Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

映画「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」

2020-06-02 23:59:34 | 映画

高松のミニシアター系映画館、ホールソレイユで、ドイツのハンブルクで実際にあった連続殺人事件を描いた映画「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」を見ました。
休日に出かけるのは超久しぶりだったので、前の日からウキウキしてたのですが、本人のテンションと映画のテンションがまったく一致しない、異種格闘技のような映画鑑賞になってしまいました。いや、上映されると知った時からずっと見たいと思ってたんですけどね。ほんとですよ。


1970年代のドイツ、ハンブルク。安アパートの屋根裏部屋に住む男、フリッツ・ホンカは、部屋の物入れに自分が殺した娼婦の死体の一部を隠したまま暮らしていた。
風俗街のバー「ゴールデン・グローブ」の片隅で酒を飲みながら、店に来る女たちに声をかけるホンカだったが、色よい返事をもらうことはなかった。
ある日、ホンカは街で若く美しい女の煙草に火をつけた。女はすぐにその場を去ったが、ホンカの脳裏には女の姿が焼きついていた。その後、ホンカはバーで拾った娼婦を部屋に連れて帰る。彼女に若い娘がいると聞いて連れてくるように命令するが、しばらくして娼婦はホンカのもとを去った。ホンカはまた別の娼婦を部屋に連れて帰るが、自分の言うことを聞かないので腹を立てて殺してしまう。その死体は再び部屋の物入れに押し込められ…


主演のヨナス・ダスラーが、実在のホンカとは似ても似つかぬ美形であるにもかかわらず、特殊メイクで役になりきったというのを前評判で聞いていたのですが、実際見てみたら顔面からハンサムの名残りがチラ見えすることがあるものの、表情の作り方や歩き方などなど、なかなかすごかったです。うだつの上がらない、本当に1ミリもうだつのあがらない、場末のバーの片隅で客の男たちの会話にもうまく入れないような存在感の薄い、ゆえに何を考えてるのか誰もわからない男を見事に演じてました。撮影当時はまだ22か23くらいだったでしょうに。逸材です。個人的にはもっと事件当時のホンカの年齢に近いベテラン俳優もいただろうに、なぜ若い彼を使ったのか疑問ではあるのですが。もしかすると、特殊メイクなしで演じるには、ドイツの俳優にとってホンカという人物は荷が重すぎるのかもしれませんね。

娼婦を次々と殺して解体し、死体を部屋に隠す殺人鬼の話―見る前に仕入れた情報から、死体を切り刻むグロい場面がいっぱい出てくるのかなと予想してたのですが、意外とそうでもなかったです。痛そうな暴力シーンはあるものの、それ以上に不潔感がすごい。ホンカの部屋(エンドロールに実際の部屋が出てきたけど、ほぼ完璧に再現してた)はいたるところが汚くて、バー「ゴールデン・グローブ」も壁や床が間違いなくベタベタしてそうで、それらを見ながら「上映中に場面に応じた臭いがする仕様の映画じゃなくて良かった」と思いました。ほら、都会にあるじゃないですか、映画で波しぶきとかがあがると見てるお客さんに水がバシャ―ってかかるやつ。あんな感じ。

ちなみに、この映画の邦題は主人公ホンカの名前ですが、原題は"Der Goldene Handschuh"、年老いた娼婦たちと人生オワコンの男たちがたむろする場末のバーの名前です。ここでホンカは酒に溺れ、娼婦を連れて帰っては殺します。人ではなく場所、しかもホンカの部屋のことではなく、大勢の人間が集まる場所をタイトルにするのは、監督がこの猟奇的な殺人事件を個人の問題に帰結せず、当時のドイツ社会が抱えていた問題と捉えているからかなと思いました。監督は公式サイトのインタビューで、この映画に出てくる人たちは「戦後に経済復興を果たしたドイツの影の部分」だと語っています。劇中のセリフにも第2次大戦中のことが出てきますが、戦後の経済復興もまた第2次大戦の一部と言える、とのことです。また、監督は「この映画は過去の物語ですが、今日起きるかもしれない話なのです」とも語っています。確かに、世界中が混迷している今、この映画の中で語られていることは過去の事だと言い切ることはできません。今から何十年かのち、ゴールデン・グローブみたいなバーとそこにたむろする人たちは、世界のそこかしこで見られるようになるかもしれませんから。このままだと。

さて、ホンカは本編のほとんどで酒を飲むか女を襲う(2重の意味で)かのどっちかしかしてないのですが、1度目の殺人から数年後に、バーで拾った娼婦ゲルダと暮らしていた間は、比較的穏やかに過ごしています。上手くいけばこのまま真人間になれそうなくらいに。といっても既に1人殺してるんですけどね。ははっ。ホンカはゲルダにロージーという30代の娘がいると知って、ゲルダにロージーを連れてくるよう命令します。自分はゲルダによくしてやったから、ロージーを好きにする権利があるとかなんとか。誰が効いても謎理論です。何わけわからないこと言っとるんじゃボケと突っ込みたいところですが、現実社会でもこういう人結構いますよね。他人にすぐ「ズルいズルい」って言う人。着たきりスズメのゲルダに服をあげたり(パツパツだったけど)一緒に料理したりしてる姿は微笑ましかったんですけどねぇ。ダメですねぇ。結局、ゲルダは難を逃れてホンカの元を去り、そこから物語は大きく動きます。悪い方へ。おそらく、ゲルダというキャラクターとそのエピソードは架空のもので、ホンカが選択を誤ったことの象徴として描かれたんじゃないかと思います。この後出てくる教会のエピソードの伏線として。

長くなってきたのでそろそろ終わりますが、映画の舞台のひとつであるバー「ゴールデン・グローブ」に集まる面々はキャラが強烈で、ここでしか威張り散らせなさそうな男たちと、ここでしか客を引っかけられなさそうな娼婦たちがやたら出てきます。壮絶です。まるで、吹き溜まりにつまったカスで作った煮凝りのような。男たちは下品な冗談を言って笑い、女たちは悪態をつく。暗いんだか明るいんだかわからないこの雰囲気、既視感あるなと思ったら、クドカンの舞台作品でした。コメディタッチで明るい、ドラマとか映画じゃなくて、サイコパスとか出てくるダークな作品の。もしクドカンがこの映画を舞台化したら、ハマるんじゃないでしょうか。ていうか見てみたいわ。

ホンカの屋根裏部屋とゴールデン・グローブ以外に、映画の中ではホンカが夜警として勤める近代的なビルも出てきます。ビルの床は清潔で、エスカレーターはとても立派です。監督が言うところの、「経済復興したドイツの光の部分」です。それまで出てきた場面と落差がありすぎて、最初に見た時はホンカがタイムスリップでもしたのかと戸惑いました。しかしこの落差が、当時のドイツの現実だったんですね。世界中のいたるところで、今も起きてることなのでしょうが。

映画のエンドロールは、実話を元にした映画あるあるの、実際のホンカの写真、被害者の写真、屋根裏部屋などが次々と映し出されました。中でも屋根裏部屋は映画より実物のほうが片付いて見えたものの再現度が高く、美術さん頑張ったんだなぁと感心する一方で、この事件の詳細を知る人が見たらさぞやぞっとしたことだろうとも思いました。似てないなら似てないでまた問題になるんでしょうけどね。

映画の中ではホンカの生い立ちや殺人鬼になる前はどんな人生を送っていたのかはほとんど出てきません。ここにも彼個人の物語としてまとめたくないという監督の意思を感じます。逆に、どんな人物でも、きっかけがあればホンカのようになってしまう可能性がある、ということなのかも。この映画を見て一番恐ろしいと感じたのは、何人も人を殺すホンカではなくて、断とうとしても断ち切れず、逃げても逃げてもまとわりついてくるアルコールの誘惑でしたから。人を殺すのがやめられない人と、酒を飲むのがやめられない人、どっちが多いでしょう?って考えると、ねぇ。

まとまりがないままダラダラ書いたら、長い文章になってしまいました。次の記事はもっと簡潔に書けるといいな。では。