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大晦日に天丼

2007-12-31 12:04:26 | weblog


はい、どうも。



いよいよ、今年も最後ですなぁ。




いや、別に訂正することはなにもないですよ。





「よいお年を」と最初言ってるのに次は「良いお年を」と揃ってないとか関係ないですよ。あれであってます。






いやぁ、なんか期待されてる気がして来ちゃった。








ただ、それだけすよぉ。













大晦日に天丼シリーズ。


一作目→ 「良いお年を」のタイミングって?



二作目→よくよく考えたら



三作目→すみません、まちがえました^^:


「良いお年を」のタイミングって?

2007-12-28 19:58:39 | weblog



今年最後の記事いうことで、みなさん「良いお年を」という年越しの挨拶について話してみたいと思います。

どうゆうタイミングで言えばよいのか、迷いみたいなのはないですか?

「良いお年を」と挨拶というか宣言をしてその場を去ったのに、

直後に忘れ物に気づいて皆のいる場所に戻らなければならないバツの悪さというか気恥ずかしさや

僕だったら、一度宣言したならば、できればメルや電話も含めて、年内は金輪際バッティングしたくないと考えます。

一番理想的な年越しの挨拶は仕事場でもサークル的な集まりでもいいのですが、年末の最終日に仕事や活動のすべてが終わって、どこにも寄る予定もなく帰路に着く場合に

みんなで「よいお年を」と挨拶することが他発的であり、それほどの「よいお年を」の責任感は感じない。

一対一の場合は相手発の方が責任感の負担は若干、軽くなるけど、

おいおい、ちょっと早よないか?と思うタイミングの時があって、別れた後には相手の事はなるべく会わないように、避けがちだ。

じゃあ、年越しの挨拶なんぞしなけりゃーいいじゃん。ってことなんだろうけど、

年越しの挨拶はちゃんとしないと気持ち悪いし、礼儀や感謝や親愛の表現でもあると思うので、忘れずちゃんとしたいのだ。

だからその人とのぎりっぎりの別れのタイミングまで待ってるわけだけれども、タイミングを逃すと挨拶できないまま年越しということもありえる。

そんな風に考えていくと「良いお年を」のタイミングは非常に難しいのだ。



労働船  【スキマ産業化計画】

2007-12-13 03:22:12 | スキマ産業編



ラーメン屋で食べた後、財布がないのに気づき、店主が代金の代わりに皿洗いで許してもらった。
みたいな話を昔は耳にした気がするのだが、実際に目撃したことも経験もないのだが・・・。
物やサービスをお金で買うのではなく、労働で支払うという提案。




まとまった時間を効率良く労働するには交通移動サービスを受けている最中に労働するというもの。


例えば、 東京←→沖縄 を船で往復する際に出発地で原材料を積み込み、
船の中の作業場や工場で乗客は船の中で労働する。
東京からは沖縄へ出荷する食品なり、
手を加えるものが必要な商品を加工や梱包などの労働をして到着地で出荷。
労働者は現地で解散する。 



基本的に労働者は片道の短期雇用で現地に着けば観光や帰省など自由に利用してよい。
また、観光後など日にちを置いた後でも予約して空いていれば帰りの便も利用できる。



労働時間、内容によって運賃分と相殺し、
不足分なら客が支払い、超過分なら賃金として労働者(客)に支払われる。(ポイントの様なものもアリかも)



船という器や移動手段が一番、
スペースやまとまった時間、需要層にはまるとみて例として出してみたが、
旅客機しかり、新幹線しかり、長距離バスしかり、世界一周豪華客船しかりだ。



もちろん、スペース、移動時間、需要層、乗り心地などからくる作業適正で仕事内容は限られてくるものはあるが、
生産全般、電話の受付、営業事務、など直接人と会うサービス以外なら可能なものはあると思う。



貧乏くさい発想かもしれないが、
海外旅行などいく余裕のない層にも客船で働きながらの旅もできるチャンスになるのではないか?



地方にとっての観光客の取り込みは大きな収入源につながりますが、
都市と労働船によって繋ぐことで観光客やIターンの需要の取り込みに有効になるのではないか?
もちろんその街の魅力があってのことですが。



労働と交通移動を交換するということを考えてみて、
昔のラーメン屋の洗い物しかり、知らない地方に逃れて行った人が気さくな人の良いお店の店主に「そうゆうことなら明日からここで働いてみれば?」
みたいなちょっと話しただけなのに見ず知らずの、
履歴書もナシで雇ったりみたいなことをドラマや漫画の一昔前の場面で見たりしますが、
都市化していくとどんどん身元の知れないということに閉鎖的になっていって履歴書的なものが必要になっていく。
もし働くってことがもっと昔のドラマにでてくるように気軽に簡単というかアカの他人に対して信頼してくれるようなタイミングとかフィーリングで結ばれるものなら、
もっとニートの問題なんかも減っていくような気がした。