背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

2021年07月28日 17時41分06秒 | CJ二次創作
今まで自分では傘など差したことがない。
ということが判明したアルフィン。
「ホントに?」
「ええ。日傘はあるけど……ファッションで」
「ほんとにないのか? 一度も?」
「たぶん。出かけるときはどんな近場でも殆どリムジンだったし、公務で雨に降られてもおつきの者が必ず差しかけてくれたしね」
ジョウは片方の眉を跳ね上げて見せた。
「さっすが、お姫様」
「でしょ?」
ともすれば生まれや育ちの差が頭をもたげてきそうになるとき、ふたりはそれを上手にかわす術を身につけていた。
わざと揶揄するジョウと、謙遜せずに堂々と肯定するアルフィンと。
しかし、そういう子もいるんだな……とジョウは驚きを隠せない。天然記念物なみだ。
「じゃあ自分で選ぶのも買うのも初めてなんだ。これが」
「そうなるわね」
アルフィンは陳列棚に向き直った。色とりどりの傘が、寸分の狂いもなく整然と並べられている。
にわか雨に降られて慌てて飛び込んだ先が某大型ショッピングモールだった。ふたりと同じように雨宿りをしようと、いままさに飛沫を上げて自動ドアから飛び込んでくる客の姿も見える。
ひしめく人々の湿った髪から、シャンプーや整髪料の匂いがわずかに立ち上る。
アルフィンが彼らの間を優雅にすり抜けながら、お目当てのものの品定めをする。
濃色から淡色まで計算しつくされ陳列されているので、見ようによっては傘というよりも、虹色より更に細かく色分けした、うつくしい色鉛筆を壁一面に広げているようだった。
「君が傘を選ぶ基準は?」
「んー、そうね」
あごに人差し指を当てて、見目麗しい傘のグラデーションの前を行ったり来たりしながら、アルフィンが答える。
「色がキレイで、軽くて持ち易くて、デザインが素敵なやつかな」
さすがは好みもうるさい。
「ジョウは?」
「俺か? 俺は別に何でも。頑丈で雨が凌げれば」
っていうか、俺も傘なんて普段差さないし。ひとりじゃ。
「味も素っ気もないわねェ」
予想していたとはいえ、ため息が漏れる。
「だって傘だぜ」
「されど傘だわ」
目と目が合う。ふっとどちらからともなく視線が和らぐ。
「だけど.……」
「うん」
「最優先するのは、ね」
「うん」
「あたしたちが一緒に入れるサイズかってことと、あなたが持ち勝手がいいかどうかってことよ」
聞いて思わずジョウの相好が崩れた。
「俺が持つのか」
「当たり前でしょ」
ぱちん、とジョウの腕をはたいた。いてて、と顔をしかめつつジョウは、
「じゃあこれなんかどうだ?」
柄と持ち手の部分が白い、ミッドナイトブルーの傘を取り上げた。それは夜空のような色合いでもあり、深い海の色のようでもあり、何より差したときアルフィンの艶やかな金髪が美しく映えるに違いなかった。絶妙のチョイス。
アルフィンは満足げに頷いた。
「ん!  素敵ね。決まり」
「お眼鏡にかなって何よりです」
恭しくジョウが頭を下げる。それから連れ立ってレジに向かい、キャッシュでそれを買い求めた。
「すぐ使うんで、タグを切ってください」
店員に頼んで、そうしてもらう。
デパートを出て、本格的に泣きだした空を見上げた。さっきよりも雨脚が強くなっている。
軒下に立っているだけでまつげが濡れてしまいそうなほど、雨の勢いが強い。
「デートの途中雨に降られるなんてついてない、って思ってたけど。そんなに悪いもんじゃないわね。
雨音が街を満たしてる。空気がきれい」
「ほんとだ」
ぼん、とワンタッチで買ったばかりの傘を開きながらジョウが頷く。
思った通り、濃紺のそれとアルフィンの金髪とのコントラストが見事だった。ベルベッドを思わせる上質な闇夜に彼女がすっぽりと包み込まれているようで、思わず目許が緩んでしまう。
「じゃあ、少し歩くか」
「うん」
差し掛けた傘に、アルフィンが入る。びたりとジョウに身を寄せて、腕に腕を組んだ。
必要以上の密着ぶりに、ジョウが「お、おい。くっつきすぎ」と焦る。
「いいじゃない。こんなにおっきな傘だもの、誰にも見えないわよ。
こんなことしても、きっと大丈夫よ」
と言って、アルフィンは爪先立ちになり、ジョウの頬に軽くくちづけを刻んだ。風がかすめていったようなキスだった。
傘を持ったまま、ジョウは硬直した。そして、
「行くぞ」
照れ隠しのためか、大股で雨の中に踏み出した。
「あん、待ってよ」
小走りでアルフィンが追う。すぐに追いつき、またするりと腕を絡めた。
「濡れちゃうじゃない。置いてかないでよ」
「じゃあ不意打ち禁止。心臓に悪い」
「それならたまにはジョウがしてみてよ。不意打ちでもなんでもいいからさ」
アルフィンは面白くなさそうに口を尖らせた。
「わかった」
ほら。と傘のもち手をぐいと突き出され、反射的に彼女は受け取ってしまう。
軽いけれどすぐにバランスが取れなくて、両手で持ちながら重心を探していると、不意に目の前が陰った。
と思うと、唇に乾いた感触。さらりとしたキス。
そう気づいたときには、目の位置に屈みこんだジョウがもう身を起こすところだった。
アルフィンは言葉を失くして彼を見上げた。
ジョウは、
「大丈夫。誰も見てない」
明後日の方を向いて、ぼそっと呟いた。
それからアルフィンの手から傘を取り上げてまた自分が差しかけてやる。真っ赤になって俯いているアルフィンを見て、ふっと目もとを緩め、
「君に」
と言いかけた。
でもためらいが、彼の口をふさぐ。
結局言葉を飲み込み、
「行こうぜ」
と促した。
「ーーん」
胸がいっぱいで、アルフィンは彼の腕に手をかけるので精一杯だった。
きゅっと皮のジャンパーに指を立てる。
ジョウは歩調をアルフィンに合わせてやりながら、今飲み込んだ言葉を心の中でなぞる。
ーーアルフィン。君に傘を差しかける男は、死ぬまで俺だけでありたいよ。
ぱらぱらと、雨粒を傘に弾かせ街を横切って行きながら、ふたりは幸福な気持ちにそっと塗りつぶされていった。

Fin

台風一過の夜に。
⇒pixiv安達 薫

コメント (3)    この記事についてブログを書く
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3 コメント

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Unknown (おすぎーな)
2021-07-28 22:07:12
投稿ありがとうございます😆
只今、私の住まう地区が、大雨の後の停電中でございまして💦タイムリー!!
ムシムシと暑い中、こちらの、いちゃこらカップルのお話に癒されております~😁
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停電のニュースを拝見しました (あだち)
2021-07-29 05:36:58
お大事になさってください。ライフライン、途切れると大変ですよね。お察しします。復旧なさっていますように。
短いのを連投しています。が、そろそろCJの連載もよいですね。
返信する
Unknown (おすぎーな)
2021-07-29 08:04:14
お見舞いありがとうございます🤗
めでたく復旧いたしております💨
冷蔵庫の物は氷以外はなんとか無事でございました!氷もムシムシて寝られず、緊急かき氷🍧を開催して、あらかた消費できたので良かったです😁
わーい🙌CJの連載開始宣言ありがとうございます!楽しみにしてまーす😆
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