奈良県の障害児教育の大先輩に向野幾世先生がいらっしゃいます。
図書館の仕事と読書クラブの活動をあわせて、明日香養護学校の向野先生を、講師としてお招きしたことがありました。
もう30年近い前の話です。
その時に紹介された本がありました。
向野先生著の「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」という本でした。
向野先生の担任に土谷康文君という脳性麻痺の小学1年生が入学してきます。
その土谷くんの生い立ちから、家族の思いなどを綴った本なのです。
題名は土谷君の詩からとったものです。
土谷君は重度の脳性麻痺で、歩くこともしゃべることも食べることも自由がかなわず、意思表示はイエス、ノウの区別として舌を出すか出さないかで伝えていました。
そういうやり取りで心を開いていきました。
先生は高学年になった土谷君の思いを詩にまとめたそうです。
ごめんなさいねおかあさん「東京、サンケイ出版 1978,12 向野幾世著 お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」
ごめんなさいねおかあさん
ごめんなさいねおかあさん
ぼくが生まれてごめんなさい
ぼくを背負うかあさんの
細いうなじにぼくはいう
ぼくさえ生まれなかったら
かあさんのしらがもなかったろうね
大きくなったこのぼくを
背負って歩く悲しさも
つめたい視線に泣くことも
ぼくさえ生まれなかったら </cennter>
昭和50年4月26日にできあがった詩をお母さんの信子さんに見てもらった次の日に、母親から届いた詩です。
私の息子よゆるしてね
わたしのむすこよゆるしてね
このかあさんをゆるしておくれ
お前が脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと泣きました
いっぱいいっぱい泣きました
いつまでたっても歩けない
お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と母心
”重くはない”と聞いている
あなたの心がせつなくて
わたしの息子よありがとう
ありがとう息子よ
あなたのすがたを見守って
お母さんは生きていく
悲しいまでのがんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で生きている
脳性マヒのわが息子
そこにあなたがいるかぎり
康文君は、お母さんの心を受け止めて、後半の詩作りに挑みました。
ありがとうおかあさん
ありがとうおかあさん
おかあさんがいるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを生きていく
やさしさこそが大切で
悲しさこそが美しい
そんな人の生き方を
教えてくれたおかあさん
おかあさん
あなたがそこにいるかぎり
康文君はこの詩がわたぼうしコンサートで表彰され、輝いてまもなく、顔にかかった毛布を払いのけられずに、亡くなってしまいました。
土谷君の詩を語り継ぎ、読みついでいくことが後に残るものの務めだと思い、今日は紹介しました。
生きること、生かされていることの尊さを味わって欲しいと願っています。