2011/4/17に放送された日曜美術館では、マリー・アントワネットを描いた二人の画家、ヴィジェ・ルブランとジャック・ルイ・ダヴィッドを取り上げていました。二人の作品を追いながら、彼らの生き様と絵の変遷を探る、実に興味ぶかい番組でした。
二人とも、市民階級出身の画家。ルブランは、マリー・アントワネット付きの画家として活躍するも、フランス革命の余波をまともに受け、フランスを逃れ、イタリア、ロシアなどで画家として過ごします。革命政府転覆後、フランスに戻りますが、ナポレオンとの折り合いが悪くなり出国。王政復古すると再びフランスに戻ります。
一方、ダヴィッドは、イタリア留学後に、当時フランス画壇を風靡した甘美で優雅なロココ調から硬質な新古典主義へと画風を変え、ルイ16世注文の『ホラティウス兄弟の誓い』を制作。しかし、フランス革命が勃発すると、ジャコバン党員となり、一時期国民公会議長を務めるなどします。彼が断頭台に送られるマリー・アントワネットの最後の姿をスケッチしたのは有名な話。以前このブログでも紹介した、シュテファン・ツワイクの「マリー・アントワネット」には、ダヴィッドのことをこう記しています。
「一人の男が片手に写生帖、片手に鉛筆を動かして待機している。ルイ・ダヴィッドだ、当代きっての芸術家の一人、そして当代きっての臆病者の一人である。革命中にやかましい連中の中にあって最もやかましい男であった彼は、権勢家が権力をにぎっているあいだだけこれに仕え、彼らがいったん危険にさらされるとさっさと見棄てる」。「下衆な魂と卑怯な憐れむべき心の持主であるとはいえ、この男はすばらしい目と間違いのない腕の持主ではある。断頭台におもむく王妃最後の姿を彼はすばやく写生して恐ろしいほどすばらしいスケッチとして不朽に残したのであり、薄気味悪いぐらいの力をもって、この世に生ける姿をまったく熱烈に描きとめられた女は、もはや美しくはないが、しかし昂然たる年老いた王妃の姿である。彼女の口は傲然と結ばれ、いわば内に向かって叫ぶがごとくであり、両眼は無関心によそよそしく、両手を背後にいましめられて、彼女はさながら王座に掛けているかのように、死刑囚護送車の上に、挑むがごとく毅然と腰かけている。骨ばった顔のすべての線は、言いあらわしがたい軽蔑を示しており、突き出した胸には微動だにせざる決意のほどがうかがわれる。忍苦は反抗に変わり、苦悩は内面的な力と化して、この苦悶の姿は一種の新しい怖るべき尊厳を示している。この写生画に示されている憎悪すら、マリー・アントワネットがその堂々たる態度によって車上の屈辱を制圧した気高さを否定すべくもないのである」。
ロベスピエールが失脚すると、ダヴィッドも投獄されますが、ナポレオンの登場とともに、彼の庇護を受けて、ナポレオンの首席画家にも任命され、『アルプスを越えるナポレオン』や『ナポレオンの戴冠式』を描きます。しかし、ナポレオンの失脚後、ダヴィッドも失脚し、ブリュッセルへ亡命。同地で生涯を終えます。
ルブランは、時代の荒波に翻弄されながらも、生涯、一画家として、絵に対する自らの信念を貫き通したが故に、その画力は衰えることなく、後世に残る作品を数多く生み出したのでしょう。一方のダヴィッドは、時代の流れに巧みに乗り、生きのびようとしましたが、最後には、新古典主義を打ち出した往時の面影はなく、凡庸な絵に堕してしまった感が強いといえます。ただ、皮肉にも、前述したマリー・アントワネットのスケッチだけは、後世に残る迫真の絵となったのです。
それにしても、ルブランは、自画像を見る限り、実に美しい女性だったんですね。
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