背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

マグカップ

2008年08月21日 06時33分12秒 | 【図書館内乱】以降

「柴崎、ちょっと、ここ覗いていいか?」

となり街の質屋まで出かけ、慧からもらった時計を売り払った帰り。
駅ビル一階のファンシーショップの前で手塚が足を止めた。
「ここ?」
柴崎が明らかに若い女性客をターゲットとした、オシャレな外装のその店の中を覗き込みながら、
「あんたってこういうとこ普通に寄るんだ。意外」
と肩をそびやかした。
中にいる客は間口が狭くてよく見えないが、女子高生が中心だ。あとは色とりどりのミニスカートに身を包んだギャル風の娘も多い。
「誰がだよ。違うって。今仕事場のマグカップが壊れて欲しいと思ってて」
「マグカップ?」
「ああ。笠原が俺のをうっかり割っちゃったんだよ。この前」
手塚が苦ると柴崎は声を上げて笑った。
「あはは、相変わらずそっちでもやってるわねえあの子も。
笠原が割ったんなら笠原に弁償してもらえばいいじゃないのよ」
手塚はふんと鼻を鳴らす。
「まさか、あいつのセンスでカップなんか選ばれた日には、絶対俺に似合わないキャラクターものだの戦隊物だの、見当外れのやつを確信犯的に贈ってくるに決まってる。そんな博打打てるか」
憤然とした口調に、柴崎が肩をゆすって大笑い。笠原が聞いたら激怒するわあと思いつつも、
「キ、キャラものはともかく、せ、戦隊物、は、あんた案外似合うかもよ……」
お腹を押さえ、笑いを堪えるので精一杯だ。
「うるさい。とにかく毎日茶淹れるたびに困ってんだ。いつも客用の湯のみ使ってるのもめんどい。
――だからここに入るの、付き合ってくれ」
は?
一瞬言われたことが分からず、柴崎は素できょとんとしてしまう。
手塚は顎でファンシーショップを指し示す。
「大奥だろ、ここ。選ぼうにも、男一人じゃ、入りづらい」
「――確かに」
大奥は大袈裟だけどね。と思いながらも柴崎は納得。
「あたしをダシにするなんて贅沢、って言ってやりたいとこけど。まあいいわ、つきあってあげる。今日はあんたのお兄さんのお陰で、臨時収入もあったことだし?それぐらいはしてあげないとね」
「~~お前って、ほんとやな女だな」
手塚は鼻の付け根に数本皺を刻んだ。柴崎はふふ、と目だけで笑って脅かす。
「そんなこと言っていいの? 付き合わないわよ」
「あー、すいません、もう言いません。付き合ってください」
「心がこもってない!」
「こもってるだろ、MAXぎりぎりだ」
入り口で喧々諤々、始めそうな気配になって、はっとしてお互い同じタイミングで口を噤む。
通路を行く人々の視線が痛い。
柴崎は乱れた髪を手で後ろに振り払った。
「ったく、しようがないわねえ。参りますか」
マグカップね。
あたしも実は、寮の部屋で使うの、新しいやつ欲しいと思ってたところだったんだわ。ちょうどよかった。
というこっちの事情は、もちろん手塚には伏せておいた。


数日後。
「あれ?」
お風呂を終えて、冷たいものでも飲もうと冷蔵庫からポカリを淹れようと郁がセットしたとき。
薄いきれいな緑色のマグに気がついた。
「柴崎マグカップこれ? 新しいのに替えた?」
あー、うん。
鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かす後姿が答える。
「漂白しても茶渋もう取れなくって。おニューにした」
「へー。……」
郁は自分のマグもその隣に並べながら、
「奇遇だね。これの色違い、使ってるのいるよ。薄い水色のヤツだけど」
「そう?」
「誰だと思う?」
鏡の中から郁が問う。柴崎は「さあ? 小牧教官とか?」ととぼける。
「外れー。手塚。何日か前からかな。気に入ってるみたい。大事に使ってるよ」
「ふうん、偶然ね」
完全なポーカーフェイス。郁には全く気取らせない。
「流行ってるのかなあ、そのカップ。あんたたちが持ってるなんて。
ねえ柴崎はどこで買ったの? まだ他の色とか置いてあるかな」
柴崎はドライヤーをオフにしてコンセントコードを畳む。
「それはもらいものだもん。買った店のことは手塚に訊いてみたら?」
「そっか、そうする」
郁は誰にもらったのとかそれ以上追及はせずに、ポカリ入ったよ、と柴崎の前にコトリとカップを置いた。


……ペアなんかじゃないのよ。
たまたま。ほんと、偶然いいなって思って互いに手を伸ばしたのがそのデザインだっただけで。
どうする? 手塚を見上げたら、少し考えてたけど「これにする」ってレジに持っていった。
あたしの分も。
いいの? と訊いたあたしに手塚は「付き合ってくれたから。礼」って素っ気無く言いすたすたとレジに向かった。生真面目に店員に「あ、包装はいいです」と言ってるのが聞こえて、らしくて少し笑った。


……笠原ってさ、案外聡いとこあるのよ?
帰り道、一応予防線張ったほうがいいと思ってそう忠告してやった。
そうか?
うん。
でも、気に入ったから。使う。
手塚はそう言った。

……あたしも。

それきり会話は途切れた。
電車に揺られ、寮まで戻る時間、特に話題を見つけることもせず無言だったけど、気まずいとか退屈とか全然思わなかった自分が柴崎は不思議だった。


笠原、気がついたよ。やっぱり。マグカップに。
明日あんた、なんて答えるのかしらね。
あのお店のこと、教える?

ポカリの冷たさを喉に感じながら、柴崎はぼんやりそんなことを考えていた。

fin.
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3 コメント

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郁はもしかして、 ()
2008-08-21 22:26:50
何か気づいているんじゃないかと思う気も…。

でも、この時期は自分の恋愛でいっぱいいっぱいか… そっか。
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はじめまして (YOU)
2011-02-10 13:47:19
安達薫様。
はじめまして、YOUと申します。
もともと活字中毒なのですが、
去年の後半から図書館戦争を読み出したらすっかりハマって別冊Ⅱまで一気読みし、それでも飽き足らず、二次創作なる世界があるのを初めて知り、PCの中をさまよって、こちらのページまでお邪魔した次第です。
堂上×郁は沢山見るのですが、手塚×柴崎は、なかなか見る機会がなく、すごく嬉しいです。
このお話、「あの後、ホントに時計売り払って、そんなエピソードが!!」と、おそろのマグカップに郁が気づいたあたりでは、ニヤニヤしてしまってたまりませんでした。
これからも、すてきなお話読ませていただけたら幸いです。
返信する
初めまして (あだち)
2011-02-11 11:55:40
>YOUさん
以前書き込みをくださった「憂」さまと同一の方ですか??? 違ってたらごめんなさい。
ご丁寧なごあいさついたみいります。メールも有難うございました。今後とも末永くお付き合いさせてくださると嬉しいです。
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