大和田な日々

中2病に年中かかっている大学生の、ダメ人間ブログ

ライカ

2006年07月09日 01時19分02秒 | Weblog
今更だけど 世界で始めて宇宙に行った
彼女の為に捧げたいと思います。
どうか安らかに眠ってください。




私を助けてくれたあなたに 私の全てを捧げよう
私を拾ってくれたあなたに 私の身体を捧げよう

私のほかにも代わりはいたけど
あなたは私を選んでくれた

あなたの夢を叶えるために 世界の夢を叶えるために
世界を廻る旅をするんだ
それは誰もしたことがない とっても凄い旅行なんだ

準備をしてる私を あなたは笑って見てくれた
心配で不安な私を あなたは笑顔で見送った

鎖に繋がれ服を着せられ狭い箱の中に入れられて
私は宇宙に旅立つの

それは誰にもしたことがない 皆が憧れるような旅行なの
あなたのためにも私は行くよ
だから決して怖くない
だから決してこわくないの・・・・・

お願いだから笑って見送って

わたしをひろってくれてありがとう







先日、ライカ犬のことを知りました
大体解っている事はありません。
ですが、少しあげてみようと思います。

1957年の11月に、ライカ(クドリャフカとも呼ばれている)犬が
ガスを吸収するための装置・酸素を供給する装置・カプセルを15度に保つ装置
を載せた18kgのカプセル形宇宙船で打ち上げられました。

旧ソビエトにより、40年近く、ライカは1週間以上生き、痛みもなく軌道上で安楽死したと伝えられていましたが、2002年の米国テキサス州での会議にて真実が発覚。

ちなみに、ライカが生きて地球へ戻ってくる手段は無く
狭いカプセルの中で動けなくなるよう鎖に繋がれ
実験として、強制的に宇宙へ飛ばされました

開発者達は、ライカは宇宙で4日から一週間は生きていられるだろうと思ってたが
(まぁ、実際発射後もそう報道されてたらしい)



実はライカは発射後数時間で狭いカプセルの中で死んでいたそうです。
ライカに死をもたらしたのは
発射後のカプセルの高温と、パニックでした。

ライカの死を知っていたはずのソビエトはその後、宇宙空間で生命体が長時間生存できる事を発表し、アメリカとの宇宙進出競争をした

そして、ライカを載せたスプートニック2号は、ライカの死体を乗せたまま軌道を2570回まわった後、
1958年4月14日、地球の大気圏に突入し 燃え尽きました。


装置のほかに乗せられていたものは ライカの10日分の食料で
10日目の食料の中には 睡眠薬と毒物が入れられていました
しかし、ライカはその食料で安らかに眠る事も許されず
狭い箱の中で鎖に繋がれて殺されたのです。


そして10日後には睡眠薬と毒物が入った食料がライカの喉に無機質な管で入れられる



間違った事を言ってるかも知れません
間違った事を書いているかも知れません
それでも、私はこの事実を伝えたかった
真実を知ってほしかった

確かに国を発展させるためには犠牲は必要です
でも、
何で忠実に従ってくれる事を良いことに 殺すかな。


どうしてこんなに世界は醜いのでしょうか。

だから嘘は綺麗なのかな


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