お客さんとのコミュニケーション。
これも大切な仕事のひとつです。
お互いの信頼関係も生まれますし、
お客さんの性格や好みも把握できます。
それは、わかります。
わかってはいるのですが。
「それじゃあミルさん、
次は星座と血液型をお願い」
「あ、えっと……
蟹座のO型です」
「◯△◇☆〜」
みなさま、ご機嫌よう。
本日はいかがお過ごしですか?
自分は今現在、絶賛仕事中です。
お客さんとテーブルを挟んで向かい合い、
全力で占われています。
町内会のハロウィンパーティーで、
魔女の仮装をするというお客さん。
せっかくだから魔女っぽく、
希望者に占いを披露したい……とのことで。
容赦無く練習台にされています。
さも当然の如く、
『じゃあミルくんお願いね』と。
そう言い残して現場へ向かった、
社長と同僚たちよ……助けてください。
「あ、あの」
「◎◯×□♪〜」
「…………。」
「☆*◇△◯〜」
どうすんだよ、この状況。
なりきってる。
完璧に魔女になりきってる。
それは別によいのだけれど──……
占いの度に、
謎の呪文が炸裂して困ります。
これ、どんな表情でいれば正解なの……?
「ミルさんの性格は──……
人に頼まれごとをされると断れず、
周りに流されやすいところがあります」
まさに今の状況ですが?
「あなた自身は安定を求め、
目立つことは好まない性格のよう……
ですが、たぶん無理ですね」
うん、知ってる。
でも、なぜでしょう
改めて言われると、
やや抉られるものがあります……
「それでは次、
エンジェルナンバーを──……」
まだやるんかい
手相占いからオーラ診断、
心理テストまで受けているのですが。
「もう少しで魔女の料理ができるから、
それまでの間、付き合ってほしいの
料理の感想も欲しくってね」
何を食わされるんですか。
魔女の料理?
響きからして嫌な予感しかしないよ?
「ところでミルさん、
虫はお好き?」
食材として聞いてる?
蝶の羽は綺麗だと思います。
トンボのフォルムも洗練されてるね。
カブトムシなんて格好良さの塊だし。
……うん。
見るのは好き。
あくまでも鑑賞限定で。
以前、恐竜が好きだと言ったら、
恐竜ラーメン持ってきた親戚がいたけれど。
違うんだ……
そうじゃねぇんだ……
恐竜や虫に対しての『好き』と、
食材としての『好き』は別物なんだ……‼︎
「実は今ね、虫のクッキーを焼いているの」
あの
それは
虫の形をしたクッキーですか?
それとも虫入りのクッキーなのでしょうか?
くっ……
判断が微妙なところ……
おのれ、日本語トラップ……‼︎
心の中で頭を抱えていると、
外からタイミングよく社長の声が。
どうやら作業が終わったようです。
自分、占いしかしてねぇ……
「ちょうど良かったわ‼︎
もうすぐクッキーが焼けるの
みなさんも一休みしてくださいな」
キッチンへ向かうお客さんを見送りながら、
溜め込んだ息を吐き出す自分。
なんだか、どっと疲れを感じます……
「こっちは順調に終わったよ
ミルくんは占い、どうだった?」
「自分は典型的な蟹座のO型のようです」
「お、おう……?」
平穏を望む断り下手な巻き込まれ体質。
確かに日頃から頼まれごとは多いけれど。
特に社長。
貴方からの無茶振りは、
中でも特に際立っていますね……
「さあ、お茶にしましょう」
お客さんが人数分のお茶と、
トレイに乗せたクッキーを運んできました。
虫のクッキーを。
虫型?
それとも虫入り?
どちらにしろ、ダメージは受ける。
恐る恐る覗き込んだ、
そこに並ぶクッキーは──……
星型のプレーンタイプ
「……え?」
虫要素、どこ?
歓迎はしていなかったけれども。
ここまで全く虫要素が見当たらないと、
逆に気になって探してしまいます。
「……見つからねぇ……」
もしかして、これは。
社長たちが来たから、
普通のクッキーを出したのかも。
虫クッキーはきっと、
別のところにあるんだね、うん。
ひとくち齧ってみると、
バターの香りと優しい甘さが広がって。
濃いめの紅茶によく合います。
「ミルさん、お味はいかが?」
「はい、とても美味しいです」
「良かった‼︎
虫のクッキーって、
初めて焼いたから不安だったの」
「虫の要素、見当たりませんけど……」
「ああ、見た目は普通だけど、
コオロギパウダー入りよ」
「え」
まさかの練り込み式
「この、密かに盛られている感が、
いかにも魔女っぽいと思わない?」
そんなリアル感、求めてねぇ
貴女の占い通り。
自分の望みは平穏で、
安定感のある平和な日々です。
クッキーも普通でお願いします