害の件です。以前にも述べた、幼い10歳の女児・栗原心愛さんの父親(栗原勇一郎)に対する裁判でついに判決が下りました。前例を超えて悪質性が高いということで、実刑16年の刑が裁判長より言い渡されました。ネット上で読む「週刊女性」(2020年3月24日号)の記事によると、虐待動画が再生され、「ママ―!!嫌だー!」「苦しいよ!死んじゃいそうだよ!」「ウアー!ウアー!」法廷には約5秒間、当時10歳で亡くなった栗原心愛ちゃんの悲痛な叫び声が響き渡った。―― 中略 ―― 虐待した父、勇一郎は眉一つ動かさずに無表情で一点を見つめていた。(「ゴーンさんたまげた、驚いた、逃げた!怖~い日本社会の現実」〈2020年01月25日〉文末参照)

改めて彼女の苦しくも辛かった毎日が我がことのように思われ、しかも餓死状態であった、ということで、残酷かつ恐ろしいことです。

上記事件の顚末は、私がずーっと温めていた記事で、この他、止まらない男の暴力行為について、京都アニメーションの事件などと共に投稿する予定でしたが、あまりにも月日が経ちすぎたので、下記の事件の発生に伴い、急遽掲載させていただくことにしました。

 前回、「宴/うたげの後の新型コロナウイルス感染と大水害」 (2021年08月26日) を投稿しました。その内容の一部を下記に改めて掲載しますが……。

日本社会が抱える女性の苦悩の深さは、特にこの蔓延するコロナ禍は女性を追い詰め、自殺者の増加が続いています。この根底にあるのは、「夫は外で働き妻は家庭を守るべき」 という価値観が日本社会の隅々に浸透していることが、悲劇の温床になっているのです。前々から指摘していることですが、女性の経済的自立が問題の根底にあるのですが、女性の経済的自立は日本社会では生易しいことではなく、例えば、夫から家庭内暴力/DV/domestic violence を受けても耐えるしかありません。

繰り返される同居女性の連れ子への暴力

上述べたうに、いろいろな事情があるにしても、上記の惨い事件は再婚相手の犯行によるものです。女性には連れ子の存在があるにも関わらず、再婚相手の男性が引き起こした事件です。女性は再婚しなければ生活できないという日本の厳しい現実があるのでしょうか。

 この記事を書いている際に、先日発覚した大坂摂津市の3歳の男の子に熱湯を浴びせて虐待死させた報道です。虐待を加える相手に抵抗できない幼児の痛みや苦しみを思うと、こちらの心も身体も痛みます。しかも、身体的虐待は日常的に行われていたということです。更なる問題は、市や児童相談所が母親から同居の男児への男の暴力について相談を受けていた事です。

この事件は、母親がかなり若年 (年齢不詳) で、育児放棄をしていたことが最新の情報で確認しました。この他にもここに記載できない、最近裁判で実刑が確定した嘆かわしい件があります。

 わずかな救いは、大阪府の吉村知事が摂津市の事件を受けて、専門家による検証部会を設置し、事実関係の確認、行政の対応などについて検証を行いたいという考えを述べたことです。

オスとメスの宿命的な存在

かし、男性優位社会では、優位に立つ男の弱者への暴力や虐げは、人類が地球上に生を受けている限り永遠に無くなることはないでしょう。なぜならば、オスとメスという、生存のための生殖を司る二対の生物体が存在する必然性があるため、限りなく続くことでしょう。

 ただ、先日何処かで耳にしたか目にしたか情報によると、海に漂い生息するクラゲは、五億年以上も前に地球上に誕生したというのです。調べてみるとクラゲは体内に生殖巣があり、オスとメスに分かれているそうです。人類もクラゲ化すると、表題の、または今回投稿したような悲劇は回避できるかもしれません。「人間のオス=暴力=破壊」 (2018年01月29日) 参照。

It’s a vicious world, isn’t it?


宴/うたげの後の新型コロナウイルス感染と大水害

2021年08月26日 | Weblog

  コロナウイルスのデルタ変異株の拡散と天候異変は                                                                                                                                   男性優位社会を変える?でしょうか⁈   

記に過去の履歴を表示するまでもなく、当ブロッグでは日本の男性優位社会の弊害について、くどくどと投稿してきましたが、今回の東京オリンピック開催の最中に予期しなかった、コロナウイルスのデルタ変異株の感染拡大で、男性優位社会の官僚を含む政府の無為無策ぶりが図らずも立証される羽目となりました。その結果 「右往左往」 しています。

  • 長い道のりを歩んできた女性差別と隷属に終止符を打つのは貴女たちです!!2020年8月17日)
  • 井の中の蛙の幼稚な国ジパング2020年8月11日)
  • 「甘ちゃんな日本人」と世界の現実2019年8月25日)
  • 家に引きこもっていないで、外の空気を吸いに外出したら2018年4月27)

 通常あるいは正常な判断を優先すれば、オリンピックを中止し、近代国家として世界的なウイルス拡散の大流行いわゆるパンデミック/pandemic を阻止するために全力を投じるのが、政治の役割:つまり日本の村民 (国民) の命と安心・安全を守ることになるのですが、利権と虚飾まみれの当該村のおじさん達には「馬の耳に念仏」です。

地球上の崩壊が予想以上に加速

海の土砂崩れを始め、日本・ドイツ・ベルギーの水害被害等々に見られる状況、アメリカやカナダの西部地方が記録した異常な高温、更にカリフォルニア州・ギリシャ・トルコの森林火災など、地球の温暖化に歯止めが掛からなくなっています。また7月18日現在、世界のコロナウイルス感染者は一憶9千万人に達したそうです。

 前回投稿した「男性優位社会が生む人類の悲劇(その4): 地球は人類を必要としていません(2021年7月16日) で訴えましたが、どこまで真意が伝わったでしょうか。とかく傲慢・横暴・横柄・暴力的で自己中心的な、私の言う人間の男=オスは、ほぼ有史以来、地球上で狼藉の限りを尽くしてきました。もちろん、人類の全ての男性が上記に述べた傲慢で自己中心的でないことは、「巨星・小林亜星氏墜つ !」 (2021年7月16日) で回顧したように、尊敬に値する男性が居ることは論を待つまでもないでしょう。

 だが「男性優位社会が生む人類の悲劇(その1):人類の繁殖と侵略」(2019年5月12日) で指摘したことですが、地球崩壊に繋がる人口の増加に歯止めを掛けなければなりません。第二に、人口の半数を占める女性の社会進出を決定づけることが急務です。特に日本やアラブ諸国に於てはです。

特効薬の開発が可能になれば世の中もっと真面になる?

「馬鹿に付ける薬はない」という諺について以前べました。「愚かな人には付ける薬はないので、どうすることもできない」 という意味のようです。ただ 「愚かな人」 というのは、どういう人なのか定義はないようです。

 切り傷は薬を付ければ治るかもしれませんが、現在、世界を席巻している新型コロナウイルスに対応するワクチンの開発は、専門家の間では数年かかるという意見でしたが、現代の技術革新の進歩のおかげか、驚くことに欧米の製薬会社数社や大学の共同事業の成果により、ワクチンが開発されました。ただ接種には時間がかかるようですし、このワクチンを世界中に十分に配布・接種出来れば、懸案の問題に近づけますが、接種を拒否する馬鹿が世界中にはいっぱいいるようで、やはり付ける薬は無いようです。

 しかし、ワクチンはウイルスに対する予防薬で、治療薬ではありませんから、有効な治療薬には更なる研究開発が待たれます。でも 「馬鹿に付ける薬」 は永遠に開発されないでしょう。

どこまで蔓延/はびこる日本村のオス社会

TBS系番組 「サンデーモーニング」 の放送で、野球評論家の張本勲氏が、女子ボクシング選手 (入江聖奈) を揶揄したような発言が問題になりました。氏の発言については、過去にも問題があったように記憶していますが、彼はとっくに降板されるべきです。現役時代には数々の記録を打ち立て活躍した野球選手でしたが、個人の功績と公共放送の在り方が異なるのは自明の理です。

 常日頃、私が一目置くジャーナリスト/jounalist 江川紹子氏がこの件に関し、ツイッター/twitter で「今さら感がありますが、抗議や苦情が言いやすくなったのは、よかったと思います」 「ただ、一番の問題はこういう物言いを、愛すべき『個性』のようにとらえて活用してきたメディアでは」と意見を述べています。

注:江川紹子氏は、かつて上記番組に出演していたが、張本氏と意見が合わず降板させられた過去があるそうです。

真面な感覚が機能しない日本村では、菅村長さんが、毎日のように虚ろな目をしてマスコミの記者さん達に対して、ぶら下がり会見をしていますが、はた目から見ても何か頼りないですよね…...。しかし、村の支配権力の維持のためには、石にかじりついてもカラ元気を出し平静を装って、次期自民党総裁選に立候補しました。

男性に経済と飛び道具を握られているので女性に出る幕はない

回述べたアフガニスタンとタリバンの件ですが、女性が出る幕はなさそうです。何しろ何千年もの間、人類というホモ・サピエンス/Homo sapiens のオスがこの地球上を独り占めし、勝手に分割・君臨してきたので、おいそれと相対するメスに実権を手渡すことはなさそうです。国家などという目くらましを発案、そこから愛国心、国旗、国歌等々、とどまりません。

 落ちぶれた日本村も同様で、「週刊女性」 (8月号?) が行った全国の20~70歳の女性5000人を対象にしたアンケ-ト/enquête (フランス語)/survey (英語) によると、「秋の衆院選で落選してほしい政治家ランキング」 のⅠ位は、麻生太郎財務相、2位は2階俊博自民党幹事長、3位は菅義偉首相、4位は安倍晋三元首相、5位は丸山穂高衆議院議員でした。

 しかし、アンケートに答えた5000人の女性は、選挙で投票に行くのでしょうか。小選挙区制とは言え、もし行かれたとしたら、上記自民党議員の当選結果にはかなりの違いが生じると思うのですが……是非、反映させて欲しいものです。

日本村の矛盾は外で働きは家庭を守る」 

経ビジネス電子版 (8月17日) 『夫に養ってほしい』が7割、日本女性の不都合な真実」 の記事が目に留まりました。日経ビジネスの記者:吉野次郎氏によるもので、上記の蔓延る 「日本のオス社会」 を助長している 「男尊女卑」 の現代に於ける社会的問題点を鋭く指摘してます。

 日本社会が抱える女性の苦悩の深さは、特にこの蔓延するコロナ禍は女性を追い詰め、自殺者の増加が続いています。この根底にあるのは、「夫は外で働き妻は家庭を守るべき」 という価値観が日本社会の隅々に浸透していることが、悲劇の温床になっているのです。

 前々から指摘していることですが、女性の経済的自立が問題の根底にあるのですが、女性の経済的自立は日本社会では生易しいことではなく、例えば、夫から家庭内暴力/DV/domestic violence を受けても耐えるしかありません。

明治維新富国強兵敗戦で失われた自立

治維新・家父長制軍国主義・戦争敗戦・占領民主主義・核の傘経済成長バブル崩壊・デフレスパイラル自立できない村社会コロナ禍。ここまでざっと160年が過ぎています。

 東京オリンピック・パラリンピックまでこぎつけましが、新型コロナウイルスにデルタ変異株が、更には南米由来のラムダ株とか……次から次へと難題が生じています。自立できない日本村を統治する心もとないおじさん達を蹴散らすには、日本の女性達はあまりにも無力です。家畜・社畜化した日本の男性には、家事に協力もしないで女性を養う力はありません。

明治維新以来の呪縛から脱皮できない、この惨めな日本村を建て直す事を心から願うのは、私だけではないはずです。

It's sad to say, but I really don't find much hope in present Japan.

 

 

 

毎年8月になると暑さとともに憂鬱になります

2021年08月16日 | Weblog

   

銃後であっても戦争体験者ですから

「銃後」 という言葉知ってますか。「知らな~お教え仕りましょう」。時代劇がお好きな方には似たような表現をご存知でしょう。「銃後」 とは 「銃 ➡ 前線 ➡ 戦場」 の後ろという意味です。戦況下で直接の戦場ではない後方という意味です。8月は、私にとってあるいは多くの日本人の年配者にとって、何ともうっとうしい月です。

 先ずご承知のように、広島と長崎に原爆が投下された月であり、また日本の敗戦をもって第二次世界大戦が終結した月です。詳しいことは、2018年8月18日投稿の 終戦と敗戦?進駐軍と占領軍どっちでしょう?それとも Fake Newsでしょうか?」 を参照してください。

 今年は、お騒がせの 「東京オリンピック 」 に併せて、未だに終息しないと言うよりも、これから本格的に新型コロナウイルスの拡散が始まると見られることに加え、地球温暖化の影響であろう水害被害に見舞われています。

注:坂本龍一氏が、TBS/JNN の 「戦後76年プロジェクトつなぐ、つながる」 のテーマ曲『戦場のメリークリスマス』を提供していますが、気づかれたでしょうか。

 世界に目を向ければ、アフガニスタン/Afghanistanではアメリカ軍の全面撤退に合わせて、タリバン/Taliban が全域を征服したようです。私が最も憂う男性優位の支配が勢いを増しています。

 本日はここまでです......This is all for today fellows.

 


男性優位社会が生む人類の悲劇(その4): 地球は人類を必要としていません

2021年07月16日 | Weblog

        だが人類は地球を必要としています。                                              脳みそが肥大化した人類/ホモ‣サピエンス/Homo sapiens が地球上に生を得たのが悲劇の始まりです⁉

主義にこだわる人間の(オス)
球上の人口が増え、人間の(オス) の集団の優位性が確立または文化・文明度が上がるにつれ、人間のオスにとって好都合な主義/principle(s) (主義 =下記注:参照) や右派とか左派といった派/group/partyも顔を出してきました。
 
 地球上のあらゆる動植物にとっては、地球上の人口増加による汚染・破壊・気候変動が進み続ける限り、主義や派どころではないと思われますが、縄張り争い・権力闘争・陣取り合戦・暴力の行使等、ホモ‣サピエンスオスの本能/DNAは、理性/reason を上回るようです。私の言う、人間のオスの悪知恵の産物化した 「主義」 と言われるものを、思いつくままに以下に列記してみました (順不同)。

注:主義=人の考え・主張・行動などを支える基本的な指針。特定の理念や原理に基づく思想・学説などの立場(明鏡国語辞典)

 全体主義/totalitarianism、専制主義/despotism、封建主義/feudalism、軍国主義/militarism、共産主義/communism、マルクス主義/marxism、社会主義/socialism、社会民主主義/social-democracy、保守主義/conservatism、民主主義/democracy、自由主義/liberalism、資本主義/capitalism、帝国主義/imperialism、古典主義/classicism、ファシズム/fascism、ポピュリズム/populism、国粋主義/nationalism芸術至上主義/art for arts's sake、自己主義/egotism、日本主義/Japanism (?) 。私が今思いつくのはここまでです。

注:明鏡国語辞典にはこの三倍くらいの主義の種類が列記されています。

 イギリスの元宰相ウインストン・チャーチル/Winston Churchill が……

"Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed it has been said that worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time...."

多くの政治形態が試されてきたしこれからもこの過失と苦悩の世界の中で試されるだろうが、誰しも民主主義が完璧だとか全く賢明であると見せかけることはありません。確かに民主主義は、これまで時折試されたきた他の全ての政治形態を別にすれば最悪ですが…」                                        と言ったと伝えられていますが、ウイキペディア/Wikipediaで調べると、この有名な発言は、必ずしもチャーチル首相独自の発言とは言えないようです。

 民主主義は、確かに世界または地球の人間社会の統治形態として最善とは言えないかもしれません。その理由は、大衆という利口な者も・無関心な者も・愚かな者も参加して投票するという、多数決で決めるので手間暇かかり、いわゆる衆愚政治とも言われるからかもしれません。投票も義務化か非義務化によって大きく変わるという厄介な問題があります。

宇宙宇宙へとなびく愚かな(?)人間の

故か?古代から人間のオスは、地球圏外や地球外生命体や宇宙人に憧れてきたようです。近代では火星人とか UFOとか……。例えば、世界中で大ヒットした映画スターウオーズ/Star Warsを何年も前に映画館で見ましたが、物語としては面白くできていますが、かつて見た2001: A Space Odyssey (2001年宇宙の旅)に比較すると、内容は違うにしても心に残るものがありません。(「男性優位社会が生む人類の悲劇〈その1〉:人類の繁殖と侵略」2019年5月12日〉参照)

 元々幼少の頃を過ぎてからは、空想科学小説/science fictionにあまり興味を持ったことがない私ですから、当然のことかもしれません。理由の一つは、戦時中の空襲による自宅の罹災と食料不足による餓え、ノミ・シラミに悩まされた現実。二つ目は、宇宙にはホモ‣サピエンスが生きるための酸素も水も存在しない果てしなく広がる空間しかないからです。宇宙には青い空はありません。私の知る限りキラキラ輝く星雲意外漆黒の闇だけです。

 アマゾン/Amazonの創業者 ジェフ・ベゾス氏/Jeff Bezos は今や世界に冠たる富豪として知られていますが、残念ながら宇宙志向者です。同じく億万長者で、航空会社 Virgin Atlantic の創業者ブランソン氏/Richard Branson は、有人宇宙飛行企業を立ち挙げ、ベゾス氏に先駆けて氏を含む6人が搭乗、今月11日に有人宇宙飛行を成功させました。

 金儲けです。世界中から600人もの予約搭乗者がいるようですから。流石にヴァージン・グループ/Virgin Group を一代で築いただけあって商売上手です。何処にお金が転がっているか熟知しています。いわゆる財を成した者は人間社会における成功者で、上記した主義の中の一つまたは二つを上手く利用して常人の上に立つことができます。

 日本にもzozo創業者の前澤友作氏、元ライブドアCEO堀江貴文氏とか財を成した人達も宇宙飛行に興味を示しているのには、首をかしげます。「衣食足りて礼節を知る」 という諺/ことわざがありますが、地球上で衣食住に満ち足りると宇宙の無の世界に憧れることになるのでしょうか?

ごみだらけ宇宙なびく身勝手人間の

宇宙には地上から打ち上げた浮遊する宇宙ごみ/space debris が散乱し、それぞれの軌道を周回しています。地球上は既にプラスチック製品などのごみだらけで、海上を周回し以前から環境破壊が心配されています。ごみだけでなく、ブラジルのアマゾン熱帯雨林も森林が伐採され放牧や転換畑となっています。地球温暖化の一因ともなっているようです。

 宇宙ゴミは増えても、中国は宇宙ステーションの建設に余念がありません。アメリカに対抗して、国威発揚のために巨額の資金をつぎ込んで成功させるようです。習近平というばかオスの脳みその中身は幼稚そのもので、我が麻生太郎君を一回りも二回りも超えています。自分自身の幼稚さをなぜ気付かないかというと、独裁者を盛り立てる周りのオスもメスも幼稚だからです。

 習氏はアメリカを超えたがっているようですが、私がこよなく愛するアメリカは、あの広い美しい変化に富んだ地球上の国土であって、同じくばかオスのトランプ元大統領が影響力を行使する共和党のアメリカではありません。

 これらの男共の問題で見えることは、前にも後ろにも女性の姿が見えないことです。暴力的で有害などんな男でも、皆、女性の子宮で生を受けました。しかし、私がこれまで指摘してきた世界の三大ばかオストランプ元大統領・プーチン大統領・習近平総書記それぞれの人物の背後にいるはずの、生を授けた後に育んだ母親の存在が希薄です。

 これまで世界中が男性優位社会に塗りつぶされて来たからでしょう。これは表題にあるように人類の悲劇です。「"MeToo"に見られる性的嫌がらせ」 (2018年1月29日) 参照。

 地球上の人類を揺るがしているコロナ禍は、人類の生存に対する今後の答えを出しているのかもしれません。なぜこのような事態が急激に生じたのでしょうか?それは、中国の人口増加と地球上の調和を無視した習氏指導の拡張政策です。人口増加を足場にした経済発展に目がくらみ、幼稚園を超巨大化したような現中国が象徴しています。

地球は身勝手な人間のを必要としていません

「人間のオスはあたかも地球の宗主であるかのようにこれまで振る舞ってきました。冗談じゃないですよね!」(2020年10月3日) の表題で投稿しました。その中に、女優/今式では俳優のJulia Roberts氏が語る"Mother Nature" を掲載しました。また、俳優 Harrison Ford氏が語る "The Ocean" も掲載したかったのですが、語りの部分が見つからず、臍 (ほぞ) を噛んでいましたが遂に見つけました ! 以下がその語りです。

The Ocean (by Harrison Ford)

         

 前回、NGO: Conservation International の広報が映像化されていると紹介しましたが、現在 YouTubeで 「Mother Nature/母なる自然」, 「Ocean/海」, 「Soil/土」, 「Water/水」, 「Redwood/セコイヤ杉」, 「Coral Reef/サンゴ礁」, 「Flower/花」, 「Ice/氷」, 「Home/家」, 「Mountain/山」, 「Sky/空」, 「Forest/森」 の12項目全てを映像で視聴できます。英語学習者ならずとも、地球上の環境保全の見地から感動の作品群です。

"Nature doesn't need people. People need nature."

 

 


オリ・パラ東京大会が無観客で開催される異常事態!

2021年07月11日 | Weblog

      とうとう日本村からオリンピック・パラリンピックがいびつな形で               開催されます

れ見たことか !! 当ブロッグでこれまで度々指摘してきたように、利権まみれのオリンピックは賞味期限切れなのですよ!! 

 お人好しで、外国音痴の日本村の住民が、何を勘違いしたのかオリンピックを聖なるスポーツの大会として、これまで崇め、祭り上げ、コロナ禍とは言え、行きついたところは無観客による大会ですよ......。

 開催地の東京で四回にわたる緊急事態宣言が発令され、コロナ感染の蔓延で苦しむ飲食業や多くの商業施設がある一方で、熱海市のように、毎年のように風水害で苦しむ日本列島の姿を見せつけられる現実。

 IOC/International Olympic Committee (国際オリンピック委員会) に "No" と言えなかったための無残な結末です。

 

 


巨星・小林亜星氏墜つ!

2021年07月05日 | Weblog

「巨星墜つ」

「巨星墜つ」 とは、少々大げさな表現かもしれませんが、氏の名に「星」が入っているので、それにあやかり「巨星墜つ」とさせていただきました。同時に、氏のこれまでの業績を振り返ると、「巨星」と表現するに相応しい人物であることに異論はないでしょう。五月末に88歳で亡くなられたそうですが、合掌。

 小林亜星氏は私が実際に出会った忘れられない、たった一人のまた尊敬に値した日本人です。と言うのは、毎度の昔々の話で恐縮ですが、帰国してまもなく日米合弁会社の広告代理店に、帰国するオーストラリア人クリエイティブディレクター/CD/Creative Director (企画制作部長) の後釜として就職したのが、私の日本で社会人としての出発点です。(「アメリカ在住ノーベル賞受賞者の日本語力」)(2009年1月14日参照) 、(「社長」の肩書は恒久的なのか?」)(2008年10月18日参照)

 そして、日本で最初に担当した広告制作の仕事が、アメリカ由来の男性用オーデコロン/eau de cologne: BRUT」 です。当時、日本で競合する男性化粧品は、資生堂の 「MG5」 と丹頂 (現マンダム) の 「マンダム」 でした。

注:就職した広告代理店の主な顧客/client の商品・製品には、現シック・ジャパン社の安全剃刀 「Shick」 、サンスター社の男性用洗髪剤 「トニックシャンプー」大衆向け腕時計 「TIMEX」 等がありました。そこに新しく加わった商品がアメリカ由来のファベルジェ社/Fabergé の男性用オーデコロン「BRUT」 です。

 日本に初上陸した「BRUT」 の商品としての販売戦略/conceptは、イギリスの 「ダンヒル/dunhill」 のような高級男性化粧品として展開することでした。その基本路線でCM/Commercial Message が制作されていました。

注:基本路線・戦略とは英語でconcept (直訳すると概念ですが、私がNYCの広告代理店で働き始めたころ、広告業界に従来の商品の特徴や利点だけを表に押し出した表現から脱皮した広告制作の新しい創作的な考え方として、旋風を巻き起こしました) 今は日本でも当然のようにカタカナ語が普及、また広告制作の分野でかなり意識されています。

concept=an idea or a principle that is connected with something abstract=OXFORD現代英英辞典、concept=a general idea derived from specific instances=The American Heritage Dictionary

 話はややこしくなりますが、私は新任者として引き継いだ当時の企画制作部が制作中であったCMの基本路線を、数名の当時の制作部の部員と共に確認・承認することでした。そしてCMの映像に音響効果を付帯する段階で、これら全ての段取りは、私が着任する前に制作部のAD/アートディレクター/Art Director が手配してあった設備のあるスタジオに案内されて行きました。

 スタジオには小柄な眼鏡をかけた小太りの男性が既にいました。その場で音響を担当する人物として紹介されたのが小林亜星氏でした。紹介される前に、ADから日本ではこの分野では有名な人であると耳打ちされ、日本社会に全くの浦島太郎であった私は 「えっそうなの」 とか、あまり気に掛けずに答えました。

 その有名人としての小林氏の真価が分かったのは、実際にCMの音響効果を映像に合わせる作業に入った瞬間からです。ご承知のようにCMにとって、視聴者の注目を集めるのは映像と共に付帯する音声または曲です。

注:この分野では先駆者のアメリカでは上記音響効果を jingle と言っていますが、日本でもお馴染みの音響効果です。訳すとテレビ・ラジオでスポンサーまたは商品の宣伝効果を高めるために使用される調子のよい詩・句・歌‣曲を言います。

 何故真価が分かったかと言うと、スタジオのスクリーンに映し出された既に制作されていた映像に合わせた、初めて聞かされた音響は、おぼろげながら当時の記憶をたどると...... 映像に力強い男性を象徴する豹か虎が象徴されていたために、熱帯地方のジャングルを思わせるもので、企画制作部で確認された商品の高級路線から逸脱し、基本とする大人の高級男性化粧品を演出するのには安易すぎる、と思いダメ出しをしました。

 すると小林氏は 「あぁ、そう」 とか何とか言って、初対面の私の注文に、いとも気軽に応じるのです。ああでもないこうでもないと、小一時間位、同行したADと共に納得いくまで協力していただき音響制作を完成しました。

 気さくなアメリカ人でも、私がADをしていたNYCで、そんなに気軽に注文に応じる職業人は稀です。小林氏のように有名人ともなれば、何らかの意見を挟むことはあり得ます。いずれにしても、氏のような特殊分野の専門家が、何のてらいもなくこちらの要望に応じ、更に氏の知識の限りを披露してCM曲を生み出す姿勢には、感動を誘うと同時に、今でも私には忘れられない印象を残しました。

注:日本流に言えば、引き出しが無尽蔵にある感じで、伝えられていることよると、生涯驚異的な6000曲もの作品を世に送り出すことができたのでしょう。

 その後、広告業界を離れた私はお会いすることはありませんでしたが、テレビドラマで活躍する姿を見ることになりました。更に小林氏の人間性に感服させられたのは、ある時、テレビのインタビューで日本の教育について尋ねられてるのを偶然視聴しました。

日本の教育に必要なのは 「情操教育」 である......の一言でした。