今年も、雨

「今年も雨ねえ」
寮の共有スペースのカーテンを開けて、何を言い出すかと思いきやそういや今日は七夕だったなと思い出す。
「本当だな」
「毎年雨よね、この日って」
気の毒がるでもなく、空から白い糸を引いて地上に降る雨をじっと見やる柴崎。
その横顔からはなんの表情も読み取れない。　
手塚は、
「増幅するのかな、天の川も」
と言った。
柴崎は、「あんたってほんとロマンティックじゃないわよね。あたしと夜空見上げてそんなこと言う男も珍しいわ」と斬って捨てた。
「じゃあなんて言えばいいんだよ」
「なんも言わなくてもいいわよ。あんたにそういうこと期待してるわけじゃないから」
どうせな。若干不貞腐れ、手塚は腕を組む。
柴崎は黙って風呂上りの濡れ髪を背に流した。
何か気のきいた会話をと話題を探して思いついたのは例のことだった。
「……そういや昼間上官に来年転任希望あるかって言われた」
「転任？」
そこで柴崎が窓から目を離し、手塚を見上げる。
県外の図書隊からの引き抜きは多い。優秀な人材を地方は渇望している。
「あんた、希望出すの」
「いや。そのつもりはないって答えた」
東京を離れるつもりはない。今のところ。
家のこともあるし、何しろこの女がいるのは武蔵野基地だ。
「……なんだ」
柴崎は声音も変えず、「希望だすんならそっちの特産物しこたま送ってもらおうとしたのに」と可愛くないことを言う。
「どうせお前に取っちゃその程度だよな」
俺なんて。ますますやさぐれる手塚。
分かってるけどな。
「拗ねないの。あんたはずっとこっちにいたら。んで、ゆくゆくはあたしと基地指令の座を競うのよ」
「なんだよその大仰な野望は」
「だってライバルがいないと張り合いがないんだもん」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
「あら、冗談だと思う？」
「う……」
言葉に詰まる。
そんな手塚を面白そうに見やりながら、ふっと表情を和らげて柴崎は言った。
「ほんとに、こっちにいれば？　あたしはさ、毎年、この日にあんたとここでこうやって【今年も雨ねえ】って言い合うのを割と気に入ってるんだけど」
そこで、見とれるような美しい微笑を目許に浮かべる。
……ああ、そうか。
「……そうだな」
俺もだよ、とさらっと言えない自分はヘタレだ。
でも今はこれでいい。
優しい雨音に包まれ。この女と肩を並べて。
雲に遮られて見えない星の中の二人が、今宵も会えないとしても。
「雨、止まないね」
「明日も続くな、きっと」
雨雲が視界を塞ぐ空を、柴崎と手塚は同じ角度で見つめ続ける。


２０××年七夕の夜。今年も雨。

fin.

（ひっさびさの表の更新で書き方を忘れてました・汗。でも楽しんで書けました。
七夕で何か書きたくて思い浮かんだのはやはりこの二人でした。手柴には雨が似合います）


web拍手を送る