朝の時点では、すっかり忘れていたのだが、今朝は非常に私らしくない夢を見たのだった。
それは、「体育の教師を目指している夢!」
トレーニングから始まって、テニス、バスケット、バレー、あらゆる活動に参加しているのだ。プールに飛び込もうともしていたな。いつの間にかリーダーになっていたし。いったいどうなっちゃったんだろうと自分でも思えるような状態になっていた。
子供のころから、スポーツのできる人、やっている(やっていた)人に、あこがれていたのだと思う。みんなでいろいろなことができるし、そういうことを自然とやっていて、楽しそうなんだもの。明るく楽しそうで堂々としていて、生きる上で大切だと思えそうなことが自然と身についているような気がして、あこがれていたし、うらやましかった。私にとって、体育の時間は拷問と辛抱の時間、とにかく苦手で足をひっぱっていて、なじられるか気を遣われることが多かった私にとっては、非常にまぶしい世界だった。こちらはあこがれていても、あちらからみたら、単なる足手まといの存在ということも多く。。。
しかしなんで今になってこんな夢を?職場などの身近にそういう人がいるからかもしれない。そしてそういう人がまぶしいながらも、今はそういう人ともなんだかうまくやっていけているからかもしれない。
ちなみにピアノもスポーツのように思えることがあるんですね。離れた音域の移動。すばやく移動するためにはある程度の運動神経が必要。そんな夢を見る原因は、職場の身近な人だけではなく、自分自身もそういう練習をしているから、というのにもあるかもしれないと思った。
これが正夢でなくて、ほっとした。スポーツが本当に得意だったら、正夢だったらよかったのにと思うのかもしれないけれど。
そして、その件とは直接は関連性はなさそうなのだが、今ピアノや音楽をやっていて、本当によかったと思ったのだった。