コラム「ひびき」  ☆☆お堀端クリニック☆☆

小田原市お堀端通りにある神経内科クリニックです。
折に触れて、ちょっとした話題、雑感を発信いたします。

1930円の神経内科

2018年11月12日 | コラム
【平成29年6月号の神奈川県医師会報に掲載された文章です】
 前任地の福岡大学医学部、薬学部、大学病院で70歳の定年まで責任を全うするつもりでおりましたが、巨大な組織の中で、教育、臨床、研究をバランスよくこなすことに限界を感じ、10年前に関東に戻りました.一人の臨床医として、その能力(あるとすれば)を最後に全て使い果たしたいと希望したためです.先輩のクリニックを手伝うかたわら、認知症専門病院の立ち上げに参加し、その後、小田原市立病院神経内科での勤務をへて開業いたしました.丸5年が経過いたしました.実にたくさんの方々のご支援をいただき、クリニックは潰れることもなく、6年目に突入いたしました.深謝申し上げます.
 認知症、パーキンソン病の診療は、私たちのクリニックのみの診療ではどうにもなりません.地域の医療資源を総動員した、地域包括ケアの活用が必須です.どのように協力できるのか日々思案しております.ことに認知症に関しましては、この1年間に、私の生まれ育った松田町で福祉課、足柄上病院、地域のボランティアの方々との連携で、初期集中支援チームを始動させ、さらに気軽に相談いただける門戸を目指して認知症カフェの開設・運営が実現いたしました.その内容、今後の問題点についても検討しています.一般住民を巻き込んだパワーは強力で、その中で、医療機関では知ることのできない認知症を有する方、その方を介護している家人の心境を知ることができます.また、独居老人宅を訪問するたびに感ずる、その方のこれまでの人生での体験、なんとも形容しがたい寂寥・絶望などに、ただただ、共感するしかない時間の貴重さを感じます.
 人はパンのみにて生くるものに非らず、と言えども、やはり、パンがきちんと供給されることも大事です.6年目を迎えたクリニックの経営面での苦言を少々、開陳いたします.認知症の方がたくさん受診されます.先ずは、ご本人の診察、ご本人が心理検査、画像検査を受けておられる間に、ご家族・介護者の方からできるだけ詳しい病歴の聴取、そしてご本人を交えて結果説明.最後に、もう一度介護者の方に、診断名、大雑把な予後の説明.これが初回のパターンです.再診時は、ご本人の診察、ご家族からの経過聴取を別々に行います.もし、薬物治療に周辺精神症状のコントロールのための処方が必要であれば、上手に機会を作り、再度、介護者だけに説明することもあります.場合によっては、家族のみ同日に再度受診していただくこともあります.降圧薬のみ処方している、通常の内科患者さんの診察に要する時間と比べたら、5倍も10倍もの長さです.やれやれ診察終了となり、ところで今の診療行為に対する報酬は何点なんだろうと電子カルテを操作いたします.すると、明細書発行体制等加算73点、外来管理加算52点、処方箋料68点、しめて1930円です.当クリニックに稀におられる降圧薬のみの方の再診時をチェックします.上記3点は同じです.これに特定疾患療養管理料225点、長期投薬加算85点がついて、4830円です.えーっ、そりゃないよ、と嘆息.認知症、パーキンソン病の方のカルテの追加記載のために、毎晩10時近くまで費やして、パーキンソン病の薬物調整のために毎回、神経学的診察を詳細にしても、神経学的検査の項目は査定でことごとく認められず、パーキンソン病も1930円です.
 毎日、毎晩、神経内科はまともにやればやるほど慈善事業と同じ1930円です.セコムの電話確認に追われるようにクリニックを出る頃は、街は酔漢で溢れ、当方も呑まずには帰還困難.今夜も行きつけの場所にそそくさと向かいなんとか日付の変わらないうちの帰宅に努めます.嗚呼、もう少しなんとかならないものでしょうか.

福岡城跡
コメント

みんな夢でありました

2017年09月05日 | コラム
歌:森田童子
作詞:森田 童子
作曲:森田 童子

あの時代は何だったのですか
あのときめきは何だったのですか
みんな夢でありました
みんな夢でありました
悲しいほどに
ありのままの君とぼくが
ここにいる

ぼくはもう語らないだろう
ぼくたちは歌わないだろう
みんな夢でありました
みんな夢でありました
何もないけど
ただひたむきな
ぼくたちが立っていた

キャンパス通リが炎と燃えた
あれは雨の金曜日
みんな夢でありました
みんな夢でありました
目を閉じれば
悲しい君の笑い顔が
見えます

河岸の向うにぼくたちがいる
風の中にぼくたちがいる
みんな夢でありました
みんな夢でありました
もう一度やりなおすなら
どんな生き方が
あるだろうか
コメント

あたま

2017年05月16日 | コラム
あるテレビドラマのセリフ

生きているうちに、もっと頭を使え。
頭は、帽子のためにあるんじゃない。
コメント

あなたならどうする

2017年05月06日 | コラム
1970年に発表された、いしだあゆみの曲。土曜日の午後、流れてくる曲をぼんやり聴いていて、その歌詞にあらためて、ドキっとなった。愛する男性に紙くずみたいに捨てられ、絶望している女性があなたならどうする?とたずねている。その回答の選択肢が、①泣く、②歩く、③死んじゃう、しかないのだ。うーん、けだし、達観。

歌:いしだあゆみ
作詞:なかにし礼
作曲:筒美京平

嫌われてしまったの 愛する人に
捨てられてしまったの
紙くずみたいに
私のどこがいけないの
それともあの人が変わったの
残されてしまったの 雨降る町に
悲しみの眼の中を あの人が逃げる
あなたならどうする
あなたならどうする
泣くの歩くの 死んじゃうの
あなたなら あなたなら

私のどこがいけないの
それとも誰かを愛したの
忘れられてしまったの 愛した人に
何が出来るというの 女がひとりで
あなたならどうする
あなたならどうする
泣くの歩くの 死んじゃうの
あなたなら あなたなら
コメント

打率

2017年04月19日 | コラム
野球の一流打者の打率くらいの確率で前のチャックが開いているような気がする。
ちゃんと閉めたはずなのに、シャツの端が、矢尽き、折れた弓に結わいた敗残の将の白旗の様に飛び出している事がある。
バーで飲んでいると、隣にいた二十代の女性が仲間に、時々、スニーカーのファスナーが開いている、と話していた。ふと、安心し、そしてはっとなり、前を確認した。その時はしっかりしまっていた。
けれど、油断はできない。この打率は、年々、良くなっていくのだ。近い将来、十割打者も夢じゃない。
コメント