父の菩提寺に来ていた。
天まで届くような杉の木立に囲まれた参道は、人の通りは無く
ただ、蜩の音が降り注いでいた。
どこか物悲しげな鳴き声は幼い頃の日々を思い出させる。
父の自転車の荷台に良く乗っていた。
家で仕事をしていた父だったから、用事や買い物についていく事が多かった。
父の背中に阻まれて、景色は右と左に分散し、そのことで父に文句を言うと笑っていた。
その笑う声を背中に耳を当てて聞いているのが好きだった。
忙しくしていた父とのわずかな思い出の一つ。
自転車の父と私の時間には、何の隠し事も嘘も無かった。
「大きくなったら何になるんだ?」
「ん~、学校の先生。」
「そうか、それは良いなぁ。」
「でもね、洋服のデザイナーも良いなぁ。どっちが良いかなぁ?」
そんな幼い夢を楽しそうに聞いていた。
ブレーキを踏んだりカーブしたとき
父の背中のシャツの感触や日向の匂いが好きだった。
やがて、思春期になり大好きだった父と距離を置くようになり
どこか反抗的になり・・・。
それでも父は父のままだった。
高校の入学式は父と一緒だった。
式の後、父はある一軒の家を訪れた。
「娘です。・・・高校に通う事になりました。」
そう私を紹介してくれた。
ぎこちなく挨拶をした私。
思えば私を一人の大人として扱ってくれた最初だった気がする。
父の最期はガンの転移によるものだった。
もう少しで70歳の誕生日を迎えたのに・・・。
八月の良く晴れた日の朝に召されていった。
父の亡骸は奥座敷に北枕で寝かされ、
やがて、郊外の火葬場で白い骨になった。
そう、あの時と同じ。
まだ温かい骨壷を抱き、外に出たときに、一斉に鳴きだした蜩。
言いたい事がいっぱいあったのに。
してあげたい事や
聞いて欲しい事や
様々な心残りを置いたまま
私の時間はどこかで止まっている。
25.蜩
天まで届くような杉の木立に囲まれた参道は、人の通りは無く
ただ、蜩の音が降り注いでいた。
どこか物悲しげな鳴き声は幼い頃の日々を思い出させる。
父の自転車の荷台に良く乗っていた。
家で仕事をしていた父だったから、用事や買い物についていく事が多かった。
父の背中に阻まれて、景色は右と左に分散し、そのことで父に文句を言うと笑っていた。
その笑う声を背中に耳を当てて聞いているのが好きだった。
忙しくしていた父とのわずかな思い出の一つ。
自転車の父と私の時間には、何の隠し事も嘘も無かった。
「大きくなったら何になるんだ?」
「ん~、学校の先生。」
「そうか、それは良いなぁ。」
「でもね、洋服のデザイナーも良いなぁ。どっちが良いかなぁ?」
そんな幼い夢を楽しそうに聞いていた。
ブレーキを踏んだりカーブしたとき
父の背中のシャツの感触や日向の匂いが好きだった。
やがて、思春期になり大好きだった父と距離を置くようになり
どこか反抗的になり・・・。
それでも父は父のままだった。
高校の入学式は父と一緒だった。
式の後、父はある一軒の家を訪れた。
「娘です。・・・高校に通う事になりました。」
そう私を紹介してくれた。
ぎこちなく挨拶をした私。
思えば私を一人の大人として扱ってくれた最初だった気がする。
父の最期はガンの転移によるものだった。
もう少しで70歳の誕生日を迎えたのに・・・。
八月の良く晴れた日の朝に召されていった。
父の亡骸は奥座敷に北枕で寝かされ、
やがて、郊外の火葬場で白い骨になった。
そう、あの時と同じ。
まだ温かい骨壷を抱き、外に出たときに、一斉に鳴きだした蜩。
言いたい事がいっぱいあったのに。
してあげたい事や
聞いて欲しい事や
様々な心残りを置いたまま
私の時間はどこかで止まっている。
25.蜩
凄く立派な杉の木ですね。今,その木の下に自分が立っているような気になります。
蜩…ヒグラシと読むんですね。
夏の終わりにあちらこちらで一斉に鳴く蜩。
子供の時,近くの天神さんでよく蝉採りをしたっけ。
私も物寂しい哀愁を感じます。そして,あの頃の自分にタイムスリップさせてもらいました。
余韻の残るお話ですね。
疲れていたのに,早速書いてくださりありがとうございました。いい連休をお過ごし下さい。
父ひとり、娘ひとり・・・そんな環境なのでしょうか。
親子の関係って本当に難しいものですね。
気付いた時では遅すぎること、一杯あります。
私の父も10年前に亡くなりましたが、もっと孝行しておけばよかったと、つくづく思います。
胸の奥に色々な思いが広がってきます。
今度、父に会いに行く時は、大好きなフルーツケーキを焼いて行こうかしら・・。
「蜩」・・・優しい気持ちにさせて下さいました。
有難うございます。
父のことは、今になって思うと
きっぱりとした生き方をした人だったなぁと・・・。
でも、適度にガキでした。
今になってそれはわかったことですが・・・(苦笑
素敵なお父様との思い出ですね。暖かくて、香りの
するお話だなぁと思いながら読んでいました。
お若くして、亡くなったのですね。私も今年父の7回忌をしました。やはり、父の温かい、優しさを思い出します。