“兆”

伝えたいこと、それは、変化の“兆”(きざし)です。

2014-11-28 11:20:15 | 日記
 青梅工場恒例の朝掃除に参加すると、メカニックの加藤くんから声をかけられました。
                    
加藤くん:『社長、実は・・・。』
私:『えっ?(不吉な予感にちょっと動揺)』
加藤くん:『実は、私の叔母が交運社の社員だったんです。』
私:『ええっ
加藤くん:『しかも2人』
私:『えええっ
加藤くん:『しかも下の叔母は交運社に勤めていた人と社内結婚したんです。』
私:『ええええっ
                      
                         (僕で4人目です。)

 あとで交運社のバイブル荒井さんに聞くと、確かに加藤くんのお父さんのご姉弟のうち、2人のお姉さまが在籍されていたとのこと。今は後藤眼科さんになっている青梅の部品部に勤務されていたそうです。うちは縁でもってますね
                      
                         (当時も恵比寿顔だったんでしょうね。荒井さん)


YD:『プロ野球のMVPが発表され、セ・リーグは巨人の菅野選手が選ばれた。さスガノ菅野選手もうれしかっただろう。』

負けてません

2014-11-26 14:39:21 | 日記
 福生羽村工場と青梅工場でスタートした作業時間短縮プロジェクト“W1”。青梅工場の動きがクローズアップされますが、福生羽村工場も負けてません。今日は第5回目のW1ミーティング。残念ながら本多、丸山のチーフと石川主任が欠席でしたが、新たなテーマも見いだせた有意義なミーティングになりました
                    
 何よりも、現場が、『自ら自分たちが常識だと思っていたことへメスを入れる。』、そんな動きが出つつあります。
 『いい機会だから、必要なのか不要なのか、調べてみましょう。』ある作業を時間短縮のテーマにするかどうかの議論のときに、こんな言葉が出ます。今の自分たちが“なぜ”そうやっているのか。実は自分の親方から言われるがままにやっていることが、結構あったんでしょうね。
 そしてテーマに設定されると、どのくらい時間短縮できるか予測して、次に現状でどのくらい時間がかかっているかを実測、そしてトライアルして仮説を検証する、このサイクルを回そうとしています。前回までに決まったテーマは、現状実測まではしましたが、その後対象車両の入工がなかったため検証はできていません。しかし1回転、2回転と、少しでも効果を実感できれば、加速する予感がします
 今も変わらぬ人員不足の中で、この取り組みが進んでいるのは、荒畑工場長、河野副工場長の粘り強いリーダーシップと、現場の自らの仕事への思いでしょう。まずは1月29日への目標に向かって、確実に進みたいと思います。


1000年経営アカデミー

2014-11-25 15:53:29 | 日記
 先週、スコラコンサルトさん主催の『1000年経営アカデミー』の参加者による発表会がありました。私も3人の参加者の一人として発表をさせていただきました。内容は、4年前に経営者オフサイトの中でプレゼンをさせていただいてからの活動についてです。
                           
                           (芦部さん写真拝借しました
 具体的には、現在取り組んでいる“W1”や、“凄腕パータナー”についてですが、結論から言うと、(4年前のテーマは『もがき』だったのですが、)今も『もがき』続けている、しかも『もがき』の土俵は『修羅場』と化している、ただ、『修羅場』とはパワーがある場で、そのパワーを集めて目標に向けられればこんな強いことはない。それを自分の経営スタイルにしていきたい、というものです。
                            
                                (やってしまった)                
 
 今回のプレゼンは、実はものすごく気が進みませんでした。もともと、『人前で話すのは60過ぎてからにしろ』という祖父の教えを破っての仕業です。それに人前で話すようなことはなんにも成してない、それが気を重くしている要因でした。しかし、自分を晒すことで、今の自分の姿がクリアになるのではないか、それでまた前へ進む力が湧くのではないか、という直感にすがりました
 結果は、今取り組んでいることのルーツを振り返り、みなさんから質問を受けることで、『なんで自分がそうしているのか。』という根本が改めて浮き彫りになりました。実は複数の要因が絡んで一つの行動につながっていることもあり、目からウロコでした。これらは、これからも『もがき』の支えになっていくでしょう。その中には、他の2人の参加者、芦部さんと末武さんからの刺激もすごく影響してました。ありがとうございます。そして最後までにおつきあいいただいた方々、ほんとうにありがとうございました
                           
                                  (もがきのイメージ)
 

全大協さん御一行

2014-11-17 08:44:18 | 日記
 全国大型整備工場経営協議会(長い)(通称全大協)のみなさんがお見えになりました。青梅、福生の2工場を見学されたあと、弊社の取り組みなどを紹介させていただきました。
              
          (弊社の紹介)                        (奮闘する岡野工場長)  
                             
             (福生工場では、ちょうどボルボトラックの新型FHの展示会を行っていました。)

 そうはいっても弊社も会員の一社であり、他の会でも顔見知りの方が多かったので、気のおけない見学会になりました
 見学の感想も
 Aさん『いやあ、工場きれいだったね。』
 Bさん『社長が来るから仕事せんと(片付けを)やらしたんとちゃうの。』
 私  『徹夜でやらせました。』
 こんな感じです。それでも、社員の挨拶を誉められたのはうれしかったです。工場を見学していると、意外に社員の動きに目がいかないものです。ですから挨拶をしても気づいてもらえないこともある。今回は、わざわざ帽子をとったり、お客様の顔を覗き込むように挨拶をしている社員もいました。そして挨拶を誉めてくださったのは北海道の滝川社長だったのですが、滝川自工さんのほうが実はすごいんです。7月におじゃましたときも、その挨拶のすごさに驚きました。その話を社内でしたことも影響していたのかもしれません。
 今回の見学は、普段全大協さんの事業に参加している岡野工場長が仕切ってくれました。段取りのみでなく、会社紹介と取り組みの紹介まで準備して、大活躍でした。特に、会社としての方向性に関する質問に、『僕が答えていいのかなぁ。』といいつつ、持論を展開したときには、驚きと共に頼もしさを感じました。おつかれさまでした


TD:『茨城県大洗町で、特産のアンコウの吊し切りが、大勢の観客を集め行われた。観客は、アンコウルが出そうなくらい喜んでいたようだ。』

追悼 鈴木和伸さん

2014-11-10 10:34:35 | 日記
 『おお、カーンさんだ』『カーンだ、カーン』そんな声の中、若くて美人の奥様と一緒に鈴木和伸さん(通称カーン:キラー・カーンに似ていることからの命名です。)が現れたのは、僕ら本庄ラグビー部OBが、OBの武藤が営む蕎麦屋むとうへ集まるようになってから、数年経ったあとでした。新婚の照れもあったのでしょうが、みんなに歓待されて、すごくうれしそうなカーンさんの笑顔が忘れられません。以来、カーンさんはOB会の中心となって活躍されます。
 忘年会で蕎麦屋むとうへ集まったとき、カーンさんが自ら持ち込んだ焼酎を片手に『なあ、社長、飲めよ。』と何度も勧められ、泥酔した私は気が付くと雪の甲府駅のあずさの車内にいた、なんてこともありました
                                  
 そんなカーンさんが、6月に急逝されました。信じられない事実、受け入れがたい事実でした。そして3期の鈴木一哉が企画いて、昨日偲ぶ会を開催しました。
 私が会場へ向かう途中、電車が遅れて遅刻しそうになったので、洲戸先輩へCメールをしたときです。他にどんなやりとりが洲戸さんとあったのか確かめると、2年前にラグビー部の30周年記念に、飲み会を企画しようという話題でメールしていました。そこで私は『30周年飲み会、洲戸さんからカーンさんへ振ってもらっていいですか』と図々しくお願いし、洲戸さんも『カーンへ依頼の件、了解』と快く引き受けてくれてます。そして、ただの飲み会だったはずが、カーンさんの尽力てすごい記念パーティーになりました。
                                  

 偲ぶ会には奥様も出席され、『今でも長期出張へ行っているようです。』とお話されていました。本当に気丈な振る舞いで、言葉がありませんでした。
 暖かくで、豪快で、照れ屋でちょっと間抜けなカーンさん。後輩たちを花園に応援に行くことを誰より楽しみにしていました。その思い、我々が引き継ぎます。安らかにお眠りください。
                               
                         (お前が寝てどうすんだ起きろ


TD:『錦織選手がアンディ・マリー選手にストレート勝ちをした。アンディ・マリー選手もアンディ・マリィ(あんまり)調子が良くなかったのかもしれないが、すばらしい快挙だ。』