貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・一考編

2023年03月18日 | 貧者の一灯


















※…古典落語「たちぎれ」あらすじ

その昔から花街のルールとして、芸者への
花代は線香で換算されていました。

線香が燃えた長さを測って「はい、いくら」と
いう請求になったのです。

とある商家の若旦那は、それまで遊びを知らず
誠実に働いていました。

しかし、ある時、友達に誘われて花街へ行き、
置屋の娘で芸者の小糸に出会い、一目惚れ
をしました。

若旦那はたちまち小糸に入れあげ、店の金
にまで手をつけるに至ります。

大旦那はそれを知るや、若旦那を勘当しよう
と覚悟します。

そこで、 番頭さんは、もともとが利発で素直な
若旦那の素養を買っています。 ほんの一時
の気の迷いだから、ここのところは、 わたしに
お任せいただけませんでしょうか、と大旦那に
食い下がります。

大旦那に一任された番頭さんは、 若旦那を
軟禁しようと考えました。

番頭さんは、若旦那を小糸に逢わせないため
に、店の蔵の中に押し込め、 100日間そこで
暮らすよう言い渡します。

番頭さんとしても辛かったのです。 若旦那とは
いえ、これからお店の看板を背負って立つ未来
のご主人です。

心を鬼にして、若旦那を幽閉したのでした。

ただ、蔵の中には、若旦那が一刻も早く目覚
めるように、 あらゆる書物を用意し、誰一人、
中に通さないようにしました。

幽閉一日目、若旦那は大事なことを思い出し
ました。 「あ、ちょっと待て、番頭!開けてくれ!  
今日は小糸と約束してたんだ!一緒に芝居
に行く約束だ!  

頼む!今日だけ見逃してくれ! 明日から必ず
蔵に入る」 蔵の外からは何の反応もありません。

番頭さん、手を合わせて心の中でつぶやきます。
「若旦那、辛抱です。  私も鬼になります」

蔵の中からは、若旦那の番頭をののしる叫び
声が轟きます。

「ここであたしは、飢え死にしてやる。死んで
お前にとり憑いてやる!」

※…
その後、小糸の店からは、毎日のように手紙
が来ます。 しかし番頭さんは若旦那に見せ
ません。

若旦那が蔵住まいになって80日目、ついに
その手紙は来なくなりました。

やがて、大旦那にも、そして若旦那にも約束
していた 100日が経過しました。

蔵の扉を開けた番頭さん、 目にしたもの、
それは、 書物を読みふける若旦那の姿でした。

番頭さんを見上げた若旦那のその目は、
明らかに変化していました。

花街に溺れていた頃の男の眼ではない、
明らかに何かを掴んだ男の眼に変貌して
いました。 そして言いました。

「やはりここで本を読んでいるより、 あたしは
帳場に立ちたいね。今、あたしは、仕事がした
くてしたくてたまらないんだよ」

番頭さんの頬に涙が伝います。

「若旦那!そのお言葉がどれほど聞きた
かったか…」 「すまないね、番頭、苦労を
かけた」と若旦那。

そして若旦那は、語りました。

「それともう一つ、蔵の中で決めたことがある。  
……小糸を妻にする。

遊びじゃない。 夫婦になって、この家を盛り
立てていく。 あの子はまだ幼いが機転の利く
飲み込みのよい子だ。 きっとあたしを支えて
くれる伴侶になる」

番頭さんが辛い表情で言いました。

「若旦那、お話があります」 そう言って、若旦那
の蔵生活から80日もの間、 送られてきた手紙
の束を若旦那に渡しました。

若旦那は、その手紙の束に驚きます。

次の日も、その次の日も、休むことなく、
その手紙は若旦那宛てに送られてきて
いたのです。

「小糸ーーーっ!」 若旦那は絞るような声を
出しました。

番頭さんは、しかし、こんな風に言いました。
「ですが若旦那、残念ながら手紙は80日で
途絶えました。  

小糸さんの若旦那への思いも80日かもしれ
ません。 それが花街の恋の期限と思し召し…  
どうか心を落とすことなくお戻りください」

そんな番頭の話しが終わるか終わらないかの
うちに、 若旦那は席を立ち、一目散に小糸の
いる置屋を目指していました。

置屋に着いた若旦那。

女将さんに案内されたのは仏壇の間でした。
若旦那は女将に位牌を見せられ、驚くことに、
小糸が死んだことを知らされます。

「若旦那と芝居に行く約束をした日、あの子
はどれほどはしゃいでいたか知れません。  

朝早くから起きて、食事もとらずに、着ていくもの
を、とっかえひっかえ大騒ぎしていました。  

あなたが来るのを待って、玄関まで行ったり、
通りまで出たり… まるで幼い子供のようで
した」 「……」

「でも若旦那、あなたは来なかった。  

夜更けて、やっとあの子は着物を脱ぎ始め
ました。 そしていつまでも泣いていました。  

しばらくして、あの子はこう言いました。

『おかあさん、あたし…若旦那にお手紙書い
ていい?』  翌日からあの子は若旦那に手紙
を書きます。  

書いても書いても返事の来ない手紙でした」

「ひと月過ぎ…ふた月過ぎ…季節が変わった頃、
『お母さん、やっぱりあたし…嫌われたのかしら…』  

小糸は次第に弱っていきました。どんな励まし
の言葉も虚しいばかり。 手紙を書くこと以外、
何もできなくなりました。  

人に惚れて惚れぬいて…… 焦がれ死にする
女なんてどこにもいません。  

…あたしもそう思ってました」

若旦那が仏前に位牌と三味線を供え、手を
合わせた時、 どこからともなく若旦那の好きな
地唄の「雪」が流れてきます。

周りにいた芸者が「お仏壇の三味線が鳴っ
てる!」と叫びます。

ひとりでに鳴る三味線を見た若旦那は、
「すまない小糸、許してくれ。お前のことは
一生忘れない。  

あたしの女は生涯おまえ一人だ」と呼びかけ
ます。 女将が言います。

「いいんですよ、若旦那。ここを出たらあの
子のことは忘れてくださいな。  

謝ることはありません。あの子だって… 小糸
だってたくさん… 若旦那にいい思い出をもら
ったはず。  

若旦那もあの子のよい思い出だけを… 心の
隅にちょこっと…それだけで充分です」

その時急に三味線の音が止まりました。

女将は「若旦那、あの子はもう、三味線を
弾けません」と言いました。

若旦那が「なぜ?」と聞くと、 「仏壇の線香が、
たちぎれでございます」 …

若旦那の思いを聞き、線香の「たちぎれ」
とともに、 この世の未練を断ち切って旅立
った小糸だったのでしょうか。…












※…
「今年も椿が咲きましたね」


元気だった頃の母は、初春を迎えるたびに、
そう呟やいたものでした。

ある時、私が「椿の花は、ポロッと落ちるから
好きじゃない…」と言うと、 「咲いた花は必らず
散るものよ。

たまには散りゆく風情も 味わってみなさい」と、
言いながら、こんな話をしてくれました。

※…千利休の孫に宗旦という人がいました。

ある日、その宗旦と親交のあった京都正安寺
の和尚さまが、 寺の庭に咲いた椿の花の一枝
を宗旦に届けるために、 小僧さんに持たせた
のです。

椿の花は落ち易いことを知っていた小僧さんは、
気をつけていたのですが、案の定、途中で落と
してしまいました。

小僧さんは、ひどく落胆し、落ちた椿の花を手の
ひらに乗せて、 自分の粗相を宗旦に詫びるの
ですが、宗旦はただ黙って笑みを浮かべながら、
この小僧さんを自分の茶室に招き入れたのでした。

宗旦は、茶室に置いてあった花入れを片づけて、
利休から譲り受けた遺品の竹筒を取り出し、小僧
さんが手にしていた花のない椿の枝をそこへ投げ
入れました。

そして、その枝の真下に落ちた花をそっと置いて、
薄茶を一服点じ、 静かに小僧さんの労をねぎら
ったというのです。

相手を責めず、おおらかな心で落ちた花の風情
を味わいながら、 二人で茶を服したという話です。

役割りを終えた花にも値打ちを見出して、その
一瞬を楽しむ。 これこそが“人生のお点前”で
あることを、母は私に教えたかったのでしょうか。

落ちたものは落ちたもので、貧乏は貧乏なままで、
ないものはないままで…と、常に“あるがままをよし”
とした素朴な母でした。

その母ももうすぐ89才を迎え、今、冬が来たことも、
好きな椿が咲いたことも(痴呆で)わからず、 軒下
にかかったままの風鈴が風に揺れるのを、 ぼん
やり眺めるだけの毎日ですが、…

これもまた、人生を味わい尽くしたあとに 誰もが
迎える“老いの風情”と言えるかもしれません。

だとすれば、この風情を静かに受け入れ、 風に
揺らめく季節はずれの風鈴を 母と一緒に眺め
ながら、長閑なひとときを 心ゆくまで味わいたい
と思います。

※…新春. 母との静かな暮らしに、心を癒されて
… author:「筆のしずく」











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