1月24日(火)くもり
先日、宿舎の当直の順番がやってきました。この日は隊員みんなのために世話をする日直、週番みたいなものです。同時にその日は私が初めて南極大陸の厚い氷の上(ドームふじなどの内陸基地へのルート拠点のS16)に乗れる日でもありました。前夜に二者択一の厳しい選択を迫られ、一旦は上陸をあきらめたのですが、翌朝ふと自分が自分のものだけではないことを思い出しました。伝えねばならい、そう思って午前中一杯考えあぐんだ末、かの地で気象観測機器の整備や来るべき内陸旅行のためルートや雪上車の確認に来たS16隊の夕方のピックアップ便に同乗させてもらう許しを得ることができました。もちろん夕食の当直には戻ります。感謝です。
基地を離陸したヘリが大陸沿岸を突っ切り、しばらくすると眼下はるか向こうまで真っ白な雪原が広がります。時折、乱れた気流のなかでヘリとともに態勢を立て直しつつ、目を凝らすとわずかに小さな点がポツポツと見え始めました。雪上車、旅行用そり、カブース(居住用そり)の一群でした。
海氷と大陸の境界、左が海氷、右が大陸、茶色は露岩
上空からの雪上車群
ヘリで着陸
標高約600mのこの地は、以前から「雪以外何にもないよ」と聞いていました。でも、私にはそれで良かったのです。周りに何もない、雪以外は何もない、そういう土地を見たことがなかったからです。しかも、下は厚い南極の氷。太古の空気や微粒子を含む、ある意味、神聖な場所でした。その辺の砂や空気だって太古からあるのに変ですね。
ところが実際は、少なくとも私にはおまけつきでした。北を見れば氷の海が、西にはラングホブデなどの山並みがわずかに望めました。特に海氷上はるか遠くにまだ接岸できないしらせとたなびく煙を見たことで、自分の立つ場所を再確認できました。
南極大陸氷床。平均2000m以上、厚いところでは4000mにも達する氷の板。まず雪やダイヤモンドダストが降り積もり、それらが圧密されても融けない低温下で融合し微結晶を作る(焼結)。長い時間をかけ、その結晶同士も次第に連結し、結晶内の水分子の再配列すら行いながらだんだん大きな単一の結晶に変化していく。まるで天然の結晶製造工場です。特に深い所の氷は氷の中のガスまでもクラスレート化(氷の構造に取り込まれてしまう)しまうため透明度が高くなります。もはや氷というより、宝石に近いと言ったら言い過ぎでしょうか。
もし人間の目が、雪の結晶を大きくして見ることができたら、雪の降ったところをもったいなくて歩けないだろう、とは雪の結晶の形の素晴らしさを語った中谷宇吉郎博士の言葉ですが、もし、人間の目が何千mもの深さの南極の氷を見れたなら、やはりもったいなくて歩けない気がします。
S16から内陸を望む、大陸氷床で築かれた天空の地に続く
海氷に閉じ込められつつある、しらせ遠望(旗の向こうに小さく、煙を左にあげている)
SM100型雪上車、人間を大陸内陸部まで守ってくれるシェルター
ドームふじ基地など氷床最高点をこのモンスターで狙う
気温は-5℃くらいでしょうか。風もそれほど強くなく、ところどころに青空を残した天空の雪原は優しく迎えてくれました。しかし、残念なことに世界一きれいであろう雪のサンプリングにしくじってしまうほど私は冷静さを失っていました。絶対きれいだという思い込みが強かったのかもしれません。でも、ここで吐く息が全く白くならないことを確認できたのは幸いでした。これほどきれいな空気は神様だって読むことはできないでしょう。
わずか30分程度の滞在でしたが、雪と氷が正々堂々、大地として存在出来る惑星地球を実感できた大きな旅でした。
吐く息が全く白くならない
大陸氷床とラングホブデの山並み、海氷、夕暮れ雲
先日、宿舎の当直の順番がやってきました。この日は隊員みんなのために世話をする日直、週番みたいなものです。同時にその日は私が初めて南極大陸の厚い氷の上(ドームふじなどの内陸基地へのルート拠点のS16)に乗れる日でもありました。前夜に二者択一の厳しい選択を迫られ、一旦は上陸をあきらめたのですが、翌朝ふと自分が自分のものだけではないことを思い出しました。伝えねばならい、そう思って午前中一杯考えあぐんだ末、かの地で気象観測機器の整備や来るべき内陸旅行のためルートや雪上車の確認に来たS16隊の夕方のピックアップ便に同乗させてもらう許しを得ることができました。もちろん夕食の当直には戻ります。感謝です。
基地を離陸したヘリが大陸沿岸を突っ切り、しばらくすると眼下はるか向こうまで真っ白な雪原が広がります。時折、乱れた気流のなかでヘリとともに態勢を立て直しつつ、目を凝らすとわずかに小さな点がポツポツと見え始めました。雪上車、旅行用そり、カブース(居住用そり)の一群でした。
海氷と大陸の境界、左が海氷、右が大陸、茶色は露岩
上空からの雪上車群
ヘリで着陸
標高約600mのこの地は、以前から「雪以外何にもないよ」と聞いていました。でも、私にはそれで良かったのです。周りに何もない、雪以外は何もない、そういう土地を見たことがなかったからです。しかも、下は厚い南極の氷。太古の空気や微粒子を含む、ある意味、神聖な場所でした。その辺の砂や空気だって太古からあるのに変ですね。
ところが実際は、少なくとも私にはおまけつきでした。北を見れば氷の海が、西にはラングホブデなどの山並みがわずかに望めました。特に海氷上はるか遠くにまだ接岸できないしらせとたなびく煙を見たことで、自分の立つ場所を再確認できました。
南極大陸氷床。平均2000m以上、厚いところでは4000mにも達する氷の板。まず雪やダイヤモンドダストが降り積もり、それらが圧密されても融けない低温下で融合し微結晶を作る(焼結)。長い時間をかけ、その結晶同士も次第に連結し、結晶内の水分子の再配列すら行いながらだんだん大きな単一の結晶に変化していく。まるで天然の結晶製造工場です。特に深い所の氷は氷の中のガスまでもクラスレート化(氷の構造に取り込まれてしまう)しまうため透明度が高くなります。もはや氷というより、宝石に近いと言ったら言い過ぎでしょうか。
もし人間の目が、雪の結晶を大きくして見ることができたら、雪の降ったところをもったいなくて歩けないだろう、とは雪の結晶の形の素晴らしさを語った中谷宇吉郎博士の言葉ですが、もし、人間の目が何千mもの深さの南極の氷を見れたなら、やはりもったいなくて歩けない気がします。
S16から内陸を望む、大陸氷床で築かれた天空の地に続く
海氷に閉じ込められつつある、しらせ遠望(旗の向こうに小さく、煙を左にあげている)
SM100型雪上車、人間を大陸内陸部まで守ってくれるシェルター
ドームふじ基地など氷床最高点をこのモンスターで狙う
気温は-5℃くらいでしょうか。風もそれほど強くなく、ところどころに青空を残した天空の雪原は優しく迎えてくれました。しかし、残念なことに世界一きれいであろう雪のサンプリングにしくじってしまうほど私は冷静さを失っていました。絶対きれいだという思い込みが強かったのかもしれません。でも、ここで吐く息が全く白くならないことを確認できたのは幸いでした。これほどきれいな空気は神様だって読むことはできないでしょう。
わずか30分程度の滞在でしたが、雪と氷が正々堂々、大地として存在出来る惑星地球を実感できた大きな旅でした。
吐く息が全く白くならない
大陸氷床とラングホブデの山並み、海氷、夕暮れ雲