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仏語、英語学習者。アイザック・アシモフのファン。ノース・ホワイトヘッド思想信奉。縄文志向、仏陀志向。

ジョン・ナック 日本における二里頭文明

2021-09-19 08:05:33 | ミーターの大冒険
「ジョン・ナック 日本における二里頭文明」

 「禹」について語った私ジョン・ナックは、次に、21世紀の Yin Yi の「宇宙の組成と日本人の組成」という短い文章の「パーセンテージの類比」に触発されて、日本史の真なる基層を掘り出して、皆さんに明示したいと思います。
 宇宙の組成の第三番目が「元素」であって、日本の造化三神のうち第三番目に出現するのが
神産巣日(カミムスビ)の神です。このカミムスビの精神が、伊邪那岐(イザナキ)と伊邪那美(イザナミ)との天地創造譚の基本をつくり出すのです。キリスト教で言う三位一体の中の「聖霊」の役割です。
 この神産巣日神はとくに、阿波の忌部(伊部ともいう)氏と伊勢の度会氏の中心祭神であることは、皆さんご存知でしょう。既に察しのいい方なら、両氏、共通に「伊」があることを承知されることでしょう。イザナキもイザナミも「伊」から始まる名前ですね。
 カミムスビは天地開闢の祖であって「全ての命の元」でしょう。
 カミムスビのムスは「苔のむす(生す)まで」の由来で、当然「君が代」にある生命の誕生を表記しています。ですから高天原の出現も、その後の葦原中つ国(地上)も、そして黄泉の国もカミムスビ神と関係しています。
 さて禹の「五穀」神話は、少しだけ触れました忌部氏と深い関係があるわけです。これもお察しのように「阿波」が「粟」の産地の重要性からの出現であることは自明の理です。
 話を「禹」に戻してみましょう。想定できることは洪水を征したところは中国中原の黄河の支流「伊川」地域であったわけです。数多くの支流が合一する地点こそ禹の活躍の場所でした。そして中原の中心がいわゆる「豫州」と言われる場所で、古代には象が生息していました。多くの学者はこの「豫」から讃岐の金比羅山が古来から「象頭山」と呼ばれていた根拠としています。
 さて、日本の起こりは「古事記」に述べられていますように、淡路の穂の狭別(ホノサワケ)、次に伊豫の二名の島(四国)、この島には四つの顔があり...愛媛も伊豫と呼ばれていますが、もとは四国全体が「伊豫」と呼ばれているのです。そうです、記紀的には、四国が日本の初まりなのです。
 とくに阿波の国を大宜都比賣(オホゲツ姫)と言ったことが注目されます。大粟山の麓に「上一宮大粟神社」が鎮座していますが、このオホゲツ姫の件には、須佐之男命が、食べ物を穢して差し出すのだと思い大宜都比売神を殺してしまった。その後、殺された神の体から、頭に蚕が生まれ、二つの目に稲の種が生まれ、二つの耳に粟が生まれ、鼻に小豆が生まれ、陰部に麦が生まれ、尻に大豆が生まれたのです。
 もちろん黍は、国名の「吉備」を想定せざるを得ません。吉備は弥生時代からの塩の一大生産地でした。一方、浦間茶臼山古墳や金蔵山古墳のように初期の古墳において大量に鉄製品が出土していることから、製鉄の起源を弥生時代にまで遡るものと見る説もあります。
 いわゆるヤマト王朝の古墳の形態からこの吉備からの王朝移動の結果ではないかと主張する学者もおります。
 この弥生時代については、2003年に国立歴史民俗博物館が、放射性炭素年代測定で弥生土器に付着の炭化米の測定結果、弥生時代(もうこの呼び方を変えてはどうかという意見も出るくらいです)は紀元前10世紀に始まることを明らかにしております。

 そして次回はそれよりもっと前の時代の「禹の足摺」の深層をもっと掘り下げようと思います。

 https://youtu.be/iyzBC7GiesA


ラーマヤーナとアイザック・アシモフ

2021-09-19 05:20:18 | ファウンデーションの彼方へ
ラーマヤーナとアイザック・アシモフ

 アイザック・アシモフは『ファウンデーションの彼方』の中で地球人類の進化形としてのガイア人を描いています。

 人類は、人間一人一人に固有に備わっている個性や自己固有の表現の多様性、はたまた自由という想定的な理想概念と同時に、社会の安定した秩序、全体社会との調和を達成できるのでしょうか?
 この問題は、極めて真摯に、本質的に哲学的課題の一つと思えます。

 私が思うに、アイザック・アシモフがこの小説を書かざるを得なかったということは、アイザック・アシモフも、この問題が人類にとって避けては通れない、と思ったからに違いありません。私には、最終的に彼が結局、人類の未来への可能性を探究しようとするならば、この一大課題に真っ正面から取り組まなければならなかったという確信があります。
 人類はいつから、いわゆるこの「個と全体」の問題を真摯に考えるようになったのでしょう。
 近代の世界史を見ると、産業革命時期のイギリスのチャーチスト運動からのように思えます。
そして、人間の個性を著しく抹消するファシズム、石油燃料に依存しなければならなかった二十世紀の環境問題など、がありそうです。
 しかし、ところが、驚いたことに古代インドで、なんとそればかりでなく、実際には、人類が宇宙を旅するという考えははるかに古いものです。 サンスクリット語の主要な叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』には、大量破壊兵器で都市を破壊し、宇宙に移動できる飛行機械を描かれています。 これらが書かれたのは、西暦紀元前7世紀から3世紀にまでさかのぼります。
 思うに、個と全体との調整という哲学的課題は、人類が発祥した時から遺伝子の中に組み込まれた本来的要諦的課題なのです。
 私たちは、アイザック・アシモフを娯楽書として楽しむと同時にこの人類の究極的課題についても、引き続き考察し、議論を深めて行かなくてはなりませんね!

Yi Yin

https://youtu.be/L1uWUTc7WYE


ジョン・ナック 禹から学ぶ

2021-09-18 11:36:23 | 中国史
「ジョン・ナック「禹」から学ぶ」

 伝説の神人、禹は足を引きずりながら荒れ狂う黄河の治水に十三年かかって成功しました。禹は単なる伝説上の人物と思われていたのですが、西欧のシュリーマンがトロヤを発見して、ホメロスの「イーリアス」が実在していたことと同じように。
 1928年、中国の河南省安陽市でいわゆる「殷墟」が発見されて後、1952年に、河南省偃師市で二里頭遺跡が発見され、二里頭文化( 紀元前2100年頃-紀元前1800年頃または紀元前1500年頃)があったことが分かりました。中国の黄河中流から下流を中心に栄えた新石器時代から青銅器時代初期にかけての文化であり、都市や宮殿を築いた。殷初期と考えられる二里岡文化(紀元前1600年-紀元前1400年、河南省鄭州市)に先行するところから伝説の「禹」が創設した夏王朝が実在したと信じられるようになりました。
 さらにそれよりもっと以前には揚子江下流域に、浙江省杭州市で1936年に発見されています、所為「良渚文化」(紀元前3500年から紀元前2200年)があります。これは全長7キロに及ぶ巨大な城壁が見つかった。
 ただし正確にはどの文明が歴史に記録されている王朝、人物に比定できるかはいまだに決定はないのは事実です。
 しかし「禹の再発見」は私たちに一つの大事なことを教えています。
 「禹の足を引きずり治水」は川の反乱を治めた文字通り以上の意味があります。それは「五穀」の耕作によって初めて以前の大きな欠点であった稲作単体の耕作では成功出来なかった洪水、日照りの自然災害から克服に成功し、人の暮らしを守った、ということです。
 現に単一作物栽培の輝かしき良渚文明は洪水によって消滅しています。
 ですから、「五穀豊穣」とは、いわば農業、とくに穀物による本格的な文明の確立を意味しています。昨今の資産投資術のポートフォリオ手法と同じように危険の分散化です。作物はその種別によって栽培法も違えば、強み、弱みも時期も植える場所も違います。ですから多品種の同時栽培によって食料がバランスよく貯蔵でき、富が創出でき、余剰が生まれ、ここから「栄える」ことが始まって来るのです。損失からの超越、環境を押さえる。新たな人類の歴史の始まりです。
 二里頭文明は良渚文明の失敗・弱点から学んだのです。
 もう一つのことは禹が足を引きずるまで酷使して民衆の生存に資する情報を集めていったという利他精神の大切さです。昨今の日本人が欠如しつつある本来の日本人の学習意欲の低下、並びに利他精神の貧弱さを改めて考えなくてはならないでしょう。
 そうして日本の今日的課題の製造業のコモディティ化の問題がありますが、このコモディティ(均一化)は、人間の生活、思考様式に至るまで、浸透しています。文明の陳腐化です。次の文明に移行させる脱出口は禹の足引きずりの物語から見いだせそうです。(次回は日本における二里頭文明の痕跡について考えたいと思います。)

ジョン・ナックの『歴史思想書』より

https://youtu.be/U6b5uNpd-1Q


ファウンデーションの夢 11 「Peter Ferdinand Drucker 」

2021-09-16 21:58:54 | 宇宙詩とhorizon的瞑想
11
「最初の沿岸の民、インマレイド系とその後の内陸ハンターであるモンゴロイド系の2種が特色」( Akira Nara fb.2019.4.9)

廃墟になったカッシ市の上空でダニールの船は、いよいよ地球を離れようとしていた。
 超高度に仕上げられたレオナルドはすでに十分、会話の相手になっている。
 「レオナルド、ヘリコン人の地球時代の遺産は何かな?」

 22世紀にいたジョン・ナックの『歴史思想書』に、「私の独断かもしれないが、20世紀ほど画期的な時代はなかった。それはその後の宇宙開発の時代を切り開いた偉大な3人を生んだからだ。そのなかでもドラッガーが優れていると言いたい。なぜなら、彼はニフ人の中に他の民族にはない光明を見いていた。かの民族は多くの脆弱さにもまして一つの秀でた能力を有していた。」
 そしてナックは、一つの神話を紹介しています。「神は偉大な頂きのふもとの、清らかな川の辺りに、ニフ人とヘリコン人の先祖を呼び寄せて、二つの苗木のどちらかを選ばせた。彼らはそれまでは同じ民であった。知恵の実のなる苗木を選んだグループは西に行き、命の実の苗木を選んだのが、東に移り住んだ。」ナックは巧妙に奈良氏の文章を引用して...

 私にも貴方にお訊きしたいことがあります。よろしいでしょうか?

https://youtu.be/u89rE9tyFdE

yatcha john s. 「 Peter Ferdinand Drucker 」 『Foundation の夢』その7
photo はドラッガーが在籍していたカリフォルクレアモント大学


秋の気配=コスモスの意味

2021-09-15 03:51:57 | パンガイアの精神
秋の気配は
コスモスの花の祈り
人類の祈りをあらわすような
ただただピンクの意味

WIKKY さんもスマホの中で
歌ってます

ピンクは
しあわせ・思いやりのイメージさせる色
幸福を感じている
ピンクが好きですというときは
決まって
愛や幸せを望んでいる時なのです

しかし大事なことというのは
愛の本質は「自分を愛する」こと
自分の心が満たされれば
愛は自然に外にあふれ出し
本当の愛を引き寄せます

ということを薦めています

この秋
強すぎる日の光(太陽冠)を和らげ

人のこころに落ち着きを取り戻す
今年の秋であってもらいたい

私一人だけではもうとうなく
全世界の人の全身全霊からの願いは

コスモス(宇宙・秩序)の花の色の意味によって

ハッキリと地球と宇宙の心と呼応して
そう祈るのです

https://youtu.be/2p0UZHblpUc

music ∶Jack Pintian 「 Autumn Nights 」

*WIKKY さんはWikipedia
背景はひたち海浜公園の「みはらしの丘」

yatcha john s. 「秋の気配=コスモスの意味」