小説を書きます!

書くのみ!

私小説(西山先生への恋)

2006-05-26 19:51:00 | 私小説
中学時代、理科の専任の西山先生に恋をした。
恋とは名ばかりで淡い憧れだった。三十代後半で奥さんと子供もいた。ほっぺたが赤くて顔はアンパンマンに似ていた。

私はよく先生を好きになる。当時、塾の先生にも恋をしていた。
知的なメガネが好みで黒縁メガネはなおさらツボである。
牛乳瓶の底みたいなメガネは……ちょっと困るけど(笑)
学歴うんぬんではなく、雰囲気からかもし出される知的さに惹かれる。

西山先生の授業は他の先生と違っていた。まず教科書を閉じて、外に出るように指示するところから始まる。
「書物から学ばず自然から学べ」それが先生の教えだった。
山に近い中学校だったので自然が多く広がっていた。
暖かい太陽の下、そよ風が吹く中で、野に咲く草花の名前をいっぱい教えてくれた。それらはテストに出た。
教科書に載っていない問題。リアルタイムに目にし、学んだものが出題される。
理科の実験も面白かった。先生自身が失敗して白衣を焦がしていたこともあった。
必然的に授業を集中して聞くようになる。先生は賢い。
考え方、教え方、優しい笑顔が大好きだった。

用もないのに職員室にいっては先生に喋りかけた。
朝は早めに登校して先生が来るのを待ちかまえていた。もちろん「おはようございます」の一言をいうためだ。
帰りはなにげに待ちかまえて「バイバイ」と手を振った。
ちょっと間違えたらストーカーである(笑)

学校を卒業して数年が経ち、私は社会人となった。
友達と中田砂丘(静岡)に遊びにいったとき、偶然にも西山先生を見かけてすぐさま声をかけた。
へんぴなところで再会して互いにびっくりした。
先生は髪が少々うすくなっていたけど、アンパンマンみたいな優しい笑顔は変わらなかった。
でもショックだったことがある。私の顔は覚えているが名前を覚えてくれていなかったこと。
仕方がない。
私は特徴のない平凡な生徒だったし、しょせん、先生にとってその他大勢の生徒の一人にしかすぎなかったのだから。
「今、市役所で働いている」と先生はいった。それもちょっとショックだった。
先生の序列や出世とかはよく分からないがそういう流れもあったようで、それが西山先生の近況だった。
尊敬していた先生だけに、教育の一線から離れたことは惜しまれた。
先生と笑顔で別れた。それから出会うことなく、時が過ぎていった。たぶんあれが最後かもしれない。

「書物から学ばず自然から学べ」
今もその言葉は私の中で生かされている。

またどこかで先生と会えたらいいな。

私小説(父が亡くなるまで)

2006-05-26 00:07:50 | 私小説
私が八歳になるまで両親はスナックを経営し、母はその店のママをしていた。
当時バブル全盛期、地元のスナックの中で、いち早く導入したカラオケ機は客を呼び、儲かって笑いが止まらなかったという。
(その頃のお金が残っていたらもっと楽な生活ができたのに。笑)
私はネオン街に立っている客寄せのオッサンに頭を撫でてもらった。店でバイトしているホステスのお姉ちゃんたちにもかわいがってもらった。
準備中、母が仕込みをしている間、カラオケでピンクレディーを歌った。(今の歌唱力はその時につちかわれたもの。笑)
夜は一人でお留守番。さみしかった。(だから、一人のさみしさには慣れている)
深夜、母はベロベロに酔って帰ってきた。客の酒を飲むのも売り上げのためだといい、体を張っていた。母の布団は酒と化粧の匂いで薄汚れて、くさかった。そのまま倒れ込むように昼間まで寝ていた。
父は時々マスターとして店に入ったが、幼心には父が働いている記憶はほとんどないに等しい。思い出すのは雀荘や競輪場に連れられていったこと。
タバコの匂いにまみれた部屋の中で、男たちが机を囲んでいた。あのジャラジャラと耳につく音が忘れられない。
まさに父は『髪結いの亭主』だった。働きもせず、ぶらぶらしていた。
金がなくなると家に帰ってきて、母に金をせびっていたところを何度か目撃したことがある。
父の暴力は恐怖だった。私はひっぱたかれて体が飛び、タンスにぶつかって鼻血が出た。
母は頭をなぐられて流血。あまりの血の多さに慌てた父は救急車を呼んだ。
病院に運ばれた先で「旦那さんを訴えますか?」と医者に聞かれて母は首を振ったという。
父が死んでから年月が経ち、私は小学校のクラスメイトにこういったことがある。
「父が死んでくれて良かった」
誰もが大なり小なり心の傷はある。その傷があるからこそ今があるのだ。

暴力の恐さよりも、恐れていたものがある。
子供の心に抱えていた不安は、親が離れ離れになることだった。つまり離婚。
父がもし生きていたら間違いなく離婚していただろう。離婚する前に死んだだけだ。
いずれにせよ、父とは離れる運命にあったんだと思う。
子供は親の姿をちゃんと見ている。夫婦喧嘩の様子を不安げに隅から見ていた。
喧嘩のあと、母は私の耳もとで呪文のように父の悪口をいった。
小さな私に何をいっても理解できないと思ったのだろうか。それともただの愚痴のつもりだったのか。
だけど、子供はちゃんと分かっている。自分の親は仲が悪いことを。
「母さんはね、父さんと別れたいの」
「母さんはね、父さんのことが大嫌いなの」
「男はオオカミだよ。絶対に信用してはいけない」
「母さんは父さんと別れたいの。でも、お前のために我慢するよ」
暴力を振るう父。そして、我慢し続ける母。それでも離れて欲しくないこの気持ち。
私はどうしたらいいかと考えたあげく、学校の作文に全てを書いた。
『父と母はいつもケンカしています。二人を止めたいけど私にはできません』
日頃の思いを作文に連ねた。
その日、家に電話がかかってきた。学校の先生からだった。私が書いた作文の内容を心配してかけてきてくれたのだ。
それが原因で夫婦喧嘩はよりいっそう激しさを増した。作文のことでいい争っていた。
私のせいだ。
反省して、ただ辛くて、布団の中で泣いていた。

今の私には借金はない。車はローンを組まずして一括で買った。
極力、金の貸し借りはしない。どうしても困っている友達に貸したがきちんと返してくれた(当たり前か。笑)
私の周りには金銭でルーズな人はいない。いたらマジで怒るよ。
人間どこで信頼を計るかはそこだと思うから。
こんなケチな私に、かつて1000万の借金が肩にのっていた、なんていったら信じられるだろうか。
好景気時、道楽浸りで父が残していったツケである。
借金で首が回らなくなった父は荒れに荒れまくっていた。酒に溺れていく悪循環はもう誰にも止められなかった。
父は窒息死だった。酒を飲み過ぎて吐瀉物が喉に詰まって死んだ。
皮肉なことに、それで借金を一部返済することができた。(神様の思し召しか?)
父が死ぬ少し前、母の友人が保険会社に就職し、義理で父にも保険をかけていたのだ。
父が死んだと聞いたとき、一瞬、母が殺したのではないかと子供心に疑った。今思えば、とても悲しいことだ。
葬儀が終わって間もないのに、取り立て屋がひっきりなしに来ていた。そこで私の目に映ったのは他でもない母の気丈な対応だった。
母は強かった。
私は人に甘えない。特に男。本当は甘えたかったけどうまくできなかった。
信じることができなかった。裏切られるのが怖かった。父へのトラウマがあったからだろう。
心のどこかで男をバカにしていた。男がいなくても生きていく自信があった。ひねくれた考えを持っていた。
母の血を受け継いで私は強い。
でも、女はあまり強くない方がいい。弱い女の方が幸せになれると思う。
強くてしっかりしすぎた女は男をダメにする。私の母が典型的な例ではないだろうか。
母はもっと父を頼り、もっと甘えるべきだった。頼りない父でも、頼られたらなんとか頑張れたかもしれない。
けれど母の中で父は、すでに諦めた存在にあったのだ。
葬式で父側の親戚に「お前が殺したんだ!」と責められた母。それは一理あると思う。
男だけが悪いのではなく、管理できなかった女も悪いのだ。
大人になった私は母に聞いた。「何で、あんなろくでもない父と一緒になったの?」
それがずっと疑問だった。
母は答えた。「父さんはね、十のうち二がすばらしく良かったの。その二の良さで、残りの悪い八の部分が不思議と消えてしまったんだよ」

男女間には当人同士しか知り得ないことがある。
私も恋愛をして少し、母の気持ちが分かりかけてきた。

竜宮に棲む人魚(八)

2006-05-17 19:09:32 | 竜宮に棲む人魚
「今ちゃん、顔色が悪いぞ。疲れているんじゃないか?」
 同僚の佐藤が心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫、大丈夫。ちょっとした寝不足さ。少し寝たらすぐ直る」
 今村耕太郎は笑顔で返したが気分はすぐれなかった。
 トイレの鏡で確認したら、血色のないやつれた自分の顔が映っていた。
 あともう一踏ん張り。我慢だ。
 パンパンと頬を叩き、気合いを入れてまた現場に向かう。
 今村は五十二歳で長距離運転手をしていた。
 早朝から仕事は始まり、リフトに乗り、トラックから積み荷を卸す作業だ。運送業務は月曜から土曜日まで、拘束時間は一日当たり十八時間近くもある。毎日の過密スケジュールは疲れが出るのも当然だった。
 今村はトレーラー車を会社持ちのローンで購入し、いまだに毎月払っていた。早く全額返済したかった。
 大学受験を控える息子と、高校二年になる娘を養う傍らで、住宅ローンもまだ残っている。金銭的余裕はない。
妻は弁当屋でパートをし、家計を助けくれるが楽ではなかった。
息子は将来について考え始めているようだ。娘は父を嫌がる年頃で口をきいてくれない。
 子供たちは多感な成長期にあり、父としての勤めは、仕事をして静かに見守るしかないと思っていた。 
 運賃の値上げ、規制緩和、積み荷の時間指定に遅れたら苦情をいわれるなど、ご時世は厳しく、家庭では見せぬ焦りやストレスが募っていくのだった。
 車中で仮眠をするが、先を急ぐあまり休憩を取らずに運行するのも珍しくない。
 六月二十一日。その日もそうだった。
 昼時だけ、ドライブインで食事を取り、砂糖なしの缶コーヒーを飲みながら煙草を一服して休んだ。
 生あくびが止まらず、眠い目をこすりあげた。
 体調と同じく、週間天気予報もぐずついていたが、しばらくすると雲が開けて晴れ間が見えた。
 目を閉じたまま窓から首を出し、まぶたに光を当てる。太陽は脳を目覚めさせてはくれなかった。むしろ、ぽかぽか陽気で心地良い眠りを誘った。
 空気をいっぱい吸い込み、深呼吸をしたあと、トラックを発進させた。
 一般公道を通過し、鳥羽から奥志摩の、東海岸を走るドライブウェイに入る。見通しのいい直線道路で混雑もなくスムーズだった。
 しっかりしろ。休んでばかりはいられないぞ。
 首を大きく回し、常時、備えてあるミントガムを噛みしめて眠気と戦う。
 だが、無意識にうとうとして、「駄目だ、駄目だ」と何度も首を振り、運転に集中した。
 ラジオのボリュームを大きくさせ、窓を全開にして目覚めを促した。
 それでも過度な労働による疲労と睡眠不足は蓄積されていた。彼が思う以上に、肉体を限界まで追い込んでいたのだ。
 まぶたが重い。首がかくんと落ちた。
 人の意志から解き放たれた大型トラックは、巨大な凶器と化し、止まらずに走っていく。
 今村は薄目を開けた。
 カーブがさしかかり、対向車の影から赤いものが見えた。
 二人乗りのバイクだ!
 気づいたときにはもう遅かった。
 急ブレーキを踏むが、トラックの積み荷の重量でスピードは落ちず、センターラインを大きく飛び出す。正面衝突は免れたがバンパーに接触。バイクは転倒し、路上を滑るようにしてガードレールを突き抜けて、人もろとも姿を消した。
 トラックはハンドルを取られて操作不能。蛇行しながら崖下の海へと落ちた。たまたま窓を全開にしていたため、今村は奇跡的に外へ脱出できた。
 投げ出された者たちが海面に浮かび、漂っていた。
 生きている!
 バイク乗用者の二人も必死にもがいていた。
 一人は黒いヘルメットをかぶったままで、ばたばたと溺れていた。もう片方は、事故の衝撃でヘルメットが脱げ、顔が確認できた。
 赤い服を着た青年だ。
 彼は潮流を受けながらもクロールをし、泳ごうとしている。
 今村も手をかいて、二人を助けるために近づこうと試みた。だが海面が盛り上がり、二人は目の前からいなくなった。
 沈んでしまった。波間に今村だけが残された。
 数分後、彼自身も溺れた。
 足を引っ張られている感覚があった。暴れて抵抗するがその吸引力の強さから逃れられない。力尽きて、海水に呑み込まれていく。
 身体は加速度的に沈下。水圧で耳内がおかしくなった。十秒か十五秒、息をこらえたが吸いたい気持ちを抑えられず、水中で息をした。気道や肺に水が入り、咽頭のけいれんが始まった。血液中に二酸化炭素が過剰になり、不足がちな酸素が完全に絶たれた。
 深さ二メートルで意識がもうろうとする。頭部が下になり、逆立ち状態で一気に底まで墜落し、窪みにはまった。
 苦しさで気を失いかけたが、なぜか意識を取り戻し、呼吸もできた。
 俺は死んだのか?
 認識のないまま、意識だけがあった。
 暗黒の深海に七色の光が瞬いている。辺りが鮮明になり、今村の横に倒れている二体を発見した。
 さっきの二人なのか?
 得体の知れない発光体がこちらに向かってくる。
 今村の目に大きな何かが映し出された。
 何だ、あれは?
 その瞬間、身体が浮かび上がり、猛スピードで光の方へ吸い寄せられていった。

彼氏のかわりに(一)

2006-05-07 21:17:40 | 彼氏のかわりに

 誰もいない寒い部屋に帰ってきた。
 つけたばかりの暖房はなかなか暖まらず、冷え切った身体をこすりあげた。
 晩飯をつくるのが面倒くさくて、カップラーメンに湯を注いで食べた。
 蛍光灯がちかちかと切れかけている。取りかえるのが億劫だ。
 彼氏がいたなら頼んでいた。でも別れてしまった今となっては、何でも自分でやらなければならない。
 昨日、母から電話があった。「元気でやっている?」
 本当は嬉しかったのに仕事疲れのせいか、ぶっきらぼうに応対してしまった。
 一人暮らしをはじめたきっかけは相川智也と同棲するためだった。
 親に邪魔されず、少しでも長く二人きりの時間を過ごしたかったから。彼とのラブホテル代を浮かせる目的もあった。
 築二十年、間取り2DKで鉄筋アパートの二階を借りた。近郊にある安い物件を見つけ、そこに決めた。今では借りなければ良かったと後悔している。
 自炊する生活にも慣れてきたけど、とっくに嫌気がさしていた。お金はかかるし、孤独な時間を持て余している。もうやめたい。
 単調な毎日の中で、このまま歳を重ねていくのかと思うと焦りを感じていた。
 カレンダーをめくった。十二月一日。そこには二つの印がある。
『6年目♥』
 これはカレンダーを購入の際、智也とふざけあって赤ペンで書いたものだ。このときは楽しかった。
 二人の記念日を祝うつもりでいた。しかし、その日はこなかった。二人の時間を刻むことなく、終わりを告げた。
 暖房がときおり激しく唸った。こたつで丸くなり、ミカンを食べた。
 冬はどうしてこんなにもさみしくなるのだろう。
 友人のほとんどは彼氏がいる。いないのは私だけ。
 さみしくなんかない。強がってみてもやっぱりさみしい。
 二十五歳のクリスマスは一人で過ごすことになる。そう思うと、人恋しくて誰かに電話したくなるのをぐっとこらえた。
 甘えは禁物。そのうち、一人にも慣れるはずだ。
 趣味といえば音楽鑑賞ぐらいで、暇なときに流しているだけだから、とても趣味とはいえない。
 最近、ミニウサギを飼い始めた。ミーチャンと名づけた。アパートはペット禁止だから吠える犬は無理。ペットショップにいったらウサギに一目惚れして購入。
 エサをあげると口をもぐもぐさせて可愛かった。ずっと見ていても飽きない。癒し効果があった。
 カレンダーにある、もうひとつの印を見つめる。
『愛情ロボ』
 私が記したものだ。
 あれは一ヶ月前、偶然、ネットで目にした広告だった。
『人間が操作しなくても独立して動く自立行動型ロボット誕生。人間が便利に過ごせるように研究開発されました』
 キャッチフレーズに心惹かれた。
 ネット注文も可能だが、実物大を見てみたい。
 面白半分で地図を検索すると、購買先のN研究所はさほど家から遠くないところにあった。
 好奇心が募り、まずは足を運んでみることにした。
 大学の構内を思わせる白い建物がN研究所だった。私はきょろきょろしながら入っていった。受付を済ませると、事務員に奥へと案内された。
 廊下で白衣をきた研究者たちとすれ違う。たくさんの機器が稼働し、成型する工程も見学できた。
 すでに列をなして説明を聞く団体客がいたので、私も後列に並んだ。
 陳列されたカプセルが開き、金属ロボットが出てくるところだった。
「座れ!」
 男性が命令すると、ロボットはゆっくりと椅子に座った。
「これは初期モデル。その上をいくのが愛情ロボです」
 カプセルのひとつひとつが開き、一斉にどよめきが起こった。
 セーラー服の黒髪の少女、ふくよかなスーツ姿の中年男性、幼稚園児までが登場した。
「あれは本当にロボットなのか?」
「信じられない」
 そこにいた人が口々に漏らした。
 とても商品とは思えなかった。人間と見分けがつかない精巧なつくりだ。
 自然に動き回り、その躍動感溢れる姿に見入ってしまう。見る物全てが新鮮に映った。
「驚くのも無理はないでしょう。従来のロボットとは違い、人間に命令されたことだけに反応する単純な玩具ではありません」
 胸にある名札に高木と書いてあった。彼は自信ありげに声高々、喋り続ける。
「空を飛んだり、スーパーマンみたいな怪力の持ち主でもない。完全無欠ではないところが愛情ロボの良さなのです」
確かに人間臭さが出ていて魅力的だった。
「人間が触れ、褒めたり叱ったりすることで理解を深めていく。ある能力や技術などを十分に身につけるまで繰り返し練習させてください。使えば使うほど知能数が高まる人工知能が装備されています。育った環境によって様々に変化する。つまり一種の子育てと似ている。これは教育です」
 家庭の中での自立した存在として人間と暮らすことができるエンターテイメントであると、ロボット開発責任者の一人、高木は力説していた。
 人型ロボットの種類は赤子から老人まで幅広い。介護、医療、防災、娯楽などの用途によって使い分けられる。
 お年寄りや身体の不自由な人など誰もが簡単に使いこなせる商品として開発された。 産業化は研究費としての投資と考えているらしかった。
 自分の理想のオーダーメイドが可能であるのも魅力のひとつ。
 会員制で二年に一度のメンテナンスをおこなう。まるで車検のような手軽さ。しかも家事機能もついて家政婦を頼むより都合がいいときている。
 二週間の試用期間があって安心だ。
 大量生産になればコストも下がり、もっと手に入りやすくなるだろう。そのような説明が延々と繰り返されていた。
 品定めをしている数人に交じって、私は吸い寄せるように近づいた。
 今なら格安で買うことができるとあって、希望者が続出し、注文している人までいた。
殺到して一ヶ月先の予約待ちらしい。
 空きがないのなら仕方がない。予約してまでは欲しくない。
 私は諦めて帰ろうとしたそのとき、「旧式のでしたらありますよ」
 高木という研究者の一言で私の足が止まった。
 バカバカしい。こんなもの人間のかわりが勤まるものか。
 そう思いながらも結局流れで二週間試用コースを選んだ。買うか買わないかはそれからだ。
 そうして今日が人型ロボットの届く日。
 指定した日時きっかりに呼び鈴が鳴った。
「どなた?」
「アイジョウロボデス」
 扉を開けると、一人の青年が立っていた。
 すらりと伸びた高い背丈。美形ではないが文句のつけようがないほど自分の理想人物と合致していた。
 彼は紙袋を差し出し、私が受け取るのを待っている。はっと気づいて受け取る。
 袋の中身は説明書だった。表紙に『愛情ロボ』と書いてある。
 本当にロボットなのだろうか。見た目は血の通った人間そのものじゃないか。
 半信半疑で舐めるように彼を見つめる。彼は無表情であるが冷たさは感じられない。
 コンバースの真新しいスニーカーを履き、おろしたての白いシャツとジーンズはどこか着せられているような印象を受けた。
「こっちよ」私は招き入れた。
 あらかじめもらっていた書類には通常会話は理解できると書いてあった。
「シツレイシマス」
 彼はスニーカーを脱ぎ、家にあがった。私が置きっぱなしにしていた鞄が彼のつま先に当たり、つまずきかけた。
「ごめん、ごめん」
 慌てて鞄を片づける。
 体勢を整えて彼は何ごともなく歩き出した。それさえもすごい機能である。何歩か進んでから、ぴたりと止まった。
「ここに座って」
 誘導に従い、彼をソファに座る。命令に忠実だ。人間の言語を理解しているように見える。
 いざ届いてはみたがどうしよう。
 彼はちょこんと座り、静かにしていた。
 私はまじまじと見つめた。彼は自然と瞬きをしている。顔をよく見てみると、毛穴まで施されてあり、私よりもきめ細かな肌をしていた。
 頬を突くと、シリコンが入っているのか人間の皮膚のように弾力性があった。さするとすべすべして顔の色つやと血行もよかった。機械とは思えない。
 説明書は分厚かった。とりあえず、ぺらぺらとめくった。注意事項だけを軽く読んだ。興奮して活字が頭の中に入っていかない。
 袋の中にはリモコンも入っていた。予想以上に機能が充実している。オモチャを与えられた子供のように私は浮かれた。
 手順書通りに実行してみた。
「私の名前は竹内涼子。あなたのオーナーよ。よろしくね」
「……ヨロシク」
 遅れて返事がきた。
 見た目は人間そのものなのに、話し方は機械っぽい。
 音声機能は日々の生活の中で自然体になってくると説明書に書いてあった。
「ふ~ん」私は頷いた。
「タケウチリョウコサマ」
おぼつかない喋りが妙に可愛く思えた。
「様はいらないよ。涼子でいいから」
「リョ・ウ・コ」
 正していくのは私の教育にかかっている。楽しみだ。
 リモコンの下部にAVボタンがあった。安易に押すことができないようにカバーがついてある。
「何、これ?」
 何となくオプションでつけておいたボタンだった。
 調べようとしたとき、携帯電話が鳴った。
 電話の相手は、会社の同僚、水野由樹からだ。
「今、みんなで集まっているの。涼子もこない?」
 酒が入っているのか彼女は陽気な声だった。
「ごめん。今日はちょっと……」
「もうっ、つきあい悪いぞ。まだ智也君のこと引きずってるの?」
「そうじゃないよ」
「だったら次に誘う合コンは絶対きてね」
「私、そんな気分じゃないし、いきたくない」
「おいおい、出会いは待っててもやってこないよ。いいからきてね。約束だよ。じゃあ、また連絡するから」
「ちょっと待って……」
 一方的に切られた。
 由樹にはれっきとした彼氏がいる。でも合コンはやめられないらしい。誘われるのは嬉しいけど、彼女のハイテンションなノリにはついていけなかった。
『まだ智也君のこと引きずってるの?』
 違う。心の中で否定した。
 あんな奴のことなんてとっくの昔に忘れた。今の私にはもう一人の『トモ』がいる。
 ソファに座っているトモの姿をずっと眺めていた。
 ロボットの名前に元彼の頭文字をつけたのは相当格好悪いかもしれない。

「ロクジハンデス」
 身体の揺らす振動で起きた。
 トモの体には目覚まし機能が内蔵されている。タイマーをセットした時刻に起こしてくれた。 
 オーナーである私の目覚めを確認したあと、彼は移動を開始する。
「トモ」
 呼び止めると彼は振り返った。
 昨晩、教えたことを学習し、自分の名前も認識していた。
「ありがとう」
 私は感謝の言葉をかけた。彼は軽く頷いた。
 香り立つ珈琲が脳を刺激する。トーストと目玉焼きが食卓を飾った。珈琲は私の口にあっていた。
「すごいね」
 改めて感心する。
 ミーチャンにもエサが与えてあった。嬉しさのあまり、「ありがとう」とまた伝えた。
 いつも朝食を取らないで出勤するのだが、彼がつくってくれたので食べた。時間にも余裕があり、ゆっくりとした朝を過ごすことができた。
 万能なロボットは私の食事が終わるのを待っていた。
 身支度を済ませて、「いってきます」とトモに向けて言葉をかける。
「イッテラッシャイ」
 彼はいった。

「どうしたの? 今、笑っていたよ」
「別に何でもない」
 会社の同僚に指摘され、すぐに表情を戻した。
 心機一転。気分がよかった。早く家に帰ってトモと遊びたい。
 その日は仕事が長引き、帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
 午後八時、急行列車に乗る。電車の乗客はまばらでぽつんと座った。
 車窓の風景を見つめた。街のネオンが水星のように流れていく。
 向かい側の窓ににんまりとしている自分の顔が映った。夜の闇も優しく微笑みかけている。
 足取りは軽く、家路に向かった。
 普通の日なのに普通ではない。おとぎの国からきた王子様が私を待っている。
 いや、待っているのはロボットだけど。
 アパートは駅から徒歩五分のところにあった。二階の我が家を見ると、明かりが点っていたので「あれ?」と思った。
 電気を消したはずなのにどうして……。
 もしかしたらトモがつけたのかもしれない。
 階段を駆けあがり、ドアを開けた。
 明るい部屋でしかも暖かい。暖房が入っていた。トモが部屋を暖めてくれていたのだ。
「ただいま」
「オカエリナサイ」
 トモに近づくと太陽の匂いがした。冬の薄日でも太陽が出ているときはエネルギーとして蓄積されるようにソーラーシステムがついている。自己充電をしてくれるので手間いらずだ。
 今日の出来事を色々と話した。晩酌につきあってくれるし、いい話し相手になってくれる。
 仕事の愚痴も聞いてくれるからストレス発散にもなる。眺めているだけでも暇がつぶせそうだ。
 トモは私の後ろに回って何をするかと思えば、肩をもんでくれた。至れり尽くせりである。
 部屋の温もりで曇った窓ガラスに「トモ・涼子」の相合い傘を書いた。
 トモは首を傾げていた。
 カーテンを開けると、輝く月が見えた。冬の夜空は澄んでいた。
「あれが月だよ」
 空を指さして説明する。月明かりがトモの横顔が照らしていた。
 夏に買った線香花火があるのを思い出し、押し入れの中から取り出す。
 ベランダに出て、試しに火をつけてみた。火花が散った。しけっていなかった。
「トモ、ここに座って」
 彼はまた首を傾げた。
「冬の花火も乙なものね」
 二人はしばらく眺めていた。
「トモも持ってみる?」
 花火を渡す。彼が大きく動かしたために、火の玉が下に落ちた。
「乱暴に扱ったら駄目よ」
 もうひとつ、火をつけた。好奇心旺盛の彼は火花を手でつかんでしまった。
「きゃっ」
 慌てて彼の手を確かめた。火傷していなかった。少し黒くなっていたがこすったらきれいになった。
「大丈夫?」
 手を握りしめると、急に元彼のことを思い出す。
 そういえば智也も線香花火が好きだった。
「やーめた!」私は用意しておいたバケツに花火を漬け込んだ。「トモ、おいで」
 ぶるっと身体を震わせて、そそくさと部屋の中に戻った。 
その日は興奮してなかなか寝つかれず、夜半、目を覚ます。
 トモはどうしているかしら。
 そっとふすまを開けて、覗いてみた。
 彼は窓越しに立ち、カーテンの隙間から月を見ていた。ロボットは寝ないのだ。
「おやすみ」
 私は小声で呟き、再び床についた。
 ロボットと共存していく世界がすぐそこまできている。愛情ロボが広まるのも時間の問題だ。
 シングルの自由さを取りながらさみしさを癒せるなんて好都合である。こんな恋愛の形もまんざら悪くない。
 お試し期間の二週間はあっという間に過ぎた。正式に申し込むことを決めた。値は張るがローンを組めばなんとかなる。
 三百万、五百万であろうと買うつもりでいた。
 元彼の金銭感覚が移ってしまったのかな。
 とにかく今の私には心の隙間を埋める何かが必要だった。

かみなりさまと水のかみさま

2006-05-03 19:21:58 | かみなりさまと水のかみさま(童話)
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 かみなりさまはおまつり好き。
 たいこをたたいてさわいでいる。
 雲の乗りものでさっそうとおでましだ。

「うるさーい」
 森にすむ生き物たちはさけびました。
 リスの親子は目をつりあげ、雲をゆびさして、ぶつくさともんくをいっている。
 チューリップは葉っぱで耳をおさえてガマンしている。
「しずかにしておくれ。ねむれやしない」
 みんなは昼寝のじゃまをされて、カンカンに怒っていました。
 なにもしらない、のんきなかみなりさまが地上におりてきた。
「みんな、あそぼうぜ!」
 ひょいっと雲の乗りものからおりて、両足でちゃくちしました。
 オオカミはウーとほえました。クマはアッカンベーと舌をだした。
「にげろ!」
 カラスの一声で、動物たちはいっせいににげていきました。
「あれれ?」
 かみなりさまはぽかんと口をあけている。あっというまに誰もいなくなりました。
「おーい! まってよ!」
 ひとあしおくれて走りだす。
 すると、小石につまずき、スッテンコロリン。たおれてしまいました。
「ワァァァ~ン、いたいよ」
 ひざこぞうをすりむいて大声でなきました。
 でも、誰もたすけにきてくれません。
 かみなりさまの目から大つぶの涙がおちました。空がはんのうして、いなずまがピカッとおちました。

 ドンドコ、ピカゴロ。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ふたたび、かみなりさまがやってきました。
「あそぼうぜ!」
 笑顔で話しかけました。
 つめたくされてもあきらめません。
 タンポポは花びらをとじました。もみの木はつっ立ったまま動きをみせない。セミは無言でじっとかたまっている。
 また誰も話をきいてくれません。
 ふとヘビをみつけ、「おーい! あそぼうぜ!」
 おどろいたヘビはにょろにょろと土の中へもぐっていきました。
「もうにがさないぞ!」
 つかまえるために穴をほる。ヘビはもっと奥へともぐりこむ。
 ああ~、ざんねん。手がとどかない。
 こんどは風をみかたにつけようと、空気をいっぱいすいこみました。
 でも、北風はつめたくしらんぷり。パッと消えてしまいました。
 かみなりさまはさみしくて肩をおとしました。

「あそびましょう」
 遠くで声がきこえた。ふりかえると、長い黒髪のきれいな女の子がこちらへ近づいてきました。
 湖のほとりにすんでいる水のかみさまでした。
 やっと友達ができるぞ!
 かみなりさまはうれしくなって、あくしゅをしようと手をのばした。
 ビリビリビリ。火花がちる。光が走る。つよい電流が体をかけめぐる。
 水のかみさまの長い髪はさかだち、白いドレスはまっ黒。
 かみなりさまのクルクルパーマもとんがって、トラ柄のパンツもこげてしまった。
 水と電気はあわないので、あくしゅはできませんでした。
 びっくりした水のかみさまは、ものすごいスピードで走ってにげていきました。
 かみなりさまはまたひとりぼっち……。
「バイバイ」
 森の方角に手をふる。かみなりさまはたくさんの雲をひきつれていなくなりました。
 森はしずまりかえり、ドンドコ、ピカゴロ、うるさいたいこの音もまったくきこえなくなりました。
「さいきん、よくねれるね」
「かみなりさまがいなくなったからだよ。ウフフ」
 お花畑でミツバチとテントウムシがうれしそうに話をしていました。

 日がたちました。
 雲ひとつない、のどかな天気がつづく。
 スズメの兄弟はノドをうるおすために、湖へやってきました。
「あっ、水がない!」
 どうしたことでしょう。あるはずの湖がなくなっているではありませんか。
 かわいた地面に、水のかみさまがたおれていました。
「水のかみさま、どうしたの?」
「どうか、かみなりさまをさがしてください。彼がいないから雨がふらないのです」
 さぁ、たいへんだ!
 晴れつづきで湖がひあがってしまった。
 花は枯れ、木はやつれ、風はやみ、太陽はもうしわけなさそうに輝いている。
 かわりはてた森の風景。
 このままではみんなが死んでしまう。
 あわてたスズメの兄弟は、森の仲間たちにしらせました。
「てわけして、かみなりさまをさがすんだ!」
 森の仲間たちは元気がありません。
「ぼくたちのせいだよ」
「わるいことをしたなぁ~」
「うるさいけど、たいせつなお役めをはたしていたんだね」
「かみなりさまは森になくてはならないかみさまだったんだ」
 みんなはうつむいて、仲間はずれにしたことをはんせいしました。
 つばさをもつ鳥は空から、つばさをもたないサルやクマは陸から。
 木のかげや草のねっこまでみてまわりました。
 夜はコウモリやフクロウが目を光らせてさがしてくれました。
 お月さまもさんかして、夜の闇をてらしてくれました。
「おーい! かみなりさま!」
 よんでも返事がありません。
 いったい、どこにいったのでしょう?

 山の奥の暗いほら穴から、なき声がきこえました。
「たいこをならすと、みんなにめいわくがかかるからやめよう」
 かみなりさまは大好きなたいこをなげすてました。
 しょんぼりとうつむいて、ないていました。
 おまつりのあとのようなしずけさが広がりました。
 みるにみかねた宇宙のかみさまは声をかけた。
「かみなりさま、かみなりさま」
「ぼくをよびましたか?」
 かみなりさまは空にむかって話しかけた。
「みんながきみのことをしんぱいしているよ」
 かみなりさまは首をよこにふって、
「ぼくはきらわれています」
 ワ~ンとまたなきだした。
「ちがうよ、かみなりさま。みんな、きみのことをきらっていない。ずっと帰りをまっている」
「ほんとう?」
 涙がぴたりととまった。
「ほんとうだよ。ホホホ」
 宇宙のかみさまがわらうと、いくつもの星が七色に輝きました。
 かみなりさまは勇気がでて、たいこをひろいあげた。
「よしっ、いくぞ!」
 拳をふりあげました。

 雲ゆきがあやしくなり、雲は灰色にそまる。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 らいめいがとどろいた。
 ザァー、ザァー、ザァー。はげしい雨がふる。
 土は水をふくんで川ができ、川は長くのびて湖にたどりつきました。
「めぐみの雨だ!」
 森の仲間たちは大よろこび。たくさんの生命が息をふきかえしました。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ここぞとばかりにたいこがなる。
 かみなりさまはいっしょうけんめいはたらきました。
 雨は一日中ふりそそぎ、大きな湖をたたえました。
 おかげで水のかみさまもたすかりました。
 雨がやむと、空が明るくなり、太陽があらわれてニコニコとほほえみました。
 しごとをおえたかみなりさまは森にもどりました。
「かみなりさま、今までごめんね」
 森の仲間たちはペコリと頭をさげました。
 かみなりさまはほほを赤くそめて、「いいんだよ」といいました。
 水のかみさまが手をのばし、あくしゅをもとめる。
 ビリビリビリ。火花がちる。光が走る。つよい電流が体をかけめぐる。
 髪はさかだってまるこげだ。それでも二人は楽しそう。
 ハッハッハッハ。
 みんなも声をだしてわらいました。
 かみなりさまは森の仲間の一員になった。
 歌を歌ったり、かけっこしたり、おどってみたり、楽しい毎日をおくりました。
 
 ドンドコ、ピカゴロ。
 ドンドコ、ピカゴロ。
 かみなりさまはおまつり好き。
 たいこをたたいてさわいでいる。
 雲の乗りものでさっそうとおでましだ。(終)