背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

今夜は聖夜【6】

2011年11月22日 03時13分41秒 | 【図書館危機】以降

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柴崎は閉めたドアに背を預けて、はあと息をついた。
緊張した。手塚と二人きりになるなんて、予定外だったから。
……いい身体してた。
毎日過酷な訓練に晒されてる、無駄な肉のないきれいな身体だった。骨格も、筋肉のつき具合もかなり自分好み。
手塚が服の下にあんな宝物隠し持ってるなんて、なんだか悔しい。
柴崎は手塚のシャツに顔を埋めた。
……手塚の匂いがする。
「男くさ」
 呟き、頬を緩めた。
 いったいなんだって、あたしの部屋に来てだなんて言ったのか。あの場面で。
 手塚にかぶりつき、本気で歯を立てていた。あのひととき、あたしの頭に一条の光みたいにさっとその考えが差し込んだ。
 だから咄嗟に囁いた。追いかける振りして、あたしの部屋まで来てと。案内するわと。
 手塚は瞬時にあたしに合わせて、従ってくれたけど。
 正直当惑しているだろう。なぜここに呼ばれたのか疑問に思っているはず。
 でも、あたしもよく分からないのよ。ほんとのとこ。
 今はシャツを洗うという口実をなんとか見つけられたけど。それはあくまで後付けの理由だ。
 単に逃げ出したかったのかもしれないと柴崎は思う。
 馬鹿げた仮装パーティー。意味のない会話。酒臭い息遣い。
 出るからには愉しまなきゃねと言いきかせ、あれこれ郁や毬江に準備もしてやったけど、正直パーティーなんか苦手だし嫌いだ。
クリスマスだなんだと浮かれるこの国の風潮も嫌い。この時期は本当に早く過ぎ去ってほしいとさえ思う。
そういう諸々が一気に吹き出たのかもしれない。手塚に八つ当たりして、掻き回した。
あの男なら、受け止めてくれる気がして。
……だめだなあ、あたし。
柴崎は手塚のシャツに顔を押し当てたまま凹んだ。
その背中、ドア越しに彼の声が聞こえた。
「あ、雪だ」
ふわっと、粉雪が肩に降り積もるような静かな声だった。


雪だ。
雪が降り出した。
そのことを毬江は小牧のベッドで知らされる。
バニーの衣装は脱がせてもらえない。着たままで、彼の手のひらが意地悪を仕掛けている。さっきからひっきりなしに。
「ん……」
「……」
 興奮を押し隠したキスに、二人は溺れていく。
 冬だけど、こんな露出の多い格好をしているけれど。
 毬江は思わず身震いした。
「寒い?」
 そこで唇を離し、気遣わしげに小牧が顔を覗き込む。
 ううん、とかぶりを振って毬江は、
「暑い。熱いの。幹久さんの手のひらが」
喘ぐように言って、肩で大きく息をした。
小牧は更に彼女をまさぐる。指で手のひらで、彼女の体温を高めていく。
窓が結露しそうなほど息遣いをお互いに乱しながら、愛撫とキスを交わす。
二人の目には夜を彩る雪はもう目に入らなかった。


郁が苦しそうに寝返りを打つ。
子供のようにううんとむずかった。
ベッドの端に腰掛け、眠る郁をずっと見守っていた堂上がその顔を覗き込む。
ひどく苦しげな表情をしている。うなされているようだ。
悪い夢でも見ているのか、それとも体調が悪化しているのか。
起こしたくはなかったが、堂上はそっと郁に声をかけた。
「おい、大丈夫か」
 郁は目を閉じたままかぶりを振る。
「……喉が、渇いて」
 擦れ声でそれだけ言った。
「何か飲むか」
 訊くと、こくこくと頷くものの起きだす気配は見えない。熱のせいでぐったりしている。
 堂上は郁の背に腕を差し込んで、上体を起こしてやった。ローテーブルに置いておいたポカリのボトルの封を片手だけで器用に開けて、口許へ運ぶ。
「ほら、口開けろ」
 促すと、郁が半開きに唇を開けた。ポカリの飲み口をゆっくりと含む。その表情がなんだかとても扇情的で、堂上は目を逸らした。
 こくっこくっと喉許がいい音を立てて、やがて郁がふうと長く息を吐いた。
「おいしい。でも、ここ、暑い……」
 半分起きているけれども脳みそは眠っている。そんな感じで、言葉にはどこか力がない。
「それはお前自体が熱いんだ。自家発熱してるんだから」
 部屋は適度に暖房がかかっている。郁の身体をまたベッドに横たえてやりながら、堂上が言った。
 郁は依然寝ぼけた様子で、「熱いよう。汗が気持ち悪い」とむずかる。布団に突っ伏していやいやをした。
 堂上は困った顔を見せた。
「やっぱり病院に行ったほうがいいかもな。急患受付してもらうか」
 すると郁は子犬のようにプルプル頭を振って、「ここがいいです」とそこだけきっぱり言った。
「いいって……」
「堂上教官の部屋がいいです。このベッドがいい」
 カンペキ寝ぼけてるな、こいつ。いや、熱にうかされてるのか。
 強引にでも外来に搬送したほうがいいのか、それともこのまま置いておくか、堂上は判断に迷う。今のところ体温を下げるため身体が発汗作用に入っており、大事ないようには見えるが。
 素人判断じゃなあ。
 いくら医師のカッコしてたって、こちとら専門外なんだぞ。診察なんてできるか。
「あたしを診てください」という郁のおねだりに応えようと胸をときめかせていた自分を恥じるように内心呟く。
そんな堂上に、郁はうわごとのように呟いた。熱にくぐもった声で。
「教官……、熱い。これ、脱がせて」
 堂上が顔を強張らせる。
「え?」
 ナースのハイカラーの制服の襟元に指先を突っ込んで、苦しそうに顔を歪めながら郁が繰り返した。
「首が締め付けられてやだ……。ストッキングも蒸れて気持ち悪い」
 脱がせてください。
 郁は駄々っ子みたいにそう繰り返し、堂上をいっそう凍てつかせた。


 自室に戻った柴崎は、部屋の中に立つ手塚を見てどきっとした。
 長い黒のマントを羽織って佇む姿はまるで絵から抜け出した吸血鬼そのものだったから。
 エクステンションに眼帯という、幾分やさぐれたヴァンパイアではあったものの。
 やはり上背があるほうが、マントのシルエットがきれいだ。そんなことを思いながら無理に彼から視線を離す。そして、
「……戻ったわ」
と告げる。言わずもがなのことを。
「ああ」
「部屋に干しておくわね。乾いたらアイロンかけて返すわ」
「サンキュ。でも、俺、もう会場には戻れないな」
 着る服がないよと笑う。
「……ここにいれば。今夜は」
 勝手に口を突いて言葉が溢れた。
「……」
 手塚は聞こえたのに、黙って柴崎を見つめている。まるで今の言葉の真意を確かめるようにまばたきもせず。じっと。
 沈黙を嫌い、柴崎が窓辺に寄った。彼の視線から逃れるように。
カーテンを閉じようと手を伸ばし、外の景色に目をやる。
「雪ね」
 まだ淡雪が舞っている。ひらひらと、さくら吹雪みたいに。
 夢の欠片が降っているみたい。と、そんなことを思う自分が柄にもなくて柴崎は気恥ずかしくなった。
「ああ。さっき降り出した」
「イブに雪だなんてロマンティックね。なんか仮装してばか騒ぎするのが勿体無いと思わない?」
こんな素敵な夜は、ひっそり静かに過ごすほうがいいに決まっている。少なくとも自分にはそっちのほうが向いていると思う。お気に入りの本を紐解くのもいいし、好きな映画のDVDを部屋で見るのもいい。
郁と一緒に、暖房で暖めた部屋でコタツに入って。冷たいアイスでも食べながらお喋りするのもいい。
もちろん、好きな男とお酒を飲み交わすのもありだ。貴腐ワインとか飲りながら。
コスプレパーティーなんてのに出るのよりは、そっちのほうがずっと、ずっといいのに。
窓枠に両手をかけて夜の街を見下ろしている柴崎の背後に手塚が近づく。足音は立てない。
マントの裾が、彼の歩調に合わせて揺れた。
柴崎の背後に立って、同じように窓の外に目を凝らす。
しばらく二人、そこで降る雪を見つめていた。
階下の嬌声が聞こえる。でも、どこかさっきよりも遠い。喧騒が耳につかない。フィルター越しに見る景色のようにぼんやりとしている。
雪に浄化されたせいかしら。柴崎はそんなことを思う。
「ここにいてもいいのか、俺」
 手塚が尋ねる。
 夜の窓に自分たちの姿が映し出されている。
 マントを脱いでブラウス姿になった柴崎と、黒衣を纏って彼女の背後に控える自分と。
 これじゃまるで、立場が逆転だな。手塚はそんな風に思う。
 深窓の令嬢に忍び寄る、俺が吸血鬼みたいじゃないか。
 柴崎は窓の外に据えた目を離さず、返した。
「そうね。剥いちゃったからね、あんたの洋服」
 乾くまでいれば? そんな風にしか言えない。
 ここであんたに「いてよ」って言えれば、今よりは少しは可愛いげのある女になれるのにね……。
手塚はそっと柴崎の肩に両手を載せた。
どくん、と柴崎の心臓が跳ねる。
手塚は柴崎の背に身を寄せ、その細い肩に屈みこむ。
「……お前、そんなこと言っていいのか」
手塚の声がしずかに耳元に降ってくる。
「まさかこんな時間に二人きりでいて、それだけで済むと思ってやしないよな」
 昼間の光の余韻を湛えたような、温かさ。肩に置かれた手が手塚のぬくもりを伝える。
 背中に全神経が集中する。手塚の呼吸をうなじに感じる。
 あ……。
柴崎は何か目に見えないものに縛られたように身動きがかなわなくなった。

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2 コメント

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どうしましょう (たくねこ)
2011-11-23 00:45:56
にやにやが止まりません…
あぶない人となってます。
聖夜という響きからどんどん遠ざかる自分が見えます…
返信する
だいじょうぶ! (あだち)
2011-11-23 01:51:35
書いている本人がいちばんあぶない人ですから。汗
私もタイトルつけ間違ったかなと思う今日このごろですすみません。。。
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