星に願いを

「そういや、今夜は七夕だなあ」
「タナバタ？　なんだいそれ。聞いたことないや」
タロスのつぶやきをリッキーが拾う。
タブレットで時事ニュースを流し読みしていた時だった。夕食後の雑談が始まる。
「俺も初耳だな」
ジョウが話に加わる。みんなもうジャケットを脱いで部屋着に着替えている。
誰もが寛いだ表情。
「いや、あたしの生まれた星にアジアってエリアがあるんですが。その極東に伝わる伝説があるんです。いまふと思い出しましてね。
一年に一度、７月７日の夜にしか会えない、悲恋のカップルの話なんですがね」
うろ覚えなんですがと前置きして、織姫彦星の話を聞かせた。何せ、記憶がおぼろげで話もあまり上手くない。
身振り手振りを交えて何とかかんとか伝え終える。
「天の川を挟んだ恋人同士かあ、雨が降ったら再会がまた一年お預けなんてかわいそうだなあ」
意外と素直な反応を示すリッキー。思春期だからか。それともミミーのことでも頭をよぎったか。
実らない恋愛という設定になんらかの憧憬があるのだろう。
「きっと一心に星に願いを馳せるんだろうな、どうか今夜だけは晴れにしてくださいって」
ジョウも頷く。
「そうみたいです。今夜だけは、その伝説が伝わる地域では、雨になりませんようにって空に願う習わしみたいですよ。あたしもじかに見たわけじゃありませんがね」
「今夜は晴れてるのかな。その恋人たち、会えてるといいね」
男三人がしみじみとしていると、
「年に一回会えるか会えないかなんて、気がへんになっちゃうわ！　あたしなら」
アルフィンがやってきた。
夕食後の片付けをドンゴと行っていたアルフィンだったが、キッチンにも会話の端々が届いていたと見える。
「雨だろうが雪だろうが、嵐だろうが関係ないわ。好きな人に会いたかったら、たとえ何千キロ何光年離れていようと、こっちから会いに行けばいいのよ、好きなだけ。好きなときに」
一年も我慢なんて、信じらんない、とばっさり切って捨てる。
「ら、乱暴だなあ」
ジョウが思わずたじろぐ。リッキーも、
「んなこと言ったら伝説になんないでしょ。ったくロマンがないなあ、アルフィンは」
たしなめる。それをアルフィンは「ふん」と鼻息荒く一蹴。
「ロマンなんて何のおなかの足しにもならないわ。花の命は短いのよ。年に一回会えるかどうか気をもんでるうちに、おばあさんになっちゃう！　あたしはそんなのやーよ。好きな人とは毎日会いたいもん。朝から晩までいっしょにいたい。そこは絶対譲れないわ」
そう言い置いて金髪を翻してダイニングを出て行った。シャワーの順番はアルフィンが４人の中で一番先と決まっている。
ドアから足音高く出ていくのを３人で見送った。
「……さっすが、アルフィン」
「説得力ありますな」
気を呑まれた風に目と目を見交わすリッキーとタロス。二人の視線はそのままジョウに向けられる。意味深に。
「なんだ？」
「ん、いやーアルフィンらしいやと思ってさ」
「全くでさあ」
「アルフィンにかかっちゃ。悲恋も力業で成就させちまうもんね」
「違いねえ」
うちの織姫は天の川もなんのその。距離も身分違いも何もかもかっとばして、会いたいと思ったら気持ちを隠さない。押さえ込まない。まっすぐ彦星に会いに行く。有言実行、猪突猛進の姫君。
好きな男に毎日会うために、何もかも投げ出して身ひとつで船に密航した。
可憐というよりは、豪毅とさえいえる。
でも、この上なく魅力的な、ジョウを虜にする姫君だった。
タロスが目元を緩めながら言う。
「花のいのちは短いそうですよ、ジョウ」
「ん？」
「年に一回ぐらい、兄貴からのアプローチがあってもいいかもね。今夜は」
リッキーも。
遠回しに何かを焚きつけられている。ジョウは察した。
でも二人に言われて腰を上げるのもなんだか気恥ずかしく。
「まあ、後でな」
言葉を濁した。シャワーを浴びてからでもいいだろう。
まだ夜は長い。
「あっちでは、今夜晴れてんのかねえ……」
ふと、故郷の夜空を想ってタロスが呟いた。本家の織姫彦星も今宵は会えてるといいな、と思いながら。
ミネルバの船窓から見える星々に願いを託した。

END
手柴の七夕はとてもロマンティックなので、こちらのCPでも一作と思ったのですが。。。
姫がぜんぜん甘くなってくれないよ？泣　でもまあ無理もないのです。価値観が全然違う姫君だった……
七夕の夜は晴れるとよいです。

⇒pixiv安達　薫