ようやくアップできました、8話目です。
タイトルもようやく決まりました。
「あなたと共に紡ぐ永遠(とわ)へ」です。
・・ながいかなぁw
ようやく…だらけですが、
この小説を書くにあたって一番書きたかったシーンも
書くことができましたー。
前置きはここまでにして、一人の移住者の一年目終了間近の出来事です。
<8>
時は刻々とめぐっていく。
木々の葉が落ちていくように一年という木の葉が落ちていく。
けれど木が枯れるわけではない。
確実に次の年に向けての力を蓄え、
新たな新芽を宿し大きくなっていく。
「いやぁ、感謝祭楽しかったですね!」
ビフォードは興奮気味に、ココモワインを飲みほした。
心と一緒に、顔色も良い具合に良い気分になっていた。
今日も、酔いどれ騎士亭にはたくさんの人たちが集まる。
一緒にいるのは、クリートエルグ員であり、王族である
ジュール・ランスと、ホーマー・ランスの二人。
「いいよなぁ、ロークもシーラも。感謝祭が楽しそうだ」
ジュール・ランスは、ワイングラスを弄びながらため息をついた。
「俺らも参加できるといいのになぁ」
「いやでも、クリートエルグの方々は感謝祭で歌うんですよね!
それは何だかよいですねー!」
ビフォードの興奮したような話しぶりに、ホーマーは苦笑した。
「でも、お前は感謝祭、ロツをとるのに夢中になってて、
聖歌聴きに来なかったんだろ?」
「う…すみません…まさかそんなイベントがあると思わなくて…
ら、来年は絶対聴きに行きますから!」
「そうしてくれ」
「だな」
ジュールとホーマーは、頭を下げるビフォードを見つつ
面白そうに笑った。
「けど、来年、俺は参加しないかもしれないけどな」
「ん?何言ってるんだよ、殿下」
ホーマーの言葉に、ジュールがいぶかしげな顔をした。
その表情を見て、ホーマーはニヤッと笑った。
「かわいい甥っ子より先に、結婚したいという叔父心ってやつさ」
「殿下!もしかして?」
驚くジュールと、きょとんとしているビフォードに、
ホーマーは楽しそうに続けた。
「あぁ、ちょっと気になる人ができてな。
…まだ恋人になったばかりだから大きな声では言えないけど」
「恋人ですか!よかったですねー!」
「…声が大きいよ、ディセクト君…」
ぐったりとホーマーは肩を下げたが、すぐに持ち上げた。
「本気で付き合いたいと思っている女性さ。
うまくいってくれるといいんだけどな」
「それは、おめでたいね。甥として応援しているよ、殿下」
「ありがとう」
二人はグラスを重ねて、にっこり笑った。
「俺もそろそろ、陛下に御厄介になっているわけにも
いかないしなぁ…甥ももう結婚していい歳だしなぁ…」
「ランスさんと殿下は甥と叔父なんですね。歳は近いのに…」
ビフォードの問いに、ホーマーは頷いた。
「あぁ、俺は5人兄弟の末っ子だからな。
ジュールの母親は俺の2番目の姉。
歳は1つしか変わらないんだけどね」
「兄弟みたいでいいですね」
楽しそうに話すビフォードに、ホーマーはぐったりした声を出した。
「そうか?2歳で叔父さん扱いは辛かったぞ?」
「まあまあ、そういうなよ、オジサン」
「…まったく、お前ってやつは…」
ホーマーはワインを一気にあおって、ワインのおかわりを追加した。
視線を戻しながら、酔いがほどよく回った目で、2人を見た。
「ところで、お前たちはどうなんだよ?いい相手でもいるのか?」
「ぼ、僕はいませんよ?!」
ビフォードは慌てて手を振った。
「女性まで目を回すゆとりはありませんでした!」
「知ってる」
「そうだな」
ビフォードの慌てての弁明に、二人は声をそろえて頷いた。
その言葉に、ビフォードは項垂れた。
「二人して…」
「だってさ、お前の話、聞くことあるけどさ…
えらい働きようじゃないか。あの働かないやつの多いロークでさ、
期待の新人だとかいう話を聞いたぞ」
「…誰から聞くんですか、そういうこと…」
「それだけ働いてて、夜はここに来てたら、
恋愛どころじゃないだろうなぁ…」
ホーマーの言葉に、更にビフォード小さくなった。
「まあまあ、真面目な働き者でいいじゃないか。
まあ、移住してきてまだ一年経ってないし、そんなもんじゃないか?」
「うぅ…ランスさん優しい…」
「ほら、そこでフォローすると、『彼女作らないと!』
っていう気持ちを止めさせてしまうんだぞ。
そこは、友達としては応援しないと」
追加のワインを受け取りながら言うホーマーに、
ジュールはため息をついた。
「殿下は、俺らの年上じゃないか。まだまだ時間あるさ、俺らには」
「こら、そういう時だけ、年上扱いか。まったく…」
ホーマーはそう言いながら、勢いよくワインを注いだ。
器用にちょうど良い量で止めたが、
瓶を持ち上げると同時に、飛んだ雫の1滴がテーブルに落ちた。
その雫はすぐにテーブルに染み込み、新たなシミを作った。
「まったく…殿下、酔い過ぎじゃない?」
「問題ないさ。もうシミだらけだ。
…っと、そういうジュールはどうなんだ?
成人してから、まだそれっぽい浮いた噂はないぞ?」
「………俺もゆっくりなんだよ」
ジュールは、長い沈黙の後、にっこりと笑って答えた。
「もう少し。…もう少し待ったら、結婚したいと思ってるよ」
「皆さん、やっぱり結婚って考えるんですね…」
ビフォードの関心したような言葉に、ジュールは頷いた。
「結婚できる相手は1人だからね。
その時の浮かれた感じに惑わされて結婚してしまったら、
結婚した後の後悔に繋がるからね。生涯一人を愛したいなら、
ちゃんと先の先まで考えないと」
「…すごく考えてるんですね」
「ジュールもだけど、俺もなぁ
…王族だけではなく、一般でもそうだけど…
今の結婚に満足してないやつらは多いからな…。
俺もそうなりたくはないものだ。たった一人を愛したい。
彼女の事も…彼女だけを一生愛していたい。そう思うよ」
王族二人の深い沈黙に、
この国の恋愛というものはいかに過酷なのか。
と、ビフォードは思った。
見ても、感じてもいない恋愛感情に少し不安を感じた。
そんな彼の不安を感じてか、
ホーマーは、空になったビフォードのグラスに
ワインを注ぎつつ笑った。
「これからの俺らの恋愛が、うまくいくといいよな。
皆幸せになりたいものだ」
彼の心からの声に、ビフォードもジュールも頷いたのだった。
26日、年瀬も迫ったこの日、
ヌリアは女友達と東公園にやってきた。
皆で草滑りの丘の上に腰かけた。
「私たちももう卒業ね」
感慨深そう呟くイライザに、そうね。と短く彼女は答えた。
「どんな大人になるんだろう……
ヌリアちゃんはクリートを引っ張っていく存在になるんだろうなぁ…」
「どうなるかはわからないけどね」
興奮気味に話すオクサナに、ヌリアは興味なさそうに答えた。
「素敵な恋愛をしたいねー」
ローレの夢見心地な言葉に、ヌリア以外の女の子たちは頷いた。
「気になる人いるの?」
オクサナにローレは首を振った。
「今のところは…大人になったらいい人いないかなぁ
…イライザちゃんは?」
「わ、私?」
イライザは友達たちを驚いた表情で見たが、
恥ずかしそうに頷いた。その表情に歓声が上がった。
「いたんだ!誰?」
「…あ、憧れの先輩…
大人になったら、お付き合い…してほしいなぁ…って…」
「イライザちゃん、積極的!」
オクサナもローレも興奮気味に食いついた。
ヌリアは表面では表情を出さないようにしつつも驚いた。
彼女の同級生は今一緒にいる3人のみ。
相手は将来の相手は、年下か年上になるわけだが、
4人の中では大人し目のイライザから、
そんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「で、ヌリアちゃんはどうなの?」
「え?」
自分に振られるとは思っていなかったので、
ヌリアは眉間に皺を寄せた。
友達たちはそんなことはお構いなく続けた。
「ヌリアちゃんは、将来女王様だし、お相手決まってるの?」
「…とくにそんな話はないわ」
「今年成人された、ジュール・ランスさんとかは?
唯一年の近いお従兄だもん。ありそうよね?」
「…」
「さあ、どうかしら…」
回りの期待はあるのは分かっているが、強制ではない。
「大人になった時のことなんてわからないわ。
そういうこともあるかもしれないし、ないかもしれない。
周りがなんと言おうと、あたしはあたしよ」
周りの女の子たちも、うんうんと頷いたが、
イライザがほっとしている表情をしているのに、
ヌリアは気付かなかった。
「皆、いい配偶者が見つかるといいねー」
「素敵な人と、素敵な恋愛したいねー」
オクサナとローレの言葉に、ヌリアは頷くことにした。
女の子たちの会話は素直に頷いてるのが賢明だ。
と長い付き合いで知っていたからだ。
自分が普通の女の子ではないのは知っている。
面白くもない、息苦しい未来が待っているのは知っている。
ただその中でも、自分らしい人生を歩みたい。そう心から思った。
29日。この日はみんな忙しい。
朝からエルグでの交環の儀式がある。
それが終わったら仕事納めだ。
ビフォードはロークエルグで渡された荷物を抱え、
シーラエルグへ向かった。
たくさんの人たちが荷物を抱え、忙しなく動き回っている。
その荷物を抱えながら、デートにいく夫婦やカップルを見つけ、
思わず微笑んだ。
この国の人たちは、仕事だけではなく、
人同士の関り合いを大切にしている。
一年近くこの国に住みついていて、
すっかりこの国に浸透している自分に気づき、
何だか嬉しくなった。
シーラエルグまでの道も、もう慣れたものだ。
ヌリアに案内してもらってから、
シーラル島にも一人で行けるようになった。
「…あれ?」
シーラエルグからの帰り道、ヌリアを見かけた。
王宮前大通りできょろきょろしている。
「こんにちは」
話しかけてから、しまった。と彼は思った。
(また話しかけてしまった…怪しい人間だと思われてるのになぁ)
そんな彼の気持ちも知ってか知らないか、
眉間に皺を寄せて、ヌリアは彼を見た。
「こんにちは」
「えっと…何してるの?」
つい、沈黙に耐えられずに聞くと
「たんじょうかいのじゅんびよ」
と彼女は答えた。その表情は、なんとなく照れ臭そうだった。
「誕生日なんだ!おめでとう」
「…ありがとう。…じゃあね」
「えぇ、それじゃあまた」
彼女の後姿を見送りながら、
ビフォードは午後を知らせる鐘の音を聞いた。
「しまった!早く戻らなきゃ」
彼は、周りの人たちと一緒にロークエルグまでの道を急いだ。
(…たんじょうかいのじゅんび…ね)
ヌリアは誰もいない自宅で、フフフと笑った。
本当ならば、誕生会を開いている時間だ。
友達たちにお祝いしてもらい、母親の手料理を振る舞い、
プレゼントを貰うのだ。
(でもそれは、あたしには叶わない願いなのかもね)
テーブルの真ん中に座って、誰もいない、
お祝いの料理もないテーブルを眺めた。
一般市民の家ならば、そんな誕生日会をしていることだろう。
しかし、彼女の家は一般人の入ることができない、
クラウンハイムという場所だ。
去年までは、誕生日会にはジュールが来てくれた。
しかし、今年はジュールがいない。
誕生日会は子供のものだ。
大人になったジュールを呼ぶことはできない。
従弟たちはまだ幼くて、誕生日会に呼ぶほどでもなかった。
それに来てもらったとしても、母親はいない。
毎年この日は仕事納めだ。
両親とも、クリートエルグの仕事納に出ていることだろう。
彼女は生まれてこのかた、
母親に誕生日会の準備をしてもらったことはなかった。
(あたしはそんな母親にはなりたくないわ。
…不倫するような母親にもね)
ヌリアは、のっそりと立ち上がって家を出た。
誰もいないこの家から、早く抜け出したかったのだった。
どこに行くかも決めずに王宮を出た。
今は、誰にも会いたくなかった。
ビフォード・ディセクトは、
興奮冷めやらない顔つきで自宅へ向かっていた。
(ぼ、僕がエルグ長候補?あり得ない…でも嬉しい!)
仕事納で、明日のエルグ長選挙の候補者として
名前を挙げられた時には、空耳かと思った。
「君も一年頑張ったからね、当然の結果だよ。負けちゃいられないよ」
と、後からファニートに話しかけられて、
空耳ではないことに気付いた。
移住してきてまだ一年経っていない自分が、代表になれるのか?
そう思いつつも、それは置いといて、
頑張って働いてきたことを認めてもらえたようで嬉しかった。
あまりの嬉しさに、飛び跳ねてしまいそうな勢いだった。
そんな彼の視線の先で、ヌリアが通り過ぎた。
東の辻から東公園に入って行った。
(あれ?…元気ない?)
彼はそんなことを思った。
ぴんと背筋を立てて歩いている姿はいつも通りだった。
凛とした王族の少女。
でも何故だか分らなかったが、彼はそう思った。
彼は東の辻で立ち止まり、東公園のほうを見遣った。
少女の姿は見えなかった。
(また怪しまれてもなぁ…
あれくらいの年頃の子はいろいろあるよね)
と思い直し、東の辻を通り過ぎたが、
少し歩いたところで踵を返した。
(駄目だなぁ、なんだか怪しまれることばかりだ)
ヌリアは、草滑りの丘の上に腰かけた。
空を見上げると空はすでに暗くなりかけていた。
自分では意識していないのに、大きなため息が出る。
それに気付いて、更に大きなため息が出た。
「何してるの?」
「き、きゃあ!」
いきなり話しかけられて、彼女はバランスを崩した。
勢い余って丘を滑って落ちた。
「わ!!だ、大丈夫?!」
草滑りに慣れていないわけではないので、
彼女はうまく着地できたが、驚きで心臓がバクバク言っていた。
そして更に後ろから、大の大人が滑ってきて、更に脈が早まった。
「な、何するのよ!!」
「ご、ごめんね!そんなに驚くとは思わなくて!大丈夫?!」
見上げると、怪しい移住者…ビフォード・ディセクトだった。
滑り落ちた彼女の後に続いて滑り降りてきた彼は、
ひどく驚いた、それでいて慌てている表情だった。
ヌリアは肩を落として大きなため息をついた。
「…ああもう…大丈夫よ…」
「よかった…驚いたよ」
「それはこっちのセリフよ!」
ヌリアは彼を睨みつけた。ビフォードはホッと息を吐いた。
「ちょっと気になって来てみたらこんなことに…ほんとごめんね」
「気になるって何よ…」
ヌリアは眉間に皺を寄せ、目を細めた。
それに対して、ビフォードは頭を掻いた。
「いや、ちょっと…落ち込んでるように見えて」
「…なんで?」
「うん、なんとなくなんだけどね。なんとなく。
今日はおめでたい日なんだし、そんなこともないよね、はは…」
内心驚いたヌリアに、ビフォードは乾いた笑いをした。
「…」
「……もしかして、なにかあったの?」
恐る恐る尋ねるビフォードに、
ヌリアはバツが悪そうに視線をそらした。
「…なんでもないわよ。ただ誕生日会をしなかっただけだから」
「しなかった…」
ビフォードは顎に左手の拳を添えながら呟いた。
「…なによ、悪い?」
イラついているのが分かる口調で、ヌリアは彼を睨んだ。
彼は悪くないのは分かっていながらも、
デリカシーがないと胸がムカムカした。
「…その、来年もありますよ」
「来年なんてないわよっ」
彼女は低い声で呟いた。移住者は何も分かっていない。
自分は来年、大人になるのだ。大人は誕生日会などしない。
できない。今年が最後の誕生日会だったのだ。
そんなことをいうこともないと思い、
口には出さなかったが、イライラが止まらなかった。
何だか聞いちゃいけないこと聞いたみたいだね。本当にごめん」
申し訳なさそうに謝るビフォードに、更に苛立ちが高まった。
「あなたに謝られることじゃないわよ!もう帰る」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
丘の上に上がろうとしたヌリアに、
ビフォードは手首を掴んで止めた。
「何よ。まったくあなたってホントに…」
「その、お祝いさせて。せめてお祝いだけでも…」
「はぁ?」
この男は、本当によくわからない。そう彼女は思った。
お祝いさせてくれって何を?
周りは刻々と暗くなっていくが、
街灯が付き始め、彼らの姿を照らし始めていた。
「その、喜んでもらえることは出来ないのだけど…」
「……」
彼女は彼の顔を見つめた。
何をするかわからないが、なんとなく興味を持った。
この男が祝ってくれるって何をしてくれるのだろう。
彼女は、大きくため息をついて見せた。
「分かったわ。じゃあお祝いしてよ」
「ほんとに?よかった…」
「その前に、この手を離してよね」
「え?」
強く掴む手を挙げて見せると、慌ててビフォードは手を離した。
「ごめんね!力入れすぎたかな!大丈夫?」
「もう、謝らなくてもいいわよ。あなた、謝りすぎ」
「ごめんね」
「…だから…」
彼女が脱力したのを見て、彼は乾いた笑い声を出した。
「習慣だなぁ…謝る癖が付いてる…」
「まあいいわ。…で、何をしてくれるわけ?」
「うーん…とりあえずその辺に座ってもらえると嬉しいかな」
「なにか面白いこと、してくれるの?」
草滑りの丘の降り口に、彼女は腰を下ろした。
傾斜があるので少し足を伸ばすような形になるが、
一番ここが汚れないだろう。と彼女は思った。
「面白い…ものではないですけど、お祝いの気持ちを込めて」
そういうと、ビフォードは目を瞑り
静かに一礼すると、手をすっと前に出した。
-天より出でしその姿
力みなぎる剣となるー
指先足先まで神経が通ったような動きに、彼女は息を飲んだ。
声の抑揚、立ったり座ったりを繰り返しつつも、
その動きは鮮やかで美しかった。
-剣は光をそそぎつつ~
われらに心理を与えた~も~う~-
彼の金色の長い髪が、
街灯の光にさらされてキラキラと光っていた。ま
るで舞台の上に立つサーカスのように、
光を浴びているように見えた。
彼は、最後に一礼すると目を開けた。
二人間に、沈黙が流れた。
目の前の彼女の顔を見て
感情を読み取ろうとしてマゴマゴしていたが、
彼女が無言で拍手をし始めたので、ほっとした息を吐いた。
ヌリアは勢いよく立ちあがった。
「今の、何?きれいだったわ」
彼女の心の中のイライラは、きれいさっぱり消えていた。
目の前の珍しいものに、心から関心した。
「よかった…気に入ってもらえた?」
「えぇ、よかったわ。それで、あれはなに?」
「…うちの国で僕の一族が守っている、新年祝いの祈祷なんだ。
…祝いの気持ちをこめてみました」
「…一族…」
ビフォードはバツが悪そうに首の後ろを手で摩りながら言った。
「僕の国では、新年祝いに神に祈りを捧げる3つの一族がいてね。
僕は剣の一族だったんだ」
「その一族なのに、移住してきてよかったの?」
「いや…一族を継がなければいけなかったんだけど
…その…逃げてきちゃいました」
「逃げた?」
彼女の問いにビフォードは、更に苦々しそうな顔をした。
「祖父がとても厳しい人で。
この儀式の祈祷をちゃんと舞えるように
バシバシと鍛えられれてね…
たくさんの罵声にたくさんの悔しい思いもして…」
彼の眼は遠い過去を振り返るような眼をしていた。
「伝統を守るものとして、立派に育てようとしてくれてたんだと、
今は思うけど…当時はものすごく辛くてね。
移住船が来てると聞いて、誰にも言わずに飛び乗ってしまって」
「ちょっと、それって、家出?!」
「いやでも、手紙は置いてきたよ!うん」
「…手紙って…」
ヌリアは愕然とした。
そんな大それたことを出来る男だとは思ってはいなかった。
「だから、君の事は偉いと思うんだ。
自分の立場を理解している。
弱音を吐こうとしないし、弱さを見せようとしない。
いつもぐっとなにかを抱え込んでるんだよね」
「…」
ビフォードの言葉に、ヌリアは彼の眼を見つめた。
その眼に、今までに見たことない、
この男の抱えていたものが見えるような気がした。
「…たくさんの、いろんなことを抱えているのにね。
君を見て、逃げ出した自分が恥ずかしくなることもある。
あの時は、将来『ナァム』という決まった道ではなく、
自分で将来を掴みたいと思った。
でもそれは自分の立場から逃げ出してることなんだよね。
…ほんと、恥ずかしいなぁ…」
「…私だって、逃げ出したいことはあるわよ」
「ヌリアちゃん…」
「逃げ出す勇気も時には必要ね。私には真似出来ないけれど…」
ナァムというものが、彼女には推測しか出来なかったが
なんとなくこの男が周りと違うという理由が分かった気がした。
伝統を守る一族の出なら身振りそぶりも不思議でも当然だと思った。
「真似しなくていいと思うよ」
ビフォードはそういうと笑った。
「でもまあ、ここで君に見せられただけ、
練習しておいてよかったかな」
「えぇ、とても感慨深かったわ。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。喜んでもらえたならよかった」
「ねぇ」
ヌリアは彼の袖を掴んだ。
「とても興味深かったわ。また見せてくれる?」
「え?」
彼女の思いがけない言葉に、ビフォードは目を瞬かせた。
星が出始めた空を見上げ、すぐに顔を彼女に戻した。
「じゃあ、また来年の誕生日お祝いにでも」
「本当に?じゃあ楽しみにしているわ」
ヌリアはにっこりと笑った。
その笑顔につられて、彼の顔にも笑みが浮かんだ。
<9>に続く
今回の登場人物
ジュール・ランス&ホーマー・ランス
再登場の二人です。
ジュールは、ゲルダ女王第2子・ロカールの長子。
ヌリアの一つ上の従兄。
ホーマーは、ゲルダ女王第5子(末子)
現在、王の寝所で両親である女王夫妻と同居している。
ヌリアとジュールの叔父。
ヌリアの同級生は3人。全員が女の子。
オクサナ・ビアスは、本国に移住してきた
「カロヤカ・ナソラ」さんの2子、エスぺランサ君の妻の母親。
タイトルもようやく決まりました。
「あなたと共に紡ぐ永遠(とわ)へ」です。
・・ながいかなぁw
ようやく…だらけですが、
この小説を書くにあたって一番書きたかったシーンも
書くことができましたー。
前置きはここまでにして、一人の移住者の一年目終了間近の出来事です。
<8>
時は刻々とめぐっていく。
木々の葉が落ちていくように一年という木の葉が落ちていく。
けれど木が枯れるわけではない。
確実に次の年に向けての力を蓄え、
新たな新芽を宿し大きくなっていく。
「いやぁ、感謝祭楽しかったですね!」
ビフォードは興奮気味に、ココモワインを飲みほした。
心と一緒に、顔色も良い具合に良い気分になっていた。
今日も、酔いどれ騎士亭にはたくさんの人たちが集まる。
一緒にいるのは、クリートエルグ員であり、王族である
ジュール・ランスと、ホーマー・ランスの二人。
「いいよなぁ、ロークもシーラも。感謝祭が楽しそうだ」
ジュール・ランスは、ワイングラスを弄びながらため息をついた。
「俺らも参加できるといいのになぁ」
「いやでも、クリートエルグの方々は感謝祭で歌うんですよね!
それは何だかよいですねー!」
ビフォードの興奮したような話しぶりに、ホーマーは苦笑した。
「でも、お前は感謝祭、ロツをとるのに夢中になってて、
聖歌聴きに来なかったんだろ?」
「う…すみません…まさかそんなイベントがあると思わなくて…
ら、来年は絶対聴きに行きますから!」
「そうしてくれ」
「だな」
ジュールとホーマーは、頭を下げるビフォードを見つつ
面白そうに笑った。
「けど、来年、俺は参加しないかもしれないけどな」
「ん?何言ってるんだよ、殿下」
ホーマーの言葉に、ジュールがいぶかしげな顔をした。
その表情を見て、ホーマーはニヤッと笑った。
「かわいい甥っ子より先に、結婚したいという叔父心ってやつさ」
「殿下!もしかして?」
驚くジュールと、きょとんとしているビフォードに、
ホーマーは楽しそうに続けた。
「あぁ、ちょっと気になる人ができてな。
…まだ恋人になったばかりだから大きな声では言えないけど」
「恋人ですか!よかったですねー!」
「…声が大きいよ、ディセクト君…」
ぐったりとホーマーは肩を下げたが、すぐに持ち上げた。
「本気で付き合いたいと思っている女性さ。
うまくいってくれるといいんだけどな」
「それは、おめでたいね。甥として応援しているよ、殿下」
「ありがとう」
二人はグラスを重ねて、にっこり笑った。
「俺もそろそろ、陛下に御厄介になっているわけにも
いかないしなぁ…甥ももう結婚していい歳だしなぁ…」
「ランスさんと殿下は甥と叔父なんですね。歳は近いのに…」
ビフォードの問いに、ホーマーは頷いた。
「あぁ、俺は5人兄弟の末っ子だからな。
ジュールの母親は俺の2番目の姉。
歳は1つしか変わらないんだけどね」
「兄弟みたいでいいですね」
楽しそうに話すビフォードに、ホーマーはぐったりした声を出した。
「そうか?2歳で叔父さん扱いは辛かったぞ?」
「まあまあ、そういうなよ、オジサン」
「…まったく、お前ってやつは…」
ホーマーはワインを一気にあおって、ワインのおかわりを追加した。
視線を戻しながら、酔いがほどよく回った目で、2人を見た。
「ところで、お前たちはどうなんだよ?いい相手でもいるのか?」
「ぼ、僕はいませんよ?!」
ビフォードは慌てて手を振った。
「女性まで目を回すゆとりはありませんでした!」
「知ってる」
「そうだな」
ビフォードの慌てての弁明に、二人は声をそろえて頷いた。
その言葉に、ビフォードは項垂れた。
「二人して…」
「だってさ、お前の話、聞くことあるけどさ…
えらい働きようじゃないか。あの働かないやつの多いロークでさ、
期待の新人だとかいう話を聞いたぞ」
「…誰から聞くんですか、そういうこと…」
「それだけ働いてて、夜はここに来てたら、
恋愛どころじゃないだろうなぁ…」
ホーマーの言葉に、更にビフォード小さくなった。
「まあまあ、真面目な働き者でいいじゃないか。
まあ、移住してきてまだ一年経ってないし、そんなもんじゃないか?」
「うぅ…ランスさん優しい…」
「ほら、そこでフォローすると、『彼女作らないと!』
っていう気持ちを止めさせてしまうんだぞ。
そこは、友達としては応援しないと」
追加のワインを受け取りながら言うホーマーに、
ジュールはため息をついた。
「殿下は、俺らの年上じゃないか。まだまだ時間あるさ、俺らには」
「こら、そういう時だけ、年上扱いか。まったく…」
ホーマーはそう言いながら、勢いよくワインを注いだ。
器用にちょうど良い量で止めたが、
瓶を持ち上げると同時に、飛んだ雫の1滴がテーブルに落ちた。
その雫はすぐにテーブルに染み込み、新たなシミを作った。
「まったく…殿下、酔い過ぎじゃない?」
「問題ないさ。もうシミだらけだ。
…っと、そういうジュールはどうなんだ?
成人してから、まだそれっぽい浮いた噂はないぞ?」
「………俺もゆっくりなんだよ」
ジュールは、長い沈黙の後、にっこりと笑って答えた。
「もう少し。…もう少し待ったら、結婚したいと思ってるよ」
「皆さん、やっぱり結婚って考えるんですね…」
ビフォードの関心したような言葉に、ジュールは頷いた。
「結婚できる相手は1人だからね。
その時の浮かれた感じに惑わされて結婚してしまったら、
結婚した後の後悔に繋がるからね。生涯一人を愛したいなら、
ちゃんと先の先まで考えないと」
「…すごく考えてるんですね」
「ジュールもだけど、俺もなぁ
…王族だけではなく、一般でもそうだけど…
今の結婚に満足してないやつらは多いからな…。
俺もそうなりたくはないものだ。たった一人を愛したい。
彼女の事も…彼女だけを一生愛していたい。そう思うよ」
王族二人の深い沈黙に、
この国の恋愛というものはいかに過酷なのか。
と、ビフォードは思った。
見ても、感じてもいない恋愛感情に少し不安を感じた。
そんな彼の不安を感じてか、
ホーマーは、空になったビフォードのグラスに
ワインを注ぎつつ笑った。
「これからの俺らの恋愛が、うまくいくといいよな。
皆幸せになりたいものだ」
彼の心からの声に、ビフォードもジュールも頷いたのだった。
26日、年瀬も迫ったこの日、
ヌリアは女友達と東公園にやってきた。
皆で草滑りの丘の上に腰かけた。
「私たちももう卒業ね」
感慨深そう呟くイライザに、そうね。と短く彼女は答えた。
「どんな大人になるんだろう……
ヌリアちゃんはクリートを引っ張っていく存在になるんだろうなぁ…」
「どうなるかはわからないけどね」
興奮気味に話すオクサナに、ヌリアは興味なさそうに答えた。
「素敵な恋愛をしたいねー」
ローレの夢見心地な言葉に、ヌリア以外の女の子たちは頷いた。
「気になる人いるの?」
オクサナにローレは首を振った。
「今のところは…大人になったらいい人いないかなぁ
…イライザちゃんは?」
「わ、私?」
イライザは友達たちを驚いた表情で見たが、
恥ずかしそうに頷いた。その表情に歓声が上がった。
「いたんだ!誰?」
「…あ、憧れの先輩…
大人になったら、お付き合い…してほしいなぁ…って…」
「イライザちゃん、積極的!」
オクサナもローレも興奮気味に食いついた。
ヌリアは表面では表情を出さないようにしつつも驚いた。
彼女の同級生は今一緒にいる3人のみ。
相手は将来の相手は、年下か年上になるわけだが、
4人の中では大人し目のイライザから、
そんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「で、ヌリアちゃんはどうなの?」
「え?」
自分に振られるとは思っていなかったので、
ヌリアは眉間に皺を寄せた。
友達たちはそんなことはお構いなく続けた。
「ヌリアちゃんは、将来女王様だし、お相手決まってるの?」
「…とくにそんな話はないわ」
「今年成人された、ジュール・ランスさんとかは?
唯一年の近いお従兄だもん。ありそうよね?」
「…」
「さあ、どうかしら…」
回りの期待はあるのは分かっているが、強制ではない。
「大人になった時のことなんてわからないわ。
そういうこともあるかもしれないし、ないかもしれない。
周りがなんと言おうと、あたしはあたしよ」
周りの女の子たちも、うんうんと頷いたが、
イライザがほっとしている表情をしているのに、
ヌリアは気付かなかった。
「皆、いい配偶者が見つかるといいねー」
「素敵な人と、素敵な恋愛したいねー」
オクサナとローレの言葉に、ヌリアは頷くことにした。
女の子たちの会話は素直に頷いてるのが賢明だ。
と長い付き合いで知っていたからだ。
自分が普通の女の子ではないのは知っている。
面白くもない、息苦しい未来が待っているのは知っている。
ただその中でも、自分らしい人生を歩みたい。そう心から思った。
29日。この日はみんな忙しい。
朝からエルグでの交環の儀式がある。
それが終わったら仕事納めだ。
ビフォードはロークエルグで渡された荷物を抱え、
シーラエルグへ向かった。
たくさんの人たちが荷物を抱え、忙しなく動き回っている。
その荷物を抱えながら、デートにいく夫婦やカップルを見つけ、
思わず微笑んだ。
この国の人たちは、仕事だけではなく、
人同士の関り合いを大切にしている。
一年近くこの国に住みついていて、
すっかりこの国に浸透している自分に気づき、
何だか嬉しくなった。
シーラエルグまでの道も、もう慣れたものだ。
ヌリアに案内してもらってから、
シーラル島にも一人で行けるようになった。
「…あれ?」
シーラエルグからの帰り道、ヌリアを見かけた。
王宮前大通りできょろきょろしている。
「こんにちは」
話しかけてから、しまった。と彼は思った。
(また話しかけてしまった…怪しい人間だと思われてるのになぁ)
そんな彼の気持ちも知ってか知らないか、
眉間に皺を寄せて、ヌリアは彼を見た。
「こんにちは」
「えっと…何してるの?」
つい、沈黙に耐えられずに聞くと
「たんじょうかいのじゅんびよ」
と彼女は答えた。その表情は、なんとなく照れ臭そうだった。
「誕生日なんだ!おめでとう」
「…ありがとう。…じゃあね」
「えぇ、それじゃあまた」
彼女の後姿を見送りながら、
ビフォードは午後を知らせる鐘の音を聞いた。
「しまった!早く戻らなきゃ」
彼は、周りの人たちと一緒にロークエルグまでの道を急いだ。
(…たんじょうかいのじゅんび…ね)
ヌリアは誰もいない自宅で、フフフと笑った。
本当ならば、誕生会を開いている時間だ。
友達たちにお祝いしてもらい、母親の手料理を振る舞い、
プレゼントを貰うのだ。
(でもそれは、あたしには叶わない願いなのかもね)
テーブルの真ん中に座って、誰もいない、
お祝いの料理もないテーブルを眺めた。
一般市民の家ならば、そんな誕生日会をしていることだろう。
しかし、彼女の家は一般人の入ることができない、
クラウンハイムという場所だ。
去年までは、誕生日会にはジュールが来てくれた。
しかし、今年はジュールがいない。
誕生日会は子供のものだ。
大人になったジュールを呼ぶことはできない。
従弟たちはまだ幼くて、誕生日会に呼ぶほどでもなかった。
それに来てもらったとしても、母親はいない。
毎年この日は仕事納めだ。
両親とも、クリートエルグの仕事納に出ていることだろう。
彼女は生まれてこのかた、
母親に誕生日会の準備をしてもらったことはなかった。
(あたしはそんな母親にはなりたくないわ。
…不倫するような母親にもね)
ヌリアは、のっそりと立ち上がって家を出た。
誰もいないこの家から、早く抜け出したかったのだった。
どこに行くかも決めずに王宮を出た。
今は、誰にも会いたくなかった。
ビフォード・ディセクトは、
興奮冷めやらない顔つきで自宅へ向かっていた。
(ぼ、僕がエルグ長候補?あり得ない…でも嬉しい!)
仕事納で、明日のエルグ長選挙の候補者として
名前を挙げられた時には、空耳かと思った。
「君も一年頑張ったからね、当然の結果だよ。負けちゃいられないよ」
と、後からファニートに話しかけられて、
空耳ではないことに気付いた。
移住してきてまだ一年経っていない自分が、代表になれるのか?
そう思いつつも、それは置いといて、
頑張って働いてきたことを認めてもらえたようで嬉しかった。
あまりの嬉しさに、飛び跳ねてしまいそうな勢いだった。
そんな彼の視線の先で、ヌリアが通り過ぎた。
東の辻から東公園に入って行った。
(あれ?…元気ない?)
彼はそんなことを思った。
ぴんと背筋を立てて歩いている姿はいつも通りだった。
凛とした王族の少女。
でも何故だか分らなかったが、彼はそう思った。
彼は東の辻で立ち止まり、東公園のほうを見遣った。
少女の姿は見えなかった。
(また怪しまれてもなぁ…
あれくらいの年頃の子はいろいろあるよね)
と思い直し、東の辻を通り過ぎたが、
少し歩いたところで踵を返した。
(駄目だなぁ、なんだか怪しまれることばかりだ)
ヌリアは、草滑りの丘の上に腰かけた。
空を見上げると空はすでに暗くなりかけていた。
自分では意識していないのに、大きなため息が出る。
それに気付いて、更に大きなため息が出た。
「何してるの?」
「き、きゃあ!」
いきなり話しかけられて、彼女はバランスを崩した。
勢い余って丘を滑って落ちた。
「わ!!だ、大丈夫?!」
草滑りに慣れていないわけではないので、
彼女はうまく着地できたが、驚きで心臓がバクバク言っていた。
そして更に後ろから、大の大人が滑ってきて、更に脈が早まった。
「な、何するのよ!!」
「ご、ごめんね!そんなに驚くとは思わなくて!大丈夫?!」
見上げると、怪しい移住者…ビフォード・ディセクトだった。
滑り落ちた彼女の後に続いて滑り降りてきた彼は、
ひどく驚いた、それでいて慌てている表情だった。
ヌリアは肩を落として大きなため息をついた。
「…ああもう…大丈夫よ…」
「よかった…驚いたよ」
「それはこっちのセリフよ!」
ヌリアは彼を睨みつけた。ビフォードはホッと息を吐いた。
「ちょっと気になって来てみたらこんなことに…ほんとごめんね」
「気になるって何よ…」
ヌリアは眉間に皺を寄せ、目を細めた。
それに対して、ビフォードは頭を掻いた。
「いや、ちょっと…落ち込んでるように見えて」
「…なんで?」
「うん、なんとなくなんだけどね。なんとなく。
今日はおめでたい日なんだし、そんなこともないよね、はは…」
内心驚いたヌリアに、ビフォードは乾いた笑いをした。
「…」
「……もしかして、なにかあったの?」
恐る恐る尋ねるビフォードに、
ヌリアはバツが悪そうに視線をそらした。
「…なんでもないわよ。ただ誕生日会をしなかっただけだから」
「しなかった…」
ビフォードは顎に左手の拳を添えながら呟いた。
「…なによ、悪い?」
イラついているのが分かる口調で、ヌリアは彼を睨んだ。
彼は悪くないのは分かっていながらも、
デリカシーがないと胸がムカムカした。
「…その、来年もありますよ」
「来年なんてないわよっ」
彼女は低い声で呟いた。移住者は何も分かっていない。
自分は来年、大人になるのだ。大人は誕生日会などしない。
できない。今年が最後の誕生日会だったのだ。
そんなことをいうこともないと思い、
口には出さなかったが、イライラが止まらなかった。
何だか聞いちゃいけないこと聞いたみたいだね。本当にごめん」
申し訳なさそうに謝るビフォードに、更に苛立ちが高まった。
「あなたに謝られることじゃないわよ!もう帰る」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
丘の上に上がろうとしたヌリアに、
ビフォードは手首を掴んで止めた。
「何よ。まったくあなたってホントに…」
「その、お祝いさせて。せめてお祝いだけでも…」
「はぁ?」
この男は、本当によくわからない。そう彼女は思った。
お祝いさせてくれって何を?
周りは刻々と暗くなっていくが、
街灯が付き始め、彼らの姿を照らし始めていた。
「その、喜んでもらえることは出来ないのだけど…」
「……」
彼女は彼の顔を見つめた。
何をするかわからないが、なんとなく興味を持った。
この男が祝ってくれるって何をしてくれるのだろう。
彼女は、大きくため息をついて見せた。
「分かったわ。じゃあお祝いしてよ」
「ほんとに?よかった…」
「その前に、この手を離してよね」
「え?」
強く掴む手を挙げて見せると、慌ててビフォードは手を離した。
「ごめんね!力入れすぎたかな!大丈夫?」
「もう、謝らなくてもいいわよ。あなた、謝りすぎ」
「ごめんね」
「…だから…」
彼女が脱力したのを見て、彼は乾いた笑い声を出した。
「習慣だなぁ…謝る癖が付いてる…」
「まあいいわ。…で、何をしてくれるわけ?」
「うーん…とりあえずその辺に座ってもらえると嬉しいかな」
「なにか面白いこと、してくれるの?」
草滑りの丘の降り口に、彼女は腰を下ろした。
傾斜があるので少し足を伸ばすような形になるが、
一番ここが汚れないだろう。と彼女は思った。
「面白い…ものではないですけど、お祝いの気持ちを込めて」
そういうと、ビフォードは目を瞑り
静かに一礼すると、手をすっと前に出した。
-天より出でしその姿
力みなぎる剣となるー
指先足先まで神経が通ったような動きに、彼女は息を飲んだ。
声の抑揚、立ったり座ったりを繰り返しつつも、
その動きは鮮やかで美しかった。
-剣は光をそそぎつつ~
われらに心理を与えた~も~う~-
彼の金色の長い髪が、
街灯の光にさらされてキラキラと光っていた。ま
るで舞台の上に立つサーカスのように、
光を浴びているように見えた。
彼は、最後に一礼すると目を開けた。
二人間に、沈黙が流れた。
目の前の彼女の顔を見て
感情を読み取ろうとしてマゴマゴしていたが、
彼女が無言で拍手をし始めたので、ほっとした息を吐いた。
ヌリアは勢いよく立ちあがった。
「今の、何?きれいだったわ」
彼女の心の中のイライラは、きれいさっぱり消えていた。
目の前の珍しいものに、心から関心した。
「よかった…気に入ってもらえた?」
「えぇ、よかったわ。それで、あれはなに?」
「…うちの国で僕の一族が守っている、新年祝いの祈祷なんだ。
…祝いの気持ちをこめてみました」
「…一族…」
ビフォードはバツが悪そうに首の後ろを手で摩りながら言った。
「僕の国では、新年祝いに神に祈りを捧げる3つの一族がいてね。
僕は剣の一族だったんだ」
「その一族なのに、移住してきてよかったの?」
「いや…一族を継がなければいけなかったんだけど
…その…逃げてきちゃいました」
「逃げた?」
彼女の問いにビフォードは、更に苦々しそうな顔をした。
「祖父がとても厳しい人で。
この儀式の祈祷をちゃんと舞えるように
バシバシと鍛えられれてね…
たくさんの罵声にたくさんの悔しい思いもして…」
彼の眼は遠い過去を振り返るような眼をしていた。
「伝統を守るものとして、立派に育てようとしてくれてたんだと、
今は思うけど…当時はものすごく辛くてね。
移住船が来てると聞いて、誰にも言わずに飛び乗ってしまって」
「ちょっと、それって、家出?!」
「いやでも、手紙は置いてきたよ!うん」
「…手紙って…」
ヌリアは愕然とした。
そんな大それたことを出来る男だとは思ってはいなかった。
「だから、君の事は偉いと思うんだ。
自分の立場を理解している。
弱音を吐こうとしないし、弱さを見せようとしない。
いつもぐっとなにかを抱え込んでるんだよね」
「…」
ビフォードの言葉に、ヌリアは彼の眼を見つめた。
その眼に、今までに見たことない、
この男の抱えていたものが見えるような気がした。
「…たくさんの、いろんなことを抱えているのにね。
君を見て、逃げ出した自分が恥ずかしくなることもある。
あの時は、将来『ナァム』という決まった道ではなく、
自分で将来を掴みたいと思った。
でもそれは自分の立場から逃げ出してることなんだよね。
…ほんと、恥ずかしいなぁ…」
「…私だって、逃げ出したいことはあるわよ」
「ヌリアちゃん…」
「逃げ出す勇気も時には必要ね。私には真似出来ないけれど…」
ナァムというものが、彼女には推測しか出来なかったが
なんとなくこの男が周りと違うという理由が分かった気がした。
伝統を守る一族の出なら身振りそぶりも不思議でも当然だと思った。
「真似しなくていいと思うよ」
ビフォードはそういうと笑った。
「でもまあ、ここで君に見せられただけ、
練習しておいてよかったかな」
「えぇ、とても感慨深かったわ。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。喜んでもらえたならよかった」
「ねぇ」
ヌリアは彼の袖を掴んだ。
「とても興味深かったわ。また見せてくれる?」
「え?」
彼女の思いがけない言葉に、ビフォードは目を瞬かせた。
星が出始めた空を見上げ、すぐに顔を彼女に戻した。
「じゃあ、また来年の誕生日お祝いにでも」
「本当に?じゃあ楽しみにしているわ」
ヌリアはにっこりと笑った。
その笑顔につられて、彼の顔にも笑みが浮かんだ。
<9>に続く
今回の登場人物
ジュール・ランス&ホーマー・ランス
再登場の二人です。
ジュールは、ゲルダ女王第2子・ロカールの長子。
ヌリアの一つ上の従兄。
ホーマーは、ゲルダ女王第5子(末子)
現在、王の寝所で両親である女王夫妻と同居している。
ヌリアとジュールの叔父。
ヌリアの同級生は3人。全員が女の子。
オクサナ・ビアスは、本国に移住してきた
「カロヤカ・ナソラ」さんの2子、エスぺランサ君の妻の母親。
この記事、カテゴリー間違いみたいですよ。
マビノギってところになっちゃってます。
ナルル小説だけで連続して読んでたら、8だけぬけてておかしいなと思って探してました。
確認お願いいたします
わ、本当だ!w
今更ながらですみません><直しておきます!
小説まで読んでいただいて!!!
本当にありがとうございます><
ゲームからかけ離さないように書いたつもりですが
ワーネバの恋愛行程は砂はきそうな感じなので、書いてても砂はきながら書いてましたww
ブログの記事ですが、
目次↓
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が、見やすくておすすめです!(コラ)