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みゃうな日々

日々まったり

ダイエット78日目

2011-05-14 11:22:14 | Weblog
11/02/25 88.8 開始日
11/03/07 84.2(10日目)-4.6
11/03/17 82.6(20日目)-6.2
11/03/27 80.2(30日目)-8.6
11/04/06 77.8(40日目)-11.0
11/04/16 77.4(50日目)-11.4
11/04/26 75.8(60日目)-13.0
11/04/28 75.4
11/05/06 80.0(70日目)
11/05/09 78.6
11/05/10 77.8
11/05/14 77.2


明日は出かけるので、またちょっと増加するかな。
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ダイエット74日目

2011-05-10 10:54:52 | Weblog
11/02/25 88.8 開始日
11/03/07 84.2(10日目)-4.6
11/03/17 82.6(20日目)-6.2
11/03/27 80.2(30日目)-8.6
11/04/06 77.8(40日目)-11.0
11/04/16 77.4(50日目)-11.4
11/04/26 75.8(60日目)-13.0
11/04/28 75.4
11/05/06 80.0(70日目)
11/05/07 79.4
11/05/08 79.2
11/05/09 78.6
11/05/10 77.8


やっぱり短期間に増えただけの体重だから落ち方もはやいかな。
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高速乗りまくり・食べまくり旅行8

2009-07-06 14:14:21 | Weblog
とうとう最終回です。
長々とお付き合いくださり本当にありがとうございます。
あとほんの少しですので、もうしばらくお付き合いくださいませ。

さて函館の夜があけました。
ここで本当なら朝市の海鮮丼で函館旅行の〆とするところですが。
超長距離運転の貫徹状態でチェックアウトぎりぎりまで寝ていたので朝市
に行く元気もなく。時間においたてられ函館を出発です。

そこで朝ごはん何食べようとしばし思案。
やっぱり地元めしってことでハセストの焼き鳥弁当を食べよう!と思ったのですが。帰り道のどっかにあるだろうなんてタカをくくっていたら。

たまたま通った道沿いのどこにもありませんでした。ガックシ
リサーチちゃんとしておくべきでした。めっちゃ後悔です。

後悔といえば。
今回行きたかったお店の一つであった『かね久 山田』にも行けなかったのが残念でなりません。ここは津軽そばのお店なのです。一度津軽そばというものを食べてみたかったのですが定休日では仕方がありません。また次回にリベンジです。

そんなバタバタとした函館の朝でしたが。一路大沼公園へと向かいます。



到着~。と思ったらここはお隣の大沼駅。
思いっきり間違ってます。

まぁ、おいら鉄っちゃんならぬ、建物好きな駅ちゃんなので良かったんですけどね。



こちらがほんとの大沼公園駅です。

小雨けぶる大沼を朝の散歩。


大沼という地名は、アイヌ語の「ポロ・ト(ー)」から由来しています。「ポロ」は「大きい・多い」、「ト(ー)」は「沼・湖」を意味します。

大沼、小沼、蓴菜(じゅんさい)沼などを総称して一帯を『大沼』と呼んでいます。

すぐ近くの蓴菜沼ではその名からもわかるとおり蓴菜が採れます。丁度これからが採取シーズンなんですよね。どこかで蓴菜のそばでも食べれないかなぁと探してみたのですが、まだ早い時間だったので見つけれませんでした。残念。



散歩をしながら。沼と湖の違いってなんだろ~?なんて思っていたのですが。

河童が住んでるかどうか・・・ではなくて。

どうやらあまり明確に区別されているわけではないようで。昔からの慣習で呼ばれていることが多いそうです。しいて湖沼学的にいえば深さが区別のポイントのよう。

大沼といえば。

『沼の家』亀田郡七飯町字大沼町145

1905年(明治38年)創業の『元祖 大沼だんご』の製造元です。

大沼だんごには『あんと正油』verと『胡麻と正油』verがありまして。

折の大きい方で大沼湖、小さい方で小沼湖を表していて、団子を串に刺さないのは、湖面に浮かぶ126の島々に見立てているそうです。

胡麻verの方は製造数が少量のため『沼の家』でしか販売していないので、大沼へ寄った時にはぜひ胡麻verを食べてみてくださいね。


店先の椅子に座っていただきました。
この濃厚な胡麻をみてください。
一つ一つが小さい団子で、その美味しさに一折なんてペロリと食べてしまいます。画像は胡麻verですが、あんverもしっかり完食。ごちそうさまでした。


歩いていると面白そうなものを発見。

写真だとわかりづらいかな。

動画バージョンで。


連結自転車だそうです。おいらが遭遇したのは21人で漕いでる連結自転車でした。コレはかなり面白そう。乗ってみたいなぁ~。でも大勢いないと面白さが半減ですよね。

さて大沼を後にし。ちゃんと朝ごはんを食べようと。
森町赤井川村にある『ケルン』へ。ここでハンバークかステーキでもと思っていたのですが。まだ開店前でした。でもあいかわらずの人気で開店前だというのにすでにけっこーな行列。

帰りの時間のこともあるので向かいにある『ラッキーピエロ 森町赤井川村店』へ。

昨日はお腹の減り具合で断念した『ふとっちょバーガー』に挑戦です。
限定20食のメガ盛バーガーです。

15分ほど待っていると。
ガランガランガランと店内にベルを鳴り響かせながら、店員さんがふとっちょバーガーを持ってきてくれます。
席に来ると「本日はふとっちょバーガーをご注文いただきありがとうございます。 ・・・(中略)・・・完食をお祈りいたします。」こんな感じの口上を述べられます。もう一種の儀式ですよねコレ。

日曜の朝です。観光客盛り沢山の中でめっさ大注目です。

で、登場したのがコレ。

さすがにでかいので串刺しです。20センチくらいでしょうか。
上からバンズ、レタス、目玉焼き・トマト・ハンバーグ・コロッケ・チーズ・ハンバーグ・バンズ。こんな感じだったかな。もう1枚ハンバーグがいたような気もする。

かぶりつける大きさではないので、ナイフとフォークでいただきます。

あまりの食べるスピードに隣の席の子供が大ハシャギ。
おいしく完食。ごちそうさまでした。

7回完食するとキーホルダーがもらえるそうです。
近くに住んでたら挑戦するんだけどねぇ(^^;
まぁ、ふとっちょバーガーは余裕過ぎでしたので、次回はこの上をいく『函館山バーガー』に挑戦ですね!

さぁエネルギー充填で元気いっぱい。
八雲ICから高速へ。


有珠山SAです。

道東道方面へ抜けると。ここが最後のスタンド所在地になります。
スタンドはJOMOでした。
燃料を満タンにし、ショップでお土産を物色。

ここのSAには『牧家』の乳製品やソーセージなんかが売ってましたよ。

おいらが購入したのはコレ。

わかさいも。

車の中のおやつです。
こーゆーその地域のスイーツが売ってるのって嬉しいですよね。


次の休憩地。樽前SA。
ホットシェフ付きのセイコーマートがありましたよ。
きっと道外の観光客とかには品揃えが独特だし面白いコンビニかもしれませんね。


北海道物産センター夕張店

道東道はまだ全線未開通なので夕張で一度おりないといけません。
ただしETCの1000円上限については、夕張から一般道を経由してトマムIC又は十勝清水ICへ、乗り継ぐことによって適用になります。


物産センターには『石炭シュークリーム』や『メロンシュークリーム』『夕張メロンプリン』なんかが売ってます。

でもいつも買ってるので今日はカットメロン。


ジューシーで甘くてうまいっ!
喉の渇きがいやされます。
カップの底の汁は生メロンジュースっ!!


日勝峠です。
霧のため視界が悪くちょっと先の車が霧の中に消えてしまって見えなくなることもしばしばでした。


帰りの高速料金は。
八雲IC → 音更帯広ICまで。
6,650円のところ1,000円です。

これで往復高速料金15,650円のはずだったのが、2,000円。
かなり得した気分です。

さて帯広へ到着。
売り切れると困るので友達にお願いしておいたものを受け取りに。

何かというと。
満寿屋の『木の実の天然酵母パン』


コレめっさうまいですよ!
持つとかなりずっしりしています。ハスカップの天然酵母を使っていて、北海道産の小麦「キタノカオリ」を100%使用。中にはクランベリー、ヘーゼルナッツ、パンプキンシードがこれでもかってなくらいにびっしりと。大満足の逸品です。

定番。柳月スイーツピアガーデン。

大好きな豆達者と木の実のダブル詰めで。

そして旅の最後は十勝川温泉。
笹井ホテルで汗を流しさっぱりしたところで残りの帰路をひた走りました。

こんな具合に1泊2日とちょっと?約50時間の旅が終わりました。

久々の大旅行でした。観たいものを心ゆくまでじっくりと観て、おいしいものをたくさん食べてほんとに楽しかった。

帰ってきて2週間がたちましたがまたぞろ今年は旅の虫がうずきます。
さて次はどこへ行こうかな。
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高速乗りまくり・食べまくり旅行7

2009-07-03 12:26:08 | Weblog
元町エリアから金森倉庫へ。

てくてくと散策をしながら赤レンガ倉庫群へと。

函館市豊川町11-5



日もだいぶ暮れてきました。
たくさん歩いてお腹も減ってきたので。


『あじさい 紅店』函館市豊川町12-7 函館ベイ美食倶楽部内

2006年7月1日にオープンした函館ベイ美食倶楽部内にある店舗です。

函館にきたらやっぱり塩ラーメンですよね。


ってことで「あじさい塩ラーメン」。

あっさり系すき通ったスープなんだけど、コクがあって飽きのこない味わい。麺は中細ストレート麺。水菜がいいね。
店舗はモダンな感じで、器もそれにあわせてか黒でシック。
特別な逸品ではないけど、きっと毎日食べても飽きない味なのかな。


函館ベイ美食倶楽部には無料開放の足湯がありまして。


なんだかわからない写真になってしまいましたが。
浸かってみました。

泉質/ナトリウム・塩化物強塩泉(高張性中性高温泉)
源泉名/海峡の湯

ちょっとぬるめですが、歩き回って足が疲れていたのでのんびり足湯が気持ちよかったです。函館ベイ美食倶楽部内の飲食店でタオルも売っていますが、足湯を利用するつもりならタオルを持っていくと良いかもですね。

さてさてお腹も満ちたのでショッピングです。

ペイストリー・スナッフルスのチーズオムレット。
蒸し焼きショコラ。

札幌でも買えるというのに、ついついホテルでのおやつにと買ってしまいました。このふわっとトロりと口の中でとろける食感がたまりません。
やっぱりうまいです。蒸し焼きショコラは初体験でしたが、この濃厚なチョコの味とチーズオムレットと同じようにとろりととろける食感が最高です。

ここでしか買えないお菓子も食べたいなぁと思い。
函館開港150周年記念のお菓子も買ってみました。

ペリーの贈りもの

同じく開港150周年を迎える横浜の洋菓子店『ありあけ』とのコラボ商品なんですよ。

ありあけといえば横浜土産のハーバー。
つぶつぶの栗が入った栗あんのお菓子で、よくいただいて好きだったので、スナッフルスで名前を見てちょっとびっくり。
しかもハーバーが黒くなって、黒船ハーバーになっててさらにびっくりw
元々のハーバーとはちょっと別物という感じですが、これはこれでアリかなと思いました。


金森洋物館で北うさぎ工房のグッズをゲット。
五稜郭タワー、元町日和館と北うさぎグッズを探しもとめての放浪の旅です。



何を探していたかというと。
ストラップの種類が、全種類そろってるところがなかったんですよ。どっかにあるハズと探していたのですが。結局全種類そろっているお店はなくて。今現在7種類あるハズなんですよね。ネットでも買えないし。水色が買えなかったのが悲しすぎる。


自分用に緑を購入。友達のお土産にはピンクを。


他にも自分用にマグと木製タグを購入。
函館に来るしか購入方法がないので満足満足。


一度ホテルに戻り荷物を整理して。
函館のイカを食べにGO~!


函館ひかりの屋台 大門横丁。函館市松風町7

観光客っぽくウロウロとw
屋台村です。

ちょっと混んでいて落ち着かなかったので、もう一軒別な居酒屋へと。

時価だったのですが、活イカを食べないと函館に来た気がしないのでもちろん注文。でも朝の巴丼より高かったw

念願の活イカをいただきましたっ!


この時期は函館ではイカというと真イカのこと。
かなり大きなサイズでした。新鮮だからわたの刺身もトロっと濃厚でおいしかったし、身も透き通ってコリコリと最高です。ゲソは焼いてもらって目先をかえて。1匹まるまんまなのでかなりのヴォリュームです。




大将のおすすめだった、マグロとハマチもレベル高し!
肴がおいしいとお酒もすすみます。
函館の夜もしっかり堪能です。

39時間ぶっ続けで起きていたので、ホテルに戻るとチェックアウトの時間まで死んだように寝ていましたw


最終回の8に続く~

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高速乗りまくり・食べまくり旅行6

2009-07-03 00:20:37 | Weblog
元町散策の続きです。


遺愛幼稚園。函館市元町4-1

ここ函館の元町には古くからの建物が、今もなお現役として使われています。遺愛幼稚園もその中の一つ。

1895年(明治28年)9月、遺愛女学校(明治15年創立、現遺愛学院)の付属幼稚園として、創設されました。1907年(明治40年)8月の大火で一時廃止されましたが、1913年(大正2年)に再建されました。

米国人宣教師M.Cハリスは米国メソジスト監督教会より派遣され1874年(明治7年)1月26日函館に到着後、付近の子女を集めDaySchoolを開きました。これが遺愛学院の濫觴です。ハリスは当時の札幌農学校で、 クラーク博士の依頼を受け、佐藤昌介、新渡戸稲造、内村鑑三らに 洗礼を授けているそうです。

外壁をピンク、隅柱、開口部などは白色で、どこかアメリカンな雰囲気を感じる建物です。
こんな幼稚園に通うことができる函館っ子ってすごく素敵だなぁって思います。


八幡坂。

TVやCMなどにもよく登場しているので、もう説明がいらないくらい函館では一番有名な坂ですよね。
携帯の画像なので、この景色がうまく伝えられないのが残念です。
真っ直ぐに伸びる石畳の坂の向こうに函館湾。函館港に摩周丸が係留されているのがわかるでしょうか。
天気がよければ緑の街路樹と空の青さにもっともっと感動を受けたんだろうなぁ。またぜひリベンジしたいですね。

この坂を登りきったところが函館西高校です。
北島三郎さんの母校としても知られていますが、おいらが思い浮かぶのは辻仁成。
辻仁成の『ほとけ』という映画観たことありますか?
基本あんまり邦画は観ない方なのですが、北海道の風景が大好きなので北海道ロケ作品は別です。おいらにとって北海道ロケ作品は、正直内容は二の次。この作品はほんとに函館の美しい風景を感じることができますよ。

辻仁成作品は昨年も函館でロケしていまして。『ACACIA』という映画なのですが今年公開予定なので、行ったばかりの函館が舞台の作品ですし、いまからとっても楽しみにしています。

辻仁成繋がりでもう一個ネタを。
『函館物語』というフォトエッセイがありまして。
中高校時代を函館で過ごした辻仁成の目線からみた函館をうかがうことができます。普通の観光スポットとは別なアプローチで函館を楽しみたいという方には一読かもです。


旧函館区公会堂。函館市元町11番13号

基坂を登りきったところに建つのがこの旧函館区公会堂。
曇天の為色味が伝わらないかもですが。ブルーとイエローの非常に色調の美しいモダンな建物です。

明治43年(1910年)に当時の洋風建築の粋を集めて建てられた左右対称のコロニアルスタイルの木造建築です。

明治44年には大正天皇が皇太子殿下として行啓の際宿舎として使用されており、館内はその貴賓室130坪の大広間など当時の華やかな雰囲気をそのままに残しています。


函館市写真歴史館。函館市元町12−18

ここは旧北海道庁函館支庁庁舎として1909年(明治42年)に建てられた2階建ての木造洋風建築で、現在は1階が元町観光案内所、2階が函館写真歴史館として使われています。

特筆すべきなのは、1854(嘉永7)年のペリー提督箱館来訪時に同行した写真師ブラウンにより撮影された日本最古の銀板写真『松前藩勘定奉行石塚官蔵と従者』がみれること。その他にも明治時代の函館の街並みの写真などが展示してあってとっても興味深い場所です。


旧開拓使函館支庁書籍庫。函館市元町12-1

写真歴史館の横に建っています。

1880(明治13)年に建造された煉瓦造り2階建ての建物です。
外壁はフランス積み煉瓦壁で、外部の四隅に隅石が組まれていて、いいアクセントになっていますね。

使われている煉瓦は、当時亀田郡茂辺地村(現上磯町茂辺地)にあった、開拓使直営の「茂辺地煉瓦石製造所」の煉瓦が使用されています。
壁の煉瓦には「明治7・8・9年」の製造年の年号や「函館製造」との刻印が打ってあるものがあります。


ペリー提督来航記念碑。函館市弥生町2

元町公園の下。ペリー広場です。

函館市は今年開港150周年を迎えます。
これは、米・英・仏・蘭・露との修好通商を定めた「安政の5カ国条約」の発効から数えて今年が150年目に当たるということなんです。
安政の5カ国条約とは、鎖国状態にあった日本が5つの港(函館、新潟、横浜、神戸、長崎)を開港し、自由貿易を行うと定めた条約のことです。
この条約は1859年(安政6年)に発効し、函館(当時は箱館)港はその年の6月2日に国際貿易港として正式に開港しました。この日を新暦に当てはめた7月1日を「開港記念日」と定めているため、2009年7月1日が函館開港150周年の記念日になるわけです。

といっても幕末の混乱期から明治初頭にかけ、日本が列強と結ぶことを余儀なくされた不平等条約の一つであるわけですから、安政の5カ国条約だけをクローズアップするとおかしなことになってしまいますが、この時の開港は、洋風文化をいち早く取り入れ大きな発展を遂げてきた函館という街の成り立ちに不可欠だったのではないでしょうか。

さて日米修好通商条約の前段階のお話し。
ペリーの来航によって締結された日米和親条約で開港されたのが下田と函館です。
ペリーは1854年(安政元年)5月17日、開港される箱館港を下検分するため、5隻の艦船を率いて来函しました。その時に商人の山田屋寿兵衛宅で松前藩の家老松前勘解由(石塚官蔵)と会見したのですが、この時、松前勘解由と松前藩士が、ペリー遠征に同行した写真家ブラウンによって撮られた写真が、前述した日本最古の写真です。

寄港地でペリーが観察した日本のことが『ぺルリ提督日本遠征記』に記述されています。

『函館の街路は互いに直角に交差するよう整然と建設され、道幅も広く、排水をよくするために砕石が敷かれ、両側に排水溝があり、排水はこの溝から下水渠をとおって海に排出される。函館はあらゆる日本町と同じように著しく清潔で、街路は排水に適するようにつくられ、たえず水を撒いたり掃いたりしていつでもさっぱりと健康によい状態に保たれている
(中略)
教育については、下田でも函館でも、書物は店頭で見うけられ、明らかにおおいに需要されるものであったとして次のように述べている。人民が一般に読み方を教えられていて、見聞を得ることに熱心だからである。教育は同帝国いたるところに普及しており、また日本の婦人は中国の婦人とは異なって男と同じく知識が進歩しているし、女性独特の芸事にも熟達しているばかりでなく、日本固有の文字によく通じていることもしばしばである。アメリカ人の接触した日本の上流階級は、自国のことをよく知っていたばかりでなく、他の国々の地理、物質的進歩および当代の歴史についても何事かを知っていた』

こんな感じで函館のことも記載されていてなかなか面白いです。


中華会館。函館市大町1-12

日本唯一の清朝様式建築物です。
函館から中国への海産物貿易の盛んな頃に在函華商が信仰する三国時代(魏・呉・蜀)の蜀の武将として活躍した関羽=関帝を奉祀する聖所、関帝廟として建てられました。
当初の中華会館は洋館風でしたが1907年の大火で消失し、その後、中国から大工・彫刻師・漆工らを招き、煉瓦・祭壇・什器等資材も中国から取り寄せ、釘を一本も使わずに、約3年の工期と巨費を投じて明治43年(1910年)12月に竣工した建物だそうです。



市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)。末広町19-15

明治の函館には、「四天王」と呼ばれる豪商たちがいました。初代渡辺熊四郎、今井市右衛門、平田文右衛門、平塚時蔵。

その四天王の一人、渡辺熊四郎が建てたのがこの金森洋物店。前述の茂辺地煉瓦石製造所で造られた煉瓦を積み上げしっくいで仕上げています。

明治13年に建てられ老朽化した「旧金森洋物店」を改修し、資料館として使用しています。館内には、建築者である初代渡辺熊四郎の関係資料をはじめ、当時使用していた帳簿や机、生活用具などが展示され、往時の生活をしのぶ様々な所蔵品を見ることができます。

函館の西部地区には、明治から大正にかけての歴史的な建物が外観を維持しながら、実際に住宅や店舗として使われていたりして、街全体が博物館のようで、散策しているとレトロな気分になります。

7へ続く~


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高速乗りまくり・食べまくり旅行5

2009-06-30 11:00:59 | Weblog
温泉の帰りみち。
小腹がすいたのでおやつを買いにGO~


栄餅本店。館市 栄町5-13

明治33年創業の老舗のお餅屋さんです。
草もちと、醤油とゴマのお団子を購入。




特別な華やかさがあるわけじゃないけど、ほっとする優しい味のお餅でしたよ。ご馳走さまでした。


もう一軒甘味を。

千秋庵総本家。函館市宝来町9-9

こちらも1860年創業の老舗。
今回伺いたかったお店の一つでもあります。

というのも。ここが千秋庵発祥なんですよ!
しか~も。
あまり知られてないかもですが。
六花亭も千秋庵が源流だったりするんです。

どうゆうことかというと。

函館千秋庵 → 小樽千秋庵(現在はありません)
 → 札幌千秋庵(現在の札幌千秋庵製菓)
  → 帯広千秋庵(現在の六花亭)

ルーツを追うとこんな感じになっておりまして。
函館千秋庵からみると、六花亭は曾孫にあたるのでしょうか。

北海道の有名なお菓子屋さんに、こんな繋がりがあったなんてびっくりですよね。


ここで購入したのは『元祖山親爺』、『どらやき』、『函館フィナンシェ』。
山親父は札幌のものより心持ち甘さ控えめでしょうか。食感もなんとなく違う気がします。どらやきはこだわりの大納言の粒あんがたっぷりで食べ応え十分。函館フィナンシェは新作のお菓子で、今年の函館の開港150周年と来年の千秋庵総本家創業150年を記念しての新作みたいです。バターのコクと塩味がきいていて、コレはかなり美味しい。どらやきもフィナンシェも、もっとたくさん買ってくるんだった。後悔。


ここでトラブルがおきましたっ!
車の後ろで、ガコガコ音がします。

なんだろと車をとめて下をのぞいてみると、マフラーの溶接がはずれて、車体とぶつかっていたんですよね(^^;
どうしようもないので、ホームセンターを探し、家までもてばよいと応急処置。しかしこれがまた函館市内でホームセンターを探すのがなかなか大変でした。土地勘のないところでお店を探すのって大変ですね(^^;


いい時間になってきたので、ホテルにチェックインです。
今回泊まったのは。
『フィットネスホテル330函館』北海道函館市若松町6-3
楽天トラベルからの駐車場料金込みプランで4300円。

部屋はこんな感じ。


駅前でこの料金は安い!
ベッドは広いし、加湿器があってホテルではいつも乾燥で喉を痛めるのだけど今回はそれがなかったのがホントに助かりました。

ホテルから朝市まで歩いていける距離で、すぐそばに電停もあって、かなり便利です。

フロントの方に路面電車のことや観光スポットのことなど色々質問攻めにしてしまったのですが。対応が親切丁寧で好感が持てました。
このホテルすごく気に入ったよ!


短い滞在時間です。時間を無駄にできません。
荷物の整理を簡単にすませ。いざ観光へっ!

まずは函館駅なんかをウロウロ。

前に来た時と違う!大きくて立派になってる!

なんと2003年に現在の駅になったそうでこの駅で5代目になるとか。
でも18切符で旅した時の面影がなくなってちょっと寂しかったかな。

函館駅前から路面電車にのります。


目的地は十字街~。

こっから大好きな坂や教会群の見学です。

今回は曇天で、函館山も霧の中なので夜景見学は断念。


『二十間坂』

函館には名前のついた坂がたくさんるけど、その中でもここは好きな坂の一つ。
てくてくのぼっていくと途中に『五島軒本店』があります。
反対側には立派な東本願寺別院も。

道幅が二十間=36メートルあることからこの呼び名がついたそうです。


聖ヨハネ教会

北海道の聖公会では最も古い歴史を持つ教会です。
明治7年にイギリス人のデニング司祭が函館に上陸し船見町に家を借り活動開始したのが英国プロテスタントの函館聖公会のはじまりとされています。現在の建物は昭和54年に完成したもので、上から見ると十字架の形をしているんだそうです。


カトリック元町教会

フランス人の宣教師が建てた仮聖堂がはじまりで、1876年(明治9年)に創建。最初の建物は火事で焼失し、明治43年(1910)にレンガ造りの建物として再建されたのが再び焼失し、大正13年(1924)に焼け残ったレンガ造りの外壁を補修して、現在の建物が再建されました。高さ33mの大鐘楼はこのときに増築されたもの。
六角屋根の上に載った大きな風見鶏が特徴のゴシック様式の建物です。


ハリストス正教会

ロシア司祭ニコライが日本にはじめて伝えたとされるギリシャ正教の由緒ある教会で、初代ロシア領事館附属聖堂として安政6年(1859)に建てられたのが始まり。現在の建物は大正5年(1916)に建設されたものです。
白い壁に青緑の尖塔をあしらったビザンチン様式の美しい教会ですね。
その鐘の音から「ガンガン寺」の愛称でも親しまれています。

見学をしていると丁度司祭様が出てきて、見学をしていた観光客にお願いされて一緒に写真を撮ったりしてました。とってもフレンドリーな司祭様でしたよ。


1:50秒あたりからの鐘の音を聞くと、ガンガン寺の由来がわかります。

こんな狭い範囲に異なる宗派の教会が3つもあるなんて場所は、他にはないんじゃないでしょうか?
単なる異国情緒という言葉だけでは片付けられない、不思議な場所だと思います。

6へ続く~

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高速乗りまくり・食べまくり旅行4

2009-06-25 14:18:57 | Weblog
次に向かったのは。
『BRAN』函館市柏木町17-3。


天然酵母のベーグル屋さんです。
こんな感じで、自宅の一部を使っているみたいです。
ショーウィンドーに並んでいるベーグルをチョイスして購入していきます。こーゆー形式ってなんかいいなぁ~
近くに住んでいたら絶対常連になると思う。

営業は金曜と土曜のみで、11時からの開店なのですが、早い時間にいかないと売り切れてしまうので、開店と同時の来訪が無難です。

店舗前に2台ほど駐車スペース有り。

こんなかわいい袋に入っています。


そして袋の画像をとりながら中身を撮り忘れ・・・なんか間抜け。

おいらはチーズこしょうなど5個購入しました。お値段は200円くらいのものが多かったかな。
帰ってきてから全部食しましたが、むっちりもっちもちと、どれも美味しく間違いのない一品でした。


お次は。

『シュウェットカカオ』函館市五稜郭町7-8

ショコラの専門店です。

店舗前に2台ほどの駐車スペースが有ります。
ただ店舗横が一方通行になっていて、地方から行く方は注意が必要かも。

お目当ての生チョコロールが売り切れでした。ガーン
気を取り直して。ホテルでのおやつにと。
ポロロを購入。


4種類あるのだけどおいらのチョイスは、塩バタークリームの『オホーツク海塩』と、コーヒークリームの『キャフェ』。

見た目はマカロンに似てるんだけど食感は違います。
材料をみると卵黄や粉も入ってるからなんですね。
サクっとほろっとした口当たりで甘さもひかえめで美味しいです。
『キャフェ』のコーヒーの香りが良かったなぁ~。
これもリピ決定ですね。


さてちょっと足をのばして立待岬方面へと。

石川啄木一族の墓。北海道函館市住吉町16


立待岬に行く途中にあります。
函館をこよなく愛した石川啄木夫妻と両親、3人の子どもらが眠るお墓で、啄木が友人への手紙に「死ぬときは函館で」と書いたことで、明治45年に病没した後、友人である宮崎郁雨らの手によって大正15年8月に啄木の好んだ大森浜を望むこの地に墓が立てられたそうです。

墓碑には、歌集「一握の砂」に収められた「東海の小島の礒の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」が刻まれていて、この墓の隣には、宮崎郁雨と砂山影二の歌碑が建っています。

石川啄木が函館に来たのは明治40年5月5日。彼は離散した家族を呼びよせたのですが、同年8月25日に起きた大火で職場を失い函館を離れることになります。この4ヶ月ほどの短い滞在の間に、函館の風物と人を数多く歌に詠んだんですね。


立待岬。
岬の名はアイヌ語のピウシ(岩上で魚を待ちヤスで捕る処の意)に由来しています。


与謝野寛・晶子の歌碑。立待岬にて


左側

浜菊を郁雨が引きて根に添ふる立
待岬の岩かげの土        寛

啄木の草稿岡田先生の顔も忘れじ
はこだてのこと         晶子


右側

此の碑に刻んだ歌は、与謝野寛、晶子
夫妻が昭和六年六月六日函館に来遊し
た時の詠草の中から選んだもので、歌
の中の人間は、郁雨宮崎大四郎、啄木
石川一、図書裡岡田健蔵である。

昭和三十二年八月十五日建立

※歌の中の郁雨という人物は、啄木の義弟で物心両面にわたって啄木を援助したことで知られている宮崎大四郎のこと。


曇天で冷たい風がふきすさぶ中岬に佇んでいたので体が冷え冷えです。
ということで。谷地頭温泉へGO~!

谷地頭温泉。北海道函館市谷地頭町20-7

市営の温泉公衆浴場です。
浴内に入ると、空間がなんとなく小さな講堂というか体育館のようなイメージを彷彿とさせます。
温泉の湯の色は鉄分を含んでいて茶色。ナトリウム・塩化物泉です。一番湯温が低いところを選んで入浴していたのですが。それでもかな~り熱いので、湯から上がると湯につかっていたところの肌は真っ赤にw湯船は室内に3つと、露天がありました。露天の浴槽は五稜郭をかたどっていて星型になっています。午前6時からあいていて、料金は420円。

徹夜で動いているので熱い湯につかり気分も体もさっぱりし、元気が出てきました。

5へ続く~
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高速乗りまくり・食べまくり旅行3

2009-06-24 23:54:30 | Weblog
トラピスチヌ修道院から向かったのは。

五稜郭。函館市五稜郭町44

徳川家定の命により築造され1866年に完成。我が国最初の西洋式城塞です。稜堡と呼ばれる5つの突角を配し、星形五角形を呈する外観から五稜郭と呼ばれています。五稜郭は名称を亀田役所土塁とか柳野城とも呼ばれます。
五稜郭と聞いて思い浮かぶのは戊辰戦争ではないでしょうか。
戊辰戦争の局面の一つ、新政府軍と旧幕府軍との最後の戦いである箱館戦争の舞台となったのがここ五稜郭なんです。なので箱館戦争のことを五稜郭の戦いといったりもします。
1868年に土方歳三の隊が五稜郭を占拠しているという事実も興味深いです。


五稜郭公園を散策。


残念ながら星型を目にするのは地上からはできません。写真は航空画像。
ほんとに綺麗な星型ですよねぇ~。


新五稜郭タワー。

新しくなったタワーを観るのは始めてです。2006年4月1日にオープン。
新タワーの高さは107メートル。旧タワーの高さは60メートルだったので、かなり高くなりました。
旧タワー解体前の2本並んでいるところを観てみたかったですね~

タワー1階アトリウムにて。

作品名「五稜郭に立つ 土方歳三」
函館出身の彫刻家・小寺眞知子さんの作品です。

ミニチュアのレプリカも売っているのですが、73,500円・・・。



アトリウムには『Food & Drink 107』というギッフェリのお店があります。ギッフェリ【Gipfels】っていうのはドイツ語で「山頂」「最高峰」を意味で、スイスでいうクロワッサンのこと。
ここの店内のスチームオーブンで焼いてるみたいです。



おいらが頼んだのはあんこギッフェリ、バターギッフェリとクロワッサンを2種類、それと山川牛乳のコーヒーミルク。

って今書いてて思ったけど。ギッフェリ(ドイツ)=クロワッサン(スイス)っていう単なる国による呼び名の違いだと思ってたんだけど。なんで2種類売ってたんだろw少しは製法の違いがあったのかな。

画像はあんこギッフェリ。ほんのりあたたかくて、皮はサクっと、中はしっとりもっちり。けしの実がこれでもかってくらいまぶされていて香ばしいです。これを山川牛乳でいただく幸せ。五稜郭タワーに行ったら、ここは絶対寄るべき!

ちなみに2階には「レストラン五島軒 函館カレーEXPRESS」も入店していましたよ。


さておいしくギッフェリをいただいていたおいらなのですが。
時間は10時になろうとしています。

ということは!
目の前のラッキーピエロの開店時間じゃありませんか!

ということでさっそく向かいます。

ラッキーピエロ 五稜郭公園前店。北海道 函館市五稜郭町30-14



店内の様子。




けっこー朝から食べっぱなしなので、ここはちょっとひかえめに。
なぁんて思いながら『スペシャル生ベーコンエッグバーガー』をいただきました。かなりずっしりと重いです。ハンバーグ、目玉焼き、生ベーコン、レタスとソースがたっぷり。ヴォリュームあるねぇ。ラッピってバンズ美味いよね。美味しくいただきました。ごちそうさまでした。


さてさてまた観光。
土方歳三最後の地碑。函館市若松町33(若松緑地公園内)




新撰組土方歳三の最期の地は、諸説いろいろありますが、有力なのが一本木関門のあった若松町とされています。

新選組副長として幕末から明治維新にかけて活躍した土方歳三は、明治2(1896)年5月11日、新政府軍に制圧された箱館市中の奪回に向かい、一本木関門付近(現在の若松町付近)で新政府軍の鉄砲隊の襲撃にあい、馬上で腹部に銃弾を受け、35歳で壮烈な最期を遂げたといわれています。

「たとひ身は 蝦夷地の島根に朽ちるとも 魂は東の 君やまもらん (歳三 絶筆の句)」


4へ続く~
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高速乗りまくり・食べまくり旅行2

2009-06-23 21:56:57 | Weblog
函館旅行日記~
函館に来るのはかれこれ10年以上振りな気がします。
しかも今回のように函館の市街を車であちこち回るっていうのははじめてのことだったので、車や人が多くて本当に運転に気をつかいました。
車で走ってると、斜めの道が多い気がします。なので走ってるうちに自分の進行方向が怪しくなってくるんですよ。
そういう点では札幌や帯広ってほんとに走り安い街だなぁってあらためて再認識でした。


朝7時。朝市に到着。函館市若松町9-19



天気の悪い中けっこー人がいますよ。さすが観光地ですね。

で、おいらが目指すのはここ。

『きくよ食堂 朝市本店』です。函館市若松町11-9

昭和31年より営業の元祖巴丼で有名な名物食堂です。

なのでもちろんおいらもしっかり巴丼。

これっておいらの大好物3種がのってる贅沢丼なのですよ。
この日のうには松前さんむらさきうにでした。
うにには、わさび醤油がかかっているので、ホタテだけに醤油をかけていただきます。岩のりのお味噌汁もついています。お値段は1,680円で丼は小ぶりかな。ヴォリュームは物足りない感じですが、内容としてはうにのとろける美味しさに大満足です。一緒に頼んだ厚焼きたまごもうまかった!
ちなみに、会計時に公式サイト見たと言えば5%OFFになりますよ。


お腹も落ち着いたので一路恵山方面へ。目指すは汐首岬です。
函館は曇天だったのですが、汐首方面は小雨がパラついていました。
汐首岬のところには、軍事目的で計画された廃線・未成線の「戸井線」の建設跡があるんです。住居の後ろにそびえる8連のアーチ橋はなかなかすごい眺めですよ。

汐首岬というところは、北海道と本州との最短地点になるのです。
17.5キロしかないそうなので、晴れていれば下北半島がばっちり!なハズだったのですが。それだけ近ければ曇っていてもみえるだろーなんて期待していたけど、やっぱりダメでした。がっくし。

気を取り直して。函館へ戻りトラピスチヌ修道院へ~。
函館市上湯川町346

明治31年にフランスから派遣された8人の修道女が設立した日本初の厳律シトー会系の女子修道院。




ルルドの洞窟で、祈りをささげる少女と聖母マリアとの対面シーンを模したもの。


遠い記憶の片隅に、修学旅行の時にここで写真を撮ったような。




売店に売っている修道女手作りのお菓子がどれもなかなか美味しいです。
でもトラピスチヌ修道院といえば、やっぱりこの『マダレナ』を買わないと!ほんとのオーソドックスなマドレーヌです。シェルの形がきれいに出ていて、味わいもシンプル。以前お土産でいただいてからのファンです。
豆知識として、3個入りのマダレナは通常400円なのですが、色むらなどがある商品を規格外品として、300円で売っています。味がかわるわけではないので自分用にはそちらで十分。


3へ続く~


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高速乗りまくり・食べまくり旅行1

2009-06-23 13:47:35 | Weblog
さてさて。無事に帰ってまいりました。

総行程。
約1500キロ弱ってところでしょうか。

高速乗りまくろう!と思い立ち走りに走ってきましたよ。
帰ってきてから計算してみると。
初日は37時間起きっぱなしで運転・観光してましたw
なんかスゴイですよねw 自分でもびっくりです。
一人旅なので、自分のみたいとこだけを観てきたって感じです。
なのでけっこー観光としてはかなりはしょった感じかも。


それでは、これから半分は自分用の旅行記録な感じで今回の訪れた場所を記して行きたいと思います。

旅のはじまりは2009年6月19日(金)。
仕事上がりそのままで出発です。 22時に仕事場を出発。

旭川紋別自動車道の上川天幕から高速に乗り込み、八雲ICまで。
通常の高速料金だと9,000円のところが1,000円なのでとってもお得感があります。

ETCの上限1,000円の仕組みなのですが。
金曜のうちに高速に乗っても、降りるときに土曜か日曜であれば1,000円になるのです。
同じく、日曜のうちに高速に乗ってしまえば、降りる時が月曜でも上限1,000円が適用されるので、これを知っていると移動の計画に役立つかもですね。

今回夜間の移動だったのですが。
高速に乗ってから気づいたのだけど。北海道の高速上に、24時間のスタンドは輪厚PAにしかないのですよ。

これにはまいりました。
せっかく高速料金1,000円で函館まで行こう!って思っていても、もしかしたら途中で力尽きて高速を降りるはめにあうかもという心配がでてきたのです。

結論からいうと。
おいらの車は35リットルタンクなのですよ。
燃費をかなりきにしながらの走行でギリギリ輪厚にたどりつけました(^^;
もう、ほんとにぎりぎりです。追い越しなんかをばんばんかけていたりなんかしたら、もたなかったと思います。

なので、、オホーツク方面から、道南へ、道南からオホーツク方面へ向かう方は、夜間の走行には注意が必要だと思います(^^;

ちなみに、有珠山SAと砂川SAにもガソリンスタンドはあって、8:00~20:00まではあいてます。

出発してから休憩で訪れたSAやPAも書いておきます。

まず寄ったのは野幌PA。
ここにはコンビニ『セイコーマート(ホットシェフ付)』があります。
イートインもあり。24時間のショップがあるのはやっぱり便利。

次が輪厚PA。
ここでガソリン補給。出光です。
PAなんだけど、ショップやスナックコーナーなどSAなみに施設が充実しています。まぁ、おいらが訪れたのは夜中なので全く関係なかったんだけどねw

ここまでは真っ暗なため写真をとっても意味ないなぁと撮ってません。
しかもこの先、徹夜のハイテンション状態で写真の撮り忘れや、逆に撮りすぎて充電がなくなって、写真が撮れなかったところなんかもあってちょっと後悔。

朝方『森駅』に到着。



まぁ、当然開いてませんw
いかめし食べたかったなぁ~
ここには携帯ゲームのコロプラのお土産を買いによったのでした。

駅内で売られている『いかめし』は、駅弁大会でも常連の阿部商店のものです。駅前の「柴田商店」でも売ってます。駅の中にはいかめしグッズも売ってたりします。
開いてる時間だったらコレ欲しかったんだよねぇ~残念。

2へ続く~
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