こんにちは にいむら整体 院長の新村です。
今日は、ブログのタイトルにも使わせて頂いている『和顔愛語』についてです。
『和顔愛語』 「わげんあいご」とも「わがんあいご」とも読むようです。仏教の用語のひとつで、「おだやかな笑顔と思いやりのある話し方で人に接しましょう」という意味です。
私は仏教には詳しくありませんが、仏教の経典に出てくる「無財の七施(財がなくてもできる七つのお布施)」にも「和顔施」「愛語施」とあることから、お布施のひとつでもあるようです。
では、「和顔愛語」って、ただただニコニコと話すときは穏やかにしていることなのでしょうか?
例えば。。。
あなたは昨夜、奥さんと些細なことで大喧嘩をしたとします。
今朝は、朝ごはんも作ってもらえませんでした。
通勤の時、バスに乗ろうとしたら 怖そうなお兄ちゃんに横入りされました。
駅の階段ではスマホ片手の女子高生が徒党を組んでノロノロ歩き。いつもの電車に間に合いません。
さらに 会社近くの自販機で缶コーヒーを買ったら、お釣りを落としてしまい、500円玉が側溝の下へ。
さらにさらに 会社のエレベーター、乗ろうとしたら定員オーバーのブザーが「ビー!」。
もう あなたはイライラでいっぱい。その勢いでオフィスのドアを開ます。
きっと 怖そうに眉間にシワをよせて部屋に入り、同僚や後輩の挨拶にも 無言。バンっとバックをデスクに置き、ドカッと椅子に腰を下ろします。
不機嫌の塊と化したあなたは、女子社員同士の他愛も無いおしゃべりも耳につき、ガンを飛ばす始末。
あなたの視線を感じた女子社員はそそくさと解散に。「何よあれ」といった空気感全開で、ちょうど出勤してきたAさんにも ぶっきら棒で挨拶に答えています。
ちょっとムッとしたAさんの横には、昨日の報告をしようとしたBくん。書類を片手に二の足を踏んでます。。。
。。。
と、まぁ ここまで書けばお分かりかと思いますが...
あなたの不機嫌な行動や言葉は、あなたひとりに止まらず、次から次へと伝わっていきます。
それからまた、他人の不機嫌も自分に伝わり、楽しかるべき朝の雰囲気は台無し。気分が損なわれてしまいます。
さてさて
逆も真なりです。
「不機嫌」が他へ伝わるものならば、「上機嫌」も同じく他へ伝わるはず。不機嫌を他にばらまくより、気分よく人に接した方がいいに決まっています。
おそらく誰もがそう思います。
「和顔愛語」で接することは、まわりの人をハッピーにさせて、自分もハッピーになる...
と締めたいところですが、まわりの人の心が、今どんな状態かなんて分かりませんよね。
不機嫌な人もいるだろうし、嫌な仕打ちを受けたりすることもあるかと思います。そんな時、にこやかに思いやりある言葉で接することなど、なかなか難しいですよね。仮に、そのような人に笑顔で振る舞えたとしても、相手には媚びているようにしか写らないかもしれません。
他人との自分との間では、自分の思い通りにならなかったり、上手くいかないことも多々あります。
では どうするか。
「目には目を」 「倍返し」 で いいんでしょうか。
そんなギスギスした世の中、私は イヤだなって思います。
「和顔愛語」とは「お布施」のひとつ。
「布施」とは本来、「お坊さんに払うお金」という意味だけではなく、「慈悲の心を持ち、自分の持てるものを惜しまず、見返りを求めずに差し出すこと」。そうすることで、私達が一歩仏様に近づけるという教えなのだそうです。
ハッピーにしよう、人に良く思われよう といった見返りを求めては「お布施」にはなりません。
ちょっと宗教(哲学?)っぽくなっちゃいましたが、ようは 人は人であり、自分自身の問題なんだなと、私は勝手に解釈しています。
「和顔愛語」の結果、まわりのみんながハッピーになれれば良いし、自分だって嬉しいし。
そして、みんなが笑顔で思いやりを持って接してくれる世の中。
争いの無い、ギスギスした空気の無い世の中。
ステキじゃないですか。
「和顔愛語」 そんな思いでブログのタイトルにしました。
長文 最後までお付き合いくださってありがとうございました。
それでは また会いましょう。