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いろはにぴあの(Ver.3)

ピアノを趣味で弾いています。なかなか進歩しませんが少しでもうまくなりたいと思っています。ときどき小さな絵を描きます。

背伸び曲

2012年07月11日 | ピアノ・音楽

 次に弾こうと思っている曲は、私があまり選びそうになかったようなタイプの曲。「らしくない」曲だと思います。技術的にはそんなに難しくないのかもしれないのですが、譜読みが非常に難しいです。ここを弾いたらこのようにはまる、という和音構成でないところがたくさんあります。

 でもあるネット番組を聴いて、弾いてみたくなりました。たぶん、これまでの私だったら、弾こうとしなかっただろう、と思うのです。しかしその作曲家のことは以前からかなり好きでした。理知的でちょっと冷たいイメージを持たれている気もするのですがとても洒落た旋律をたくさん作っていて。

 前から気になっていた、「増」の和音がいきなり登場するし、心安らぐイメージではないけれど、古いヨーロッパのメルヘンの世界を連想します。幻想的でもあります。やっぱり好きなタイプの曲ですね。

 今までの私の選曲の幅はかなり狭かったと思うのですが、これで広げられるかな。

 譜読み段階で挫折することがないように、地道にがんばろうと思います。(しかしそういう時に限って帰りが遅くなったりするんですね)

 

 他の曲とも並行したくもなるのですが、アンサンブルがあるので、それで十分かな、今は。

 


2度目のステップ

2012年07月08日 | ピアノ・音楽

 フランク作曲バウアー編曲の、プレリュード、フーガと変奏Op.18に取り組んで半年。祈るような、そして非常に美しく悲しい旋律、オルガンが原曲で重厚、ポリフォニックな要素にあふれた作り、まさに私が好きな要素がぎっしり詰まったあこがれのこの曲を、いったん気持ちよく卒業させたい、と思い、先月に続いてステップに申し込みました。七夕の日。会場もお寺の神聖な雰囲気にあふれたホールでピアノもまさにあこがれのベヒシュタイン、この曲にふさわしい設定にしたつもりでした。

 しかし、一週間前の練習会では自分では気持ちよく弾いたつもりだったものの録音を聴いたら課題だらけだった上に、プログラムが判明してさらにびっくり。私の部は夜、しかも他の方はコンクールに出られていて非常に上手と言われる方たちばかりではないですか。演奏時間が長かったからでしょう。2度目というのもあったかもしれません。私の実力から言うとありえない設定なのですが、逃げるわけにもいかず、密度を上げて練習するしかないと思い、レッスンでのアドバイスを参考に部分練習中心に練習しました。

 そして昨日。朝から長い一日でした。練習しては休憩、練習しては休憩。しかしとても幸せなひとときでした。

 会場はひんやり。夜だったし冷房も効いていたのでしょう。神聖な雰囲気にあふれ、とても気持ちの良いすばらしい会場でした。前の部でしょうか、美しい演奏が聴こえてきました。ダイナミクスもしっかりついていて細かいところも丁寧に弾かれています。前の部にもこんなに上手な方がいらっしゃるのに、私はその後の部で弾くなんて。。。と思ったのですが、自分を信じるしかありません。しかしなかなか冷静になれず、前の部の演奏は全く聴かず、廊下で自分の演奏の録音をひたすら聴いていました。

 しかし時間は容赦なく経ちます。ぎりぎりまで逃げていても逃げ続けるわけにもいかず、部屋に入り、前の方のすばらしい演奏を聴いて、冷静になろう、冷静になろうとおまじないをかけていました。左手ですばらしい演奏をされていた方がいらっしゃり、音楽への熱い情熱に頭がさがりそうになっていたら、自分の番がやってきました。

 練習の成果を出そう、そして気持ちよく卒業させよう、音を聴きながら演奏しよう、それ以外のことは考えまい

と思って弾きました。

 出だし、思ったよりもいい感じ。弾きなれているピアノとはまったく違っていて、音の立ち上がりからすごいと思いました。ペダルの濁りもあまり感じられないように思いました(実際は濁っていたのかもしれません)しかし緊張のあまり手が震えて震えて。。。プレリュードのコーダや変奏曲の盛り上がり部分など大切なところで外したりかすったりと、心残りの箇所がありました。あぶなっかしかったところを含めると無数。コントロールも何もなく、最後は感情だけを込めればいい、それさえ伝われば、という思いで演奏したような気がします。

 なんとか止まることなく終わった瞬間のほっとしたこと。無事に卒業させることができた、と思いました。

 ちなみに他の方たちはリサイタルのようでした。演奏は安定感にあふれているし、複数の曲を弾かれていても作曲家や曲によって弾き方をがらりと変えていて、それぞれの曲の特徴をしっかりつかんで演奏されていました。オーラも出ていたしな~。音楽の世界に浸りきっていられるように見えました。

 三名の先生から講評をいただきました。

よく弾けているが現実的な演奏、もっと神秘的な演奏を目指そう。音色、ペダルタイミングをもっとコントロールしよう。

ダイナミクスの幅がもう少しほしい。フレーズの作り方、同じ方が続くぜクエンツ進行も、和声の色ごとに音量やイメージを変化させよう。曲への愛情が伝わってくる。

メロディーに対する思いが伝わってくるが和音や流れがモノトーンで同じタイプが多い気がする。音の質や色彩の変化(タッチ、コントロール、ペダルも含む)に変化を加えよう。低音部の旋律の出し方に工夫するとよい。

 

 う~ん、やっぱり振れ幅と色彩感が必要だったようです。モノトーンな演奏だったと自分でも感じました。イメージの変化を具体的に音で出せるようになれることが今後の課題だと思いました。集中力を身に着け緊張感のなかでもしっかり表現できるように。

 これから新たな曲に取り組む中で、それらのことができるようになりたい、と思ったのでした。

 そして今日は選曲会議。欲望に忠実でいたら、10曲以上弾きたい曲があって手におえない状態になってしまいました。こそ練候補も含め長い列をなしまして。。。(爆)。弾けるものだったら全曲弾きたいし、弾くのだったら今のうち、と思ったのですが、自分のレベルと時間とを考えたら到底無理。レッスンで診ていただく曲はひょんなところから選曲の神様が降りてきた曲になるかもしれません。 この曲も背伸び曲なのですがそういう方向にいくか、と。(ちなみに記念年のドビュッシーさんとは今年は残念ながら縁がないようです)


ミハイル・プレトニョフ氏指揮ロシア・ナショナル管弦楽団 河村尚子さん(ピアノ) 演奏会

2012年06月24日 | ピアノ・音楽

 今日はミハイル・プレトニョフ氏が指揮するロシア・ナショナル管弦楽団の演奏会に行ってきました。詳しい方から非常に心を動かす演奏をするという話をうかがっており、生演奏を聴いてみようという気持ちになりました。また、プレトニョフ氏といえば元来はピアニスト。ピアニストとしての彼も定評があり、CDやyoutubeで聴いた範囲では神業とも思えるような切れのある演奏をしていた彼が率いるオーケストラの演奏をぜひ聴いてみたいという思いもありました。ピアノのソリストもあの河村尚子さん。願ったりかなったりの予感。

 曲目は以下の通りでした。
グラズノフ:組曲「中世」 作品79~前奏曲

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 ピアノ:河村尚子

ソリストアンコール グリーグ:抒情小曲集より「君の足元に」

休憩

チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36

アンコール グラズノフ:バレエ音楽「ライモンダ」より スペインの踊り

 黒い服に身をつつんだプレトニョフ氏、指揮棒のほかに目の前にあるのは演奏者たちのみ。楽譜を見られずに指揮されるようです。指揮者と言えば楽譜を見られるかたが多いという印象があったので、そこから新鮮でした。一振り、グラズノフに。はるかからやってきた弦のちょっと不気味で重厚な低音がたちまち会場に広がりました。中世というタイトルの曲らしく抑圧されたような雰囲気です。しかしそこからじわじわと温かいものが上へ、上へと向かっていき、輝かしい光へと。まさにそこに繰り広げられているのは中世ヨーロッパのロマンス。そこに広がるのは劇のような世界でした。

 グリーグのピアノ協奏曲。河村さんが登場。彼女の演奏を生で聴くのはこれで3回目。今日も堂々たる美しいピアノでした。大人数のオケに対してまったくひるまず、少人数での室内楽の一員であるかのような存在感。そのときはオケのメンバーが減っていたため、オケのメンバーひとりひとりの存在感もさらに増していたような気がしました。河村さんやオケのメンバーたちが大切なところでしっかりと輪郭をなして発揮していました。プレトニョフ氏の向かおうとしている音楽がきわめて明確、方向性がしっかりとしているとともに、演奏者一人一人が彼の方向性に深く共感しているのだろうというのが伝わってきました。信頼関係のなした結果でしょう。

 河村さんのアンコールでグリーグの抒情小曲集「君の足元に」でした。ゆったりとした曲だったのですが、一音一音、フレーズの隅々にまで心配りがなされていて素敵でした。音と音の間、そして音の重なり面でも、心地よく入っていけそうな自然なバランスで演奏されていました。私もせめてひとフレーズからでも、彼女のように、納得できるバランスで演奏ができるようになりたいと思いました。

 休憩後のチャイコフスキーの交響曲第4番。この曲は有名な曲なのですね。しかし私は今日までこの曲を知りませんでした(ちなみに5番、6番は知ってましたが)有名な曲とはいえ、私にとっては分かりやすい曲とはいえない曲でしたが、そういう分かりやすさとは無関係に、この演奏には大変感動しました。音楽の世界に、頭ではなくて、体の奥底から引きずられてしまう、というのでしょうか、耳と体が感じ取るまま、進んでいき、そうしているうちに、なんとも言えず、温かく幸せな気分になれる、そんな演奏でした。流れている血の濃度が濃くなり流れにもアクセントが入ってきて、いつの間にかプレトニョフ氏や演奏者たちとともに、体を動かしていました。第3楽章の出だしの弦楽器のピチカートの魅力的なこと。幻想的な世界を表していたのだとプログラムにはありました。そして第4楽章!金管楽器の華やかなファンファーレからはまさに力強きロシアの世界。調べてみたら実際にロシア民謡「白樺は野に立てり」が使われていました。清濁併せ飲み、冒険も逸脱もまとめて包み込む。そのような包容力をしっかり持ちながらも伝えたいものや方向をメンバーにそして聴衆にしっかりと伝えていたプレトニョフ氏のスケールの大きさを感じました。彼が作ったオーケストラとはいえ、すごいことだと思います。第4楽章に入る前に、ちょっとしたハプニングがありましたが、そのハプニングも温かくほっこりするような雰囲気に。

 最後のアンコール曲、グラズノフ:バレエ音楽「ライモンダ」より「スペインの踊り」もとても楽しくて楽しくて。幸せな気分で演奏会は幕を閉じました。プログラムにも書かれている通り、プレトニョフ氏、舞台にいるときはオーラの塊、まさに芸術監督。お見事でした。

 会場に来た時点ではまっすぐ帰る予定だったのですが、急きょ予定変更。友人たちとプレトニョフ氏がでるまで待つことにしました。まず演奏中とは真反対のカジュアルな格好をしたオーケストラのメンバーたちからお目にかかることができました。そして最後まで待った結果、河村さん、そしてプレトニョフ氏にお目にかかることができました。本当に楽しくて充実したひとときでした。

 


レッスン

2012年06月23日 | ピアノ・音楽

 昨日はステップ終了後初のレッスンでした。仕事終了後に行きました。(仕事の方も、残業が当たり前になっていましたが、できるだけ時間内に、能率的にやりたいと思うこのごろです。)

 曲はフランクのプレリュードとフーガ、変奏曲。長く弾いている曲ですが、さらに深めようと思っていました。ステップ終了後の課題が分かった時点はやる気満々、細かく丁寧に練習しようと意気込んでいたのですが、いつのまにかたるみとだらけがでてしまっていました。自分でこの曲はさらに深める、と決めたのにもかかわらずに、です。

 その原因の一つに、音をちゃんと聴きながら弾くことはできない、という思いがありました。ピアノの前に座っていても、自分がどのような音を出しているのかが分からないのです。どのような音が出したいのかも、分かっているのか分かってないのかという状態に。ステップのコメントでも、ペダルへの注意と脱力についての指摘を受けました。実際に鍵盤の前で聴いている音と、ホールや部屋に響く音とは違う、となると、弾いているときには、自分が正確に出している音は、完全には聴き取ることができません。なので本当に、こうありたいというような音が、出せているのかどうかが分からないのに、聴きながら弾かないといけない、どうしたらいいのだろう、という気持ちになっていました。そのことについて、先生に話してみたところ、そうとはいえ、確実に自分が出している音は、鍵盤の前でも聴こえている、確かに聴こえる度合いは100%ではないが、それでも50%、いや70%以上は聴こえている、実際に弾いてみて、こうありたいという音のイメージをしっかりと思い浮かべれば、そして、鍵盤の前にいても、こういう音が望みという判別ができれば、鍵盤の前にいても聴きながら演奏できるようになる、ということでした。実際に、鍵盤の前で、しっかり耳を澄ませて聴いてみたら、こうありたいという音と、そうではない音との判別は、できました。鍵盤の前にいても、そして、私でもできるんだ、と思いました。ほっとしました。今度は自分が実際に曲を弾いているときにできたらさらにいいのですが現実は甘くなっている現状です。そしてまんねり、まずい、と。それを避けるために、注意すべきところの部分練習を勧めていただきました。曲ではなくて部分だったら、まだ判別がしやすいかもしれないですし。また、イメージ作りをもっとしようと思いました。

 ちなみに昨日は、フーガがもっともきつく、変奏曲はかなり弾きやすくなっていました。変奏曲は弾けば弾くほど、心に寄り添ってくれています。しかしフーガは最後の部分が難しくて。。。あんなに重厚で堂々として素敵なところなのに。最後の部分はなんとなくごまかして弾いていました。しかし今回はしっかりと向き合おうと思いました。

 


花言葉の唄

2012年06月20日 | ピアノ・音楽

 雲のじゅうたんについで、嵐の後のおだやかな天気を連想させる曲を載せます。こちらはさらに古い歌です。昭和11年6月に、当時の人気歌手松平晃と歌う純情映画スター伏見信子がデュエットし、『花嫁日記』という新興映画の挿入歌として発売されました。太平洋戦争が始まる前ですが、流行歌のクラシックともいえそうなぐらい当時としては新しく気品に満ちたワルツです。ヨーロッパのワルツ音楽とも近いメロディーです。歌詞も、想いを寄せる人への気持ちを花にたくした表現です。当時の日本では、このような曲が作られ、歌われていたのですね!歌の教室のおかげでこのような歌を知ることができてよかったです。 


 花言葉の唄 西条八十作詞、池田不二男作曲 歌は加茂さくらさんとボニー・ジャックスです。埋め込みはできないようなので、リンクで紹介します。


 花言葉の唄


 


雲のじゅうたん

2012年06月20日 | ピアノ・音楽

 昨日はものすごい風でしたね。あばれまくっていました。家の中にいてもゴーゴーと音がし窓ががたがた。何かが飛んだり落ちたりしたような音もついていました。地震のような揺れもついていて、このままだとどうかなるのではないか、と思いましたが、なんとか過ぎ去ってくれました。しかしいったんなくなったかと思ったら、かなりの時間の経過後、「俺を忘れるなよ」といわんばかりの風がまたびゅんと吹いたりして、はらはらさせられましたが。。。それでもなんとか過ぎ去ってくれて、今は雲の間から青空が見えます。被害に直接あわれた方たちもいらっしゃいます。お見舞い申し上げます。


 学校をさぼりたいと思っていた子供たちはがっかり、親御さんはほっと一息、といったところかもしれませんね。


 しかし次の台風がまたやってくるということで、油断はできません。梅雨の季節なので悟ってはいますが。。。


 台風やものすごい雨の後になると真っ先に連想する歌がこれ。昭和51年に放送された連続テレビ小説の主題歌「雲のじゅうたん」のテーマです。なぜか音楽だけが強い印象で残っています。嵐の後のさわやかさを象徴したような雰囲気の本当にいい曲だと思います。ストーリーは、ヒロインが女性飛行士を目指す番組だったのですね。


 古い歌なので、音源はないかもしれないと思っていましたが、なんと、アンサンブルの素敵な演奏を見つけました。記憶をたどって演奏したとのこと。お嬢さんがギター、お父さんお母さんがリコーダーでしょうか。アレンジも自分たちでしたのでしょうね。素敵だなあ!


 リコーダー、この曲はぜひやりたい、と思いました(そのまえに他の曲も練習しましょうね)もちろんピアノも大切ですが。



ステップ

2012年06月10日 | ピアノ・音楽

 週末の何かこと、ステップが終わりました。半年ぶりの舞台でしかも大好きなフランクのプレリュード、フーガと変奏Op.18。比較的間があいた後の本番だったというのと、好きで選んだ曲で時間もそれなりの長さがあった、ということで、ちょっと力みがありました。しかも時間も今までの中ではもっとも遅い時間。当日十分に練習はできるものの、一日中気が抜けないような状態でした。夕方から夜に弾くことが多いプロの方たちはそのような状態には慣れているのでしょうね。タフだと思います。

 この曲を弾こうと決めたのは二年ほど前だったと思います。ある方のブログで聴き、テーマの美しさに心打たれました。オルガンが原曲というのもうれしかったし、フーガのかっこよさにも惹かれました。この曲は一生のうちに必ず弾きたい曲だ、と思いました。そこで一旦弾こうと決めたもののタイミングがなかなか訪れない状態。本音を言うと当初は他にも弾きたい曲が多い現状、他の曲とともにこのフランクを練習してもいいかもしれない、と内心思っていました。しかし不器用な私が本番で弾くことを前提としたら、そのようなことはできるはずもなく。昨年末にこの曲を弾くことを決めたことを先生にお伝えし舞台に乗せたいという話をした段階で、長期戦になるということが判明。素早いところはほとんどなく、技術的にも非常に高度とは言えない曲なのですが(有名なプレリュード、コラールとフーガとは違う曲です)、この曲を通じて学べることはたくさんあるとのこと。確かに弾き始めてみたら、気が遠くなりそうに思えたこともたくさんありました。まず、弾けるようになるのだろうか、と。そして次は曲にできるのだろうか、と。結論から言うと、時間をかけたら確かに弾けるようにはなりました。曲にできたかというと、甘くとらえるのだとしたら、できたと思います。その「なんとかできた」というところにはたどり着けた段階である今の時期に舞台に乗せたのは正解だったような気がします。

 ところで私の出番。難しい曲を華麗に弾かれていた前の方たちの後に弾くのはちょっと気が重く、順番が近づくにつれて逃げ出したくなってきたのですが、そこで逃げてはこれまでの努力?が泡になってしまいます。練習の成果を出せればいい、想いだけでも伝わればいい、という気持ちで行こうと思いました。

 弾き始め。落ち着いてスタートしたつもりですが、ちょっとピアノの音が慣れない感じ。古めのピアノだったようです。大好きなテーマはしっかり歌わせ、バスをしっかり聴きながら弾くように心掛けました。ペダルも踏みにくかったのですが、そこは弾いているうちに慣れるだろう、とにかく踏むべきところで外さないように、踏んではいけないところでは踏まないように、という気持ちでいきました。忘れないように、そして走らないように、歌わせるように、その3点に気を付けながら進めていったような気がします。なんとかプレリュード終了。レント、この出だしの和音はゆっくりとした深い打鍵でfを出すところです。fは確かに出たはずなのですが、ゆっくりした打鍵になっていたかどうか。あやしい。それ以降の和音もプツプツ切れていたような気がします。そしてフーガ。本番までにアーティキュレーションもこれでいこうと決めていたはずなのですが、そのアーティキュレーションを完全に生かし切れたかと言えば、こちらもあやしい。曲が進み余裕がなくなっていくにつれ、鍵盤をたたいているようなところが増えてしまったような気がします。それでも、つじつまだけは、合わせましたが(汗)最後、もっとラレンタンドをかけたかったな。そして変奏曲。出だしの左手、どーんと行きましたが、音を聴く度合いが足りなかったようです。凸凹を作ってしまいました。ペダルにも気を付けられていたところと気を付けられていなかったところがあった感じ。ちょっと事故も入ってしまったのですが、最低限歌わせたいところはしっかり歌わせ、気持ちをこめそれだけは伝わるように心掛けながら弾きました。コーダの部分は特に。直前になってこうしようと決めたコーダ、やりたい方向ははっきりしていましたが、出てくる音の方は、コントロール不足の感が否めない状態でした。弱音ペダルを踏んだ時にも、美しい響きが出せるようになりたい、と思いました。そしてなんとか、弾き終わりました。

 本番前は、逃げ出したくてたまらなかったのに、終わったら、名残惜しくてもう一度弾きたい気持ちに。どうしてこうなのでしょうね。反対になれたらいいのにですね。

 終了後しばらくして講評をいただきました。評定とともに感想が書いてありました。主に書かれていたことは、予想通り

1.脱力

2.ペダル

という私自身が気になっていたところを見つめなおすように、という内容でした。特に大きくて深い音を出すため(レントの出だし)、フーガでタッチの表情を自由に変えるためにも。身体を解放させ、手首をやわらかくしようとのことでした。硬いところとやわらかいところの落差があったようです。またペダルでは、踏みかえる箇所のほかに、上げ方、タイミングの微妙な差によっても濁りの有無が変わってしまうので気を付けようということでした。気になっていたところの詰めの甘さがでてしまいましたね。今後に向けて、検討していきたいです。耳と音と、再び向き合っていくときですね。

 私の部は大人の方たちばかりだったのですが、他に出られた方たちもピアノが大好きで熱い思い入れを持った方たちばかりで、素敵だと思いました。私も今日は10回継続表彰をいただきました。続けてよかったです。出ただけ分、少なくとも見えない力にはなっているはず。今日は遅い時間の本番でしたが、職場の友人が来てくれて、温かい感想をいただきました。自分の出来はともかく、聴いてくれる人の存在は貴重。ありがたかったです。

 ひと段落したところで、ひとまずリセット。また今後に向けて、歩んでいきたいです。

 


矛盾

2012年06月03日 | ピアノ・音楽

 前のブログをちょっと見ていた。そうしたら、メンデルスゾーンの無言歌、シフの演奏でも聴いていたことが判明。そうだった、シフのCD、結婚前に聴いていたのだった。しかしそのCDはどこかへ行ってしまい(それ自体が妙なのだが、ひょっとしたら結婚するときに置いていったのかもしれない。)、今手元にある無言歌のCDは田部京子さんのだけだった。記憶喪失か。。。いや、そんなはずは。ただこれではほら吹きそのものですね。記憶というものはあてにならないことがある、ということだ。(いや、それは私だけか。。。汗)しかも昨日の記事の英語にものすごいスペルミスがあった。こっそり直しておきました。

 短時間だったが久しぶりにネットラジオのOttavaを聴いた。そうしたらモーツァルトソナタK311トルコ行進曲つきの平井千絵さんという方のフォルテピアノによる演奏が流れてきた。いや~、気持ちいい、フォルテピアノって。チェンバロと似ていて違う所が面白い。聴いていたら涼しくなれそう。これからには持ってこいだわ。おそらく当時演奏されていた楽器だろうしね。句読点もしっかり伝わってきて見事だった。終わるという所でちゃんと終わると伝わる演奏だったのがいいと思った。

 第2楽章のトルコ行進曲の出だしの音価(音の長さ)が、原典版と一緒だったのが印象的だった。普段よく聴く演奏は、シラソラドでいくと「シラソ♯ラ」はすべて16分音符なのに、この「シラソ♯ラド」では、「シ」が16分音符、「ラ」が8分音符、「ソ♯ラ」が16分音符になっていた。つまり「シラーソ♯ラド」となっていたが、それがとてもすっきりとかっこよく聴こえた。原典版を見て弾くにしても「シラソ♯ラ」は16分音符で弾く、というのがピアノを弾くものの間では原則になっているような気がしたが、原典版の楽譜で書かれているとおりに弾いたらこのようになると思った。しかも今日の演奏は、他にも聴いたこともないようなころころとした華やかな装飾音がついていた。即興的な要素が含まれた演奏だったが、当時のモーツァルトも本当はこのような演奏をしていたのかもしれない。真実は永遠に闇に葬られたままかもしれないが、このようなことができたら楽しいだろうな~。

 というわけで、練習にもどります。