
脱いだ服を畳んできちんと並べて置いたのに、机の上からきれいさっぱり消えていた。机の横には上履きもあったはずなのに、こちらもなくなっていた。
「ねえ、僕の服、どこへやったの?」
僕は女子たちを見回して質した。誰も何も答えない。彼女たちもまた一様に驚いた顔をして、何も載っていない机を見つめていた。
「もう、いい加減にしてよ。早く僕の服を出してよ」
パンツ一丁の身を意識して、体が震える。ここにいる者以外の誰かが隠した可能性も頭に入れていたけど、それでも訴えずにはいられなかった。彼女たちはまた勃起ショックから立ち直れない面持ちで無言のまま首を横に振った。
Y美たち女子も一緒に教室じゅうを探してくれた。後方に寄せた机の中まで調べた。マリモンは廊下や隣の教室まで探しに行ってくれた。だけど、見つからなかった。どうもトイレに行っているあいだに誰かが教室に入って、机に置いた僕の服や靴下、上履きを持ち去ったようだった。
「どうしよう。どうやって家に帰ればいいの、僕」
途方に暮れて、床に座り込む。体操着があればよかったけど、あいにく体育の授業がなかったから持ってきていなかった。給食当番が着用する白い割烹着もなかった。Y美たちに相談しても、何か服の代わりになるようなものは見当たらないとのことだった。
「あのエールワイフのシャツ、すごい値打ち物なのにね。なくなっちゃうなんて」
M山さんが肩を落として呟いた。
「サイン入りのシャツだって言ってたよね。エールワイフとかいう人の大ファンが盗んだんじゃないかな」と、女子のひとりが言った。
「とすると、M山、おまえか?」Y美の切れ長の目がM山さんを射貫いた。
「え、わたし? 嘘でしょ、冗談はやめてよ。わたしが盗むわけないじゃない」
「なんかムキになって否定するところがあやしいかもね」とY美がにやにや笑いながら冷やかす。彼女にとって僕の衣類の紛失など、重大なことではないようだった。
「ううむ。ぞっこんのファンだったら、シャツだけ盗めばいい話だよね。でも」とマリモンが考え考えといった調子で続けた。「シャツどころかズボンや靴下、上履きまで、全部なくなってるんだよ。これってさあ」
「そうだよ」M山さんの表情がパッと明るくなった。「エールワイフのことは何も知らない第三者が持ち去ったってことじゃないかなあ」
Y美が僕に近づいてきて、「あの、わたし、そろそろ帰るから」と言った。
「え、ちょっと待ってよ。僕はどうしたらいいのよ」
びっくりして立ち上がって、引き留めにかかるのだけど、Y美は迷惑そうな顔をした。
「そんなの知らないし。だいたいわたしたちが隠したわけじゃないんだよ」
「それはわかるけど、でも・・・・・・」
「それとも、何よ。あんたの服がなくなったのは、わたしたちのせいだって言いたいの?」
「いや、別にそういうわけじゃ・・・・・・」
本心はもちろん、「そうだよ。Y美さんたちに責任があるよ。当たり前じゃん」だ。「見つからなければ代わりの服を用意してよ」と要求したかった。むりやり僕の服を脱がせてパンツ一丁にしておきながら、服がなくなっても知らん顔して帰るというのは、あまりにも無責任すぎる。でも、Y美にきりりと細くなった目で睨み付けられ、詰め寄られると、何も言えなくなってしまう。
「そうだよね。わたしたちはあんたの服の紛失になんの責任もない。そもそも盗まれたくなかったらちゃんと自分のロッカーに入れておけばよかったじゃない。机に無防備に置いたのは、あんたでしょ。なくなったのはあんたの責任だよね。人のせいにするって、ほんとおかしくない?」
はっきり物が言えないと見るや、一気に畳みかけてくる。Y美をこわいと思ってしまった時点で、僕の負けは決まったようなものだった。
「別にY美さんのせいになんか、してないって」
「そう? わたし、なんか責められたように気がしたな。みんなはどう?」
こうやってすぐに周りに意見をきいて、自分の思うとおりに事を進めるための口実にするのは、Y美の常套手段だった。この圧のかかった状況で、いったい誰がY美の求めに反する意見を口にできるだろうか。
「責められてた気がする。確かに」
「わたしなんか、疑われたし」とM山さん。ちがう、疑ったのはY美。僕は一度も疑っていない。
「わたしたちが悪いみたいな言い方したよね、ナオスくん」
案の定、女子たちはY美の期待に応えた。
「謝るよ。責めるつもりなんか全然なかったけど、ただ服がないから不安で・・・・・・」
「土下座ッ」
弁解する僕を遮ってY美が命じた。
「え、土下座?」
「土下座するっきゃないでしょ。わたしたちを犯人扱いしたり、服を紛失した原因はわたしたちにあるみたいな言い方をしたんだから。わたしたち、これで結構傷ついたんだよ。ちゃんと謝りなさいよ」
「やっぱり土下座って、必要なんだよね?」と、マリモンが気弱な笑みを浮かべてY美に尋ねた。
「当たり前なこと、言わない」
すでに僕は彼女たちの前で二回土下座させられている。土下座で満足してもらえるなら、もういくらでもしてやる、という気持ちになって、正座の姿勢を取ると、「疑ってしまい、申し訳ございませんでした」と謝罪して、おでこを床になすりつけた。許しが出るまで、その姿勢を保つ。
パンツ一丁での土下座はあいかわらず恥ずかしくて、僕をみじめな気持ちにさせたけど、とにかく一刻も早く彼女たちの機嫌を回復させて、服を見つける手伝いをしてもらうか、代わりの服をどこからか持ってきてもらう必要があったから、我慢するしかなかった。
「だめだね、そんな土下座じゃ」
「ええ? どこがいけないの?」
思わず顔を上げてY美を仰ぐ。Y美は腕を組んでいた。
「全然心がこもってないよ。甘いんだよ、あんた。土下座さえすれば許してもらえるって思ってんだろ。見え見えだよ。濡れたパンツからお尻が透けてんのと同じだよ」
この突飛な例えに、女子たちは笑い声を立てた。
「さっきあんた、パンイチで土下座させられたろ。今度の土下座はそれ以上に誠意を見せなくちゃいけないの。わかるでしょ?」
「誠意を込めて、土下座したつもりだけどな」とぼやくと、いきなりY美に頬を平手打ちされた。痛い。思わず頬に手を当てる。
「舐めた口きいてんじゃないよ。パンイチ以上に誠意を見せた土下座をしなさいってわたしは言ってるの」
「ごめん。意味がわからない」
「にぶいんだね。パンツを脱いで、素っ裸になって土下座しなって意味だよ」
「やだ。なんでパンツを脱がなくちゃいけないの?」
声を震わせて抗議する。涙が裸の膝に落ちた。
「よく考えなよ。さっき以上の誠意っていったら、パンツを脱ぐ以外のどんな誠意の見せ方があるのよ。脱ぐしかないじゃん」とY美。
女子たちも同意を示して、
「早く脱いじゃいなよ。別にわたしたち、ナオスくんの裸が見たくてこんなこと言ってるんじゃないんだよ。ちゃんと土下座して謝ってもらいたいだけなんだから」
「脱ーげ、脱ーげ」
「我慢して脱いじゃおうよ、ナオスくん。おチンコとか、別に隠してもいいからさ。ね、Y美ちゃん」と、マリモンがY美を向いて伺った。Y美は黙ってうなずいた。
おちんちんを隠してもいいというのは、この二年後、中学一年の夏に入ってから僕が受けることになる凄絶な性的いじめを思えば、驚くほど寛大な許しではある。隠してもよいのであれば全裸土下座くらい、一も二もなく簡単にできそうだけど、当時小学五年生だった僕には、いくらおちんちんを隠してもよいからと言われても、七人もの女子の前で唯一身に着けている白ブリーフのパンツを脱ぐのは、大変に苦痛であった。すでにもうトイレの前で脱がされたけど、いやでいやでたまらないことに変わりはない。
彼女たちの目的はおちんちんを見たりいじったりすることではなく、ただ一糸まとわぬ格好にして僕を土下座させるという、まさにこの一点にあった。それこそが彼女たちの考える、誠心誠意のこもった土下座だった。さきほどパンツ一丁で僕を土下座させているのだから、同じ格好で土下座をしても、それはただの繰り返しであり、内容空疎な、形式的な土下座にすぎない、よって謝罪の気持ちを新たに表す土下座となれば、これはもう素っ裸での土下座しかない、とY美たち女子は考えたのだった。けっしておチンコを見るためじゃないから、隠してていいから、とマリモンが念を押した。
彼女たちの言い分はわかった。それでも僕は素直に従えなかった。服を失い、パンツ一枚でいるしかないのに、この唯一の衣類も脱いで、全裸で誠心誠意の土下座をしなくてはならないという、まさにその理由が納得できないからだ。
服の紛失を自分たちのせいにした、と彼女たちはその理由をあげつらうのだけど、百歩譲って僕に非があるとしても、とても誠心誠意の全裸土下座をしなくてはならないほどの過失とは思えない。
正座の姿勢のままためらっていると、業を煮やしたY美が僕の頭髪を掴んだ。い、痛い。力ずくで立たされる。
苛立ったY美の動きは迅速だった。いきなり僕を横抱きにして脇に挟むと、ぐいぐいと腕を締めつけてきた。胸を押されて苦しい。僕は嫌な予感に怯えながら、ただ、「やめて、下ろして、助けて」と叫ぶばかりだった。Y美の手が僕のパンツにかかった。
「そんなにパンツ脱ぐのがいやなら、わたしが脱がしてやるよ」
いやあ、と泣き叫ぶ。パンツがぐいと引き下げられて、お尻やおちんちんに空気のまとまった層が直接当たった。おちんちんを隠してもいいと言ってたのに、Y美の脇に挟まれて両手の自由が利かないから、しばらくおちんちんが丸出しになって、周囲の女子にばっちり見られてしまった。彼女たちの顔が赤らんでいた。
悔しい。とうとう素っ裸に剥かれてしまった。
どさりと僕を床に落としたY美は、僕の体から抜き取ったパンツをマリモンに投げて渡した。僕は正座の姿勢を取って股の間におちんちんを隠し、さらに股間に手を当てた。
「ひどいよ。ひどい。パンツ、返してよ」
前屈みになって、涙を流しながら訴える。
「いつまでも言うことを聞かないから裸に剥かれたんでしょ。早くその格好で土下座しなよ。ちゃんと誠心誠心の土下座ができたら、パンツ返してあげるから。わたしがいいって言うまで頭を下げておくこと」
もうY美の言うなりになるしかなかった。パンツまで奪われてしまったら、土下座するという選択肢しか残っていない。
「申し訳ございませんでした。服がなくなったのは僕のせいで、Y美さんたちに責任はありません。疑ったり、責任を取るように求めたりして、誠に申し訳ございませんでした。どうぞお許しください」
声を震わせて謝罪し、頭をなすりつける。全裸で土下座する僕の静止した姿を女子たちはそれぞれ移動して、いろんな角度から眺めた。真後ろから見てお尻と背中を見ている女子が「女の子みたいな曲線だね」と感心する声が聞こえた。「きれいな肌だよね、うらやましいわ」と褒めてくれる女子もいたけど、屈辱に打ちのめされている僕には、もちろん全然嬉しく感じられなかった。
ようやく頭を上げる許しが出た。マリモンがべそをかいた僕の前にパンツを置いた。おちんちんを見られないように手で隠したり、腰をよじったりして、手早くパンツを穿く。確かに素っ裸に剥かれてしまったけど、Y美には幸いにしておちんちんを見られず、それ以外の女子にはちょっと見られただけで、別にもてあそばれたわけではなかった。
中学一年の夏以降に僕が受けるいじめを思えば、これは信じられないくらいの軽度な被害である。
まあ、それでも小学五年生当時の僕には、ショッキングな出来事だったことに変わりはない。なにせ同じクラスの女子の手で素っ裸にされてしまい、その格好で土下座までさせられたのだから。
僕のパンツ一枚の体は、全裸で土下座させられた羞恥の余韻でなおも火照っていた。ぐったりとして座り込んでいると、部活動終了を知らせる音楽と下校を促す校内放送が流れた。部活動が終わればそのまま帰宅する生徒ばかりではなく、何人かは教室に戻ってくる。
ロッカーに行けるだけのスペースを残して後ろに寄せた机の間から、Y美が教科書などを取り出してかばんに入れた。
忘れ物ないよね、と独語してから、女子たちを向いて言った。
「今日、こんなに遅くまで残るつもりじゃなかったんだよね。お母さんと外食に出かける予定があるから、もう帰るね」
「外食? へえ、いいなあ。どこに食べに行くの?」
「フランス料理だって。お母さんの知り合いがコックさんやってるんだって」
取り巻き女子たちは羨ましがった。
次々と女子たちが帰り支度を始めた。
「パンツ一丁のナオスくんを残して帰るのは悪いとは思うけど、わたしも塾に行かなきゃいけないんだった。服、見つかるといいね。バイバイ」
「裸でも、ナオスくんならなんとかなるんじゃないかな。がんばってね」
Y美の背中を追うようにして、ふたりが教室を出た。
「きっとただのいやがらせだから、ナオスくんの服、すぐに出てくると思うよ。エールワイフのシャツが出てきたら、また見せてね。わたしにプレゼントしてくれてもいいよ」
M山さんが僕の裸の肩をポンポンと叩いてそう言うと、ふたりの女子とともに出口に向かった。
「さようなら、ナオスくん。わたしたちにお仕置きされたこと、先生に言わないほうがいいよ。もし告げ口したら、Y美ちゃん激怒するよ。絶対にただじゃおかないと思うよ」
「なんであんたがパンツ一丁なのか、先生に聞かれても答えられるように、今のうちにちゃんと言い訳を考えておくこと。わたしたちの名前は出さないこと。バイバイ」
呆然として言葉の出ない僕を置いて、女子たちはおしゃべりしながら教室をあとにした。最後のひとりがぴしゃりと教室のスライドドアを閉めた。
慌ててドアから顔を出し、廊下を歩く彼女たちの背中に向かって、「おうい、ちょっと待ってよ」と呼びかけた。
彼女たちは振り返って手を振りながら角を曲がった。
長い廊下の先に夕日が差しこんでいた。
教室にひとり取り残されてしまった。どうしよう、職員室まで行って助けを求めるしかないかなと考えていると、教室のドアが開いた。
入ってきたのはマリモンだった。ぽつねんと床に座り込むパンツ一枚の僕を見て、目を丸くして、
「あれ、みんな、帰っちゃったの?」
「うん。用事があるんだって。マリモンも帰ったのかと思った」
「わたしはちょっとトイレに行ってただけ。ついでにナオスくんのシャツとかズボン、女子トイレの中まで探してみたけど、なかったよ」
「そうだったんだね。探してくれてありがと。ところで、何か着る物ないかな。さすがに少し寒くなってきたよ」
「そうだよね。裸のままじゃ、寒いよね。でもごめん、着る物はどこにもないみたいだよ。それにしてもみんな、パンツ一丁のナオスくん残して帰っちゃうなんて、ちょっとひどいね。ナオスくん、どうやって帰るつもり?」
「やっぱ職員室に行って先生に相談するしかないかなって思ってたところ」
僕は手足をさすりながら答えた。
「そうだね。職員室までパンツ一丁の格好で行くのは恥ずかしいかもしれないけど、わたしも付き添ってあげるからさ。でも校舎にはまだ人がいっぱい残ってるから、もう少し待ったほうがいいかも。みんなに裸の姿を見られちゃうかもしんないし」
すると、その言葉が人を引き寄せたかのように、廊下の外で賑やかな話し声が聞こえてきた。僕が身構えるより早く、ガラッと教室のドアが開いた。
入ってきたのは同じクラスのバスケットボール部の部員、男女三名ずつの六人だった。着替えを済ませて、荷物を取りに戻ってきたのだった。誰もいない教室でマリモンとパンツ一丁の僕が二人きりで床に座り込んで向かい合っていたのだから、彼らの驚きは尋常一様ではなかった。しばらく言葉もなく立ち止まって僕たちをじっと見ている。
「ええ、なになに? 何やってんのあんたたち?」
最初に声を上げたのは、ミドリさんという活発な女子だった。男子三人はにやにや笑って、女子三人はあからさまに敵意のこもった目で、パンツ一丁の僕を見つめていた。
「いや、じつは」と説明しようと口を開いても、「だいたいなんであんた裸なのよ。もしかして変態なの?」と非難してくる。「マリモンに悪いことしようとしたんじゃないでしょうねえ」
「や、そうじゃなくて・・・・・・」と言っても無視して、マリモンに「だいじょうぶ? ナオスくんにいたずらされてない?」と声をかけた。
「だいじょうぶだよ、ミドリちゃん。そんなんじゃないって」
マリモンが笑顔で返して、ようやくミドリさんをはじめ女子三人は冷静さを取り戻したようだった。
事情をひととおりマリモンが六人に説明した。丁寧に、順を追って、僕としては話してほしくない部分も省略せずに、きっちり語った。
まずY美をはじめとする六人の女子に僕が放課後に居残りさせられ、こちょこちょの刑を受けたこと、そのこちょこちょの刑に処せられるに当たって服を脱がされたことを知ると、彼らを仰天した。
「へえ、こちょこちょの刑って、よくばかな男子がふざけてやってるけど、裸にしてやるなんて、初めてきいたよ」と、リロ湖さんという女子が呆れた。
「すげえな、やっぱY美は。やることがぶっ飛んでるよなあ」と、リーダー格のK川という男子が感心する。
「Y美さんはやばいよね。自分が正しいと思ったら同級生の男の子を平気でパンツ一枚の裸にしちゃうんだね。友達になろうとは思わないな」と、呟いたのはN川さんだった。この二年後の中学一年の時にはY美のグループに入って、Y美と一緒に僕を性的に嬲るようになるのだけど、当時はまだ親しい仲ではなかったようだ。
続けて廊下をパンツ一丁のまま歩かせて、トイレではパンツまで脱がしたことをマリモンは淀みなく語った。
「え、すっぽんぽんにしてトイレに行かせたの?」と、リロ湖さんが仰天した。
「うん、さすがにわたしはかわいそうだと思って、トイレの中までは入らなかったよ」
土下座を三回もさせられ、最後の土下座ではパンツも脱いで素っ裸になったという事実も、彼ら六人をあ然とさせた。Y美たち女子の残酷さのインパクトが強くて、被害に遭った僕への同情よりは、もしも自分たちがやられたらどうしよう、という心配のほうが大きくなったようだ。
この心配の大きさについては女子も男子も同じだった。バスケットボール部で活躍する三人の女子の誰よりもY美は背が高く、筋力が発達していた。それかあらぬか、Y美はしばしば暴力的な振る舞いをした。また気に入らない相手を巧妙に陥れる手管にも長けて、肉体的に強いはずの三人の男子でも、この方面ではまったく油断ならなかった。まさに僕がパンツ一丁で長時間、こちょこちょの刑を受けたり、電気あんまされたりしたのが、その残酷さの実例だった。
服がなくなっていることについては、六人とも首を傾げた。
「おそらくナオスくんがY美ちゃんたちにトイレに連れて行かれているあいだに、クラスの誰かが教室に来て、机に置いてあるナオスくんの服とか上履きに気づいて、持ち去ったんじゃないかな」と、ミドリさんが推理した。
「わたしもそう思う。トイレに行っているあいだは、ちょうど部活動の休憩時間だったから、いろんな子が廊下を行き来してたもんね。誰かが教室に入ってもおかしくないよ」
「そうだったよね、マリモン。マリモンは小動物飼育部だっけ。小動物飼育部って週に一回しか活動してないでしょ。今日は休みじゃなかったの?」
「うん、ミドリちゃんたちのバスケットボール部と比べたら、ウチは緩いからね。今日はこちょこちょの刑に参加するために残っただけだよ。でもまあ、わたし、副部長だから、最後にはウサギ小屋を確認して帰るつもりだけどね」
「えらーい、さすが副部長」と、リロ湖さんが感心した。
「まあ、でもよお、きっと職員室に届けたと思うよ。盗む奴いねえだろ、ナオスの服なんかよお、盗んでも金になんねえし」と、小憎らしいことを言ったのはK川だった。
「じゃ、職員室に行こうよ。だいじょうぶ、みんなでパンツ一丁のナオスくんを囲んで歩いてあげるから、恥ずかしがらなくてもいいよ」とミドリさん。
「待って。職員室に行くのは最終手段にしたほうがいいと思うけどなあ」
思案顔で反対したのは、マリモンだった。その理由を次のように述べた。
もし職員室に行ったら、先生には当然、僕の衣類が紛失した事情を説明せざるを得なくなる。その過程で嘘をつきとおすのは難しく、どうしてもY美の主導によるこちょこちょの刑などの私的な制裁に触れないわけにはいかないから、学校側にこれがばれたとなるとY美の怒りを買って報復につながる恐れがある。バスケットボール部の六人もこれに関わったと見なされて、報復の対象にならないともかぎらない。告げ口をしたある男子は、下校中、いきなり背後から襲われた。顔面をさんざん殴られ、歩道から湿地帯へ突き落とされた。
Y美に恨まれるかもしれない。六人は恐怖に強張った顔をした。
「なるほどね。確かにマリモンの言うとおりだよね。職員室にパンツ一枚のナオスくんを連れて行くのは、ちょっとやめておこうよ」
ミドリさんはそう言うと、マリモンを向いて軽く頭を下げた。
いったい僕の服はどこへ消えてしまったのか。
よし、と膝を叩いてK川が言った。
「ちょっくらおれたちも探してくっからよお、おまえの台湾の歌手のシャツとかズボンとかな。あと下着のシャツもか」
「それと上履きもな」とP太郎が続いた。
「靴下も、だよな」B男が僕の裸足を見て、付け足した。
どこへ探しに行くかについて、めいめい勝手に話し始めた彼らの大きな声は、「ありがと。よろしく頼むね」という僕の言葉をかき消した。
男子三人が教室を出て行くと、ミドリさんが僕を呼んだ。彼女たち女子四人は窓際で立ち話をしていた。その輪に僕を誘うのだった。普通に服を着た女子たちの中へパンツ一丁という格好で加わるのは抵抗があったけど、彼女たちもまた僕の服探しに協力してくれるとのことなのだから、ここは応じるしかなかった。
恥ずかしいので乳首やパンツの股間の辺りを腕や手で隠していると、N川さんが僕にどんなテレビ番組が好きかと問うてきた。
「へ? テレビ番組?」
意外な質問に僕は間の抜けた声を出してしまった。
彼女たちは、テレビのことや芸能人のことを話題にしていたのだった。服を見つける手がかりを得ようとして僕を呼んだのではなかった。
雑談する余裕なぞ僕にはないのだけど、ちゃんと答えないといけないような雰囲気だった。仕方なく、あまりテレビは見ないから好きな番組は特にないと答えると、女子たちは俄には信じがたいという顔をして、ヘエーと驚きの声を上げた。「ねえねえ、じゃあさ、好きなタレントって誰よ。いるでしょ? ナオスくん」と、リロ湖さんが突っかかるようにして問いかけてくる。これもまた僕の苦手とする質問で、タレントの顔と名前が一致しないのだけど、適当に茶を濁したところで彼女たちは引き下がらなかった。かろうじてひとりの女性タレントの名を挙げると、女子たちは、
「そっか、小柄なひとが好みなんだね。やっぱ自分が小さいからかな」
「かわいいよね。わたしも好きだよ」
「うん、ナオスくんらしいよねえ」
などと言って、納得するのだった。
ひとしきり芸能人のネタで盛り上がると、女子たちの話題は同級生の男子のことに移っていった。
もう僕はお役ご免のようだった。誰も僕に話しかけてこない。そのくせ、視線だけはちょくちょく僕のパンツ一丁の体に向けてくる。リロ湖さんなどは、僕の腕が少しでも下がると、すかさず乳首を注視する。その視線の熱さに気づいて、慌てて胸を覆い直すのだけど、考えてみると、彼女たちが休み時間でよくやるようなお喋りに僕が付き合わなくてはいけない理由はない。おまけに僕ひとりだけパンツ一丁という恥ずかしい格好なのだ。僕はお喋りの輪から離れることにした。彼女たちは別段何も言わなかった。
お喋りに興じる女子たちから離れても、話し声は聞こえてくる。教室にはほかに誰もいないのだから当然だった。ちょうどK川の悪口で盛り上がっていた。
自然と聞き耳を立ててしまう。K川はバスケットの練習中、一度抜け出して教室に来たそうだった。
「あいつ、よく練習さぼるよね。今日も、ノート忘れたっていって練習を抜け出したでしょ。戻ってきた時ノート持ってたから、教室に取りに行ったんじゃないかと思うんだけどね」
「ノートって何のノート?」
「あ、マリモンは知らないか。バスケットボール部ではね、先生から受けた指導や注意、自分の気づきなんかを書き込むノートを持っていかなくちゃいけないの。それなのにK川はよく忘れるんだ。わざとだね。それを取りに行ってるあいだは練習さぼれるからね」
「あきれたやつだよね。だからあいつ、いつまでたっても試合に出られないんだよ」
「ふうん、意外だったな。K川くんてバスケットボール部の中では嫌われてるんだね」
「そりゃ嫌われるよ。マリモンみたいに、ふつうに教室の中だけで接してるぶんには、そんなにあいつのゲスなところって見えないんだろうけどね」
そうそう、とリロ湖さんとN川さんがミドリさんに同意した。
「そっかああ。K川くん、一見、かっこいいのにねえ」とマリモンが残念そうに言った。
「いやあ、騙されたらだめだよ。あいつ、わたしにコクってきたことあったけどね」
「へえ、それマジ?」リロ湖さんが目をぱちくりさせた。
「マジ」
「で、どうしたのよ」
「もちろん、お断りだよ」
「そっか。やっぱりね」リロ湖さんは、なんだかがっかりしたようだった。
「考えてみると、うちのクラスって、ろくな男子がいないよね」とミドリさんが会話に入ってきた。
「ほんとにそう。レベル低すぎるよ。みんなガキっぽいし」と、嘆息したリロ湖さんは、この場にたったひとり男子がいることをすっかり忘れ果てたようだった。さんざん僕の裸身にチラチラと視線を向けていたのに。
「でも、そのなかでは、ナオスくんなんて、結構いいほうだと思うんだけどね」
「あ、ミドリ、そう思うの?」N川さんが真顔で問うた。
「ほんとにそう思うわよ。優しそうだし、デリケートだし。ただ、ねえ・・・・・・」ここでミドリさんは声のトーンを落とした。僕は全身を耳と化した。
「ただ、なに?」
「裸なんだよねえ、ナオスくんは。白いブリーフのパンツ一枚」
バスケットボール部の三人の女子は、ここでいっせいに僕のほうへ視線を転じ、どっと笑い声を上げた。
「裸だと、だめなの? ミドリちゃんは」と、心底不思議に思っているような顔をしてマリモンが訊ねた。
「そりゃ、無理よ。お洋服を着ていないんじゃ、もう恋愛対象としては見れないし」
「そりゃそうだよね。わかるわかる」N川さんが何度もうなずいた。
男子たちが戻ってきた。隣の教室、男子トイレは個室まで全部確かめ、校舎に残っている生徒の何人かにきいてくれたそうだけど、僕の衣類などは見つからず、手がかりになる情報も得られなかったようだ。
成果はゼロだったのに、男子三人はすっかり探偵気分になっていた。
「まずは基本的なところから確かめる必要があるぞ。ナオス、すまんが、まずはおまえの体を一応チェックさせてくれ。悪いがパンツの中身もだ」
「いや、僕の体をチェックしても仕方ないでしょ」
「素人は黙ってろ。手がかりがあるかもしれないだろ。おまえ、本気で服を探したくないのか。いつまでもパンツ一丁でいいのか」
なくなった洋服を探すにあたって、なぜ僕の体を調べる必要があるのか、まったく理解できないので、まずはそこを説明してもらいたかっけど、K川によると、それは物を探す基本的な態度であって、理屈ではないそうだ。
「おまえのようなド素人はすぐにそうやって説明を求めるんだ。あんましおれのような探偵の手を煩わせんじゃねえぞ。頭を抱えたくなるよ」
まじめな顔をして嘆くK川。頭を抱えたくなるのは僕のほうだった。
どうやったらこんなふうに自然に、こんこんと自信が湧き出てくるのか。同じ地面でも掘る場所によっては温泉が噴出したり石油が出てきたりする。それと同じで、人によっては、いとも簡単に自信がこんこんと湧き出てくるものなのかもしれない。とにかく話の通じにくい相手であることはわかった。
とりあえず逃げようと思ったところ、三人の男子の仲で一番大柄なP太郎が後ろから僕の手首を掴んで持ち上げた。
「いやだ、やめて、放してよ」
新たに六人の女子と男子にまじまじとパンツ一枚の裸を見られる恥ずかしさは耐えがたく、僕は叫びながら暴れて足をバタバタと動かした。
「よし、特に変わった点はないな」
車掌が指差呼称する手つきを真似て、僕の乳首やお臍、パンツ、太ももを次々と指したのはB男だった。
「B男、だからおまえは甘いってんだ」とすかさずK川が難じた。
「甘い? しまった、甘かったか」
「どこが甘かったか、わかるか?」
しかめっ面のK川に睨まれ、B男はうろたえた。
「パンツの中身だよ。脱がせて確かめるんだ」
「そっか、さすがK川くん。あったま、いい」
合点したB男は尊敬の眼差しでK川を見た。K川はいよいよ得意満面で鼻をヒクヒクさせている。・・・・・・な、なんなの、このふたり。
「やめて。何言ってんだよ。パンツの中身なんか、関係ないだろ」
万歳させられたまま持ち上げられ、足に地面がつかない僕は、不安におののきながら、あえて強い声を出した。冗談をやってる場合ではないのだから。
窓の外はもう暗く、リロ湖さんがカーテンを引いた。教室内は明るさを増した。
男子三人の探偵ごっこは、明らかにいじめの領域に入りつつあった。ミドリさんとか良識のある女子が「やめなさいよ、かわいそうでしょ、ナオスくんが」などと注意してくれることを期待していたけど、彼女たちもまた面白そうにパンツ一丁の僕がツルツルの脇の下まで丸出しにして持ち上げられている光景を珍しそうに眺めるのだった。
「ナオスくんのパンツ、白のブリーフでしょ」とN川さんが僕の体をしげしげ眺めながら言った。
「そうだね。まさに布切れ一枚って感じの安物パンツだね。それがどうしたの?」
「ねえ、リロ湖さん、よく見て、ナオスくんのパンツ。ところどころ汚れてるよね。特にお尻のところとか。なんでこんなに汚れてるのかな。雑巾穿いてるみたいじゃない?」
「ほんとだ、不思議」と、リロ湖さんもまたN川さんに倣って、さらによくパンツを見ようとして僕に近づいた。「たしかにィ。なんでこんなに汚れてるんだろ」
「あ、N川ちゃん、よく気づいたね」とマリモンが口を挟んだ。「それはね、ちゃんと理由があるんだよ」
「え、どんな理由?」
「トイレでナオスくんのパンツがバケツの水に浸けられて、びしょ濡れのまま穿いて戻ってきたって話をしたよね。ナオスくんは、水をたっぷり吸収したパンツのまま、教室の床に仰向けに寝かされて、こちょこちょの刑を受けたんだよ。パンツが床をこすって、ちょうどお掃除の時間に雑巾がけするみたいになったってことだよ」
「なるほどねえ」と感心するリロ湖さん。
「くすぐられて、激しく体をよじったから、パンツの後ろだけでなく横も前も、汚れちゃったんだよね。まあ、おかげで床はきれいになったと思うけど」
「じゃ、今度から掃除の時は、ナオスくんは雑巾なしで、パンツ一枚でやるといいかもね」
「N川ちゃん、意外と残酷なこと言うのね」
ミドリさんが冷やかすと、女子たちはひとしきり賑やかな笑い声を立てた。
「よし、今からパンツの中身をチェックするぞ。俺たち男子が脱がし役になるから、きみたち女子はよく中身に目を光らせてくれよ。いいか」
ふざけるな、やめろ、ばかあ、と暴れる僕を無視して、K川は僕の右脇に腰をおろし、同じく左脇にスタンバイしたB男に目配せした。「最初はお尻からいこうか」とK川。P太郎が僕をいったんおろし、くるりと僕を回して自分の側に向かせると、再び手首を握って持ち上げた。女子たちにお尻を向けた僕のパンツのゴムに左右のK川とB男が手を掛けた。
「なに、ほんの一瞬だよ。俺たちの腕の動きは速いからな」とB男が僕を安心させようとして囁いたけど、なんの慰めにもならない。冗談じゃなかった。もうパンツを脱がされてクラスメイトの前で素っ裸を晒すのは堪忍してほしかった。僕は「やめて、お願いだから」と声を震わせて訴えた。女子たちが期待にざわめいている。
左右で僕のパンツのゴムを掴んでいるK川とB男が「いち、にの、さん」と掛け声すると、僕のパンツを一気に足首まで下ろしてから、素早く上げた。お尻を間近で見た女子たちの悲鳴が聞こえた。
「どうだ、チェックできたか、女子たちよ」とお調子者のK川が芝居がかった口調で問うてから、「よし、もう一度いくぞ」とB男に目配せする。「いち、にの、さん、それッ」
再びパンツが勢いよく脱がされ、お尻や股間をスースーさせてから、素早く引っ張り上げた。お尻を露出した時間は確かに短いけれど、バッチリ見られてしまったことに変わりはない。K川は「それ、もう一度」とB男に呼びかけ、「いち、にの、さん」で再びパンツを引き摺り下ろしては上げた。
女子に僕の裸をチラリと見せる、このパンツ下げ上げは、僕を恥ずかしがらせるというよりは、女子の反応を見るという点でK川とB男を楽しませた。彼女たちがなんだかんだ言いながらも内心では喜んでいるのを察したようだった。調子に乗った悪童たちは、このパンツの下げ上げを三回も連続しておこなった。四回目に入ると、K川は足首のところまで引き下げたところで、「なんか疲れたな。休憩」などと抜かして、僕のお尻を女子たちに露出させたまま、手を止めた。女子たちの騒ぐ声がいっそう大きくなった。僕の手首を握って吊り上げているP太郎が「ちいさえ、こいつのチンコ、まじでちいせえ」とうつむき加減の顔をほんのり赤く染めて笑った。
「やめろ。ふざけるなよ。早くパンツを上げてくれよ」
下半身をすっかり丸出しにしたまま腰をくねらせて恥ずかしがる僕を無視して、K川は僕のおちんちんをにやにや笑いながら見つめる。アウウッ。思わず喘いでしまったのは、K川がいきなりおちんちんを指で弾いたからだった。女子たちには見られていないとはいえ、K川が何をしたのかは想像がついたようだった。甲高い悲鳴のような非難の声がひときわ高くなった。「よし、休憩おわり」という掛け声とともにパンツが引き上げられた。
「もうやめなよ」
「かわいそうだよ」
「ナオスくん、さんざんいじめられたんだよ。もう許してあげなって」
女子たちは口々に男子の愚行を止めようとしたけど、K川はへっちゃらだった。むしろ女子たちが制止しようとすればするほど、ムキになる性格のようで、
「うるせえな。おめえらだってこいつのおけつ見て本当は大喜びのくせによ。いい子ちゃんぶってんじゃねえよ」と、悪態をついた。そして、僕を吊り上げたままのP太郎に「次、反対向きにしようぜ」と言った。
「ナオスくんがかわいそう。もうやめてあげなって」と見かねたマリモンが口を出しても、
「おう、マリモン。きみはもうすでにこいつのおチンコ見てるから、満足かもしんないけど、ミドリとノリちゃんとリロ湖はまだ見てないんだよねえ。自分だけ見たからいいっていうのは、よくない考えだよ」などと、言い返す。
顔を赤くしたマリモンは、「もう知らない」と言い捨てて、ぷいと教室を出て行った。
「何言ってんのよ。ナオスくんのあそこなら、このあいだの給食時間にもう見ちゃったわよ」と、ミドリさんが言った。
「え、見ちゃった?」三人の男子の動きが止まった。
「見ちゃったわよ、すっかり。当たり前でしょ。あんな事件があったんだから」
ミドリさんのあっけらかんとした口調に男子たちはいっせいにプッと吹き出した。
「そうだったそうだった」K川は感に堪えないといった調子で笑った。「確かにこいつ、一度Y美に教室でパンイチにさせられて保健室まで身体検査受けてきて、最後にはパンツも脱がされてたよな」
「そうそう。わたしもよく覚えているよ、ナオスくんのあそこの形」とリロ湖さん。「だからもう見なくていいの。放してあげて。かわいそうだよ、ナオスくん」
「そっか。だったら前回見たのと違いがないか、チェックしてくれよ」と、あくまでも実行する気満々のK川。
一度僕を床に下ろしたP太郎は、僕の裸の肩を押さえてくるりと体を半回転させた。
こうして三人の同級生の女子と対面する。彼女たちは想像していたよりもうんと近くにいた。この至近距離で彼女たちに裸のお尻をまじまじと見られてしまったのだけど、今度はおちんちんを見られてしまう。背後に立つP太郎が再び僕の手首を握って、引っ張り上げた。やだ、やだ、と僕は足をばたつかせた。
「ねえ、やめて。お願いだから、もうこれ以上の悪ふざけはやめて」
涙ながらに訴えるものの、K川はまったく聞く耳を持たず、反対側のパンツの端を握るB男に小声で何か指示をしている。あれだけ僕を放すように呼びかけていたミドリさんやリコ湖さんも、P太郎の手で高々と吊り上げられたパンツ一丁の僕を正面に見据えると、なんだか俄にそわそわして、口数が少なくなった。
「いくぞ、いち、にの・・・・・・」K川が掛け声を発した。
「やだ、もう見世物にしないで」吊されたまま腰を捻ったけど、すぐに押さえつけられてしまった。
「さんッ」
僕の両サイドで腰を落としているK川とB男が僕のパンツを一気に足首まで下ろし、すぐに引っ張り上げた。
正面の目を見開いた三人の女子が小さな悲鳴を上げて、手で口を覆った。
見られてしまった。またまたクラスメイトの女子におちんちんを見られてしまった。脳みそがグツグツ沸騰して耳とか目から吹きこぼれそうだった。
「どうだった? 見えたか?」
女子たちは何も答えなかった。ただ顔を赤くして、もじもじしていた。
「そっか、よく見えなかったのかな。じゃ、もう一回いっとくか」とK川が言うと、ふたたび腰を落として、パンツのゴムを掴んだ。
「もう堪忍して。これ以上見られたくないッ」
体を揺すって抵抗する僕をぐいと押さえつけると、K川は向かいのB男を見て、二度三度頷いた。「いち、にの、さんッ」
いやあッ。
またしてもパンツがずり下げられ、足首のところで引き上げられた。
ミドリさんが僕のパンツへちらちら視線を向けながら小声でN川さんに何か言っている。リロ湖さんは体育座りして正面を向いたまま、丸っこい目を大きく見開いている。
「もういい加減にしてよ。放せ、放せったら」
吊り上げられたパンツ一枚の体を激しく揺さぶっても、大柄で力強いP太郎にがっちりと両手首を握られていては、どうしたって逃れられない。
K川とB男は、後ろ向きの時以上に素早くパンツの下げ上げをしたけど、三回四回五回と休みなく次々と繰り返すものだから、女子たちの目におちんちんが触れる時間も蓄積して、おのずと彼女たちの記憶に定着するようになる。ふと気づくと、N川さんが親指と人差し指で大きさを示して、リロ湖さんとくすくす笑い合っていた。
かなりのスピードでずり下げられたパンツが勢い余って、足首から抜けてしまった。
ヒィィ、いやっ・・・・・・。
唯一身に着けていた白ブリーフのパンツが僕の体から離れ、今や同級生六人の前で完全なる裸のまま、万歳の格好で吊り上げられている。あまりの恥ずかしさ、惨めさに僕はとうとう泣き出してしまった。
さすがに哀れに思ったのか、B男が急いでパンツを足首に通そうとしてくれたけど、女子たちを笑わせようとしたK川が、おちんちんに手を近づけてきたので、「やめてえ」と絶叫した僕は反射的に両足を揃えてぐっと上げた。もうこれ以上、おちんちんを好奇の視線に晒したくなかったし、面白半分で触られたくなかったからだ。すると、その拍子に足の甲でパンツを蹴り上げてしまった。
うう、なんてこと・・・・・・。
不覚にも僕が蹴ってしまったパンツは高く上がり、ゆるやかなカーブを描きながら、後方に寄せられた机の列をも飛び越え、壁に取り付けられた掲示板の上に着地した。
予想外のハプニングは水を打ったような静けさを教室にもたらした。P太郎が僕の手首を放した。僕はどさりと床に落ちて、そのまま正座し、股のあいだにおちんちんを押し入れると、股をキュッと閉じて、股間に手を置き、前屈みになった。服を着た人たちの中で自分だけが素っ裸なのを意識する。掲示板の上に引っかかったパンツを指して、「あれを、あれを」と呻いた。「取ってきて」という言葉が続かないほど、焦りまくっていた。
廊下に人の気配がした。ガラッとドアが開くのをきいた瞬間、僕は野生動物さながらの憫笑な動きで、寄せられた机の下に潜り込んだ。
入ってきたのは用務員のおじさんだった。校内の見回りでこの教室だけ電気がつけっぱなしだったという。
「きみたち、もう七時を過ぎてるぞ。いつまで学校に残ってるつもりだ」
用務員のおじさんは相当に不機嫌だった。無理もなかった。児童はとっくに下校している時間だった。
「ごめんなさい。わたしたち、ちょっと部活のことで話し合ってたんです。そうしたら、いつのまにかこんな時間になってしまって・・・・・・」
ミドリさんが謝ると、用務員のおじさんは「おう、そうか、話し合いか、いいことだ」と、いきなり理解を示した。機嫌は一遍に直ったようだった。「話し合いはたいていの問題を解決する。問題があれば、とことん話し合うのがいいんだ。わしら大人も、もっと話し合いをせんといかんな。なぜ大人は話し合いをしたがらんのだ。それは問題と直面したくないという弱さのあらわれなんじゃ。まさに困った時ほど話し合いだな、話し合いしかない、話せばわかる」などと、意味不明の独り言をぼつぼつ呟いてから、「で、その話し合いは終わったのかの?」と問うた。
「はい、もう終わります。終わったら、わたしたち、帰ります」とミドリさん。
そこへ新たにもうひとり、教室に入ってきた者がいた。マリモンだった。
マリモンはなぜか上機嫌だった。フンフンフンと、あるメロディーを口ずさんでいる。どこかできいたことのあるメロディーだった。
「なんだ、ずいぶんとたくさん残ってるんだな」おじさんの声にかすかな不審の念が混じった。「ほかにもまだ誰か残ってるんじゃないか?」クラスメイトの間で緊張が走った。そのドキドキの息づかいが机の下で身じろぎもしない全裸の僕にまで伝わってくる。「きみたち、七人だな。ほんとに七人だな。みんな同じクラスだな。ええと、五年、何組だっけ?」
「三組です。五年三組」
「よしよし、じゃあ、早く帰って、五年三組アホー組でも見なさい」と言って、教室から出ようとしたおじさんの足がドアの手前でぴたりと止まった。
「なんだね、あれは?」
「あれって?」
「あの、掲示板の上だよ。なんか白い物が引っかかってるな」
「へ、なんですか?」
「誰か取ってきてくれんかの、あれを」
はい、と応じたのはB男だった。机に飛び乗るドスンという音が響いた。どすどすと机の上を歩いて、パンツを取ってきたようだった。
おじさんが僕のパンツを調べているのが気配でわかった。
「ほう、白いブリーフ。誰か男子のパンツのようだな。君たちのか」
「まさか。おれたちは、そんなださいパンツ、穿きませんよ」とK川。
「ま、それもそうじゃな、ホホ。でも、なんであんなところに男児のパンツがあるんじゃ。それにこのパンツ、なんか湿ってるぞ。なんで湿ってるんじゃろ?」
おじさんはクンクンと鼻を鳴らした。パンツのにおいを嗅いでいるようだった。
「おじさん、ごめんなさい、それ、雑巾なんです」
凜とした声を響かせたのはN川さんだった。
「雑巾?」
「そう、クラスで掃除に使う雑巾を集めることになって、ひとりの男子、ナオスくんて言うんですけど、彼だけ雑巾を持ってくるのを忘れたんです。それで先生に雑巾になるものなら何でもいいから出しなさいって怒られて、しぶしぶ自分の今穿いてる白ブリーフを脱いで提出したんです。それ以来、その白いブリーフは雑巾としてクラスで使ってるんですよ」
N川さんの堂々とした説明に用務員のおじさんは合点がいったようだった。
「なるほど、雑巾か。確かにところどころ床を拭いたような汚れがあるわな。しかしこんなものを雑巾としていつまでも使われちゃ、その少年も恥ずかしくてたまらんだろう。しかもきちんと仕舞わずに掲示板の上に引っ掛けたままなんてなあ。これじゃあ少年が気の毒というもんだよ」
「そうですね。そろそろナオスくんに返してあげようかとは思ってますけど」
クシュン、とその時、僕は小さくくしゃみをしてしまった。パンツ下げ上げされ、女子たちに体をさんざん見られた羞恥のせいで体が熱くなっていたけど、机の下で素っ裸のままじっと息を潜めていると、寒さで体が震えるようになったのだった。
「なんだ、まだ誰か、ほかにもいるのか?」おじさんの声が強張った。
「いえ、誰もいませんよ。わたしたちだけですけど」
「今、誰かくしゃみしたような音が聞こえたけどな」
「え、そうですかね・・・・・・」ミドリさんが言葉に詰まった。
「気のせいですよ。もしかして霊感とかお持ちなんですか? この教室、夜になると、裸の少年の幽霊が出るんですって。シュンヤって名前の」と、N川さんが言った。
「なんだと? 裸の少年の幽霊? シュンヤ?」
「そうです。小柄な、一見女の子にも見える、男の子の霊です」
「ふん、そういう話ならわしもきいたことあるぞ。裸の少年の幽霊、シュンヤくんだな、意外と近くにいるもんなんだ。たとえば、そうだなあ・・・・・・」おじさんの足が机の下に隠れる僕に近づいてきた。「この机の下とかにな」
バンと机を叩いて、机の下を覗くおじさん。・・・・・・僕と目が合ってしまった。おじさんは凍りついたようにしばらく動かなかった。
「まあ、そういう霊がいることもあるんだ」
おじさんは内心の恐怖の念を隠すように、努めて平静を装って腰を上げた。声がまだ震えている。
「とにかく、きみたちも話し合いなんぞという、しょうもないことに貴重な時間を浪費してないで、早く帰りなさいよ」
そう言い捨てると、おじさんは逃げるように教室を出た。
机の下から出てきた僕は、全裸の身を少しでも覆うべく腕を体に巻き付け、正座の姿勢を取っておちんちんを股に挟んで隠し、前屈みになって、服を着た七人の同級生を見上げた。
「お願い、僕のパンツはどこ? 早く返してよ」
恥ずかしさと寒さで震えながら訴える。
しかし、返ってきたのは無情な現実を告げる言葉だった。
「ない。あの用務員のジジィがおまえのパンツを握りしめたまま、走り去っちまった」
「え、持ってっちゃったの?」
「そう、なんか動転してたから、返すのを忘れてしまったようだな」
「すぐに追っかけて返してもらってよ」
「無理だな。もう行っちまった」と、僕の頼みをあっさり断るK川。
「ひどいよ。ひどすぎる」
「何がひどいのよ。これもナオスくんが変なタイミングでくしゃみしたのが悪いんでしょ。いくら裸で寒いからって、もう少し我慢できなかったの?」と、N川さんが逆に僕を責めてきた。
K川は憐れむような目で僕を見た。「かわいそうだけど、おまえ、素っ裸で帰るしかないと思う。安心しろ、俺たちがおまえんちまで送ってやるから」
「ところでマリモン、あんた、どこ行ってたのよ?」と、ミドリさんが訊ねた。
「ナオスくんがかわいそうだったから、服を探しに行ってたんだよ。手洗い場側のベランダも探してみたよ。そこから校庭を見たら、なんか服らしいものが散らばっててね」
「え、服があったの?」とミドリさんとリロ湖さんが同時に声を出した。
「うん、校庭まで出て確かめたけど、違った。新聞のチラシみたいのが散らばってるだけだったよ」
「そっか。残念だったね、ナオスくん」と、N川さんが素っ裸の僕を見て、薄く笑った。
服を着た同級生たちは鞄を取り出し、帰り支度を始めた。
「ねえ、ちょっと話があるの」とマリモンが言って、いきなり僕の手首を握った。素っ裸なのでなるべく体を動かしたくないし、ましてや移動もしたくないのに、彼女はむりやり僕を教室の隅へ引っ張った。仕方なく中腰になって片手でしっかりおちんちんを隠す。
「さっき下駄箱で下級生たちにきいたんだけどさ」とマリモンがほかの人に聞こえないように声を絞った。「部活中のK川くんが体育館に戻るところを見たって言うのよ。ノートのほかに大きな巾着袋を持ってたって。何かが入ってるみたいに膨らんでたから、なんであんなの持って体育館に行くのかなって不思議に思ってたんだって」
それだけ言うと、マリモンはすっと僕を離れた。
帰り支度を終えた女子たちが自分たちの鞄を見せ合っていた。マリモンの鞄は、数冊のノートしか入らない、ぺらぺらの布製だった。僕と同じで、教科書などは学校に置いて、必要最小限の荷物しか持たない主義のようだった。
「ナオスくんさあ、オールヌードだよ。どうやっておうちに帰るのかな」と、完全に他人事モードのN川さんがリロ湖さんに話しかけた。リロ湖さんも「さあね」と首を傾げた。
「やっぱり職員室に届けられてるんじゃないかな。帰り際に職員室に寄ってみようよ。まだ諦めるのは早いって」と、ミドリさんが僕を励ました。
「いや、職員室には届けられていないね。服は別の場所にある」
きっぱり断言したので、同級生たちは驚いたようだった。正座する全裸の僕をじっと見つめる。
「なんで、おまえ、そんなこと言い切れるんだよ」と、K川が興味深げな顔をして言った。
「僕の衣類は二カ所に分けて隠されていると思う。そのひとつは焼却炉にあると思うから早く取り出さないと」
「え、体育館じゃないの?」とマリモンが遠慮がちに口を挟んだ。
「うん、体育館じゃなくて、焼却炉」
ええ、嘘、なんで、という声にならない驚きが七人の同級生のあいだで広がった。
オナネタが増えそうで楽しみである
服が燃やされていないことを祈ります。
白ブリーフ一枚で安物の布切れ呼ばわりされるシーンが良いです。
マジックショー本編のような名推理を発揮しそうなナオスくんですが、焼却炉は不吉な予感がします。最終的に全裸帰宅するはめになりそう。
>新連載が始まったか... への返信
ありがとうございます。
今回のお話は次でおしまいですが、また別の話も始めたいと思います。お楽しみいただければ幸いです。
>何度も脱がされるのは災難ですね…... への返信
ナオスくんは一度脱がされると裸でいる時間がすごく長いので、その分、脱衣のシーンが少なかったですね。今回はあえて脱がされるシーンを増やしてみました。
>更新お疲れ様です。... への返信
ありがとうございます。こだわった部分に反応いただき、嬉しいです。
なぜ焼却炉に? ということで、その理由は次の話で明らかになります。