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“ 嵐が吹き消した 恵みのろうそくを 再び取り上げ、それに新しい明かりを灯さなければならぬ。” 教皇ヨハネ二十三世

file.no-46 『ケルンの聖女』

2006-02-07 23:28:17 | 書籍
法廷サスペンスものといえば、現代日本を舞台にしたものが当今多いようです。
しかし私は、過ぎ去りし過去の時代を好みます。
今回の『ケルンの聖女』は、中世ヨーロッパは神聖ローマ帝国という連合体の位置都市を舞台にしたものです。

神聖ローマ帝国、世界史の授業で習った記憶がおありでしょうか。この帝国は結束力ゼロに等しいゆるやかな連合体でありました。なかなかにユニークなテーマなのですが、それはまた別のお話、別の機会に述べることにしましょう。

『ケルンの聖女 法廷士グラウベン』
 著:彩穂ひかる  発行:講談社   2001年

帝国の一角にある訴訟裁判を専門に営む、法廷都市『エッラ』。
ここに住む勝率100%の美形法廷士グラウベンが主人公の小説です。
この作品は三部作の最後のもので、シリーズ最高の出来だと私は思います。

物語はこんな感じで始まります・・・。

“・・・エッラにあるグラウベンの事務所を、西南部の商業都市ケルンからやって来た一人の少女と数人の男たちが訪れた。
 彼らの依頼は、ケルン大司教領であるケルンの都市を『独立』させること。裁判でケルンの独立を勝ち取って欲しいというのだ。
 依頼の依拠するところは、少女マリアの先祖に与えられた紀元二世紀頃のローマ皇帝マルクス・アウレリウスの遺言状であった。恋仲の女性に宛てて書かれたそれには、自分の死後に彼女にケルンの土地や都市を遺贈するというものであった。

 老皇帝とゲルマン人の一女性との間の恋愛の証ともいえる、一通の遺言状。
 この一通を以って、裁判でケルン独立という勝訴を勝ち取れるのか。
 少女マリアの願いは、独立を勝ち取ることで、ケルンに・・・引いては帝国諸都市に平和を、今ひとときの平和をもたらすこと。
 彼女の願いに応え、グラウベンはこの前代未聞の案件に挑戦する。
 裁判の行方は、帝国全体の未来を左右する。ケルン独立が成れば、諸都市もこれに追随するであろうからだ。当事者のケルン大司教のみならず、神聖帝国皇帝や選帝候たち、帝国の実力者たちがエッラの法廷に集う。
 グラウベン、少女マリアたちと教会領の離反を許さないカトリック教会との法廷闘争の幕が切って落とされる・・・。”

・・・こんな感じでしょうか。
このあと、裁判で不利になった大司教が、原告代表である少女マリアを誘拐させて暗殺させるという事に。
グラウベンはこれに対して、原告側弁護人に加わっていた魔法使の女性に、マリアを死人帰りの術で蘇生させるという返し技を。

判決は勝訴、大司教は皇帝によって処罰され、独立宣言への署名となったのですが、蘇ったマリアの『時間』は、日没まで。
彼女が死ねば、独立の権利は消失する。
数時間後には、すべてが水の泡となってしまう独立宣言に拘るマリア。
僅かの時間だけ、独立の権利を手に入れてもどうするのだ、と問われる。
彼女は答える。これは、あとに続く人々にとっての、大切な先例なのだと。必ず、あとに続いてくれると祈っている人々にとっての、と・・・。

最後のわずかな時間を、マリアはクラウベンと過ごす。
彼女は、彼に裁判での尽力に礼を言う。
クラウベンは問う。君はこの裁判で何を得たのか、悪党を懲らしめただけなのか、それだけなら寂しすぎるではないか、と。
マリアは答える。一人の偉大な法廷士に出会え、一緒に素晴らしい時間を過ごせた、と・・・。
グラウベンは、涙を零しながら、彼女の言葉を聴くのです。
“・・・愛と平和の夢を見ました。彼と一緒に。
 共に戦い、共に生死を漂い、そして心をひとつに分け合いました。
 それで十分です。”

物語は、グラウベンが、マリアの遺体をケルン郊外の小高い丘に埋葬した場面で終わります。
丘を花でいっぱいにしてあげてくれと墓守に言うクラウベンが印象的です。
この物語は、本来冷徹であるべき裁判に関わる人々が、実に人情味豊かに描かれているのが私は気に入っています。
法廷では、冷徹に弁論を繰り広げる人々が、一度法廷から退出したら、人間一個人として豊かに感情をあらわにする。
喜びも悲しみも、怒りも嘆きも。
ケルン独立の裁判も、そのきっかけは、『平和が欲しい』というマリアの愛ゆえの願いからです。
人間とは、なんと面白きものなのでしょうか。
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