将棋雑記

将棋に関する雑感を書き散らしています。

近来象戯記大全をアップ

2007-07-21 12:40:38 | 将棋
近来象戯記大全をアップしました。手合いの部分だけです。詰将棋部分は「詰将棋博物館」をご覧下さい。http://park6.wakwak.com/~k-oohasi/shougi/daizen/daizen00.html
今回の売りは何といっても、美濃囲いの由来が明らかになったことでしょうか?
あと初代伊藤宗看と萩野眞甫との将棋は大事かな。

詰将棋全国大会参加記5

2007-07-21 10:38:01 | 詰将棋
 懇親会の会場を出ると、金子清志さんがいました。当然2次会に行くメンバーを待っていたわけですが、みんなが動かないので、出発することにしました。動き始めると付いて来る人がゾロゾロ増えました。とりあえず今日来た人が荷物を持っているので、一旦チサンホテルに戻り、下のロビーに午後9時集合としました。
 荷物を置いてロビーに降りると、20人くらいの人がいました。これだけの人数が入るのは、昨日の2次会で入った白木屋くらいかと思い。「2次会の場所は昨日と同じ白木屋です。」と言って動きはじめました。直動きはじめたのが詰工房を中心としたメンバーで先に白木屋に行くと、しばらくして創棋会を中心としたメンバーが来ました。
 ようは2部屋借りて飲んだわけです。こっちの卓は詰工房のメンバー+明石六郎さんで向こうの卓は創棋会メンバー+角さん+大橋さん+深井さんといったところでしょうか。明石さんは初対面でしたが、とても面白い方でした。
 向こうの卓にも挨拶に行きました。創棋会の方とは双玉は昔変則将棋で邪道とされていたことや、妙手説から詰方最長手順は塚田名人の影響が大きかった事等が話題になりました。角さんが「双玉はまだ生かしきれていなくて、新しい構想が埋もれているはずだ。」と、語られたことは印象に残りました。
 2次会も2時間くらいで猪俣さんが〆、宿に戻って落ち着いたのは12時を過ぎてからでした。
 翌朝。食堂に詰パラを持参して行くと、川崎弘さん・猪俣さん・橋本守正さんがいたのでその卓にお邪魔しました。川崎さんは夜中の2時過ぎまで山本勝士さんと将棋を指していたとのこと、お元気ですねえ。橋本さんと初めてお話しますのでご挨拶。私「裏表紙の男に会えて感激です。」と言ったら、橋本さんがニコニコしてくれました。橋本「ホームページには色々書き込まれてますね。」そんなことまでご存知とは、恐れ入りました。他にも八尋さんや福島さんが居られました。
 朝9時くらいに神戸で電車に乗らないといけないので、名残は尽きませんが、サヨナラの時間が来ました。ロビーに居た大橋さんにも挨拶して、神戸駅に行きました。
 新快速で新大阪に行って「のぞみ」に乗る予定でしたが、何と芦屋で電車がストップしました。人身事故でJRの在来線はストップしているとのこと。何時動くかも解らないとのことで、どうすれば新大阪に行けるか駅員に聞いて、移動を開始しました。
 先ず尼崎までバス、そこから阪神電鉄で梅田まで行き、そこから地下鉄で新大阪という遠大な行程になりました。新大阪についても新幹線を別の新幹線に振り替えるため、また並ぶことになりました。なんだかんだで、2時間近く遅れて自宅に午後3時ころにやっと戻って、楽しい3日間は終わったのでした。
 最後に、色々苦言を呈したところもありましたが、詰将棋全国大会を続けてもらえれば、小さい問題ともいえます。いつまでも詰将棋全国大会がつづきますよに、、、。
 又、色々な方にお世話になり楽しい時を過ごせたことには、ただ感謝するのみです。皆様どうもありがとう御座いました。今後もどこかでお会いする(誌上やHP上やリアルで)ことがありましたら、よろしくお願いいたします。

詰将棋全国大会参加記4

2007-07-20 19:51:54 | 詰将棋
 第2部終了後、第3部の懇親会まで時間があり、皆さん廊下で待たされました。そこで深井さんを発見し大道棋の話をしていたら、何と加藤徹さんまで加わっての大道棋談義になりました。(私はこの御二方が今の二大大道棋作家だと思っています。)私「大道棋で新しいパターンを考えたんですが、収束がまとまらなくて、、、。」深井「どんな筋」私が骨子を説明すると、深井「収束なんてどうだっていいでしょ、初手から余詰でもいいんだから。」私「でも最近は完全性が結構うるさいらしいですよ。」深井「大道棋は別物で、担当者が判断して出題すればいいんだよ。」加藤「初手から余詰でもいいけど、大道棋屋は(将棋の)初心者も多いから、(紛れも含めて)覚えられないとダメでしょ。」等含蓄のある話が聞けて有意義でした。
 「利波さん」と声を掛けられ、見ると何と岡本正貴さんでした。春棋会の会合でお会いして以来(春棋会のメンバーで詰パラ編集部に行って、その後多治見市にある飯田繁和さんの家にみんなで泊まった。他に柳原裕司さん・伊藤正さん・西沢重夫さん等と行った。)25年ぶりくらいでしょうか、お互い年をとりました。私は頭が薄くなり、岡本さんは頭に白いものが混じってました。昔話をしていると、懇親会の準備が出来たとのことで、第3部に突入です。
 懇親会に入ると昨年と違って、1年間近くパラで活動したからでしょう。向こうから話しかけてくれる方も多くて、良かったです。
 先ず、最初は中村さんの看壽賞受賞に沸く東大テーブルにいました。金子タカシさんと篠原和久さんは中村さんのお祝いに、わざわざ台風の中を駆けつけたようです。仮に私が何か賞を取っても同じ大学の奴が駆けつけるとは思えない。流石東大の結束力は堅いですねえ。(誰だ、お前に人望が無いからだ!という人は?)で、私「中村さんの看壽賞は遅すぎたくらいですよね。」深井「でも今回のは(中村氏にしては)たいしたことない。」うわ!深井さん厳しいですねえ。愛のムチですね。まあ冷静に考えれば、今回の受賞作品よりいい作品が受賞していなかったのだから、そうなんですよね。
 深井さんは完成まで何十年もかかった作品を大学院に投稿したそうで、発表が楽しみです。でも難しそうですから、解けないような、、、。
 平井康雄さんには大学で作品を採用してもらえそうで、感謝です。
 高校担当の中井雄士氏とも初対面でしたが、高校でも自作が採用されそうで、嬉しいかぎりです。私「高校の担当者なら少なくとも、古今短編名作選の作品くらいは暗記しておきたいものだと思う。」中井「持ってないんですが、、、。」うーん時代が違いますね、、、。
 宮浦忍さんともお話しました。私「そろそろ同人ですね。」宮浦「三年以内には何とかしたいと思ってます。」とのことでした。
 ここで、握り詰の優秀作の発表がありました。3位は山田康平さんの作品。1位と2位は同点で7票づつとのことで、千々岩倫太郎さんの作品と北川明さんの作品で、大会に入選者が誰も来ていないのは史上初とのことでした。でも、ちょっと待てよ。1位の投票数が7票って少なすぎじゃないですか?100人近く来ていて、1位が7票?1人で3作推薦できるのだから、殆ど投票してないではないですか?握り詰の扱いは来年以降真面目に考えた方が良いと思う。これでは作った人が全くうかばれません。
 他にも様々な方と話ができました。
 楽しい時間が過ぎるのは早いもので、あっというまにお開きの時間となりました。でもまだ2次会があります。私も当然2次会にGOです。
 というわけで2次会編に続きます。


詰将棋全国大会参加記3

2007-07-19 19:47:21 | 詰将棋
 第一部が終了し、休憩時間になった。谷川先生の特別懸賞に解答を出す前に、谷川先生の作品で非限定というのが、どうしても信じられなくて、谷川先生に直撃でお聞きした。私「先生の作品は13桂と33桂は非限定ですか?」谷川「いえ、限定です。23歩成の時の変化で違ってきます。」とのこと。早速須川氏に報告したのですが、氏は既に解答を提出していたようでした。そのことを聞いていた芹田氏も須川氏の答えを写していたので、誤解でしたが、芹田「もっと早く言ってくださいよ!」フフフそんな芹田君には「慌てる乞食は貰いが少ない。」という言葉を贈りたいと思います。(須川さんは乞食ではないですよ、廻りに恵んだ「右や左のだんな様」です。私は慌てなかった乞食です。)
 でそうこうしているうちに休み時間も終了し、第2部に突入です。
 最初はミニ解答選手権です。今年は前に座れたので、盤面はよく見えるので本当の勝負です。問題は3手10問5手10問を一問30秒以内で解くものです。解ければ+1点空欄は0で誤答は-1。この-1がミソで解らない場合は書かないのが基本です。昨年は-になりまくったので、今回は間違いは空欄という方針で臨みました。
 3手詰、7と8を空欄で8点。次に5手ですがここでハプニングが、、、。なんと3問目と4問目が同じ問題で、戸惑っているうちに、先にどんどん進んでしまったのです。これに動揺した私は5問目までは全問正解だったのに、6問目からは1問しかできなくて、6点。
 合計で14点で予選で敗退したのでした、、、。で、全問正解は谷川先生・北浜先生・若島さんの3人だけでした。その後は早押しの解答競争で、決勝は船江三段と若島さんでした。早押しで持ち時間は30秒で先に1問答えれば優勝です。
 1問目。難しい問題でした。両者とも時間オーバーでした。
 2問目。これも難しい問題です。ここで船江三段が解答しました。でもその解答を聞いていて違和感があって、どうも正解では無さそうで、私は思わず「それは詰まないのでは?」とつぶやいたところ、船江三段にも聞こえたらしく、船江「エッ?」といった瞬間無常にも「ブー」という誤答の合図がなりました。作意は角の移動合の入る手順でその移動合いの部分で船江三段は誤答したのでした。
 3問目。船江三段は前問でお手つきだったので、解答権がありません。しかも3問目は簡単で私でも見た瞬間秒殺の問題でした。でも若島さんは中々答えません。私は次に船江三段が戻ってから4問目でけりをつける気なのかと思いましたが、読みすぎで、しばらくして若島さんが正解を答え、若島さんが並み居るプロを抑え優勝したのでした。
 でも考えてみると、若島さんはチェスプロブレムでは世界を相手にしているのだから、順当だったのかもしれません。
 次に連想ゲームです。昔NHKであったあれですな。大和田獏と壇ふみが神のような解答をしていた番組ですな。
 で私が答える番で第1ヒントでヒントは佐藤司さんでした。
 佐藤「野口益雄」私「貧乏図式」ピンポーン(正解)後で佐藤さんに聞いたら「利波さんならあのヒントで絶対解ると確信していた。」だそうです。
 で、今度は私がヒントを出す番です。解答者は北村憲一さんです。お題は「馬鋸」このお題を聞いた瞬間、ある作品集を思い出したのですが、とっさに名前が出てこない、、、。でも今度は相手が先攻でした。これで助かりました。
 相手ヒント「桃花源」相手解答「難解作」ブブー
 ここで北村さんなら絶対解るだろうと確信を持ってヒントを出しました。
 私「大矢数」北村「馬鋸」ピンポーン(正解)
 というわけで、出題でも解答でも第1ヒントで正解という最高の結果を出しました。
 ちなみに2部の企画は団体戦でしたが、自チームは連想ゲームで挽回しラスを免れまあまあでした。優勝は解答選手権の貯金が生きた若島さんのチームでした。
 ここで、谷川先生の作品の解説と当選者の発表でした。中々素晴らしい作品でした。でも解答応募が7人で正解者が4人というのは寂しいですね。企画が目一杯で解答する時間が無かったのですから、当たり前かもしれませんが、、、。
 何はともあれ、正解者として谷川先生の上扇子をいただき、かつ握手もしていただき感激でした。(須川さんには足を向けて寝られません。)
 ここで寄付の披露があり、須川さんの名前も呼ばれておられました。(でも寄付がうどんだったのは解りませんでした。)
 次に恒例の1人1言。私はこの1年詰将棋界に復帰して良かった旨を話しました。
 閉会の挨拶があり、最後に全体写真でした。
 以上で2部は終わり、怒涛の第3部へと続きます。

 

詰将棋全国大会参加記2

2007-07-18 19:11:59 | 詰将棋
 一夜明けて7月15日、神戸は雨が止んでいましたが、関東では新幹線が止まっていそうで、知っている人が参加できるか不安になりました。
 朝、宿の食堂に行くと、松田圭市さんと門脇さんが居ました。雑談しながら食事し、門脇さんは幹事会に行かれました。入れ替わりに、昨年の看壽賞作家の高坂研さんが来られました。食事なのに何故か詰将棋パラダイスを持っていました。流石看壽賞作家になる人は普段から心がけが違うと思い、明日の食事には必ず詰パラを持参しよう、と固く心に決めたのでした。
 食事して少し休憩してから、いよいよ会場移動です。会場で受付している稲葉さんをお見かけしたので、夜行バスが止まらなかったか聞いたところ、雨は降っていたが、影響は無かったとのことでした。
 会場に入って先ずベストポジションを確保しました。(昨年は遅く会場に入ったら最後列で画面がよく見えなかった。)でもすでに私の席の前が埋まっていて、誰かと思ったら、加藤徹さんでした。流石にすばやいです。ちなみに左前が角さんでその前はなんと谷川先生。右は佐藤司さん。後ろは須川卓二さん。通路を挟んで左は馬詰さんでその前に芹田さん。馬詰さんは新幹線が止まる前に今日来たとのことでした。
 握り詰を見てみると、予備作が載っていました。実は2作投稿していて、本命の作品なら入選の自信はありましたが、キズがあるので一応予備作も送りましたが、予備作が採用されては二年連続の入選は厳しそうでした。余談ですが、結構今回はキズに厳しかったようで、芹田さんの作品(収束非限定)や駒谷さんの作品(柿木で検討すると余詰めと出るが実際は迂回手順)も没になったようで、17作しか載らなかったです。
 握り詰ですが、今回作者名は投票に影響するからか、伏せられていましたが、投票後には明らかにしてほしかったです。また曲詰もあったみたいですが、図と手順だけ書いてあるのでは、解らないです。全て暗算できる人ばかりではないでしょうし、投稿された作品に対し、これは余りに扱いが悪いのではないでしょうか?チョット時間をとって握り詰を大盤で解説したり、場合によっては作者にセールスポイントを説明してもらい、「投票に清き一票を!」という企画があっても良かったかと思います。これまでの扱いは作品を投稿した人に対して、余りにも礼を欠いているのではないでしょうか? 
 まあそれはともかく、須川さんにご挨拶して、今回の目的の一つである、詰四会の課題作をお渡ししました。(その辺りのことは、須川さんのブログ参照のこと)そして、谷川先生の詰将棋の解答も並べていただきました。
 この辺で時間になり、詰将棋全国大会は始まりました。
 挨拶が続き、その後浦野先生による看壽賞の選考経過及び発表となりましたが、選考経過とあるのに作品の発表のみで、何故中篇は受賞作が無いのかとか、田島作が何故ダメなのかの説明がなされなかったのは、片手落ちだと思いました。
 角さんが作品の解説をされましたが、ツボを押さえていてよく解りました。
 次に10回表彰があり、知り合いでは深井さんが10回目の参加でした。
 ここで今までの参加者の名簿が配られました。(ゲームのための班分けも書かれていた。)
 といわけで、ここで休憩が入り、第一部は終了しました。
 以下、第二部に続く。