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“ 嵐が吹き消した 恵みのろうそくを 再び取り上げ、それに新しい明かりを灯さなければならぬ。” 教皇ヨハネ二十三世

file.no-30 『 トリニティ・ブラッド 』

2005-05-14 02:02:22 | 書籍
“ 主よ、主よ、何故、我らを見捨てたもう・・・ ”

文明が滅んだ遠未来。人類は、異種知性体である『吸血鬼』と呼ばれる長生種との闘争を繰り拡げていた・・・。
これは、そんな世界での物語です。

『 トリニティ・ブラッド
   Rage Against the Moons Ⅲ ノウ・フェイス 』
吉田直:著 角川スニーカー文庫
( 画像は、ドラマCDのジャケットのものです )

この物語は、人類圏の指導者的存在のヴァチカン(教皇庁)の特別組織Axの派遣執行官と呼ばれる人物達を中心に展開します。
"クルースニク"と称する戦闘体に変化する神父アベル・ナイトロード。
吸血鬼に親しい者達を殺された、シスター・エステル・ブランシェ。
機械化歩兵、神父トレス・イクス。
教皇庁国務聖省長官でありAxの長でもある、枢機卿カテリーナ・スフォルツァ。
その他の数多くの人物達によって紡がれる物語。

俗に言うライト・ノベルと呼ばれるお子様向け分類の本の中で、私が唯一読むのが、この『トリニティ・ブラッド』シリーズです。
今回扱うのは、シリーズ通算七巻目、『ノウ・フェイス』です。

Axの最高の派遣執行官と評されていた神父ヴァーツラフ・ハヴェルは、教皇庁に叛乱する新教皇庁に
教皇を誘拐して寝返る。
信仰が深く、Ax創設期の一人だった古株の彼が、なぜ仲間を裏切ったのか。
叛乱軍の拠点都市ブルノの城の塔の一室で、教皇はハヴェルに問う。
窓から、地上で笑いあっている農民達を見つめながら、彼は、教皇アレッサンドロにこう答える。

「この地方は、ここ数年冷害が続き、貧しい農民は税も払えず、ただ飢えるのみだった・・・ 」
 教会は、彼らを救済しようとはしなかった。
 農民達が、飢えをしのごうと財産を売り払い、子供を貴族達に売り払っても・・・。
 教会の高位聖職者たちは、聖職禄を金で買い取った貴族の子弟たちだったからだ。
 自分たちの不利益なることはしようとしない教会・・・。
「これが、裏切りの理由です。
 私は、信仰を金儲けの手段に使い、弱者を食い物にする彼らと、それを許す教皇庁が許せなかった」

ハヴェルの口調に怒りはなく、むしろ悲しみがあった。

「確かに、弱肉強食は世のならいなのかもしれません。
 強い者が弱い者を食うのを責めるのは、間違いなのかもしれません。
 正しさと強さは相容れないのかもしれません・・・しかし!
 それらが絶対的な現実であるからこそ、せめて信仰だけは、神だけは、弱者の最後のよるべであるべきではありませんか!?
 そして、そのための教皇庁だったのではありませんか!?」

かつて異端審問官として、派遣執行官として、神と教会のために戦った男は言うのです。

「"貧しき者は幸いなり"・・・その神すら弱者から取り上げようとする存在を、私は許せなかった!」

物語の最後で、神父ハヴェルは、潜入してきた異端審問官によって殺されてしまいます。
彼は最後まで、生きるために叛乱に参加した貧しい者達のために戦うのです。
動けなくなった彼は、農民達が投降するまで、正規軍の突入を待ってほしいと審問官に懇願する。
だが、異端者は死んでしまえという審問官。
神はルールにすぎないのだと。生きるために叛乱に加わった農民達は、ゴミにすぎないと言う異端審問官。

神が真にいるのなら、彼らを助けるはずではないかと言う審問官。
神などいないのだと、答を出したハヴェルは、血の涙を流して言う。

「主よ、主よ、何故、我らを見捨てたもう・・・ 」

駆けつける神父アベル。だが彼も、異端審問官の前に屈する。
彼を助けようとするハヴェルは、死に体に鞭打って審問官を羽交い絞めにする。

「・・・馬鹿な!その身体でなぜ動けるのです?」
「私は先ほど、私の神を否定しました。・・・だが、やはり神はおはしましたよ。
 神は確かに存在しています。ただし、それは現実でもない。理想でもない。
 現実と理想の境を埋めようとする、人の意志そのものだ!」

そう言う彼の身体に、審問官の手刀が食い込み、串刺しにされる。
そして、微笑を浮かべて、神父アベルにこう言い残すのです。

「あとを・・・人間達を・・・頼みます」

私は、シリーズの中で、この巻が最も心に残っています。
もとカトリックとして、神父ハヴェルの台詞は、信仰とは神とは何だったのかと自分に問い直さざるをえないのです。
カトリック教会が、あまり口に出したがらない、史上最大の背徳行為「魔女狩り」と「免罪符」。あの二つをも物語の要素として織り込むこの物語は、ライトノベルといえども馬鹿にできないのです。
読者に問いかけ、なお心に染み込む場面を多くその物語の中に持っているのです。

昨年の夏、作者の吉田直氏が急逝され、残念ながら物語は未完となってしまいました。
先月4月末に、遺された構想メモや単行本未収録の話を収めた『 トリニティ・ブラッド Canon 神学大全 』が発売されました。
また4月から、WOWWOWでアニメも放送されているとか。もし、目にすることがあれば、しばし見入るのもよいかもしれません。

( 2006/04/12 一部改訂 )
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