背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

夜想曲

2021年06月23日 03時00分07秒 | CJ二次創作
「ジョウ、今いい?」
ベランダのデッキチェアで風に当たっていると、アルフィンがノックとともにドアを開けて入ってきた。
このホテルのセミスイート以上のグレードの部屋は、古式ゆかしい木製のドアが設えてある。ノブをまわして左右に押し開いて出入りする、観音開きという造りらしい。
カードキーにも生体認証ロックにもできるが、利用客の設定次第では昔風に鍵で開け閉めできる仕組み。
俺は部屋には鍵を掛けていなかった。フロアをチームで貸し切っているので、その必要がないからだ。
アルフィンは俺のいるベランダにひょいと顔をのぞかせた。レースカーテンがふわりと風を含んで広がる。
「どうした?」
俺の傍まで来たアルフィンを見上げる。金髪が海風にさらわれ、乱れないように手でそっと押さえている。
夕闇を背負いながら俺に微笑む。
「お散歩に行かない? 下に」
手すりにもたれ、真昼の込み具合が嘘のように人気の引いた海辺を目で示す。
「あんまり綺麗な夕焼けだもん。ちょっと歩こう?」
晩御飯の前に、と付け加える。
時間は分からないが18時を回ったあたりか。この星に来てからというもの、時計を身に着けなくなった。携帯すら持たずに部屋に置きっぱなしだ。海鳴りが、絶えず耳に張り付く。
手ぶらで過ごすのがただひたすら心地良い数週間。
まもなく、このバカンスも終わる。
俺は呑んでいたシードルの瓶をサイドテーブルに置いて半身を起こした。コトリ、と乾いた音がする。
「いいよ。なんだか眠ってしまいそうだった。あんまし気持ちよくて」
デッキチェアからゆっくり立ち上がる。酔いは感じない。南国でだらだらと呑む酒は、身体に回っているんだか回っていないんだかよく分からない。暑さで、呑んだ傍から汗となって蒸発していく気がする。
夕方になっても、熱気を孕んだ空気がまったりと身体に纏わりついてくる。陸にいるのに、まだ体は海の中にいるような、不思議な感覚。
「命のお洗濯ね」
そういう表現が、育ちの良さをうかがわせる。品の良さがにじみ出ることに、アルフィン自身は気づいていない。
俺をしぜんと癒すことも。
「行こう」
俺はアルフィンの左手を把った。手をつなぐ。
俺達は部屋を出てエレベータに向かった。



サンセットビーチは控えめに言って、絶景だった。
海は群青に横たわり、その上に沈んだ太陽の余韻がオレンジに刻まれていた。水平線から空を左右に押し分けるように天の川がせりあがっている。
星屑が頭の上から零れ落ちてきそうだった。
俺は小さい頃から星景色は見慣れているけれど、――宇宙船のコクピットから見る宇宙空間がこの世で最も美しいと思って生きてきたけれど、こうやって地上から見上げる夜空もまた格別にいいということにこのラミナスに投宿してから初めて知った。
海は夕凪。
寄せては返す波打ち際を、砂を素足に纏わりつかせながら俺たちは歩く。
アルフィンの膝丈のワンピースの裾が風に翻る。
片手に脱いだサンダルを持ち、片手で長い髪を押さえながらアルフィンは俺の前を歩いた。まるで平均台の上を進むように、白い波のところを選んでアルフィンはぶらぶらと行く。
すんなりした脚のラインが、宵闇に白く浮かび上がるのを俺は数歩遅れながら見ていた。
俺はデニムをひざ下までたくし上げ、アルフィンと同じ様にサンダルを脱いで手に提げていた。
Tシャツの裾が波しぶきで濡れる。
ホテルづきのビーチなのに、人気はほとんどない。きっと昼間遊び疲れてみんな今まどろんでいるか、夕食の会場に向かう準備をしているのだろう。こんな美しい景色、見ないなんて勿体ないと思うのだが。絶景も、毎日だと日常に紛れる。
アルフィンは、
「休暇が終わっちゃうわね」
ぽつんと呟いた。
風に乗ってその声は俺の許に届く。
「だな。名残惜しいか」
「ちょっとね」
肩越しに笑顔を見せて、そこで、立ち止まる。
俺に横顔を向け、空を仰いだ。
風を受けて、金髪が柔らかくなびく。
「アルフィン?」
彼女はしばらくその姿勢のまま、何かの啓示を受けるみたいにじっと天空を見上げていた。ややあって、視線を俺に向けて静かな口調で話し始めた。
「あたし、こんなに遠くに来るなんて、ピザンにいたとき、思ってもみなかった」
「……」
「世の中にこんなにきれいなビーチがあることも知らなかったし、夕べジョウが見せてくれた流星群だって、あんなにすごいスケールの物があることも知らなかった」
だから、今ここに居るのがなんだか夢みたいに思えるの。アルフィンは言った。
俺は黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。
聞き逃したくなかった。
「クラッシャーになっていなかったら、あたしは今もピザンの宮殿で、高い天井と執事が整えた部屋の中で、何の苦労もなく暮らしてたかもしれない。お父様とお母様に守られて。
……こんな風に、目を離せないくらい美しい世界があるってこともきっと知らなかっただろうな」
アルフィンの瞳は青く澄んでいる。
俺は言葉をなくす。夢の中を行くような足どりで、まさかそんなことを考えていたとは思わなかった。
そこでアルフィンはふっと、気恥ずかしそうに視線を逸らした。
足元ではじける波が白い泡になってふくらはぎにまとわりつく。
爪先をぶらぶらさせて、また前を行く。
「ジョウはいつもあたしに初めてのものをくれるね。――見たこともない、体験したことのない場所に連れて行ってくれる。
いっつもどきどきする。そのたびに、あたし。……ありがとう」
「……無理やり連れだしてるかもだぜ?」
強引に。
俺がしたいことに、俺がやりたいことに君を付き合わせているだけかも。引っ張りまわして。
俺たちの足元を波が静かに浚っていく。
「あたしが行きたいから、いいのよ」
アルフィンが笑う。
「ジョウと同じ景色が見られるのが幸せ」
ねえジョウ、と俺を呼ぶ。
「ちゃんと言ったことなかった。今まで。
ありがとう、ジョウ。あの時あたしを見つけてくれて」
ピザンの叛乱のとき。脱出艇で故国を飛び出し、漂流していたあたしを助けてくれて。
あなたがあたしを発見してくれなかったら、きっとあたしは今ここにいない。こんな、怖いぐらい美しい夜の海辺にもいなかったわ。
不思議ね。
「奇跡みたい。ここに今いることが」
アルフィンは俺に顔を向けた。闇に、すべての色合いが飲み込まれていく時刻だったが、その瞳はきらきらと輝いていた。
「いつか、ちゃんとお礼を言わなきゃって思ってたの。やっと言えるわ。
広い宇宙の片隅で、一人ぼっちで居たあたしのことを見つけてくれてありがとう。ほんとうに、うれしい」
「……奇跡、か」
知らず、言葉が口を突いて出た。
そうなのかもな。
自分達が、気が遠くなるくらい低い確率での出会いだったことを今更ながらに思い知らされる。
でも、と俺は思う。アルフィンに言わなくては。
「俺は奇跡って言葉で片付けたくない。ここにいるのは必然だ」
驚いたようにアルフィンは俺を見た。
「ジョウ?」
「ここに今君がいるのは、君が選んで、行動した積み重ねだ。王女って地位を捨てて、俺の船に来るっていう決断をしたのも。一から銃器の扱いを学んでクラッシャーになったのも。毎日命がけで仕事に向かって苦しい時逃げなかったのも、――どんな過酷な現場からも逃げなかったのも、君だからだ。
奇跡じゃない。ぜんぶ君の力だ」
綺麗な光景ばかりじゃない。ひどく凄惨な、血なまぐさいシーンもいくつも見せてきた。目をそむけたくなるほどの死線を幾度も潜り抜けてきた。アルフィンは語らないが。おそらく片手では足りない。
俺はそのことを知っている。一番近くで君を見ていたから。
「……ジョウ」
身じろぎをしないで聞いていたアルフィンが、肩の力を弛緩させた。
俺はアルフィンの隣まで歩み寄る。さざ波をかき分けながら。
「アルフィンが、自分で自分をここへ、こんなきれいな場所へ連れてきたんだって、俺はそう思う」
「……そうかな」
アルフィンは、涙ぐんでいた。微笑みに涙が混じった。
海風が塩気を含んで俺の頬を包む。
「そうなのかな。……だったら、嬉しいな」
今見えてる景色は全部君が君の力で手に入れたものだ。だから、俺は言う。
「俺は君を尊敬している。ーー世界中の誰よりも」
親父よりも、先人のクラッシャーたちよりも。
君の強さと潔さを、俺はいつもまぶしく見ているんだよ。
初めて打ち明けた。
「ジョウ、それって……愛の告白よりうれしいかも」
アルフィンは声がかすかに震えているのに自分で気づいているのか、いないのか。
「本当か? じゃあ、告白はなしで」
「そんな! だめよ。ちゃんと言って」
「まあ、いつかな」
俺は笑う。
そして俺は彼女に右手を伸ばした。
俺達が手をつなぐのは、俺が右手。彼女が左手。
いつからか、自然とそうなった。
多分俺のほうが彼女の手を握る回数が多いから。利き手を差し出すから。それがなんだかくすぐったい。
けれど今日はそれもいい。
手をつないで、お互い肩を寄せ合って波と砂をはじきながら、俺たちは裸足で歩いていく。
「……なあ、夕べは」
「ん?」
「その、……手荒にして、悪かった。セーブが、できなくて。身体は、平気か?」
「平気よ。……今日は水着にはなれなかったけど。じきに消えるでしょう。キスマークなら」
「……なんだかすまない」
「悪いと思ってる?」
「実は、あまり思ってない。不可抗力だろ」
「やっぱりね! ジョウはそうよねー」
「ごめん」
つないだアルフィンの手を持ち上げ、その甲に俺は口付ける。


――なあ、アルフィン。俺こそ一度ちゃんと口にしなければって思ってた。
王女っていう地位も財産も全部なげうって、安全な宮殿での生活も、穏やかに暮らす保証もすべて捨てて、俺のところにきてくれて、ありがとう。
この休暇が終わればまた命の危険と背中合わせの仕事が始まる。俺はクラッシャーっていう稼業しかできない。それでしか、生きてるって実感を味わえない男だ。
――でも、それでもついてきてくれるか。また。この先も。
そう尋ねたら、君は何て言うだろうか。
きっとこう即答するだろう。
「当り前でしょ、わざわざ聞くのも野暮よ」と。
俺達は波打ち際を歩く。遠くには灯台が見える。黒々としたシルエットを見せて岬にたたずみ、船を導く。
俺にとっての灯台は君だ、アルフィン。未来へと続く道を照らす、揺るぎないひとつの灯。
俺が見つけた。
幾億の星々の中から。


END

「よこしまMermaid」の次の日のお話。
尊敬と信頼が、この二人の間にはあると思います。もしかしたら、愛情よりも。
⇒pixiv安達 薫

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2 コメント

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Unknown (ゆうきママ)
2021-06-23 22:13:03
なんか、雰囲気がいい♡
でもね、言葉にすることも大事だからね。
返信する
まだ夕方の設定ですが (あだち)
2021-06-24 04:25:20
タイトルを夜想曲にしました。
そっちの方が内容に合うかなと。
バカンスのサンセットビーチの雰囲気を味わってくださってありがとうございます。最近、ネットで各国の観光地の写真をつらつらと眺めているのですが(旅行行きたいですねえ)、あまりにも美しい夕景のビーチの写真がありまして。星空の下の黒い灯台の写真も。
そういうところから話が生まれることもあります。
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