推薦した本人が爛然とこちらをうかがっているのでせっかくのマンガも読みにくい。
二人っきりの密室でそうされる意味は大きいが、図書室のテーブルを挟んでいては、そういうムードに満ち込もうにも僕の力量では至難の業だ。
読書に没頭すべきか、加藤香澄と談笑を楽しむべきか、それとも、思い切って今日の予定を聞いてみようか。どのプランを選択するかで意識が定まらなくて居心地が悪いのだ。
一方、目の前の加藤香澄は次は何をお薦めしようかと待ち構えている。
「そう、そう、そう、そう、かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』がコンビニ売りの廉価本で始まったの知ってる? 読んでる?」
「あ、いや知らないけど」
「講談社はね、コンビニ売りの廉価本をなかなか出し渋るんだけどね」
と加藤香澄は僕の言葉を聞かずに続けた。
「小学館や集英社、双葉社、竹書房、秋田書店、リイド社、新潮社、はては角川書店や世界文化社まで廉価本を刊行しているのを傍目にキラーコンテンツを温存する講談社! 他社の廉価本で飽和状態のコンビニの棚が空くのを待ち構えているってわけでしょ。眠れる獅子って感じかしら。でも、意外と他社の廉価本の息が長いのが誤算だったのかもしんないね。小学館なんて売れ筋は“アンコール発売”と称して増刷してるし、連載中の大長編作品も廉価本として読者の裾野を広げているし。ちょっと講談社は戦後マンガ50年の財産を甘く見ていたと言えるかもしんないね。もしくは、あと数年じっと耐え、他社の廉価本の財産が枯れ果てるようなことがあれば講談社の一人勝ちになるかもしんないね。『沈黙』の他にも、『稲中』や『クッキングパパ』なんかを小出しにしているんだけど、いつ大攻勢が始まるのかワクワクしない? するでしょ?」
言葉で同意を求めているが別に応えなくてもいいだろう。案の定、僕の返答を聞くまでも無く、加藤香澄はさらに続けて、
「迎えうつ他社だってうかうかしていられないわけだから、いろいろ手を変え品を変えるわけね。メディアミックスする作品は必ず廉価本で発売して読者の裾野を広げる。最近なら『MAJOR』とか『ハットリくん』がそうね。『こち亀』は一年間ごとの傑作選を出し尽くした後は、今度は季節感を打ち出した月間ごとの傑作選。『ドラえもん』は、「ドッキリ!ふしぎ世界!!編」とか「たまにはがんばる!のび太くん!!編」とか「さがしものは何ですか?編」「あったらいいなできたらいいな編」「元気バリバリ夏休み!編」などなど。いたずらに集めて作るんじゃなくてちゃんと一冊の本として編集してるってわけ。『ドラえもん』は文庫でもそういう作り方してるけどね」
でね、と言って加藤香澄は一息ついて新刊のマンガを取り出す。
「『ドラえもん』廉価本の新刊がこれ。藤子・F・不二雄『ドラえもん 連発!スネ夫のじまん話!!編』小学館、My First BIG。過去にも「天使な美少女しずかちゃん編」「あついぜ!ジャイアン!!編 」とか「パパ!がんばって!!編」とかもあったんだけど、別にスネ夫で一冊作る必要はないでしょうにウハハ」
あ、語尾が笑っている。こうなると、加藤香澄は、僕に紹介するはずのマンガを自分でペラペラめくり出して自己完結してしまう癖がある。かわいらしいとも思えるが、もし付き合って慣れてくるとウンザリするだろうか。
「スネ夫の自慢話で始まる回なんていくらでもあるから、けっこう古い回から満遍なく収録されてるんだけどねえ、その古い回にはあきらかに藤子・F・不二雄の絵じゃないのび太やドラえもんも混じっていたりして興味深いんだわあ。でねでね、なんといってもスネ夫の自慢話にはちょっと何か迫るものがあるなあとは思っていたんだけど、きっと作者の趣味が出ているんだなあ。収録されている『改造チョコQ』という回では、スネ夫がチョロQ風のおもちゃのコレクションと細かい改造を自慢するんだけど、デコトラにしたり水上用にしたりとこれまた芸が細かいんだなあ。『超リアル・ジオラマ作戦』でスネ夫はいとこからジオラマ制作の手ほどきを受けるんだけど、これが熱ーい。読み上げると、
「このプラモのどこに金属メカの質感がある!? まるでペンキぬりたてのおもちゃじゃないか!? 距離感ゼロ!! ジオラマは、背後に無限の広がりを感じさせねばらくだいだ!! 遠近法をもっと利用しろ。手本をみせてやる。手前のビルの窓は大きく、遠くの窓は小さく、これ常識。奥行きのある壁面は、カメラの視点の高さにあわせて、遠近をつけておく。地面にふりかけるパウダーもフリにかけて手前の方は粗く、遠くほど細かい表現を・・・・・・・・・。どうだ、みちがえたろう。よろこぶのはまだはやい。撮影で、巨大ロボの量感をだせねば意味がないのだ。一つの方法は対照的に小さな物とうつしこむことだ。たとえば、鉄道模型の九ミリゲージ用の人形を使うとか・・・。もう一つは、広角レンズを使うこと。広角レンズは広さや奥行きを大げさにうつしてくれる。それはいいんだが、こまったことに・・・・・・、カメラをうんと近づけなくちゃならない。その分、ピントからはずれる部分が多くなるんだ。だから、シボリをできるだけしぼりこむ。そのためには、ライトを強く、スローシャッターで・・・・・・。」
と2ページ以上に渡って力説してんの。話に説得力をもたせるためとはいえ、いくらなんでも必要以上だろ!ってムフフ。これ、描きたくてしょうがなかったんだろうなあ、作者」
「ふーん、それってついさっき廉価本について熱く語ってた人に似てるね」
「え? あ、うーん、むむむ」
指摘されて、瞬間的に照れていたり悔しがっていたりと忙しなく入り混じった表情がちょっとかわいらしく思えた。
二人っきりの密室でそうされる意味は大きいが、図書室のテーブルを挟んでいては、そういうムードに満ち込もうにも僕の力量では至難の業だ。
読書に没頭すべきか、加藤香澄と談笑を楽しむべきか、それとも、思い切って今日の予定を聞いてみようか。どのプランを選択するかで意識が定まらなくて居心地が悪いのだ。
一方、目の前の加藤香澄は次は何をお薦めしようかと待ち構えている。
「そう、そう、そう、そう、かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』がコンビニ売りの廉価本で始まったの知ってる? 読んでる?」
「あ、いや知らないけど」
「講談社はね、コンビニ売りの廉価本をなかなか出し渋るんだけどね」
と加藤香澄は僕の言葉を聞かずに続けた。
「小学館や集英社、双葉社、竹書房、秋田書店、リイド社、新潮社、はては角川書店や世界文化社まで廉価本を刊行しているのを傍目にキラーコンテンツを温存する講談社! 他社の廉価本で飽和状態のコンビニの棚が空くのを待ち構えているってわけでしょ。眠れる獅子って感じかしら。でも、意外と他社の廉価本の息が長いのが誤算だったのかもしんないね。小学館なんて売れ筋は“アンコール発売”と称して増刷してるし、連載中の大長編作品も廉価本として読者の裾野を広げているし。ちょっと講談社は戦後マンガ50年の財産を甘く見ていたと言えるかもしんないね。もしくは、あと数年じっと耐え、他社の廉価本の財産が枯れ果てるようなことがあれば講談社の一人勝ちになるかもしんないね。『沈黙』の他にも、『稲中』や『クッキングパパ』なんかを小出しにしているんだけど、いつ大攻勢が始まるのかワクワクしない? するでしょ?」
言葉で同意を求めているが別に応えなくてもいいだろう。案の定、僕の返答を聞くまでも無く、加藤香澄はさらに続けて、
「迎えうつ他社だってうかうかしていられないわけだから、いろいろ手を変え品を変えるわけね。メディアミックスする作品は必ず廉価本で発売して読者の裾野を広げる。最近なら『MAJOR』とか『ハットリくん』がそうね。『こち亀』は一年間ごとの傑作選を出し尽くした後は、今度は季節感を打ち出した月間ごとの傑作選。『ドラえもん』は、「ドッキリ!ふしぎ世界!!編」とか「たまにはがんばる!のび太くん!!編」とか「さがしものは何ですか?編」「あったらいいなできたらいいな編」「元気バリバリ夏休み!編」などなど。いたずらに集めて作るんじゃなくてちゃんと一冊の本として編集してるってわけ。『ドラえもん』は文庫でもそういう作り方してるけどね」
でね、と言って加藤香澄は一息ついて新刊のマンガを取り出す。
「『ドラえもん』廉価本の新刊がこれ。藤子・F・不二雄『ドラえもん 連発!スネ夫のじまん話!!編』小学館、My First BIG。過去にも「天使な美少女しずかちゃん編」「あついぜ!ジャイアン!!編 」とか「パパ!がんばって!!編」とかもあったんだけど、別にスネ夫で一冊作る必要はないでしょうにウハハ」
あ、語尾が笑っている。こうなると、加藤香澄は、僕に紹介するはずのマンガを自分でペラペラめくり出して自己完結してしまう癖がある。かわいらしいとも思えるが、もし付き合って慣れてくるとウンザリするだろうか。
「スネ夫の自慢話で始まる回なんていくらでもあるから、けっこう古い回から満遍なく収録されてるんだけどねえ、その古い回にはあきらかに藤子・F・不二雄の絵じゃないのび太やドラえもんも混じっていたりして興味深いんだわあ。でねでね、なんといってもスネ夫の自慢話にはちょっと何か迫るものがあるなあとは思っていたんだけど、きっと作者の趣味が出ているんだなあ。収録されている『改造チョコQ』という回では、スネ夫がチョロQ風のおもちゃのコレクションと細かい改造を自慢するんだけど、デコトラにしたり水上用にしたりとこれまた芸が細かいんだなあ。『超リアル・ジオラマ作戦』でスネ夫はいとこからジオラマ制作の手ほどきを受けるんだけど、これが熱ーい。読み上げると、
「このプラモのどこに金属メカの質感がある!? まるでペンキぬりたてのおもちゃじゃないか!? 距離感ゼロ!! ジオラマは、背後に無限の広がりを感じさせねばらくだいだ!! 遠近法をもっと利用しろ。手本をみせてやる。手前のビルの窓は大きく、遠くの窓は小さく、これ常識。奥行きのある壁面は、カメラの視点の高さにあわせて、遠近をつけておく。地面にふりかけるパウダーもフリにかけて手前の方は粗く、遠くほど細かい表現を・・・・・・・・・。どうだ、みちがえたろう。よろこぶのはまだはやい。撮影で、巨大ロボの量感をだせねば意味がないのだ。一つの方法は対照的に小さな物とうつしこむことだ。たとえば、鉄道模型の九ミリゲージ用の人形を使うとか・・・。もう一つは、広角レンズを使うこと。広角レンズは広さや奥行きを大げさにうつしてくれる。それはいいんだが、こまったことに・・・・・・、カメラをうんと近づけなくちゃならない。その分、ピントからはずれる部分が多くなるんだ。だから、シボリをできるだけしぼりこむ。そのためには、ライトを強く、スローシャッターで・・・・・・。」
と2ページ以上に渡って力説してんの。話に説得力をもたせるためとはいえ、いくらなんでも必要以上だろ!ってムフフ。これ、描きたくてしょうがなかったんだろうなあ、作者」
「ふーん、それってついさっき廉価本について熱く語ってた人に似てるね」
「え? あ、うーん、むむむ」
指摘されて、瞬間的に照れていたり悔しがっていたりと忙しなく入り混じった表情がちょっとかわいらしく思えた。