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河童の独り言

折々のエッセーを綴る

秋の風情がただよってきます

2005-08-25 11:11:59 | Weblog
         婦唱夫随で密集め?   (山梨・入笠山にて)
              ・・・・・・・・・・・
薄田泣菫の『艸木虫魚』の「秋の侘人」に、こんな下りがあって。

「びしょびしょと降りつづけた秋雨は、三日目の朝になって、やっ
と霽(は)れあがった。…石灯籠の下にある草柘植を少し離れて、名
も知らない小さな菌(きのこ)が二かたまり生えているのが眼につい
た。昨日の夕方、雨の庭を眺めたときには、それらしい影も形も見
えなかったのに…」

「うるさい人間の“おせっかい”と“眼”との隙を見つけて、そこ
にほっと呼吸(いき)をついているといったように。そのわび人たち
は、仲間にはぐれないように互いに肩をくっつけ合い、蓋(かさ)を
傾け合って、ひそひそ声で話している。」「いたずら盛りの子供が、
幾度か棒切を持って、この小さなわび人たちを虐げようとしたこと
があった。その都度私はたしなめて、その“孤独”を庇ってやった。

「二、三日してまた雨が降った。雨の絶間にふと気づくと、菌は見
えなかった。揃いの着付に揃いの蓋を被っていたこのわび人たちの
姿は、どこにも見られなかった。彼らは誰にも気づかれないで来た
ように、誰にも気づかれないで去ったのである。」
・・・・・・・
ここ八ヶ岳山麓、ちょっと涼しい雨の日が続くとあちこちに、この
“侘び人”が顔をのぞかせ始めました。
      ・・・・・・
台風11号の接近する、そんなある日、老朽化し始めたテラスの
改修工事が始まって。
棟梁は旧友の中山氏。(“人間模様”で紹介した小屋造った元同僚氏)
軽トラで地下足袋の出で立ちだもん! 持ち込んだ道具類はプロ並み。
私しゃ、錆釘抜き程度の、使いっパシリ。

木造の手摺りを抜き上げる作業が、存外と難行でしたね。
床材を剥がしてみると、ここんところの長雨で基礎材はビショビショ。
乾かして防腐剤をしっかり塗った方がいいゼ! という棟梁の意見で、
台風一過を待つことになりました。
手摺りは30cmほど宙に浮かび、所々床板が剥ぎ取られたまんま。
11号がまともに来そうで、手摺りはどこへ飛んでっちゃうんだろか。

処暑に寄せて

2005-08-23 12:02:58 | Weblog
     処暑  綿の花しべ開く  天地初めて寒し  禾ものみのる
          これでまあ 新涼かよと 汗拭い (白堂)
             ・・・・・・・・・・・
今日は二十四節気の処暑、暑さ滞る頃とか、暑さも終わる候とか。
性懲りもなく暑い日が続くなか、破れかぶれ衆院選の下世話ニュースが
取り沙汰されます。(担任は選べないけど、議員は選べるもんね)
ご機嫌はいかがですか。

 処暑    日本          中国    
   初候: 綿の花しべ開く    鷹乃祭鳥(たかすなわち鳥を祭る)
   二候: 天地初めて寒し    天地始粛(てんちはじめてしゅくなり)
   三侯: 禾ものみのる     禾乃登(かすなわちすすむ)
(禾:か、のぎ。稲、穀類。穀類の穂の先にある毛。)

    ・・・残暑中りメールを・・・

都会離れの山麓生活も3週目を過ぎた辺りから、どうもオツムが変!
先日、“特急あずさ号で極ショートトリップ騒動”をやったのです。

孫娘を小淵沢駅へ送った折りの出来事なんです。荷物が3つ、
その1つが何キロかの重さということもあって、入場券でホームへ。
何の迷いもなく孫を先導して車内へ。指定座席に座らせて、一言二言。
じゃあ、ネ、って、扉まで行ったら、スーと閉まっちゃったんです。アレッ~!

通りかかった売り子嬢に、「…次の駅はどこですか?」と、ショボクレて。
「韮崎です。ホンのすぐですよ。」
彼女、降り損ないのドジをお見通しだったんですね。

回ってきた検札のお兄さんが、入場券を見てニヤリ。
「本来ならお代頂くんですが…。お気をつけて。」
桃の花見をした“新府桃源郷”を横目にして、快適?な20分の
特急列車の旅を味わいました。

50分後の下り普通列車に乗り換えて、ワイワイ騒ぐ高校生を尻目に、
ウトウト。気づいたら出発駅小淵沢に無事帰還いたしました。

(内緒話ですが、降りたホームの人の流れに付いて行ったら、
改札口ではなく小海線の発着ホームに流れ着きました。モゥ~!)
       ・・・・・・・・・・・
1年置きに開催している大学時代の同窓会、今年は岡山で。
その予備調査によりますと、なんと、この2年間で4人もの物故者が
出ていたんですね。驚きました。
卒業時点で164名、2年前までに25人の物故者がありましたが、
これで計29人も鬼籍入りになってしまいました。
(御神酒もホドホドにしよっと)

(友人榎本氏からのメール)
デジカメ持って散歩道の竹林公園へ。文字通り竹林、当に
“竹の春”。抜かれそびれた今年竹もどうやら市民権を得て、
背丈だけはいっちょ前になっていました。デジカメでパチリ。
その作品、実はシルバー水墨画教室のモデルにするつもりなの
ですが、先ずパソコンに取り込むのに一苦労。

当初覚えたつもりの取込方はすっかり忘れてしまい、未だに
カメラの中。予定では、パソコンに取り込んだら普通の紙に
印刷して、それをモデルに墨で描く、つもりです。スケッチ
ブックを持っているのだからスケッチしてくれば、と家内は
いうのですが、シャイな僕は人に見られると描けないのです。
帰りがけ、遠くから盆踊りのメロデイーが聞こえてきました。
 “盆歌の高き低きや風の帯”



戦争終わって60年

2005-08-19 11:51:51 | Weblog
暑い真夏日の下で、60回目の終戦の日を迎えました。
追悼するかのように、高原の空は晴れ渡っています。
 今までになく切ない思いを禁じ得ません。
  (これにて、“重い”メールは終わりにします)

「骨のうたう」  竹内浩三
     (三重県宇治山田生まれ。1942年フィリピン・バギオで戦死、23歳)

  戦死やあわれ
  兵隊の死ぬるや あわれ
  遠い他国で ひょんと死ぬるや
  だまって だれもいないところで
  ひょんと死ぬるや
  ふるさとの風や
  こいびとの眼や
  ひょんと消ゆるや
  国のため
  大君のため
  死んでしまうや
  その心や


   白い箱にて 故国をながめる
   音もなく なんにもなく
   帰っては きましたけれど
   故国の人のよそよそしさや
   自分の事務や女のみだしなみが大切で
   骨は骨 骨を愛する人もなし
   骨は骨として 勲章をもらい
   高く崇められ ほまれは高し
   なれど 骨はききたかった
   絶大な愛情のひびきをききたかった
   がらがらどんどんと事務と常識が流れ
   故国は発展にいそがしかった
   女は 化粧にいそがしかった


    ああ 戦死やあわれ
    兵隊の死ぬるや あわれ
    こらえきれないさびしさや
    国のため
    大君のため
    死んでしまうや
    その心や

高原の夏

2005-08-07 12:09:43 | Weblog
     甲斐駒がかすんで見えます  (この電線、“枯れ木も山のにぎわい”ですか)
         ・・・・・・・・・・・・・・
ここ連日、もどり梅雨を思わせる空模様でして、
布団・枕カバーの洗濯が一向にはかどりません。
突然にザ~と雷雨がやってくるもんで
入れたり出したりの日和見で、お笑いもんですワ。

ヒグラシの鳴き交わしおり7月尽(白堂) なんて風流ぶっちゃって
ヒグラシって、漢字では蜩なんですね。

夕方になると、待っていたかのようにヒグラシが鳴き始めます。
アイツって、あっちで鳴いたかと思うと次はこっち。
けっして合唱しないんですね。いつも、ソロ形式。
一匹が一鳴きして場所を変え、一鳴きしてそっちへと、
場所替えしてるんだ、と思ったんですが、
間髪を入れず違った場所で鳴きます。
それとも、何匹かで鳴き交わしてる、ソロの競演てとこでしょうか。

そうそう、セミって、曇りの日にはほとんど鳴かないですね。
それって、気温が上がるのを待ってるってことですかねえ。
サーと日差しがくると、イザとばかりに一斉に鳴き始めてうるさいこと。
蝉時雨とはよう言ったものです。
ジージーバーバーと、その暑苦しさったらないですね。
   退屈なセミ談義でした。

昨夕、思わず立ち上がるほどの地震がありましてね。
来ていた友人なんか、“家に電話せんきゃ”って。
“震度4はあったなあ”
時雨のセミは微塵も動ぜず。“さすが~クマゼミ”って、彼。
アブラと思ってたら、クマだったんだ。羽が透明だもんね。

セミとハチとアブと野良猫と、若干の人間しかいない世界です。
     ・・・・・・・・・・・・・
 (お口直しに・・)
友人の小学校の、学期末句会の作品なんですが、
上手いもんですねえ、情景がアリアリだもん。

        ☆★
扇風機 一年ぶりに こんにちは    (港)
あじさいの 花びら数え 梅雨終わる  (枝梨佳)
アスファルト  みみずひからび 夏がくる  (匠)

あせ流れ 涼しい世界へ 三千里   (七瀬)
Tシャツが あせでびしょびしょ 昼休み (勝洋)
冷水機 5分休みは 大行列      (晃平)
暑いとね 動きもしゃべりも にぶくなる  (あゆみ)
持ち物が だんだん高熱 手に負えない (陸)

せみの声 聞こえているけど 姿なし    (詩織)
暑いから 何個も食べたい ガリガリくん  (大悟)
うらやましい 風鈴の音が ひびく家    (朝実)
おいしそう 八百屋で売ってる あのスイカ  (琉馬)

   ~移動教室にて~
朝の砂 夜の光が 入ってる  (朝実)
この景色 母に見せたい 喜んで (陸)
       ☆★

白堂選   朝の砂 夜の光が 入ってる  (朝実)
   お見事!!!


立秋に寄せて

2005-08-07 12:02:09 | Weblog

     立秋  涼風至る  ひぐらし鳴く  濃霧昇降す
       そよりとも せいで秋たつ 事かいの (鬼貫)
           ・・・・・・・・・・・
「お騒がせe-MAIL」no.159 2005年8月7日(日)
      残暑お見舞いいたします

今日は二十四節気の立秋。
秋来ぬと目にはさやかに見えもせで・・風の音にも秋はまだまだ、って感じ。
残暑厳しゅうございます。
   お元気ですか?

立秋:      日本         中国
      初候: 涼風至る      涼風至
      二候: 蜩(ひぐらし)鳴く  白露降
      三侯: 濃霧昇降す     寒蝉鳴
      ・・・・・・・・・・・・・・
一筋の糸よりかなし今朝の秋 (支考)
       ・・・・・・・・
昨日は、No more Hiroshima ! 原爆忌の60周年でした。
重い話題を敢えて綴らせてください。
突っ張って言えば、節目だということからかもしれません。
70周忌にはおそらく、メールは送れないだろうから、かも…。

原爆を投下した国が、投下した人たちが…、
そしてその国の今様が、
“リメンバー パールハーバーだよ”って。

核兵器保有国の為政者は、
広島・長崎のあの惨状を、今になっても見ようとしない、見ることができない!
人間の賢さと、愚かさを、この節目に静かに思います。

平和な夏草を見ずに逝った多くの人たち。その思い出まで逝ってしまわないように、
過去が未来とつながるよう、祈ります。
70周年はあまりに遠く思えるので、ありったけの記憶と細々の想像力をふるいたたせて、
60年目の8月6日・9日を偲びます。

    …哀悼の原点…

峠  三 吉 『原爆詩集』
  「序」

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ


「八月六日」

あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧しつぶされた暗闇の底で
五万の悲鳴は絶え
渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは裂け、橋は崩れ
満員電車はそのまま焦げ
涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島


やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に
くずれた脳漿を踏み
焼け焦げた布を腰にまとって
泣きながら群れ歩いた裸体の行列


石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた筏に這いより折り重った河岸の群も
灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
夕空をつく火光の中に
下敷きのままで生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり


兵器廠の床の糞尿のうえに
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく
異臭のよどんだなかで
三十万の全市をしめた
あの静寂が忘れえようか


そのしずけさの中で
帰らなかった妻や子の白い眼窩が
俺たちの心魂をたち割って
込めたねがいを
忘れえようか!

    (^o^)・・・・・・・・・・・・・・・・・・(^O^)
       西谷 優(白堂)
     山梨県北杜市大泉町谷戸
      8974-423
    ・・・・・・・・・・・(^-^)・・・・・・・・・・・

夏らしい夏がやってきました!

2005-07-28 14:21:41 | Weblog
ヘボ台風一過、やっと盛夏らしい日和がやって来ました。
途端に37℃だもんね。

     人・物模様  その3 
        (被害続出、非難ごうごうゆえ、これにて打ち止め?)

☆トンカチやノコギリがお似合いの彼。教員をリタイア後専ら、
 工務店長よろしく大工仕事と、夏は鮎釣りに専心。6畳くらいの
 納屋を、標高1100mの地に建てちゃうわ、ログの屋根や丸太壁を
 塗り替えるわ、デカイ下駄箱は造るわ、テーブルや西洋ベッド
 まで作っちゃうんです。今では町内から、リフォームの注文まで
 舞い込む始末だとか。
 (今住まいのログハウスもその内、建て替えちゃうんじゃないかなあ)

☆セミプロ大工の奥方が、これまた女丈夫。元都内女子校の
 副校長で、専攻は理科。それに飽きたらず、学士入学で英語の
 免許までとっちゃった方。山梨に移住してからは、時の政府にカンカン!
 とりわけ年金者虐めや憲法イジリに怒り絶頂!とうとう、
 9条の会を立ち上げて、ホームページまで作っちゃって!
 (現役時代の愛称が“オニユリ”〈失礼!〉、今まさに“字を行く”如し)

☆トラックター動かしてる姿は地に着いてる元教員の彼。今では
 土建屋よろしく。山荘には、大工道具は勿論、シャベルカーまで
 収まっている作業小屋が別棟で建っています。そして稀代の風呂好き、
 1槽じゃ飽きたらず、とうとう露天風呂まで手造りしちゃって。
 (ジャガイモ畑をイノシシに盗掘されて、“猪鍋にすっぞ!”って怒!)

☆オペラ・シャンソンのセミプロ歌手で占い師、ご近所の彼女。
 梅雨明けのある夜、小生故あって、“般若心経講話、空即是色…”を
読んでたら、夜陰を縫って聞こえてきたのです、女性の読経らしき
声が。冷水ゾ~ッ!   得意の占い、やってたみたい。
(もう、顔合わせるのが怖くて! だってさ、“あんた、死相が出てるヨ”
なんて言われそうで…)

★人を程よく誘惑して、その内、とろけさせて…、キミは罪なヤツさ。
 その名は気じゃなくて“氣”。エッ?とお思いでしょう。素性は、奄美
 特産の黒糖焼酎なんです。先ずは、ラベルの氣の字が格別。
 訊けば、中国の有名な書家の手になる逸品。
 (旨いとは思ったけど、気が付かなかった)

☆国立大学の研究室にお勤めの彼女、出入りする学生からは
 “おかあさん”と慕われていて。そんな学生が大学を去る3月、
 些細な記念品を上げるんだって。これって、ダメ押しになっちゃう
 んだなあ。そんな彼女、片手間に(いやあ、真剣に)始めた
 フランス語の、とうとう4級を取っちゃったんだ!
 (あっ! これ、ヒミツだった! だって、都知事に嫌われるもん)
       ・・・・・・・・・・・
打ち止めとなると、後ろ髪引く未練がフツフツ。
   まあ、暑気中りしたと笑ってやってください。

大暑に寄せて

2005-07-23 11:25:51 | Weblog
     (大書にて、失礼! ヘヘヘ)          
大暑  桐初めて花を結ぶ  土潤いて蒸し暑し  大雨時々降る
         ついにわれ 八方破れ 大暑来ぬ (牛山一庭人)
              ・・・・・・・・・・・   
「お騒がせe-MAIL」no.158 2005年7月23日(土)
   暑中お見舞い申し上げます
日照り渇水が心配された梅雨でしたが、それなりに雨も降り
今夏、水瓶の憂はなくてすみそう。
梅雨明け後も、寝ぼけた夏日が続きます。
どうせのことなら、ギラギラの青空にモクモクの入道雲が沸き立ち…
って、あの少年時代の夏を期待しますねえ。

今日は二十四節気の大暑。これからが暑さの“正念場”ですが

   大暑     日本         中国   
初候: 桐初めて花を結ぶ   腐草為蛍
二候: 土潤いて蒸し暑し   土潤溽暑
三侯: 大雨時々降る     大雨時行

      凌霄(ノウゼン)の一輪残る大暑かな (白堂)
・・・・・・・・・・・・・・・・
中3の孫の話。
入学時から不登校だったJクンが、関西への修学旅行に参加
すると言い出しました。当然、親は(勿論、担任も)びっくり。
どうしたの?と訊けば、Sクンに誘われたから、とだけの答え。
詳しいいきさつはとうとう、なにも話さずじまい、訊かずじまい。

もう一人Tクンって子。小学校高学年時から“保健室登校児”でし
た。毎朝、暑い日も寒い日も雨の日も欠かさず、Tクンを迎えに行
く同級生がいました。それが、Sクンだったのです。一緒に連れ立
って登校するわけではなく、ただ朝、声を掛けるだけだったそうです。

中学入学後も、そのパターンは変わらず、Sクンの声掛けで保健室
登校を続けました。そのTクンが3年の体育祭の時、4段ピラミッドの
1段目を頑張りました。それがきっかけだったのか、授業にも修学
旅行にも参加するようになったといいます。

J、T両クンの両親には、子どもの心に何が起こったのか定か
には分からないそうです。確かに分かることは、Sクンの何気なさ
そうな“声掛けや誘い”があったってことだけ。
           ・・・
80年の全米オープンでの、ニクラスと青木の死闘。4日間同じ組
で回り、優勝の行方は最終日最終ホールに持ち越されました。
2打差リードのニクラスが約3メートルのバーディーパットを沈め、決着を
つけたのですが…。グリーンになだれ込もうとした観客を、ニクラス
は懸命に制止、「まだ試合は終わっていない。アオキのパットが残
っているんだ。」 再び静まり返った中、青木も冷静にバーディーで
フィニッシュし、2人は互いの健闘をたたえあいました。(M紙)
         ・・・・・・・・・・・・・・
  知床自然遺産決定 これからは呑んで騒いで登っちゃメッ! 

やったゼ 6周目 梅雨明け間近

2005-07-20 06:02:47 | Weblog
   ヤマソービニオン  (ハクドウ農園にて)
       ・・・・・・・・・・・
(出しゃイイってもんじゃないよ。パソコン開くの、イヤンなっちゃった!)
    梅雨空がわりに人間模様といきましょう 第1話
      (副題:リストラ食らっても、ダイジョウブだよ)

☆とうとう、航海士になっちゃった彼女。
 昨年末でしょうか、遂に“船舶1級免許”を取得!
 1級ですぞ1級! 意地と脳力の勝利ってところ。
 “さあこれで、外洋をセーリングできるで~”って、意気軒昂。
今までクルーザーの“重り”だった(自称)という過去からの
 見事な脱出ですね。
 (小学校の現役センセは続けてま。ガッコウでも1級舵とりでしょうね)

☆教壇に立つより俎板を前にしたほうが落ち着くんだって、彼。
食材を見るや、ひらめくんだそうです、献立が。特に、海の幸を
 さばき、大皿に盛り付ける技量はセミプロ級。ご宿泊の大衆が
 二日酔いの朝なんか、薄暗いうちに起き出して、朝湯を楽しみ、
 火照りを冷ましながら朝餉の支度ですからねえ。
 (手拭いでグル巻きした庖丁を持ち込むんですから、もう板についてる!)

☆生まれ育ち、いやあ天性とでもいうんでしょうか、彼女の技倆?
 先ずは、山菜への目利きの鋭さ。道走ってて、「あっつ、あそこに
 フキノトウがある!」だもん。遥か遠くにですよ。まさに鷹の目菜の目。
 ヒヨドリ越え風の崖を、マシラのごとく駆け上り・降りて採集。
 加えて、山菜料理の手際良さ。振る舞う彼女の宴は、そりゃもう
 超口福のヒトトキなんです。そして、半端じゃなく“ウワバミ”。
 (センセーより料亭の女将が向いてるじゃないかなあ)

☆座布団に座らせりゃ、彼の“古今亭志ん生”も真っ青って、元センセー。
 高座名は、“目黒亭シゲ~ル” オハコは“揚子江”とか“月明かり”とか。
 語り口の歯切れ良さ、間の取り方、客層に合わせての
 アドリブの妙味…たら、ない! 相当にクダケタセンセーと
 お思いでしょう。ところがどっこい、原則居士で歯に衣を着せぬ
 批判痛烈、 “管理職的ね”って専ら?、でした。
 (“人は見掛けによりません”って、彼のことですね)
   ・・・・・・・・・・・・・
              暑気中りしたかなあ~

6月尽

2005-07-20 05:59:53 | Weblog
    名知らず (やたら出てくるシュートに、可愛いこんな花が咲いて)

  (5z)皮切りは、オシャレにいきましょう

「Paris at night」 フランスの詩人 ジャック・プレヴェール
   三本のマッチを一つずつ擦ってゆく夜の闇
   一本目は君の顔全体を見るため
   二本目は君の目を見るため
   最後の一本は君の口を見るため
   あとの暗がり全体はそれをそっくり思い出すため
   君を抱きしめたまま               (C紙)
        ・・・・・・・・
12年五輪、ロンドンに負けちゃったね、パリ。
   下世話な噂
*NYはやばいと思ったけど、倫敦も狙ってたとはねえ。
巴里にしときゃよかったかなあ。(五輪委員)
*投票、1日遅かったらなあ~(五輪委員)
*イラクがらみだったんじゃないの。 参戦しときゃよかった!(パリジャン)
*百年戦争のぶり返しみたいだったなあ。血を見るとこだったぜ。(パリジャン)
*これで、ベッカム、引退後も安泰だね。(サポーター)
*シラクさん、大統領選危なくなったねえ。(側近)
*やっぱ、“ライブ8”がらみが大きかったと見るねえ。
  だって、アイルランドのロックグループU2・ボノ氏が
  「ポケットに手を突っ込んでお金を出すことをあなた方に
   頼んでいるわけではない。握りこぶしを振り上げることを
   お願いしているのだ。」 って。迫力が違うゼ。(地球人)
         ・・・・・・・・・
       “戦後60年”への嬉しい返信

・・中1の孫から・・
戦争を体験したことがないけど、その時の様子が頭に浮かびました。
今は食べ物もたくさんあるけど、この時は食べ物を手に入れるのも
大変だったんじゃないかなと思いました。
戦争なんか二度として欲しくないです。

・・KNさんから・・
 今日は、忘れられない日だったのですね。そのときの様子が、
夏の暑苦しさとともに目に浮かぶようです。
 ノウゼンカズラの花は、夏の盛りを思わせる南国の花でしか
なかった私ですが、先輩にとっては、辛く、苦しかったあの頃を
鮮明に思い出させる象徴のようなものだったのですね。
 懐かしいふるさとを思い出すとき、あの悲しい出来事も蘇って。
胸の奥にしまい込んでいたこと。六十年経って、語ってくれてありがとう。

・・SEさんから・・
“焼き茄子の白きの語る焼夷弾” 
この年の1年前、僕の父はニューギニア諸島のギルワ島で戦死したそうです。
髪の毛だけが戦死公報と一緒に送られてきた、と母が言っていました。
出征したのが僕の2歳の時で、父の顔、声、匂い、姿、形・・なんにも
覚えていません。

物心ついて、アルバムを見て、何と自分が父に似ているのだろうとびっくり
したのが、父の居ないことを自覚した最初でした。
「父が居たらなあ・・」なんて気持を抱く間もなく、孫を抱く歳になっていました。
“父知らぬまま孫を抱く敗戦忌” 60年前のあの暑い8月がもうすぐです。
 
     ・・狂歌3ツ・・
数票の差で策決まる軽い国 サッカーじゃねえぞ!とオヤジふて呑み
彗星に玉打ち込んで悦に入る ライブエイトの叫び聴きつつ
愚と賢とその分かれ目はどこいずこ 数の違いと孫の一言
漢検をねらう孫メの言うセリフ  「ジジ、バラって漢字書ける~」

小暑に寄せて

2005-07-12 23:28:26 | Weblog
    小暑 温風至る  蓮初めて咲く  鷹技を習う
      /夏の夜のふくるすべなくあけにけり/(久保田万太郎)

「お邪魔のe-MAIL」no.157 2005年7月7日
七月文月になりました。
歳時記に、文月は文披月(ふみひらきつき)の略で、七夕のために貸
す文をひらく…ところから出た名称、とあります。
そして今日は、二十四節気の小暑。そして七夕、暦じゃ秋なんですね。

 小暑   日本        中国  
初候:温風至る      温風至
二候:蓮初めて咲く    蟋蟀居壁
三侯:鷹技を習う     鷹之学習
      註 蟋蟀:コオロギ

 芭蕉の句に /七夕や秋を定むる夜のはじめ/
・・・・・・・・・
大阪府枚方市と交野(かたの)市にまたがる一帯は、遠い昔、
交野ケ原と呼ばれていました。ここが、日本の七夕伝説発祥地です。
5~6世紀頃、養蚕や織物の技術をもった人たちが大陸から渡来し、
住み着いた場所。豊かな文化や風習が伝えられました。七夕風習も
その一つでしょう。(A紙)

庭の片隅に竹が数本生えていて、お隣さんから1本所望されました。
「子どもの七夕飾りに頂戴できます?」って。
2人のお子さんは、上が小学校上がり、弟が幼稚園くらい。
唱歌までは聞こえてきませんでしたが、小さな願いを書いた色短冊が
葉擦れに揺れているだろう風情を、想像していました。

       /短冊に あと幾年…と 書いて消し/(白堂)

十数年前の小さな触れ合いです。
もう乞われることもなくなった竹たちは、
夜来の梅雨に濡れそぼっています。

  /暁のしづかに星の別れかな/ (正岡子規)
       ・・・・・・・・・・
オタマジャクシは、水槽に入れたままにしていると、ほとんどがカエルに
なる前に死んでしまう。だけど、そこに小石や小枝をちょっと置けば、
ひと呼吸でき、うまくカエルになれるそうだ。そんな小石や小枝のような
「居場所」が今、社会から減っているのだろうか。(M紙)


なにわのお洒落で、お口直しを。
「わての気持は“バラックの屋根よ”…」
         瓦がないので、変わらない
  (バラックは死語だなあ、もう)

アメリカを旅した友人E氏の句を2つ、借用。
/エンパイアー神と自由とブルトーザー/
/民主主義押しつけられても民主主義/
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                         (絶句!)