Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

愛子と田代

2016-10-02 22:30:33 | 映画


映画「怒り」を見て一週間経ちました。

昨日は映画の日だったので、友人と単館系映画館に小泉今日子&二階堂ふみ主演の「ふきげんな過去」を見に行きました。しかし、内容が予想以上に前衛的で感想がまとまらないので、今回は感想をパスします。どちらかというと、主演の2人よりも、子役の山田望叶ちゃんの存在感に圧倒されて、目が釘付けになりました。あんな独特の世界観の中に、違和感なく溶け込めるなんて、恐ろしい子や…。あと、二階堂ふみの友人(?)の役で、朝ドラ「とと姉ちゃん」で鞠子を演じていた相楽樹が出ていたので、そっちにも気を取られてしまいました。出番はほんのちょっとだったんですけどね。

はい、それでは「怒り」の話に戻ります。

ここから先は映画および小説「怒り」のネタバレがありますのでご注意ください。







一度感想をUPしたものの、まだ書き足りないというか、UPしてからも後からぽこぽこ「あそこはこういう意味だったんじゃないのか」「これから先、彼らはどうなるんだろう」なんて、いろんなことが頭に浮かび続けてます。東京、沖縄、千葉のそれぞれの場所について。

東京パートは映画の中で完結したと思っているので、この先どうなるという想像はしていないのですが、ある時ふと
「直人は本当にゲイだったんだろうか」
という疑問がわきました。もしかしたら、身寄りのない直人にとって拾ってくれる人は男でも女でもよくて、たまたまあの時はハッテン場にいたから、優馬は直人に出会えたんじゃないか、と。綾野剛のルックスなら、「うちに来ない?」と誘う女性はいそうだし。漫画「きみはペット」みたいに。
そう思ったのは、優馬のマンションで、2人がベッドに腰かけて窓の外を眺める場面で、直人が優馬にされるがままだったことと、そのあと直人が優馬に覆いかぶさった時にしていたあれやこれやがぎこちなく見えたから。いや、気のせいかもしれないけど。(※原作では、直人は優馬に会う前からゲイだったと書いてあります)

沖縄パートは、終わり方が原作とかなり違うので、最後のシーンで泉が何を思っていたのかと、警察の捜査と辰哉の処分がどうなったのかがはっきりわからなくてもやもやします。でも、沖縄の若い2人が抱える怒りと苦しみは、彼らだけでなく現代を生きる私たち皆が共有しなくてはいけないものだと思うので、このはっきりしない終わり方で良かったのでしょう。反感を持つ人はたくさんいそうだけど。山神の生い立ちが映画で語られなかったのも、ある特定の背景を持つ人だけが、山神のような凶行に走るわけではないのだと、物語に普遍性を与えたかったのでしょうし。ただ、辰哉の家の厨房で暴れていた場面とか、刺されてから海に向かおうとしていた場面を思い返すと、山神にも自分の衝動を抑えきれなくて、迷い苦しむ哀れな部分もあったのかもしれません。まあ、森山未來だからそう思っちゃうのかもしれないけど。

で、一番考えを巡らせたのが千葉パート。映画では唯一、未来に希望を持たせるような終わり方をしていましたが、映画を見ている最中も見終わってからも、私の頭の中ではいろんな考えが頭の中をぐるぐるして、なかなか落ち着きませんでした。

小説では、田代が愛子たちの前からいなくなってから、洋平と愛子の前に田代につきまとっていた借金取りのヤクザが登場します。その後、洋平は漁港の仲間たちから励まされたりして、田代に戻ってくるよう説得します。そして田代は愛子に連れられて戻ってくる、と。事態がはっきり好転したわけじゃないけど、なんとなく上手くいきそうな幕引きです。しかし、映画では借金取りは姿を見せず、田代が過去に味わってきた苦労がいまいち伝わってきませんし、洋平が今後どうやって借金取りに立ち向かう気なのかもわかりません。田代が帰ってきても、3人は平穏な暮らしを手に入れられるかどうか。渡辺謙だからなんとかなるような気がしてしまいますが、そもそも渡辺謙が借金をなんとかしてくれるのなら大さんと杏ちゃんは(以下略

そしてもっと不安に感じたのは、もし、田代が、千葉に戻ってきて、借金取りに追われる生活から抜け出せたとしたら、そのまま変わらず愛子のそばにいてくれるだろうか、という疑問があったから。

“田代が愛子と一緒にいてくれるのは、自分に後ろ暗いところがあるから、素性を隠しているからだ”

洋平はそう考えていて、愛子は愛子で父親の写し鏡のように、同じことを考えていたから。
田代は愛子といるとほっとする、と言ってたけれど、果たしてそれはこれからも続くんだろうかと、気持ちがざわつきました。それは、私自身の経験と、未来に抱いている不安から来るものかもしれないのですが。

でも、愛子はお父ちゃんが弁当のおかずで何が好きかわかってるし、お父ちゃんが自分のことを、田代君のことをどう思っているか気がついていました。何も持っていないように見えるけど、愛子は相手の気持ちを思いやり、察することができるのです。家出して歌舞伎町にいたときは、それが裏目に出て、自分を傷つけてしまったけど。その彼女が、田代を1人で迎えに行って、2人で帰ってくるのだから、きっと大丈夫なのでしょう。愛子は、田代が愛子にしてほしかったことを当てることができた。それは、逃げた自分を迎えに来てくれること。宮崎あおいだから迎えに来てほしい、ってんじゃなくて。でもそもそも宮崎あおいが嫁なら旦那は絶対浮気しないかというと(以下略

見終わってしばらくしてから、愛子が田代を迎えに行って連れ戻すのは、映画の冒頭で洋平が愛子を連れ戻したことのリフレインなのだと気づきました(遅い)。歌舞伎町から千葉に戻った愛子は、田代に出会ってそれまでよりも穏やかで幸せな日々を過ごすことができた。ならば愛子に連れられて千葉に戻ってきた田代もまた、幸せな日々を手に入れられるんじゃないか、リフレインはそこまで続いているんじゃないか、そんな気がしてきました。ただひとつ、相手を信じることができさえすれば。

もう一度映画を見れば、また新たな発見があるかもしれませんが、予定が詰まっているので無理そうです。内容的に地上波で放送するのは難しそうだから、次に見るのはDVDが出る頃か…。しかし、家で見るなら家族がいないときにしないといけないしなぁ。うちの母親(この映画に出てくるピエール瀧みたいな性格です)なら、
「妻夫木君が出てるんならお母さんも見たいわ~」
とか言いだしそうだし。ヤバし!


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