僕と香澄の新刊マンガ感想日記

香澄が紹介したがっている新刊マンガ等々

ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』2巻、講談社、アフタヌーンKC

2004-09-09 | Weblog
 図書室の外への進展はついに一度もなかったのだが、夏休みが終わっても僕と加藤香澄のささやかな密談は続いた。むしろ二学期が始まってもこうして顔を合わせているかぎり、チャンスはまだ4ヶ月間残っているとも考えられる。加藤香澄の得意げな笑みに惹かれている僕だけだから時間的駆け引きの猶予は最大限に使用できるはずだ。出不精の加藤香澄を外に誘うのはもう少し涼しくなってからでも遅くはあるまい。
三田紀房『クロカン』全27巻、日本文芸社、ニチブンコミックスでは、高校球児たちを引っ張っていく監督という達観した立場が描かれているんだけど、そのガキどもを気持ちを惹き付けるために引いたり押したりするやり方が強引でおもしろいわけね」
『クロカン』の劇中で使用されている通りに、加藤香澄は、ガキども、と忠実に言った。そうしなければ気がすまない性質なのだろう。
「時には“マシーンになれ”と盲信を強要したり、時には“パンツまで濡らせ”と意味不明な発言をして自立を促したり。で、それはやがて対戦する他校との思想対立に発展するわけ。マンガってのは得てして観念的な勝負になるもんなんだけど、実際に試合をしているのは高校生なのにこのマンガで勝敗を別けるのは、どちらかの監督の強い意志!に行き着く。「ちがう・・・完璧さの到達点にしか勝利はあり得ないんだ」「試合中にミスは必ずある 要はいかにそいつを取り返して倍にして結果を出すかだ・・・」「ちがう・・・ちがう! 最初からミスを容認する姿勢は間違ってる!運任せのギャンブルに頼っていては高いレベルでは絶対に勝てない!」「運だけじゃねえ! そこには必ず選手の気持ちが込められているんだ!」「気持ちにも確実な技術の裏付けがあってのことだ!」「技術を引き出すには自信を心の中に持つのが先だ!」といった感じで野球哲学問答に勝利した監督のチームが勝つって寸法」
「あー、いや、加藤さん、悪いんだけど、まだ途中までしか読んでないんだよね。第二部途中からちょっと辛くて」
「な、そ、そんな」
 加藤香澄は、一度言葉を詰まらせて、
「読書百遍義自らあらわる!でしょうが!」
 と言っている意味はわからないが頭から湯気を立てる勢いだ。
「それでちょっと裏切られた気分んんんんんんん」
「悪い悪い」
 僕は軽口を叩きながらも、ちょっと嬉しい気もした。いや、怒られることが嬉しいのではなくて、怒り出すくらいこの共有した時間に熱心なことが。なんちゃって。
「じゃあ、新刊のひぐちアサ『おおきく振りかぶって』2巻、講談社、アフタヌーンKCの方は読んできたわけ? これは、観念的野球を極めた『クロカン』以降の作品、っていうことをわかってて読むとまたおもしろいと思うんだ。こっちは、同じ高校野球でも、ピッチャーとキャッチャーの夫婦関係がメインなんだけど、『クロカン』同様、ピッチャーのモチベーションを引き締めるために引いたり押したりするシーケンスが小気味いいわけなの。まあ、そこら辺も『クロカン』を引き継いでいるんだけど、さらに『クロカン』の核の部分である“観念的野球”も継承している。とはいえ、そのまま受け継いでいるんじゃなくて作者の中で新しく解釈してるんだけど、わかるかな?」
 と問いかけながら、当然僕の応答を待つまでも無く間髪居れず、
「そのものズバリ、愛! 心に愛がなければ、の愛ってやつ。『クロカン』では教育論や人生哲学による問答が勝敗を決していたんだけど、それに対して『おおきく振りかぶって』では、愛。ピッチャーへの愛が深い方が勝つ世界律なんだなあ」
 自分で答えを先に言っておいて、わかる?わかる?と目配せしてくる。
「まあ、それも一つの読み方だとは思うけど」
「2巻を読んでみなさいっって。あまりいい思い出のないピッチャーの母校との練習試合が始まるのが2巻ね。いよいよ愛は試される。まず前巻から引き続き主人公側のバッテリーの愛の駆け引きがおもしろい。それは、かつての母校の連中よりもピッチャーを愛しているという攻撃なんだね。おまえを捨てた男に見せつけてやろうぜ、って。だから、一時は主人公側の愛が勝っている。そして、途中、相手チームもまたピッチャーに愛を高らかに歌い上げ奮起する。「お前は三橋より上だ! 今日勝てばそういうことになるんだな!」と疑心の念を断つまでのチーム内の葛藤がいいんだなあ。これは愛なんだなあ。この巻の最後では、今度はキャッチャーのかつての恋人、じゃなくて、投手が現れ、新たな愛の試練がフフフフフ」
 語尾を笑み曲げてニンマリ。人によってはちょっと嫌な感じに思えるかもしれないが、最近の僕はそうでもなかった。

山崎さやか『はるか17』3巻、講談社、モーニングKC

2004-09-02 | Weblog
 図書室で立ち上がって熱弁を振るっている加藤香澄も、下から見ると蛍光灯の刺す光がぼんやりと包み込んでいて神秘的になるんだから女性は得だ。日頃から鬱積しているストレスを一気に独白形式で吐き出して快感を得ているようだが、ときおり、眼鏡のレンズが蛍光を反射してうっとりした眼差しを隠してくれるから余計謎めいて見える。
 ひょっとすると、読書することよりも語ることの方が好きなのかもしれない。10代半ばを超えてようやく声を発する喜びに目覚めたかのように、今はとにかく説き明かすことだけに没頭している。たとえ舌を食って死んでも後悔はしないだろう。
「『モーニング』にはグラビアがないからね。だから、山崎さやか『はるか17』3巻、講談社、モーニングKCが連載可能ってわけね。同じ青年誌でも、アイドルグラビアが表紙を飾るヤンジャンやヤンサンでは成し得なかっただろうし、グラビアがなくてもビジネスジャンプやスーパージャンプでも集英社ではちょっと無理。そこらへん、普段から反バーニングを標榜しているオヤジ週刊誌のある講談社でないと。そう、この巻には“バーニング”という芸能プロダクションが露骨にモチーフになってるでしょ。さして魅力も無いはずの新人アイドルの主人公にお株を奪われ、躍起になってオーディションやマンガ雑誌に圧力をかけている事務所ファインプロというのがまさしくそれ。その圧力のかけ方がじつにいやらしくて、これはぜひ読んでほしいっ。普通、マンガの劇中に出てくるマンガ雑誌編集者なんかとは力関係が逆! いや、現実には芸能事務所の方が仕立てに出るもんなんだろうけど、だからこそバーニング、いやいや、ファインプロの力山を抜き気は世を蓋うほどの権力が際立っているって話ね。じゃあ、なぜバーニング、いやいや、ファインプロがそこまで横暴を働けるかというと、現実にはヤクザや宗教などが絡んでもっとドロドロした側面があるはず。そこまで描ければ大したもんなんだけど」
「でも、僕も、ちょっと読んでるけど、オヤジがモーニング買ってくるから。主人公のはるかのサクセスストーリーなんでしょ。ライバル事務所の妨害を乗り越えられちゃうんだから」
「そう、完全に芽を潰すほどの嫌がらせを描いては物語にならないからねえ。難しいところだね。ヒールに画鋲ってレベルじゃなくて、本気で芸能界に居られなくなるほどの嫌がらせ、、、読んでみたいー! まあ、非バーニングの小野真弓だってなんだかんだで2年以上売れているわけだから、さまざまな障壁を乗り越えてる人も現実にいるしね」
「最恵国待遇の事務所の圧力を乗り越えるくらいファンのマスを持つほど成長しさえすれば良いんだね」
「そう、ストーリー的には映画やドラマを段階的に上り詰めるんだけど、結局はそこに詰まるはずなんだけど。でも、今後、女優道を極めることにより成功、とかの安易な落とし所の流れになったら嫌よねえ。ファンをおざなりにするのは」
 たしかに、そういうことになったらちょっと嫌に思う。僕も、すぐ身近の女の子にファン意識が働いているからよくわかる。

廉価本事情の続き

2004-09-01 | Weblog
 今日は先に着席して待っていると、加藤香澄が後から入ってきて図書室の様相がいい意味でまったく変わらない気がした。図書室に馴染んでいるというと聞こえが暗いが、眼光がけざやいているので不健康な印象は受けない。むしろ溌剌としている。
「ちょっとちょっと見た? コンビニ、行ってない? 気づいたでしょ?」
 珍しく鼻息も荒く、言いたいことが整理できていない。
「ああ、仮面ライダーのフェアね。僕はボトルキャップとかってあんまり興味ないなあ」
「そうそう、ボトルキャップ25体しかないのに平成ライダーが8体以上って、客層を絞り込めてないよね。もちろん変身後の物なのでイケメン俳優くん?は一人も出てないし。新旧のファン両方に迷惑じゃないの。たしかに、仮面ライダー剣が乗っているHondaのフォルツァをプレゼントってのはすごいけど、どうせなら仮面ライダースーパー1のVマシンにしてほしいじゃない? Vマシンってのは安定翼とジェット推進装置が展開してVジェットになるんだけど、これがゴツゴツ。だって、それまでのベースマシンったら、例外はあるけどサイクロン号以外はスズキばっかだったんだけど、スーパー1はいきなりハーレーダビッドソンFLH1340! ライダー初の音速超え最大速度1340キロ。で、でっかい。何故かこの頃制作費が有り余ってたのかしら。ってそんな話じゃなくて!
 と言って、最後の一言決まったぜ!みたいに満足気ににんまりしている。たぶんこういう話をする相手が僕以外にはいないから、一気に発散する快感がたまらないようだ。
「でね、セブンの仮面ライダーフェアも気になったけど、ふと気が付けば、ここしばらくの間に講談社の廉価本が目白押しになってるじゃない? 『沈黙の艦隊』『クッキングパパ』『ハロー張りネズミ』『サイトメトラーEIJI』『シュート!』『きらきらひかる』『ぎゅわんぶらあ自己中心派』『スーパードクターK』『部長島耕作』『将太の寿司』『MMR』『頭文字D』『柔道部物語』『サイコドクター』『鉄拳ミンチ』『空手バカ一代』『アゴなしゲンとオレ物語』『ナニワ金融道』『ミスター味っ子』『ありゃ馬こりゃ馬』などなど、、、と、なんか、小粒なような気もしないでもないけど。先週も言ったけど、廉価本を出し控えてきた講談社がいよいよ? もともと飽和状態だったコンビニの棚が空くのを待ち構えていた講談社なんだけど、ついに他社の出玉が出尽くしたと判断したのかしら。というか、意外と他社の過去の遺産がなかなか枯れずにいるから痺れを切らしたってところかなあ。なにせ、たった2年くらい前の作品でもポンポン廉価本になるもんだからそうそう枯れるはずもない。棚の空き目を狙っていたはずの講談社が結果的に出遅れているだけって状態だったからね。あとは白泉社だけだね」
「それじゃあ、加藤さんみたいに何でもかんでも読んでる人は大変だね」
「でも、『沈黙の艦隊』を新鮮な形で読み返せる幸せな時間をこれから毎月楽しめるんだから喜ぶべきことでしょ?
 いや、僕はそうでもないよ、という応えを飲み込んで幸せな時間を持続することに努めた。