プチ早期退職者の資産運用+αブログ

親ガチャと高等教育についての雑感

 昨年、親ガチャという言葉が流行ったが、それにかかわる雑感であり、高等教育に関わる話も少し調べて書いている。


親ガチャ、子ガチャ、当たり前

 親ガチャとは、子供は親を選べず、親(の経済力)によって人生が大きく左右されてしまうということを意味している。コロナ禍で厳しい経済状況に陥ってしまった家庭も多く、その影響を子供が直接的に大きく受けるので流行ったのだと思う。当然、政府がきちっと対応を考えていくべき問題である。逆に、親も子供を選べないという意味で子ガチャという言葉も使われた。

 ただ、連れ子や養子の場合は別として、子供は両親の子であり、両親は子供の親である。それは当たり前で、それがすべての出発点だ。「蛙の子は蛙」が普通で、「鳶が鷹を生む」は例外だ。こういう言葉が昔からあるので、普通の考え方だと思う。

 子供は両親の遺伝子を引き継ぎ、両親は子供に遺伝子を引き継ぐという生物としての基本があり、その生物にとってその時の生存環境に適した遺伝子が残されていきやすい(生命維持と子孫繁栄)。その記事で述べたように、現代では経済力が最重要になっており、最近になって急に変わった訳でもない。


国公立大学の学費は激しく値上がりした

 経済力の観点で食べるのにも困るというレベルであれば、さすがに生活保護等が必要になってくる。親ガチャで一番違いが出るのが高等教育に関してだと思う。大学の学費や学力アップのための塾代等に絡めて、ニュース等でもそういう趣旨の話が一番多かったと思う。しかし、塾や予備校に行かなくても勉強はできるし、行ったからといってはっきり効果が出るのかはよく分からない(自分と我が子たちとの比較で)。

 私は経済的に恵まれたという家庭環境ではなかったが、奨学金を活用して大学院まで進学できた。そのおかげで給与面等では比較的順調な会社員人生を歩めプチ早期退職もできた昔は国公立大学の学費が安かったから、庶民でも国公立ならば行きやすかった。しかし、1970年代後半以降、国公立でも随分と学費が上がってきた。探してみたら、以下のグラフが見つかった。

 出所;上のグラフは下記の記事からの抜粋

 私が大学に進学したのは、1970年代の後半で、40年後の2010年代後半の国公立大の授業料は5倍以上になっていた。私学との授業料の差は2.5倍程度あったのが1.6倍に縮まっていた入学料の比較等の含めた詳しいデータは以下にある。

文部科学省|国立大学と私立大学の授業料等の推移https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/005/gijiroku/attach/1386502.htm
文部科学省|国公私立大学の授業料等の推移https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/__icsFiles/afieldfile/2017/09/26/1396452_03.pdf


賃金や物価の上がり方は少ない

 国公立大学の授業料が5倍以上になった期間で、賃金(労働者の現金給与総額)や物価(消費者物価指数)がどの程度上がったのか確認してみると、2倍程度に過ぎない。ちょっと探して見つかったのは下記のグラフで、データは2008年までしかないが、その後は賃金も物価もたいして上がってないので、2010年代後半でも同程度と考えてよいだろう。


 出所:上のグラフは下記の資料から抜粋
厚生労働省|賃金、物価の動向と勤労者生活


 賃金や物価が2倍なのに授業料が5倍以上だと、さすがに学費の負担感は大きくなる。昔は、お金に余裕がないなら一生懸命勉強して国公立へというのが一つの道だったと思うが、今はそう単純でもなくなったようだ。昔は私学の入学試験科目数は国公立の半分ぐらいで、私学に絞れば受験勉強はずっと楽だった。


結局、政府・政治が悪い気がする

 高等教育は国力増強につながるので、昔は、優秀な人材を厳選して高等教育を行うというのが基本だった。戦後はだいぶ一般化したが、それでも高度成長期の頃までは進学率は低く、その後上がっていった。親世代が少し豊かになり、子供に高等教育を受けさせたいと思ったのだろう。仕事等を通して、学歴社会というのも感じていたのだと思う。進学率等の推移は以下のようになっている。


 出所:上のグラフは下記の資料から抜粋
文部科学省|大学入学者数等の推移


 進学率が低い頃は厳選した優秀な人材に国費をつぎ込んで勉強してもらうという感じだったと思う。また、平均的には貧しかった頃は、教育の機会均等という観点からも国公立の学費は安かっ。しかし、進学率が上がると、私学への助成金も含めて予算がどんどん膨らんで行くから、受益者負担という考え方が加わって学費が値上げされていったようだ。

 それとは別の話として、大学が増えると文部省の役人の天下り先が増えるという、官僚にとってのメリットがあった。そして天下りを受け入れると助成金がしっかりもらえるという大学側のメリットもあった。昔の記事だが、例えば以下のような記事もある。


 その後も文科省の組織的な天下りがニュースになったりしていた。

文部科学省による組織的な天下りの実態が発覚


 大学が増え過ぎて、金さえあれば誰でも入れるFランク大学なんかも増えた。学生が足りないので留学生を積極的に受け入れ、それにも補助金が出たりする。大学の設立に際して政治家の口利きの話なんかもあるし、留学生の受け入れにやけに熱心な政治家も多い。限定的だと思うが、留学生と言いながら安い労働力として期待されているような面もあったりする。

 最近も岸田首相の「留学生は日本の宝」という発言が話題になっていた。そうきくと誰でも「日本の学生の方が大事だろう」と思うのではないだろうか。全体の流れの中で発言が切り取られたニュースだろうが、そもそも「留学生は日本の宝」と口走る感覚がおかしいと思う。

 政府・政治家が国のかじ取りを誤ってきた結果、国公立大学の授業料が不適切に高くなってしまったし、高等教育が低レベル化してしまったような気がする。大学進学が普通になってくると学生の方も高等教育を受けられるありがたみが減り、学生生活をエンジョイする方に関心が行ってしまいがちだ。もちろん人によるが。なんか日本の将来が心配だ。


 親ガチャは当たり前で、それを出発点に頑張ればよい、金がなければ国公立大学を目指せという主旨の話を書こうとしたら、国公立の学費も激しく上がっていて色々と長くなってしまった。
 不十分な点も多々あると思いますが、素人の雑感ということでご容赦ください。


 なお、金銭面で困難を抱える世帯の子供の高等教育修学を支援するため学無償化の制度が2020年4月から実施されている。住んでいる所によって難しい場合も多いが、お金がないなら自宅から通える国公立というのを最優先で選ぶというのが普通たと思う。しかし、この制度では私立大学とか自宅外生にも手厚くなっている。掛かる費用に応じてという意味では公平であるが、予算の使い方としては国公立の学費を抑える方がいいのではないかと思っている。制度の解説は、例えば以下にある。
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