ノーやん日記パート2

一茶の笑い研究

 曇のち午後小雨がぱらつく。紫陽花の花がそろそろ終わりに近づいている。東町の千里桜通り遊歩道に植わっている紫陽花のかなりの部分が薄紫や淡紅色に変わっている。切ってドライフラワーにする人もいる。金子兜太さんの「一茶句集」(岩波書店)を読みはじめる。「我と来て遊べや親のない雀 六才弥太郎」(おらが春)。一茶57歳の時の句集。これより先に中七を変えた句が二句ある。

 「我と来てあそぶ親のない雀」(七番日記)と「八歳の時 我と来て遊ぶや親のな雀」(句稿消息)。金子さんは中七が「遊べや」句は<あそんべ~や>という方言が織り込まれた句と解する。「おい遊べよ」とか「遊びなさい」といった、「なんとなく見下した言葉としては読まない」 。「あそぶ」と寸詰まりのことば遣いを選んだのは「子供らしさをあらわそうとしての工夫だったろう」、そして「遊ぶや」の句は<遊ぶのかいなあ>と「いささか雅びて、構えている印象さえある」と読み解く。ちなみに岩波文庫の「新訂一茶俳句集」には「遊ぶや」が選定されている。

 一茶の句は、総体に俗語を取り入れた野暮ったい表現が多い。江戸俳界に流行した「洒落風」に反撥する葛飾派の「田舎風」を一茶が学び影響を受けたと金子さんはみる。同感や。「西国紀行」を読んだときにも学んだが一茶は“メモ魔”で地のことば方言を書きまくっている。地べたを這うように詠む句風に雅やかさは欠けるがそれもよし。昼は賢妻のつくった田舎風煮麺を頂く。
               青い実のうぶげは白し鳳仙花 昇龍子
          (写真上=豊島公園入り口花壇、中・下=服部緑地公園のフラワーロード)
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コメント一覧

ノーやん
https://55926699.at.webry.info/
{%うれしいwebry%}鳳仙花は秋の季語。青い実も秋の季語。季重ねとなりますが秋の訪れが早くも始まっているよ。のつもりです。
fm
「青い実のうぶげは白し鳳仙花」

そんな季節になりましたね。新鮮ですね。
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