森の木霊

空の、海の、森の、そして私の声、書き留めましょう、徒然に。

続・25の短編・25.蜩

2007-09-09 01:40:04 | 二十五時物語
父の菩提寺に来ていた。

天まで届くような杉の木立に囲まれた参道は、人の通りは無く
ただ、蜩の音が降り注いでいた。
どこか物悲しげな鳴き声は幼い頃の日々を思い出させる。

父の自転車の荷台に良く乗っていた。
家で仕事をしていた父だったから、用事や買い物についていく事が多かった。

父の背中に阻まれて、景色は右と左に分散し、そのことで父に文句を言うと笑っていた。
その笑う声を背中に耳を当てて聞いているのが好きだった。

忙しくしていた父とのわずかな思い出の一つ。
自転車の父と私の時間には、何の隠し事も嘘も無かった。

「大きくなったら何になるんだ?」
「ん~、学校の先生。」
「そうか、それは良いなぁ。」
「でもね、洋服のデザイナーも良いなぁ。どっちが良いかなぁ?」

そんな幼い夢を楽しそうに聞いていた。
ブレーキを踏んだりカーブしたとき
父の背中のシャツの感触や日向の匂いが好きだった。

やがて、思春期になり大好きだった父と距離を置くようになり
どこか反抗的になり・・・。
それでも父は父のままだった。


高校の入学式は父と一緒だった。
式の後、父はある一軒の家を訪れた。

「娘です。・・・高校に通う事になりました。」
そう私を紹介してくれた。
ぎこちなく挨拶をした私。
思えば私を一人の大人として扱ってくれた最初だった気がする。



父の最期はガンの転移によるものだった。
もう少しで70歳の誕生日を迎えたのに・・・。
八月の良く晴れた日の朝に召されていった。

父の亡骸は奥座敷に北枕で寝かされ、
やがて、郊外の火葬場で白い骨になった。



そう、あの時と同じ。
まだ温かい骨壷を抱き、外に出たときに、一斉に鳴きだした蜩。


言いたい事がいっぱいあったのに。
してあげたい事や
聞いて欲しい事や
様々な心残りを置いたまま
私の時間はどこかで止まっている。




25.蜩

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5 コメント

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Unknown (olive)
2007-09-09 07:58:39
こだまさん,おはようございます。

凄く立派な杉の木ですね。今,その木の下に自分が立っているような気になります。
蜩…ヒグラシと読むんですね。
夏の終わりにあちらこちらで一斉に鳴く蜩。
子供の時,近くの天神さんでよく蝉採りをしたっけ。
私も物寂しい哀愁を感じます。そして,あの頃の自分にタイムスリップさせてもらいました。
余韻の残るお話ですね。

疲れていたのに,早速書いてくださりありがとうございました。いい連休をお過ごし下さい。
Unknown (ひらり)
2007-09-09 17:05:14
こんにちは。

父ひとり、娘ひとり・・・そんな環境なのでしょうか。

親子の関係って本当に難しいものですね。
気付いた時では遅すぎること、一杯あります。

私の父も10年前に亡くなりましたが、もっと孝行しておけばよかったと、つくづく思います。
Unknown (lavender)
2007-09-10 00:22:45
こだまさん、こんばんは。

胸の奥に色々な思いが広がってきます。
今度、父に会いに行く時は、大好きなフルーツケーキを焼いて行こうかしら・・。
「蜩」・・・優しい気持ちにさせて下さいました。
有難うございます。
Unknown (こだま)
2007-09-10 23:26:44
珍しく、実景版(笑

父のことは、今になって思うと
きっぱりとした生き方をした人だったなぁと・・・。
でも、適度にガキでした。
今になってそれはわかったことですが・・・(苦笑
Unknown (ゆう)
2007-09-12 14:58:15
こだまさんの実景版だったのですね。

素敵なお父様との思い出ですね。暖かくて、香りの
するお話だなぁと思いながら読んでいました。

お若くして、亡くなったのですね。私も今年父の7回忌をしました。やはり、父の温かい、優しさを思い出します。

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