3月11日(日)午前5時、南緯56度、東経109度、2.5℃、くもり
この度の震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表します。
また被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
船はまもなく南極圏の境界と考えられる南緯55度を通過します。この線から北側はもう南極ではないということです。私たち第53次南極観測隊夏隊の活動ももうじき終わりを迎えます。11月に日本を発ってから百日以上が過ぎ、まもなく帰国という今でも南極で出会ったもの、感じたものの大きさに圧倒され続けています。

海氷上の氷山の蜃気楼、この異形が水平線一面に広がる
氷河上を流れる清冽な水、ペンギンたちの跳ねる岬の先端の碧いプール、渓谷の絶壁をかすめ飛ぶユキドリ、海氷上に幾重にも揺らめく氷山の蜃気楼、天空にまで続くかという大氷原、霧氷の中にかかる白い虹、息が全く白くならない驚異的に清浄な空気、鏡のような湖面の下に眠る不思議な湖底世界、紺碧の空を彩る七色の雲、星空を翔けるオーロラ、日没後に東の空に浮かび上がる紫の地球影、大理石の中に輝く青い宝石、船のまわりを乱舞するクジラの群れ、ベタ凪の海に凛と立つ氷山・・・

北の夜空、逆さに昇るオリオン座

今朝未明のオーロラ
もしこの地上に人間がいなかったとしても、この南極の限りなく美しい自然はそのまま「あり」続けるでしょう。けれど、その美しさを感じる生物がいることで美しさの価値は何倍にもなっていると思います。そうした意味で人間はやはり格別な存在で、この地上に誕生したことの意味は大きいでしょう。一方で人間は、この自然から様々な恵みを享受してきたと同時に、自然を無造作に切り開き、様々な物質を作り、散らかし、汚してきました。地下数千mの岩盤中に生存する微生物を見て、「生命の本質は“はびこる”ことである」と語った生物学者がいましたが、人間もけして例外ではありません。
そうした中で手つかずの自然の残る、最後の秘境、南極。その厳しい自然のために二十一世紀に入った現代でも人間の永住を拒み続けている極限の大陸。惑星地球を最も身近に感じることのできる世界。南極は、私たち人間が本来の自然や地球を感じることのできる最もふさわしい土地の一つであることは間違いありません。ですから南極は本来、科学的研究・調査の対象としてだけではなく、もっと多くの人々が訪れ、人と自然という大きな多分永遠のテーマへの答えを求める場所と言えます。
私たちは今、迷っているのかもしれません。強大な自然の力を前にして失いかけた現代人としての自負。生きるために仕方がないとはいえ、後世の地球環境に返しきれないほど大きな負の遺産を残しつつある科学文明。大きな天災を受け、人々と自然との強い絆に入った綻び。この自然や地球、科学技術と今後どう向き合っていけばよいのかと。

氷河上の放射線値は低い、東日本が元の値に戻るのはいつになるのか
今年の53次隊の活動も自然の大きな力に翻弄されました。厚い氷と積雪のため18年ぶりにしらせが昭和基地まで接岸できず、様々な任務に支障が出ました。“想定外”とも言われますが、全てを自然のせいにするかのようなこの言葉はもう使いたくありません。南極の自然はそもそも厳しく、未知で、私たち人間の50年の経験と知識ではまだ推し量ることができない部分が多いのです。同じことが人間の地球への理解にも言えると思います。ただ、だからといって自然は分からないとか、人間は自然に遠く及ばないとあきらめては何も始まりません。結局、人は自然から離れることはできないのです。
自然と人との絆、人と人との絆。それらを守るために、この南極観測も含めた人間の全ての探究活動やそこで得られた知識や科学技術や叡智があると言ったら言い過ぎでしょうか。自然をもっとよく見つめ、より深く広く理解し、同時に私たち人間の力と限界を見極めた上で、自然とともに生きていく方法を探る。そうした真の意味での復興が、海外を含めてお世話になった方たちへの恩返しのためにも必要なのではないでしょうか。
氷河上に気象計を設置する
過去より公害問題、現代では環境問題、エネルギー問題、少子高齢化問題、様々な社会問題を抱えるこの国を「課題先進国」と評した方がいます。そして新たに今回の震災と、放射能などのその影響の問題。いつかは他の途上国もこうした問題に直面するのですから、この国が今どういう選択をするかは一国の問題ではありません。そうした難問への答えを国のリーダーや他人に求めるのは若干筋違いであって、まずは私たち一人一人が考え抜き、行動で示していくよりほかはないのではないか、そう思います。幸いこの国には“思いやり”や“分かち合い”という素晴らしい精神遺産があります。時間がかかるかもしれませんが、皆で乗り越えていくことができたらと願うばかりです。

海霧に浮かぶ氷山陰影
さて、このブログも今回で53回になりました。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。また、いままでお世話になった全ての皆さん、家族、そして南極の厳しくも素晴らしい自然―本当にありがとうございました。また船内と日本との細い回線を補うべくブログ更新に協力して下さった同室のSさん、仙台のIさんに深く感謝いたします。
そして白瀬矗中尉の南極探検からちょうど100年目の今年、南極海を越えて私たちを無事に昭和基地まで送り届けてくれた船“しらせ”、どうもありがとう。
今朝の朝焼け
この度の震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表します。
また被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
船はまもなく南極圏の境界と考えられる南緯55度を通過します。この線から北側はもう南極ではないということです。私たち第53次南極観測隊夏隊の活動ももうじき終わりを迎えます。11月に日本を発ってから百日以上が過ぎ、まもなく帰国という今でも南極で出会ったもの、感じたものの大きさに圧倒され続けています。

海氷上の氷山の蜃気楼、この異形が水平線一面に広がる
氷河上を流れる清冽な水、ペンギンたちの跳ねる岬の先端の碧いプール、渓谷の絶壁をかすめ飛ぶユキドリ、海氷上に幾重にも揺らめく氷山の蜃気楼、天空にまで続くかという大氷原、霧氷の中にかかる白い虹、息が全く白くならない驚異的に清浄な空気、鏡のような湖面の下に眠る不思議な湖底世界、紺碧の空を彩る七色の雲、星空を翔けるオーロラ、日没後に東の空に浮かび上がる紫の地球影、大理石の中に輝く青い宝石、船のまわりを乱舞するクジラの群れ、ベタ凪の海に凛と立つ氷山・・・

北の夜空、逆さに昇るオリオン座

今朝未明のオーロラ
もしこの地上に人間がいなかったとしても、この南極の限りなく美しい自然はそのまま「あり」続けるでしょう。けれど、その美しさを感じる生物がいることで美しさの価値は何倍にもなっていると思います。そうした意味で人間はやはり格別な存在で、この地上に誕生したことの意味は大きいでしょう。一方で人間は、この自然から様々な恵みを享受してきたと同時に、自然を無造作に切り開き、様々な物質を作り、散らかし、汚してきました。地下数千mの岩盤中に生存する微生物を見て、「生命の本質は“はびこる”ことである」と語った生物学者がいましたが、人間もけして例外ではありません。
そうした中で手つかずの自然の残る、最後の秘境、南極。その厳しい自然のために二十一世紀に入った現代でも人間の永住を拒み続けている極限の大陸。惑星地球を最も身近に感じることのできる世界。南極は、私たち人間が本来の自然や地球を感じることのできる最もふさわしい土地の一つであることは間違いありません。ですから南極は本来、科学的研究・調査の対象としてだけではなく、もっと多くの人々が訪れ、人と自然という大きな多分永遠のテーマへの答えを求める場所と言えます。
私たちは今、迷っているのかもしれません。強大な自然の力を前にして失いかけた現代人としての自負。生きるために仕方がないとはいえ、後世の地球環境に返しきれないほど大きな負の遺産を残しつつある科学文明。大きな天災を受け、人々と自然との強い絆に入った綻び。この自然や地球、科学技術と今後どう向き合っていけばよいのかと。

氷河上の放射線値は低い、東日本が元の値に戻るのはいつになるのか
今年の53次隊の活動も自然の大きな力に翻弄されました。厚い氷と積雪のため18年ぶりにしらせが昭和基地まで接岸できず、様々な任務に支障が出ました。“想定外”とも言われますが、全てを自然のせいにするかのようなこの言葉はもう使いたくありません。南極の自然はそもそも厳しく、未知で、私たち人間の50年の経験と知識ではまだ推し量ることができない部分が多いのです。同じことが人間の地球への理解にも言えると思います。ただ、だからといって自然は分からないとか、人間は自然に遠く及ばないとあきらめては何も始まりません。結局、人は自然から離れることはできないのです。
自然と人との絆、人と人との絆。それらを守るために、この南極観測も含めた人間の全ての探究活動やそこで得られた知識や科学技術や叡智があると言ったら言い過ぎでしょうか。自然をもっとよく見つめ、より深く広く理解し、同時に私たち人間の力と限界を見極めた上で、自然とともに生きていく方法を探る。そうした真の意味での復興が、海外を含めてお世話になった方たちへの恩返しのためにも必要なのではないでしょうか。

過去より公害問題、現代では環境問題、エネルギー問題、少子高齢化問題、様々な社会問題を抱えるこの国を「課題先進国」と評した方がいます。そして新たに今回の震災と、放射能などのその影響の問題。いつかは他の途上国もこうした問題に直面するのですから、この国が今どういう選択をするかは一国の問題ではありません。そうした難問への答えを国のリーダーや他人に求めるのは若干筋違いであって、まずは私たち一人一人が考え抜き、行動で示していくよりほかはないのではないか、そう思います。幸いこの国には“思いやり”や“分かち合い”という素晴らしい精神遺産があります。時間がかかるかもしれませんが、皆で乗り越えていくことができたらと願うばかりです。

海霧に浮かぶ氷山陰影
さて、このブログも今回で53回になりました。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。また、いままでお世話になった全ての皆さん、家族、そして南極の厳しくも素晴らしい自然―本当にありがとうございました。また船内と日本との細い回線を補うべくブログ更新に協力して下さった同室のSさん、仙台のIさんに深く感謝いたします。
そして白瀬矗中尉の南極探検からちょうど100年目の今年、南極海を越えて私たちを無事に昭和基地まで送り届けてくれた船“しらせ”、どうもありがとう。
