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荻伏共同育成場日誌

北海道浦河町にある競走馬育成牧場・荻伏共同育成場の場長が日々の風景をお届けする徒然日誌。

【コラム】育成場のイノベーション vol.2

2016-06-12 04:50:32 | 仕事
 先週から新馬戦が始まりました。オールドファンからしてみれば中央開催で新馬戦が始まることに違和感を覚える方も多いと思いますが、これも時代の流れということなのでしょう。当育成場の出身馬も先週1頭(3着)そして今日1頭デビューと早期デビューを飾ることができましたが、育成場での調教内容も大きく変化しています。
 騎乗馴致(乗り馴らし。人が乗るということを覚えさせる過程)が8,9月から始まるのは20年前から変わりませんが、そこから進めていく過程は大幅に早くなりました。年が明ける前、つまり1歳の時期に順調に進められている馬はハロン15秒まで伸ばします。当育成場では冬期期間は屋外馬場が凍結するためそのような時計は出せず、提携するBTC(浦河にある巨大調教施設でBloodhorse Training Centerの略称)の牧場へ移動し調教を進めてもらいます。提携牧場と密に連絡を取り合い、故障馬はもちろん調教について行けない馬や速い時計を出した後幾らかリフレッシュさせたい馬などをこちらに下げ、新たに調教を進めたい馬をBTCへ持っていきます。この連携作業によって提携するBTCの牧場には常に調教を進められる馬が滞在することになります。
 早期デビューを果たした2頭を例にとってみると
―1歳―
9月上旬 馴致開始
9月下旬 当育成場にて調教開始
11月上旬 BTCへ移動
12月下旬 15‐15
     当育成場でリフレッシュ調整
―2歳―
1月下旬 BTCへ戻る
3月下旬 本州の育成場へ移動

という過程を辿ってきました。本州の育成場へ移動する段階では3ハロン13秒程度は出せる状態になっているとBTC提携牧場の場長は話しております。本州の育成場は提携しているわけではなく、預けていただいている先生が使用されている育成場で調整とさらに実践的なトレーニングを行いトレセンに入厩させるというシステムが確立されつつあります。大手の牧場では複数の育成場を所有し最初から最後まで一貫して行っており、さらに細分化された育成プランを可能にしています。

 北海道における冬期期間の調教に対する設備が脆弱な育成場は
・発育が遅い育成馬の調教
・進んでいる育成馬のリフレッシュ
・故障している育成馬の管理
という業務に特化され、そのノウハウを確立することが当育成場のイノベーションとなっています。

 了

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一期一会

2016-06-05 01:50:39 | 仕事
 メイショウアヤメの生産者である寺越さんはセリで提携牧場に毎年のように預けていただいていました。セリ会場で当時活躍していたメイショウサムソンの話になった時、その母マイヴィヴィアンが寺越さんの生産馬であることを知りました。そして何のお祝いか忘れましたが親類にあたる林孝輝さんにプレゼントしたと仰っていました。
「勿体なかったですね」
と切り出すと寺越さんは優しく否定しました。
「いやいや、あれは彼のところで生産し、メイショウさんに買ってもらい、瀬戸口先生のところに行ったから今の活躍があるんだよ。」

 提携牧場がモーリスが1歳のセール時にコンサイナーをしていたことから、モーリスがタイトルを増やすごとに周りから
「扱えてたかもしれないのに惜しかったね」
と言われますが、そんなことは全くないのです。サマーセールで大作さんに買ってもらいトレーニングセールでノーザンファームが購入、関西に入厩したものの途中で今の堀厩舎に転厩、その全てが積み重なって今の成績だと考えております。

 扱う馬一頭一頭全てが
「荻伏共同育成場にいたから良かった」
と認めてもらえるような牧場にしていきたいと改めて期する今日この頃です。


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雑草魂と超エリート ーモーリス vs サトノアラジンー

2016-06-05 01:50:02 | 仕事
「購買者はこんな離れの場所あることすら知らないんじゃないの?」
 厳しい日差しを避けるように厩舎の影で知り合いの生産者と自虐的に談笑していた。

―2011年セレクトセール当歳市場―

 セリ前の比較展示では1回しかお代を聞かれず、歩様確認のため歩いたのも1回だけ。まさに素通り状態というかここまで辿りつけない購買者もいたと思う。何せ228頭中218番目。後ろから10頭目で比較展示でもかなり隅の方である。比較展示後馬房の前で購買者が来るのをひたすら待つのだが来る気配もない。あまりに暇なのでセリ名簿の馬体写真を見ていると1頭の馬が目に留まった。
「上場番号419 マジックストームの2011」
当歳馬とは思えない完成度の高さに驚くとともに果たして幾らまで上がるのだろうと野次馬感覚で厩舎横に接地されているモニターに目を移した。ディープインパクトの半弟こそ高額な取引となったものの、それ以外での1億越えは1頭のみ。セレクトセールとしては過熱しきらない雰囲気の中でセリが始まった。1億3千万円。思っていたほど行かなかったという思いは別世界とも思えるセレクトセールならではだろう。完成度の高いこの馬が将来どうなるのか追い続けてみようと思いそれから2年後競走馬としてデビューする。ついた名は
「サトノアラジン」

―2013年5月―
トレーニングセールの取引結果に目を通していると気になる名前があった。
「メジロフランシス」
「あれっ?戸川さんの馬じゃない?」
しかし販売申込者は大作ステーブルになっている。
気になって前年のセールを調べてみる。
やはりあった。しかも予想通りうちと提携している牧場がコンサイナーをしている。

「力不足ですいません」
「いえいえ売っていただいてありがとうございます」
希望金額に満たない売買金額にもかかわらず晴れやかに迎えてくださる戸川夫妻にはいつも頭が上がらない。そしていつも何とか高く売れるよう微力ながら全力を尽くしたくなる。
 場長に就任してからはセリと疎遠になり2012年のセリはお手伝いしていないがメジロフランシスの産駒は扱ったことがあるので他人事とは思えず、調べてみるとサマーセールにおいて150万円で取引されている。それが9か月後1000万円となるのだからピンフッカーである大作ステーブルの腕も見事である。セリに携わった人に話を聞くと
「あまり印象にない」
とのこと。まあそうでなければ150万円という金額ではないだろう。
トレーニングセールから約4カ月後競走馬としてデビューする。ついた名は
「モーリス」


 出世にもたつきながらも頂点(G1)の有力馬にのし上がってきた超エリート「サトノアラジン」vs安馬から階段を一気に駆け上がり絶対王者に君臨する「モーリス」。境遇の全く異なる同期の対決はどちらに軍配が上がるのでしょうか。個人的には先月亡くなった母メジロフランシスのためにもモーリスに勝ってほしいです。



カネヒキリの死亡事故についての考察

2016-05-30 04:51:52 | 仕事
27日ダート界に偉大な足跡を残した名馬カネヒキリが種付け中の事故によって死亡しました。色々情報が流れていますが、種付けに入ろうとしたとき繁殖牝馬によって竿を蹴られ尿が出せなくなり膀胱破裂で死亡という情報が自分の方には入っていますが真偽は不明です。

 事故の要因を考える前に簡単な繁殖についての流れを紹介したいと思います。繁殖経験は3年しかなくもう12年も前のことですから記憶違いがあるかもしれませんが参考までに。
 繁殖牝馬はいつでも種付けできるわけではありません。通常黄体期と発情期が周期的に入れ替わり発情期の最後に排卵するのですが、その排卵前に種付けを行います。精子は約2日間もつので排卵前日につけるのが良いのでしょうが都合よく排卵してくれない場合もあるので、種付け後に排卵促進剤をうつことが一般的です。
 それではどのように排卵時期を見極めるのか申し上げると、その年に分娩(お産)をした繁殖は分娩後1週間程度で初回発情と呼ばれる排卵があり、そこで種付けをする場合もありますが、お産後すぐということで子宮の状態が悪い時があり総研(JRA総合研究所)は2回目以降の発情を推奨しています。初回発情が終わり黄体期に入るのですが黄体期は繁殖によって周期が異なるため(確か14日くらい)、生産牧場の多くはそれまで繁殖がどのように繁殖経過を送ってきたかを繁殖台帳(お産台帳)と呼ばれるものにつけており、それに基づいて発情期が来たかどうかを観察。多くの牧場は詩情馬みなさんが知るところの当て馬を養っており、繁殖を近づけて発情がきているかどうか確かめます。
 発情期に入ると洗浄場やもしくは牧場に来てもらう形で獣医に子宮や卵子の状態を手を直接入れてもらうことによって診てもらいます。これが直腸検査略して直検で卵の成長や子宮の柔らかさなどから排卵するタイミングを判断してもらいます。ここでやっかいなのが排卵寸前の卵の大きさも繁殖によってかなりの個体差があるため、それまでの繁殖経過が重要になってきます。

 さて本題です。
 通常良い発情がきている場合繁殖牝馬が種馬を蹴るという行為は見られません。ではどうして繁殖牝馬は蹴るという行為に至ったのか。

・元々癖が悪い繁殖だった。
・上がり馬だった。
・良い発情が来ていなかった。

 繁殖の中でも癖が悪い馬はいます。以前の種付けでトラウマがあり種付けそのものが嫌いで暴れる馬は少数ですが扱ったことがあります。そのような場合は種馬場のスタッフにその旨を伝えることで事故は回避できます。
 上がり馬つまり競走生活を終えるなどして初めての種付けに臨む繁殖ですが、これまでの傾向も分からずなおかつ繁殖自身も初めての経験で恐怖から暴れる繁殖は少なくありません。ですから初めての種付けは比較的上手な種馬につけるようにする牧場が多いと思います。上手な種馬とは
・静かに入ってくる。
・慎重にやさしく乗る。
・乗るまでに時間をかけすぎない。
で下手な馬はこれをすべて逆にした種馬です。
 発情にも良い悪いがあります。詩情馬につけてもあまり発情兆候を見せない繁殖はいて、そのような場合良い発情ではなくても種付けしてしまうケースは少なくありません。種馬場にいる詩情馬の前へ持っていき発情兆候を見せるかどうか判断しますが中には蹴る馬などもいます。そのような場合種馬場の獣医が直検し子宮の状態を確認し種付けの可否を判断しますが牧場で獣医のゴーサインが出てきている繁殖ばかりですから大方通ります。

 このような繁殖牝馬がいることを想定して種馬場の中には対策を講じているところもあります。トップサイヤーが集まる社台スタリオンでは防具であり実際に挿入できないようになっている前掛けをつけた当て馬が実際に乗っかる寸前まで行きます。こうすることで種馬場のスタッフは発情しているかどうかということと主ともに繁殖牝馬の特徴を把握することができるわけです。世界の名馬が集まる日本軽種馬協会は“けばり”と呼ばれる(注:検索しても出てこないので違うかもしれません)全身固定具をつけて繁殖の動きを封じます。一見可哀想にも見えますが協会主催の後継者研修という場で「世界から名馬を売ってもらうためには万が一も許されないんです」と中西場長が仰っておられたのが思い出されます。

 今回は種馬場での事故でしたが他山の石と思わず、日々馬の状態は変化し、僅かな兆候を見逃さないような万全の対策を講じる必要性を肝に銘じさせられる事案でした。


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日本におけるトレーニングセールの歴史

2016-05-26 18:18:08 | 仕事
 トレーニングセールという言葉が日本に持ち込まれたのは1991年バレッツトレーニングセール出身のヒシマサルが活躍した頃だったと思います。その後円高の影響もありトレーニングセール出身の外国産馬が猛威を振るい、日本でもできないかという機運が高まってきました。しかし当時の育成場の主流は冬場はじっくり乗り込み春になってからピッチを上げていくというものだったので、3月や4月の段階でハロン11秒といったレース並みの速度で調教を行うということに対して否定的な見方が一般的でした。

 1994年3月8日に三栄育成牧場が日本で初めてのトレーニングセールを開催。あくまでプライベートセールなので市場取引馬とはならないものの、このとき日本のセリも新たな扉を叩くことになりました。1997年には3つのトレーニングセールが新たに開催されることになります。ひとつは今唯一継続されている日高軽種馬農協が主催する「HBAトレーニングセール」(当初は北海道3月3歳トレーニングセール)、もう一つは有力牧場が出資し設立された株式会社プレミアセールという民間会社主催の「プレミアトレーニングセール」、そしてひだか東農協といういち農協が主催する「ひだかトレーニングセール」という3つです。

 これらの興亡については長くなりそうなので次回。

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