僕と香澄の新刊マンガ感想日記

香澄が紹介したがっている新刊マンガ等々

藤子・F・不二雄『ドラえもん 連発!スネ夫のじまん話!!編』小学館、My First BIG

2004-08-25 | Weblog
 推薦した本人が爛然とこちらをうかがっているのでせっかくのマンガも読みにくい。
 二人っきりの密室でそうされる意味は大きいが、図書室のテーブルを挟んでいては、そういうムードに満ち込もうにも僕の力量では至難の業だ。
 読書に没頭すべきか、加藤香澄と談笑を楽しむべきか、それとも、思い切って今日の予定を聞いてみようか。どのプランを選択するかで意識が定まらなくて居心地が悪いのだ。
 一方、目の前の加藤香澄は次は何をお薦めしようかと待ち構えている。
「そう、そう、そう、そう、かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』がコンビニ売りの廉価本で始まったの知ってる? 読んでる?」
「あ、いや知らないけど」
「講談社はね、コンビニ売りの廉価本をなかなか出し渋るんだけどね」
 と加藤香澄は僕の言葉を聞かずに続けた。
「小学館や集英社、双葉社、竹書房、秋田書店、リイド社、新潮社、はては角川書店や世界文化社まで廉価本を刊行しているのを傍目にキラーコンテンツを温存する講談社! 他社の廉価本で飽和状態のコンビニの棚が空くのを待ち構えているってわけでしょ。眠れる獅子って感じかしら。でも、意外と他社の廉価本の息が長いのが誤算だったのかもしんないね。小学館なんて売れ筋は“アンコール発売”と称して増刷してるし、連載中の大長編作品も廉価本として読者の裾野を広げているし。ちょっと講談社は戦後マンガ50年の財産を甘く見ていたと言えるかもしんないね。もしくは、あと数年じっと耐え、他社の廉価本の財産が枯れ果てるようなことがあれば講談社の一人勝ちになるかもしんないね。『沈黙』の他にも、『稲中』や『クッキングパパ』なんかを小出しにしているんだけど、いつ大攻勢が始まるのかワクワクしない? するでしょ?」
 言葉で同意を求めているが別に応えなくてもいいだろう。案の定、僕の返答を聞くまでも無く、加藤香澄はさらに続けて、
「迎えうつ他社だってうかうかしていられないわけだから、いろいろ手を変え品を変えるわけね。メディアミックスする作品は必ず廉価本で発売して読者の裾野を広げる。最近なら『MAJOR』とか『ハットリくん』がそうね。『こち亀』は一年間ごとの傑作選を出し尽くした後は、今度は季節感を打ち出した月間ごとの傑作選。『ドラえもん』は、「ドッキリ!ふしぎ世界!!編」とか「たまにはがんばる!のび太くん!!編」とか「さがしものは何ですか?編」「あったらいいなできたらいいな編」「元気バリバリ夏休み!編」などなど。いたずらに集めて作るんじゃなくてちゃんと一冊の本として編集してるってわけ。『ドラえもん』は文庫でもそういう作り方してるけどね」
 でね、と言って加藤香澄は一息ついて新刊のマンガを取り出す。
「『ドラえもん』廉価本の新刊がこれ。藤子・F・不二雄『ドラえもん 連発!スネ夫のじまん話!!編』小学館、My First BIG。過去にも「天使な美少女しずかちゃん編」「あついぜ!ジャイアン!!編 」とか「パパ!がんばって!!編」とかもあったんだけど、別にスネ夫で一冊作る必要はないでしょうにウハハ」
 あ、語尾が笑っている。こうなると、加藤香澄は、僕に紹介するはずのマンガを自分でペラペラめくり出して自己完結してしまう癖がある。かわいらしいとも思えるが、もし付き合って慣れてくるとウンザリするだろうか。
「スネ夫の自慢話で始まる回なんていくらでもあるから、けっこう古い回から満遍なく収録されてるんだけどねえ、その古い回にはあきらかに藤子・F・不二雄の絵じゃないのび太やドラえもんも混じっていたりして興味深いんだわあ。でねでね、なんといってもスネ夫の自慢話にはちょっと何か迫るものがあるなあとは思っていたんだけど、きっと作者の趣味が出ているんだなあ。収録されている『改造チョコQ』という回では、スネ夫がチョロQ風のおもちゃのコレクションと細かい改造を自慢するんだけど、デコトラにしたり水上用にしたりとこれまた芸が細かいんだなあ。『超リアル・ジオラマ作戦』でスネ夫はいとこからジオラマ制作の手ほどきを受けるんだけど、これが熱ーい。読み上げると、

「このプラモのどこに金属メカの質感がある!? まるでペンキぬりたてのおもちゃじゃないか!? 距離感ゼロ!! ジオラマは、背後に無限の広がりを感じさせねばらくだいだ!! 遠近法をもっと利用しろ。手本をみせてやる。手前のビルの窓は大きく、遠くの窓は小さく、これ常識。奥行きのある壁面は、カメラの視点の高さにあわせて、遠近をつけておく。地面にふりかけるパウダーもフリにかけて手前の方は粗く、遠くほど細かい表現を・・・・・・・・・。どうだ、みちがえたろう。よろこぶのはまだはやい。撮影で、巨大ロボの量感をだせねば意味がないのだ。一つの方法は対照的に小さな物とうつしこむことだ。たとえば、鉄道模型の九ミリゲージ用の人形を使うとか・・・。もう一つは、広角レンズを使うこと。広角レンズは広さや奥行きを大げさにうつしてくれる。それはいいんだが、こまったことに・・・・・・、カメラをうんと近づけなくちゃならない。その分、ピントからはずれる部分が多くなるんだ。だから、シボリをできるだけしぼりこむ。そのためには、ライトを強く、スローシャッターで・・・・・・。」

と2ページ以上に渡って力説してんの。話に説得力をもたせるためとはいえ、いくらなんでも必要以上だろ!ってムフフ。これ、描きたくてしょうがなかったんだろうなあ、作者」
「ふーん、それってついさっき廉価本について熱く語ってた人に似てるね」
「え? あ、うーん、むむむ」
 指摘されて、瞬間的に照れていたり悔しがっていたりと忙しなく入り混じった表情がちょっとかわいらしく思えた。

脚本/田畑由秋、作画/余湖裕輝『アクメツ』8巻、秋田書店、少年チャンピオンコミックス

2004-08-24 | Weblog
 図書室の陽の当たらない側の席に二人して陣取ってみる。
 加藤香澄はお薦めのマンガを紹介できるのが嬉しくてたまらないといった感じで満面の笑みを絶やしていない。が、浮かれ気味であっても室則を忘れることなくテーブルの上には絶対手持ちの鞄を置こうとしなかった。別に他に誰かいるわけでもないのに律儀な性格だ。
「ちょっと待っててね」
 加藤香澄はテーブルよりも下に身体を曲げて鞄を物色し始めた。チラリと覗き込んでみると、どうやら他にも雑誌やマンガ本を持参しているようだ。夏期講習の間に自分で読好するつもりなのか、それとも全部を話の種にして僕に推薦するつもりなのだろうか。
「じゃあ、とりあえず」
 と加藤香澄は言った。
「最初は脚本/田畑由秋、作画/余湖裕輝『アクメツ』8巻、秋田書店、少年チャンピオンコミックスにしようかな」
 表紙を指してちょっとだけ上目使いでチラ見。男の子はやっぱり少年マンガがいいのかなとこちらをうかがっている。
「ああ、チャンピオンか」
「チャンピオンは読んでないの?」
「まあ、昔の『ウダひま』とかなら」
「チャンピオンってなかなか連載の柱ができない雑誌なんだけど、『アクメツ』はここ数年では定着した数少ない一作でしょ。掲載位置的には当時の『ウダひま』と同じかしら。表紙は獲れてないけど。内容のせいかな」
 クククと自己完結した笑みを浮かべる。だんだん加藤香澄の下地が見えてきた。
 ペラペラとめくってみると、たしかに陰惨な内容だ。『朝まで生テレビ』のような番組を収録しているスタジオが血の海と化している。それとは対照的に何かのアニメの可愛らしいSDキャラのパロディも折り込んでいるようだ。
「何らかの超常的な力で何度でも蘇り何人にも分身できるテロリスト・アクメツが政治家や官僚を暗殺していくんだけど、そのカタルシスもさることながら、アクメツ自身の謎や貫徹する主義主張が明かされてまた謎が深まっていくのが好きなんだなあふふふ。この巻でも、現実の政治家と思しき政治家が悪滅、あ、悪滅ってのは読んで字の如く悪を滅するって意味でアクメツが使っているんだけど。とにかく、あの人っぽい政治家が悪滅されちゃうんだよね。現実ではけっこう評価の分かれる政治家なので、どうなんだろうって感じかなあ。他の政権政党や北朝鮮を堂々と批判し続けているのはこの人だけだしね。金丸、森、白川、加藤、山崎などなど、単独政権を主張する人は何故か例外なくアクメツされちゃうんだけどねえ」
 口を難しくすぼめて、やれやれだぜと言いた気だ。加藤香澄は無意識でやっているのかもしれないが、そういう表情の作り方は僕はあまり好きではない。ちょっとあざとい感じがするからだ。
 ちょっと論旨がズレてきたので、加藤香澄は自分で咳払いをして、
「この巻では、テレビの生放送をジャックして阿鼻叫喚の様相がそのまま全国に放送されんの。読者は、機動隊や全国の視聴者と一緒になって固唾を飲む。その一体感はたぶんこの巻がピークだと思うのね」
 とくに69話ね!と指差す。
 69話は、まさに血流れて杵を漂わす状態が極まったところで、劇中の視聴者や機動隊と一緒に読者も茫然唖然とするしかない。
「ね? この引き方のハッタリがいいでしょ。わたし、こういう、そう、主人公に感情移入するよりも、周りのガヤと一体になって一喜一憂するのが好きなの」
「あー、それはあるかな」
「ねー、そうでしょそうでしょ。スポーツマンガ読んでも、わたし、観客になってるもん。人間離れした主人公よりも、身近な脇役に自分を投影する、と」
「それだと臨場感って言葉だとちょっと違うかもね。一体感ってのに近いかもしんない。僕も、こうやって加藤さんと好きなマンガの話をしていて一体感がちょっと心地よいし」
「へー、そうなんだ」
 加藤香澄はイタズラな笑みを浮かべてにこちらを覗き込んできた。

林家志弦『はやて×ブレード』1巻、メディアワークス、電撃コミックス

2004-08-20 | Weblog
 表の喧騒を避けて校舎の奥へ奥へと進んで行くと図書室に行き当たる。別にそれほど涼しくなるわけではないが、人とすれ違うことのない通路の風は汗臭くなくて心地よい。また今日も加藤香澄と話ができるんじゃないかと思うとちょっと気持ちがふんわりして足取りも軽い。
 と、
「おはよー」
 ふいに挨拶をされて足がピタリと止まった。こんな人通りの少ない通路で、わざわざ僕の背後を追ってきて挨拶するような輩は、もちろん一人しか心当たりがない。
「あ、加藤さん、おはよう」
 男がスキップしている姿を同い年の女性はどう思うのか気になって声がうわずった。僕なら不快に思うところだが。加藤香澄はそんな素振りも見せず、普通に僕の隣を機嫌良さそうに付いて歩いている。
 もしかしたら、僕がスキップしていたことすら眼中になかったのかもしれない。
 それというのも、加藤香澄は挨拶もそこそこに取り出したマンガを語ることに夢中だったからだ。
「今日はこれ、林家志弦『はやて×ブレード』1巻、メディアワークス、電撃コミックスね。なんといっても、これ、林家志弦の真骨頂でしょ、軽薄な同性愛バカギャグは。タイトルに『×』、すべてのサブタイトルに『バカ』が入っているくらいだもん。剣で星マークを奪い合う天地学園が舞台なんだけど、主人公が女子ならやっぱり同姓しかいないふふふ。『刃友』(しんゆう)などという今日発売の例のレズ物AVみたいな姉妹制も存在すんの
 たぶんネットで聞きかじったのであろうその間違った知識については、あまりAVに詳しいと誤解されるのも何なので指摘せずに黙っておいた。
「当然その二人の関係は妹から一方通行の熱烈アプローチで、それがまた軽薄極まりないの。事あるごとに目を光らせて欲情したり赤面したりといちいち軽佻浮薄でいい意味で浅はか。そう、いい意味で同人誌で描いているような『楽しんで描いている』ノリが読んでいてすんごく楽しいんだよ」
 というところで、図書室の扉を開けて先を行く加藤香澄。さも後を追って入室するのが当たり前だと言っているかのように。一昨日初めて話し込んだばかりだというのにもう連れ添いみたいでいいなあ、と勝手に考えて僕は赤面したとかしないとか。

西田東『見つめていたい』芳分社、花音コミックス

2004-08-18 | Weblog
 その図書室は、体育会系がたてる騒がしい雑音がわずかにも届いていない校舎の奥にあった。
 じっとりした湿気と背の高い本棚のプレッシャーに狭まれたその先に、加藤香澄は独り読書に浸っている。
 ちょこんと添えられたように座っているからテーブルの幅が大仰に見えるくらいだ。肘を置かずに胸元で折りたたんだ右手でページをめくると、ときおり蛍光灯の光が反射してレンズ越しの表情が見えづらくて逆に神秘的だ。

 僕はなんとなく近づきたくなって、ちょうど傍の本棚で見かけた『陸軍の異端児石原莞爾』を手にとって、同じテーブルの加藤香澄の前の座席に座ろうとした。
 ズズズズ。絨毯を敷き詰めてはいるものの、安物の椅子だからこんな不快な音がする。
 視線を落としていた加藤香澄が機械的に顔をあげた。と同時にメガネも上げ直す。
「あら、珍しい」
「え、そんなに意外かな。僕だって、たまには本くらい読もうかな、と」
「ごめんなさい、そうじゃなくて、いつもここはわたし独りだから。あと、その本を読む人も珍しいと思って」
 加藤香澄の勤勉と柔軟な口弁がうかがえる。
「ああ、この本のこと?」
「うん、小松茂朗『陸軍の異端児石原莞爾 東條英機と反目した奇才の生涯』光人社、1991年だね。わたしも『ジパング』の副読本として目を通しておいたの。坂本竜馬よろしく、この手の本のセオリー通り、開けっぴろげな性格で光風霽月豪放磊落といった感じのキャラクター造形でねー、自ら戦争犯罪人と称し現に極東軍事裁判の証人として法廷に立っているけど、それって裁判を混乱させる思惑もあったわけで一概には言えないよね?」
「ああ、そうなんだ、ふーん、『ジパング』ってマンガの?」
 と応えながら自分でも自覚できるくらい目が泳いでしまった。それを察して加藤香澄は石原莞爾についてはそれ以上言及しなかった。

「そう、かわぐちかいじ『ジパング』講談社、モーニングKCね、わたし、今一番好きだから。読んでる?」
 同好を発見したと思ったのか、加藤香澄はポンと本を閉じた。
普段の教室では廊下側後方に位置する席に目立たずたたずんでいる加藤香澄であるが、愛する本を閉じた風圧で前髪が揺らいだ時に口の端がニンマリしていると実に可愛らしいじゃないか。僕にとっても発見だった。もちろん、現役女子高生の加藤香澄が石原莞爾や『ジパング』にハマっていることの方が新鮮ではあるが。
「いや、そんなに熱心には読んでないんだけどさ。親父がモーニング買ってくるんで、パラパラって」
「じゃあじゃあじゃあ、他に何読んでる?」
「まあ、ジャンプとかサンデーとか」
「ジャンプの何を? 『DEATH NOTE』?」
 加藤香澄は目を輝かせながら訊いてくるが、僕としては俄然加藤香澄自体に興味がわいている。もっと加藤香澄について訊いてみたいが、らんらんとしている彼女に水を差したくはない。できるだけ加藤香澄の趣味に添う話題をと、
「ところで、補習までまだ時間あるじゃん? お薦めのマンガか何か持ってない?」
 では、僕が今手に持っている『陸軍の異端児石原莞爾』は何なんだよ。ついうっかり口を付いてしまったが、しかし、この一言は運良く加藤香澄の琴線に触れたらしい。
「お薦め!? お薦め、うふふ、どうしよ、どうしよ?」
 見るからに浮かれ出していた。自分の頭や顔に指を持っていったりする仕草が何かの小動物のように忙しない。これを可愛らしいと思えるかは趣味が分かれるところだろう。僕は今のところ意見を保留しておきたい。

「新刊でわたしが推薦するなら、これ! これ読んで!」
「いきなりヤオイかよ!」
 加藤香澄が差し出したマンガは西田東『見つめていたい』芳分社、花音コミックス、2004年だった。
「えーと、カオンコミックス?」
「はなおとって読むの。『花音』って雑誌はまさにヤオイオンリー雑誌なんだけど、今市子を代表に、巧妙なプロットを駆使して読ませる作品が多いから、男の子だって楽しめると思うよ」
「って、冒頭からかなりディープなことやってんじゃん!」

 数ページも紙幅を費やすことなく男同士のセックスが始まる。騎乗位をしているのだが、上に乗っているのも男なので当然ペニスがフリーになっていて、「・・・こら 自分でするな」「・・・違う ・・・あんたの顔にぶっかかっちまう ・・・って」と下の男に顔射してしまうのである。

 このくだりを指差して、加藤香澄は、
「最初に非常に生々しいセックスを見せることによって、その後のプラトニックな二人の関係が際立ってくるのよ!」
 と、ここはあえて無表情に努めて語っているのが彼女らしい。
 なるほど、冒頭のセックスは、ハッキリと恋愛しているわけでも、金でもない関係なのである。あたかも、性衝動を解消するためだけのセックスフレンドでなければならない、と二人とも思い込もうとしている。
「より濃厚なセックスを求めることで、お互いがのめり込んでいくことを否定しているわけよ」
「ふーん、それは男性向きエロマンガではあんまりないかなあ」
 エロマンガでのセックスは直情的に愛情を深める行為でしかないからね(レイプを除く)と言おうとして、僕はちょっと恥ずかしくなって口をつぐんだ。もちろん、例外はいくらでもあるが。
「たしかにちゃんと読むと、お互いが捨てられたんじゃないと誤解して錯乱しちゃうところなんかグッと胸にくるかな」
「そうでしょう? 収録されている他の読み切りもまたいいの。セックスに至るまでの焦らしプロットの妙が最高に歯がゆくて、もう!」
 と今度は無表情を作ることすら忘れて無邪気にはしゃぐ加藤香澄である。