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河童の独り言

折々のエッセーを綴る

綴れ書き5y 戦後60年

2005-07-03 15:04:29 | Weblog
…戦後60年…
焼き茄子を作っていた時、突拍子もなく、60年前のあの戦災の
情景を思い出したのです。B29空襲で、阿波徳島炎上。
  (60年目に免じて、書かせてくださいね)

1945年7月の今日3日、夕闇が訪れる頃だったでしょうか。
突然に警戒警報が、追っかけて空襲警報が発令。異常さを
察した父の指示で家族4人、裏庭の墓地隣に造られた防空壕に
避難しました。暗闇の中で、どれくらいの時が経ったでしょうか。
上から響いていたド~ンド~ンという地響きも一段落した隙に、
父親が壕の戸を押し開けたのです。
やにわに壕の中へ、紅蓮の光が差し込んできました。

「おい、早く避難せんとあかん。家が燃えとるぞ!」父の叫び声に、
壕から飛び出しました。すでに、本堂や庫裡は炎を上げて燃え上が
っています。辺りは昼間の様。火をかいくぐるようにして山門まで
辿り着き、手をつなぐようにして、近くの眉山に逃げ込んだのです。
夜空の焼夷弾がはじけて降り注ぐ光跡を、放心したように眺めていました。
ちょうど、打ち上げ花火が四方に炸裂するあれにそっくりでした。

いがぐり頭の小6、夏の出来事です。

空襲が一段落し、辺りが明るくなってから、私たちは山を下り始め
ました。石段のあちらこちらに、血を流している人たちがうずくま
っていました。頭から血を流している赤ん坊を背負った母親にも出
会いました。子どもがそうなっているのを、母親は気付かない風。
焼け爛れた市街地はまだ、炎と煙に包まれていたのです。

我が家は、山門と半焼けの風呂場を残して、すべてが燃え尽きてい
ました。あの、甍を誇った寺の建物が、何発かの焼夷弾によって塵
芥と化した姿。両親はただ呆然と、焼け残った山門に立ち尽くして
いました。焼け落ちてまだ火照りのある残骸の上を、ネズミが駆け回っ
ている姿を異様に覚えています。

本堂前の庭を開墾して栽培していた野菜が丸焼けになって、
中に炭のように真っ黒になったナスビがぶら下がっていました。ところが、
焼けただれた皮を剥いてみると、なんと中身は真っ白な果肉がちょ
うど食べ頃に焼けていたのです。

そしてこの日は、戦災疎開の前夜ともなりました。

綴れ書き5x

2005-06-30 21:40:15 | Weblog
        モジズリ
         ・・・・
…戦後60年…
(A紙)/蛍消え髪の匂いのなかに居る/寅さんこと故渥美清さんの句。
俳号は“風天”。鹿児島県・加計呂麻島にある、寅さんがぶらりと来て
居候したリリーの家。映画「寅さんの紅い花」のロケ地。
今では無人だが、戸は開け放たれたままだ。縁側のノートには、
「寅さんの映画がなくなってから日本は戦争のできる国へと逆走して
います。悲しいことです。」と、東京からの観光客が記していた。

/逢ひたくて螢袋に灯をともす/ 岩淵喜代子
沖縄戦の特攻基地が置かれた鹿児島県知覧で、飛行兵たちから
慈母のように慕われた富屋旅館の女将・鳥浜とめさんは、
作家神坂次郎さんに、隊員たちの表情を一つひとつなぞるように話した。
「僕が死んだら、きっと螢になって帰ってくるよ」といって出撃した宮川軍曹は、
翌晩、一匹の螢に化(な)って飛んできたという(T紙)

「骨かなしむ沖縄」と言いつづけた随筆家・岡部伊都子さん、
「返還」後も巨大軍用地でありつづける沖縄を前に、こう思い始めた。
“むしろ生きている骨たちの行方を、死んだ骨たちが心配しているのではないか”

沖縄には、人間の悲しみや泣き声を聞いて育つ木があるという。
詩人・山之口獏さんは、…詩人みたいな木なんだ…と、詩「世はさまざま」
でいう。植物図鑑では、モモタマナ、方言でンマーギ、クワディーサーともいう。
糸満摩文仁の丘には、246本のモモタマナが植わっている。
追悼に訪れた人々の噎び泣きの声で育っているいう。(A紙)
 
大江光さんが、7年間の作曲する心の衰えから脱して、古稀
を迎えた父親への感謝の気持ちを作曲“70歳になったソナチネ”
に込めました。父健三郎さんは息子のその変化を、“知的な明るさ
の方へ”と表現しています。(a紙)

まさに、「谷川俊太郎の『クレーの絵の本』の中の“選ばれた場所”
という詩の世界です。その一部を…。
/そこへゆこうとして/ことばはつまずき/ことばをおいこそうとして
/たましいはあえぎ/けれどそのたましいのさきに/かすかな
ともしびのようなものがみえる/」

    (^-^)・・・・・・・・・・・・・・(^o^)
       西谷 優(白堂)
    215-0018 川崎市麻生区
        王禅寺東 3-22-14
    ・・・・・・・・・ (>_<)・・・・・・・・

綴れ書き5w

2005-06-25 21:51:47 | Weblog
ノカンゾウやサンショウと一緒に、ユキザサが揺れています(八ヶ岳山麓にて) 
(友人T氏の言う、「名前は“ユキザサ”。ユリ科なのに、“ササ”とは面白い。」
   花が、さも、六角形のあの雪の結晶みたいだからでしょうか?) 
             ・・・・・・・・・・・
(憲法や郵政のカイアク騒ぎや天王山の都議選をよそに、
 これは又、“軟弱すぎるぞ!!”って、拒否反応必定の話題を)
        ・・・・・・・・・・
水無月のさる一日、
近郊の軒傾きし庵居にて、
緑陰を愛でる集いありと聞く。

津々浦々より集いし老若?男女、
山海の珍味と銘酒に舌鼓を打ち、
呑むほどに酔うほどに、心・腹膨るる想い、
漆黒の夜は更け行けりと、聞こえける。

「眼鏡掛けるんだぞ!」の讒言?背にし、
紙片かざして放歌せる嗄れ声、若干あり。
      ・・・・・・・・・
「信州乙女」 (伏せ字と編詞多々あり。御免)
   (口上)
富貴名門の子女に恋するを純情の恋と、誰が言う。
路頭に彷徨う女性に恋するを不浄の恋と、誰が言う。
風吹かば風吹くよし、雨降らば雨降るよし。
泣いて笑って月下の酒場に媚びを売る女性の中にも
また、睡蓮の如き純情あり。


酒は飲むべし百薬の長、○○○べし人生無上の快楽。
幼少美人の膝枕にて○○の○○
明くれば、金もなく、また夢もなく
いざや、歌わんかな信州乙女。

1,春は小諸の懐古園
  桜吹雪を背に受けて
*信州乙女は泣いて言うた
 早く卒業してねと言うた

2、夏は星降る千曲川
  水に映りし影を見て
*信州乙女は泣いて言うた
早く帰ってきてねと言うた

3,秋はリンゴの木の下で
  長い黒髪なびかせて
*信州乙女は泣いて言うた
夜通し歩いていたいと言うた

4,冬は静かに降る雪の
  袂(たもと)濡らして切なげに
  *信州乙女は泣いて言うた
固く抱いててと潤んで言うた
      ・・・・・・・
   底知れず静寂の夜陰、
   不似合いな老声が響いておりました、と、聞けり?
      ハッハッハ !

夏至に寄せて

2005-06-23 10:53:19 | Weblog
「お邪魔のe-MAIL」no.156 2005年6月21日
梅雨本番って空模様のなかで、今日は二十四節気の夏至。
名実ともに夏本番。夜の一番短い日、ついつい晩酌が長引きまして…
(縁側にはもう既に、蚊遣りが煙ってます)

 夏至   日本             中国      
初候:乃東(カコソウ)枯る     鹿角解
二候:菖蒲咲く     蜩(セミ)始鳴
三侯:半夏生ず          半夏生(はんげしょう)

三侯が、半夏生(はんげしょう)。半夏は、毒・薬草のカラスビシャ
ク。農家では、物忌をしたり、田の神を祭ったりした。
この日の天候によって、一年の豊凶を占う風習もあった。
この日降る雨(半夏雨)は大雨になるとの言い伝えもある。
                     (平凡社・俳句歳時記)
       ・・・・・・・・・・
    “ウ~ン”って記事や言葉(M紙などから)
*先日亡くなった歌人の塚本邦雄さん、自分の仕事をこう評します、
 「同じ100でも10の10倍ではなく、マイナス10とマイナス
 10をかけてできたプラス100。こちらの方が意味があります。」

*“無為無策”呼ばわりされるジーコ監督、きわどい勝利が続いた
 頃「運がいいだけではないか」の問いに、「コイントスはただの
 運だが、ボールには多くのものがこもっている。勝負運はそれだ
 けの練習を積み、呼び寄せるものだ。」

*大リーグでの1000本安打を成し遂げたイチローをy紙はこう。
 /火を放ち野をふり向かぬ男かな(鈴木真砂女)/
 記録がつくられ、快挙が点じた火に胸を熱くしていると、気がつけば
 背番号「51」の後ろ姿は次の記録に歩き出している。

*1日置いて野茂英雄が、通算200勝を築く。
 M紙に。他にさきがけて日本球界での成功に背を向け、自ら求めた
 「レッスン抜きのテスト」の日々だ。それが、あんなふうに人を鍛える
 のだろうか。古めかしいが“自恃:自らをたのむ心”という言葉が
 思い起こされる。

*“YAHOO”を“YAFOO”に改ざんして悪さした話題がありまし
 たが、YAHOOはスウィフトの『ガリバー旅行記』に出てくる変な獣で
 “野獣のような野蛮な人”って意味にも使われるそうで。
 INはWEB流行り。WEBって“クモの巣”って意味なんですってね。
 クモと違って足先に脂の乗ってない人間さんは油断の隙に、
 このWEBの粘ばりにパスワードやIDを絡め取られちゃって。

*暑気払いに浪速のおしゃれ言葉を2ツばかり。  お分かりデッカ?
 「あんさんは“新米のすし屋”でんなあ」 
   =押しが利かない
  (お江戸なら、“接待ゴルフ=にぎりが決め手”)

 「あのコイサン、“夏の蛤”でんなぁ」
   =身ィ腐って貝腐らん=見ィくさって買いくさらん=冷やかし客

     (^-^)・・・・・・・・・・・・・・(^o^)
       西谷 優(白堂)
    215-0018 川崎市麻生区
        王禅寺東 3-22-14
    ・・・・・・・・・ (>_<)・・・・・・・・

「芒種」に寄せて

2005-06-05 16:33:38 | Weblog
    芒種  蟷螂生ず  腐草蛍となる  梅の実黄ばむ
      凡の墨 すりて香もなし 梅雨の入り (及川貞)
        ・・・・・・・・・・・・・・
「お邪魔のe-MAIL」no.155 2005年6月5日

去年はこの時季に鳴いていたホトトギス、今年はまだ聞こえてきま
せん。その代わり、未だにウグイスが切れのいい鳴き声を響かせて
います。
 /ウグイスの席盗り狙うホトトギス/ってところです。

と、先日原稿を綴ったところで、鳴き始めたのです、不如帰メ。
(あの野郎、原稿を盗み見たなっ!)
端から、結構鮮やかな鳴き声を響かせています、
“テッペンハゲタカ”って。(秘密練習してたんだ!)

昨年の拙句の炙り出し
/ホトトギス御髪の昨日今日明日/
 
今日は、二十四節気の「芒種」ですね。芒(のぎ:イネ・ムギなどの
籾にある堅い毛)のある籾を播く時季、から。
 
芒種     日本         中国    
  初候:蟷螂生ず        蟷螂生
  二候:腐草蛍となる      鵙始鳴
  三侯:梅の実黄ばむ     反舌無声
       註  蟷螂とうろう:カマキリ  鵙げき:モズ
          反舌:ウグイス
 
 ここ八ヶ岳山麓は今まさに、万緑叢中ってところ。緑の海の中に、
ヤマツツジの赤色とカバレンゲツツジの橙色が際だって鮮やかで、
ついつい、〝万緑叢中二点の紅、だなあ〟なんて蛮声を上げてしまって。
(と書きたいところでしたが、 野暮用のため実家!で禁足令?)
 
JR西日本の事故に拘わって、A紙に、「…例えば会社とは何か、
である。危うくなったのは“ノーブレス・オブリジェ(noubles・
oblige)”、つまり上に立つ者が衆望に応えて果たすべき責任の感覚
であり、その品性のことである。そうなってきたのは目先の対応に
追われてHOWに走り、何のために(WHY)、何を大切にするか
(WHAT)を立ち止まって追求しなくなったからだろう。」
 
動植物の外来種撲滅!在来種保護! 遅蒔きながら、叫ばれ始めま
したね。高松塚古墳の女性群像の壁画、内1人だけ衣装の色が消え
失せているそうで。高崎市の染織研究家・山崎青樹さんはこう予言、
「当時の服色規定から、高位の女性が着た浅(あさき)紫だろう」

02年の科学調査で、ずばり予言的中。古来の紫は、野草のムラ
サキ(紫草)の根から色素成分を絞り出し、何日もかけて染め重ねる。
ムラサキは水はけのいい環境でしか育たず、栽培が難しい希少植物。
天然のムラサキは滅多に見当たらず、絶滅危惧種指定。追い打ちを
掛けたのが、外来種のムラサキ。色素を持たず、生命力旺盛。在来
種と簡単に交配して本来の性質を奪います。

蘇れ在来種!埼玉県の国営武蔵丘陵森林公園や京都府福知山市の製
薬会社農場などで育成され、全国の植物園や学校に種を分けるまでに
こぎつけたそうです。(M紙)