マイカー出勤途中の出来事である。
シルバーマークをつけた僕は、
いつものように歩道側の左車線を
40キロちょっとで走っていた。
車間距離もたっぷり取っている。
危険な要素はない。
そう思いつつ、心身ともリラックスしていた。
と、突然——中学生らしき少年が乗った自転車が、
段差のある歩道を踏み外し、
まさに目の前に転倒してきたのである。

「あっ」という声と同時にブレーキを踏んだ。
「キーっ」鋭いブレーキ音が上がる。
一瞬目をつぶった。
やおら、目を開くと少年は、
自転車を持ち上げるようにして起き上がり、歩道へ上がった。
よかった。怪我はなかったようだ。
そして、こちらを見て、少し照れたような表情で頭を下げた。
こちらもフロントガラス越しに「大丈夫か」と仕草で尋ねる。
少年はもう一度頭を下げ、去って行った。
心中のかすかな震えは続いた。
「子供を傷つけずに済んだ」その安堵感が満ちてくる。
「どこの、どんな子にも傷一つ負わせてはならない」
そんな思いが常にある。
よかった。怪我はなかったようだ。
そして、こちらを見て、少し照れたような表情で頭を下げた。
こちらもフロントガラス越しに「大丈夫か」と仕草で尋ねる。
少年はもう一度頭を下げ、去って行った。
心中のかすかな震えは続いた。
「子供を傷つけずに済んだ」その安堵感が満ちてくる。
「どこの、どんな子にも傷一つ負わせてはならない」
そんな思いが常にある。
車で小学校沿いを走る時など特に注意するし、
近くの川や公園で遊んでいる子供たちを見ると、
「危険がないか」そちらへ気がいく。
そうだから、自分の子を虐待するといった
近くの川や公園で遊んでいる子供たちを見ると、
「危険がないか」そちらへ気がいく。
そうだから、自分の子を虐待するといった
ニュースは容易に信じることができないし、
テレビや映画の中で子どもたちが幸せであれば、
こちらも幸せな気持ちになる。
その逆もそうで、いずれの時にも涙を流すことさえある。
今、僕の最大の幸せは孫たちが病気も、
怪我もせず元気でいることだ。
自転車の少年を傷つけずに済んだ。
さらには、少年の命を奪うといった最悪の事態も免れた。
78歳ながらの反射神経に、秘かに感謝する。
もちろん、慢心を厳に戒めて——。