背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

【秋は、ロミジュリ】立ち読み その2 (通販限定オフセット本用原稿)

2010年09月23日 06時10分17秒 | 雑感・雑記
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「使い物にならなかったらな、そんときは使い物にするだけだ」


「――ッて言ってたらしいわよ。おたくの隊長。企画会議の席上で」
 柴崎に聞かされて、手塚はますます項垂れた。今更この女の地獄耳に驚くことはない。
 のっつりと、プレッシャーが双肩にのしかかる。
「……無理なんだって。俺、どだい演技とか表舞台向きじゃない」
 日の当たるところには、子どもの頃から兄がいた。優秀で何事もそつなく振舞う兄。自分はそれを誇らしい気持ちで、陰から見守るのが常だった。
 演劇にはとんと興味がなかったが、いざ関わるのなら裏方仕事がよかった。大道具とか照明とか、スポットライトが当たる場所よりも、縁の下の力持ち的な立ち位置がいい。これは、もうもって生まれた性分だというのに。
「あんた、いらなく見場がいいからね。損してるわよねえ」
 柴崎が同情的に呟くが、これは決して褒めてはいないということは分かる。
「いらなくとか言うな。仮にもお前の相手役だぞ」
 てか、相手役、代わってもらえよ。拗ねた気分で言ってみる。
「俺じゃないやつなら、お前だってもっと演りやすいだろ。後一週間もありゃあ本番には間に合うだろうし」
 隊長、じゃなかった、監督に口ぞえしてくれないかと尋ねる。
「えーそんなのお断り。あたしは自分の演技だけでいっぱいいっぱいだもん。あんたが自分で言いなさいよ」
「俺に拒否権はないんだって」
じろ。柴崎が手塚を見やる。座っているため、目の高さが同じだ。
「な、なんだよ」
 じいっと穴が開くほど見つめられる。その視線のまっすぐさに手塚は思わずたじろぐ。
「あんたさ、あたしが他の男とロミオとジュリエット演ってもいいの?」
「え」
「いいんだ。ふうん。あんた以外の誰かと、好きだ愛してるって言って見つめあったり抱き合ったり、舞台でラブラブな演技しても平気なんだ。そうなんだ」
 黒目がちな大きな瞳が、ふたつ手塚に向けられている。
 見慣れているとはいえ、そんな風にじっと見つめられると心が騒ぐ。
 手塚はふいと視線をそらした。
「そ、それは、っ」
 怯んだ手塚に柴崎は畳み掛ける。
「なんでも、最後にキスシーンもあるらしいわよ。台本にはなかったけど。隊長さんが急遽追加したって」
「ほんとか!? 聞いてないぞんなこと」
 目を剥く。
「キ、キスシ、って、」
「ああ、噛まないで。落ち着いてよ。ほら、ジュリエットが眠り薬飲んで仮死状態になるところね。ロミオが死んだと誤解して、教会で毒を呷るじゃない。あのシーンに挿し込みだって」
「まじかよ……」
 台詞を回すので精一杯なのに、よもやキスシーンとは!
 舞台という、公衆の面前もいいところで。
 柴崎と俺が?
 柴崎は手塚から目を離し、練習が白熱する舞台を見やった。
「そうか、あんたはいいわけだ、キスシーン。あたしが他の男としてもなんとも思わないってわけね」
「や、それは……」
 ……思わないわけではない。と、なんとも情けない尻すぼみの声で続ける。
「どうしてもロミオがやだってんなら、きちんと自分の口から申し出なさい。そうすりゃおたくの隊長だって耳を傾けてくれるかもよ」
 柴崎は言って立ち上がった。ジャージの裾をはたく。
「いやいや演ってたって上達なんかしないわよ。傷が浅い今のうちに交替すんのね」
「あ、違うって。別にいやいやっていうのではなくてだな、」
 行きかける柴崎を手塚は追う。タオルで手をぬぐって、汗を拭いてから腕を掴んだ。
「なによ。あたしおトイレいきたんだけど」
「でもなんかお前、怒ってるみたいだから」
 しでかしたか。何か。また。
 窺う手塚ににっこり微笑んで、
「怒ってなんかないわよー? 却って悪いなって思っただけ。来る日も来る日もあたしなんかのお相手をさせられて。稽古ざんまいで。さぞかし毎日苦痛なんだろうなあって思って、申し訳ないわごめんなさいって感じ?」
 ちっとも笑っていない目で矢継ぎ早に言う。見とれるほど美しい笑顔なのに、まるでナイフを突きつけられているように、ぞぞぞぞぞと手塚の背中を何か冷ややかなものが駆け上がった。
「そんな、苦痛とか、そんなんじゃ」
 口ごもりつつ、必死で弁解。しかし、
「いいから離してよ。トイレだって言ってるでしょ!」
 柴崎は手塚の手を振りほどこうと腕を引く。
「柴崎、待てよ。ちょっと話を聞いてくれ」
「何よ、さっきさんざん聞いたじゃない」
「なんか誤解あるみたいだから、もう少し話したいんだよ」
「もう十分よ」
押し問答を繰り広げていると、それを見つけたスタッフが「監督ー!」と玄田を呼んだ。
「なんだ」
 肩越しに振り向く玄田。
「こっちでロミオとジュリエットがガチで喧嘩してます。どうしましょう」
 完璧からかい口調でスタッフが注進する。
「なんだとーっ!」
 聞くなり玄田のこめかみに青筋が立つ。それを見ただけで、手塚も柴崎も直立不動の構え。
「貴様ら、ろくに演技の呼吸も合わないくせに、舞台袖で喧嘩とはいいご身分だな! どういうつもりだ! できるもんなら説明しろ!」
 一喝。
 特殊部隊で慣れっこのはずの手塚でさえ身が竦む玄田の雷。体育館が一瞬にしてしんと水を打ったようになる。
 ただし柴崎だけけろりとした顔で、いつもの口調で玄田に言った。
「手塚があたしとはどうしても演りたくないから、代役立てるように隊長に言ってくれと言うので、キレてました」
「あ、ばか」
 思わず横から手を伸ばし柴崎の口を塞いだ。
 が、時既に遅し。
 ぴきぴきっ。玄田がふたたび爆発した。
「手塚きさま! 柴崎と演りたくないとは言うにことかいて何事か! 満足な演技もできんくせに、降板を願うとはお前はいったい堂上にどういう教育を受けとるんだ!」
「も、申し訳ありませんっ」
 90度の角度に身を折って、平身低頭詫びる。体育館の床の木目をひたすら眺めた。
 こういうとき、誤解です、そういう意味じゃないんですという弁明はタブーだ。火に油を注ぐだけだと経験から知っている。ただひたすら謝る。謝って玄田が落ち着いてから少しずつ事情を話すしかない。
 しかし爆弾はその前に投げられた。
 頭から蒸気を立てたまま、玄田は手塚に命じる。
「お前、寮祭までの向こう一週間。柴崎と恋人になれ」
「――」
 頭が、空白になる。
 思わず倒していた上体を元の位置に戻した。見ると隣の柴崎も虚を衝かれたように目を見開いている。
 周囲のスタッフも皆、怪訝そうに玄田を注視していた。
 玄田は二人に向かって重々しい声で告げた。まるで何かの託宣のように。
「ようやく俺は分かった。お前らに圧倒的に足りんのは、らぶらぶの恋人オーラだ。今みたいにささくれだって喧嘩しとるうちは、真のロミジュリは完成せん。いいか、これは命令だ。今日からお前らは、恋人同士として振舞え。朝から晩まで、稽古の間だけでなく、勤務中も飯時も、風呂の間でもな。24時間体制で、ロミオとジュリエットになりきってアツアツで暮らせ。そうすりゃ手塚も今よりはちったあマシな演技ができるってもんだ」
 いいな、と泣く子も震え上がるおそろしいガンを飛ばす。
 手塚と柴崎が顔を見合わせた。
 ――に、24時間体制で、恋人同士として振舞えって……。
「えええええええええええっ!」
 声がシンクロした。微妙に不協和音となった。
 玄田は冷たく言い放った。
「上官命令だ。拒否権はない」
 かくして、向こう一週間、手塚と柴崎は恋人同士として生活する羽目になったのだった。

(このつづきは、10月発売予定のオフ本「秋は、ロミジュリ」にて)



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