背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【最終話】

2009年09月25日 21時38分03秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


【15】


「おはよう」
「おはようございます」
あくる日。未明。
台風一過。昨夜の大雨は夢だったのだろうかと首を傾げたくなるほど、すかっと晴れやかな朝だった。
待ち合わせの時刻は、出勤時間より三時間も前にセットした。場所は、片腹が路肩に落ちたバンの前。ホテルのフロントに堂上が頼んで、今JAFを呼びつけたところだった。
生乾きの服に着替え、眠いのをこらえつつ集った四人。なんとなく気まずくて、目が合わせられない。くすぐったいような微妙な雰囲気が漂う。
「あー、疲れは取れたか。体調は」
いちおう、上官という立場で堂上が手塚と柴崎に声をかける。
うっわ、すっごいわざとらしいんですけど。郁は、心の中で突っ込みを入れる。
「大丈夫です。ね」
「ああ」
同室で一晩過ごした(はずの)柴崎と手塚は、特に変わった様子は見られない。こちらから話しかけるといらぬ地雷を踏んでしまいそうなので、郁は黙っていた。
ただ、よく見ると柴崎はうっすらと化粧をしている。こんな朝早くだってのに。郁は柴崎との女力の違いを見せ付けられ、とほほと思う。この女は、もう、そつがないったら。
あたしも口紅くらい引いてくればよかった。そう思いつつ夫を窺うと、堂上はバンの周りを歩いて下を覗き込んで、点検に余念がない。
話し相手もおらず、郁は仕方なくすっかり凪を取り戻した海に目をやった。
波音が、郁の耳を繰り返し掠めては遠ざかる。
「静かだね」
思わず呟くと、ガードレールにもたれて同じように海を眺めていた柴崎も、
「ほんと」
と言った。
「朝の海なんて見たの、何年ぶりだろう」
手塚が呟いて柴崎の隣にそっと並ぶ。郁は二人を見た。
曙光を受けて、手塚と柴崎の顔がほんのりと朱色に照らし出されたていた。二人の後ろには明け染めていく空の青が浮かんでいる。
同じ海の方を向いた顔の輪郭が、朝日に包まれて淡く輝く。
佇むだけで何も言葉を交わさない手塚と柴崎だったが、寄り添う姿から、目が離せなかった。海を見つめる彼らを見ているだけで、なんだかしんと澄んだ、神聖な気持ちになっていく。
まるで今、この瞬間から朝が生まれ出るみたいだ。
「……きれいだね」
思わず口にした言葉を、手塚も柴崎も、目の前に広がる光景の感想だと思ったらしい。
「お前でも、景色を見てそんな風に思うことあるのな」
手塚がまぜっかえす。郁は、がくっと項垂れた。
そしてがばっと顔を上げたかと思いきや、
「なにおーっ、当たり前でしょう。あたしにだってねえ、人並みに情緒ってもんが備わってんだからね」
牙を剥いて手塚に噛み付く。手塚は慣れたもので一向に動じない。
「朝早いんで、おなかすいた、くらいの感想しかもたないと思ってた」
「う、言うな。思い出させるな。必死で空腹を紛らわせようとしてるのにー」
郁は自分のお腹を押さえる。今にも鳴り出しそうだ。辺りにはコンビニもないので買出しもできるはずがなく。昨夜、ホテルのルームサーヴィスで食事を採ったきりで、今朝は何も口にしていない。
「あんたたちだって何も食べてないんでしょ。お腹空かないの」
「俺はあまり。お前は?」
「あたしも特には。我慢できないってほどじゃないわね」
ふうん。郁は美男美女は、空気でも食ってりゃ満足なのか? と首を捻る。
柴崎は手塚を郁に気づかれないようにそっと見上げた。
――なんだか胸がいっぱいで、お腹のことまで頭が回らないみたい。
そう心の中でこっそり付け足してみる。
そこで、堂上が声を上げた。
「お、来たぞ。救いの主が。――こっち、こっちだ」
見ると、JAFの牽引車が海岸を飛ばしてこちらに向かってくる。堂上は左手を上げて、大きく左右に振った。腕時計が朝日を反射し、きらりと光った。


エンジンをかけ、車に異常がないことを確認して、堂上はバンを発進させた。あとはひたすら武蔵野基地目指して海沿いの道を駆け抜ける。
運転席には堂上、助手席に手塚、そして後ろに郁と柴崎という配置だ。さっき、ようやく見えてきたコンビニで朝食も買い込んだ。食べ物を口にすると、やはり生き返ったような心地がした。
「この調子なら始業まで余裕で間に合いそうだな」
立場上、遅刻のことを一番気にかけているのは堂上だった。声に安堵が滲む。一応、さきほどようやく圏外から脱出した際に、携帯で事情は玄田に説明してあるとはいえ。
「なんだか朝からドライブに出かけてるみたいで楽しいね」
おにぎりを頬張りながら、郁が上機嫌で言う。
バックミラーでそんな妻の顔を眺め、堂上は苦笑した。
「お前は天下泰平でいいな」
「だってこの焼きタラコのおにぎり美味しいよ。篤さん、半分あげる」
「こら、運転してる最中に物を後ろから渡すな。手塚、中継してくれ」
「了解」
後部と前部座席との間でやりとりがある。そのとき、柴崎が言った。
さらりと自然な口調で。
「光、悪いけど、お茶取って」
えっ。
思わず咀嚼せずに飲み込んだ郁。ぐ、っとごはんの塊が喉を圧迫しそうになってたまらず咳き込む。
「ああほら。――なんだ、笠原、大丈夫か」
手塚が後部に顔を巡らして、苦悶する郁を見、眉を寄せた。
「●×△☆!!~~~~むぐぐ」
派手に咽る。見かねた柴崎が隣から腕を伸ばして郁の背中をさすってやる。お茶のペットボトルを郁に渡した。
「何やってんのよ。これ飲んで、はい」
だって、だって!
声にしたいけれど、できない。死にそうな苦しみの中、郁は必死で叫ぶ。
だって今、あんた、光って言った。確かに言った!
あんなにふつーに……。き、昨日まで苗字呼びだったのに……。いきなり。
堂上は気づいているのかいないのか、相変わらずのんびりした表情でハンドルを握っている。ミラーにその顔が映る。
手塚は……と目をやると、フロントを向いて顔つきまでは見えない。でも、心なしか、耳が赤いような。んん?
柴崎がうっかり言い間違えたのかな。本人も気づいてないとか……。横目で柴崎を窺う。と、もろ目が合った。
わ。
郁は焦る。柴崎は自分の心の中を読んでいたのだとその目を見て分かった。名前呼びに気づいてあたふたしたの、完璧にばれてる。
柴崎は、そこで優雅に片目だけ瞑った。あでやかにウインクを決める。
郁の心臓がどきんと跳ねた。――こ、こいつ……。
言い間違いなんかじゃない。確信犯だッ。
わざと、あたしの前で名前呼びしたな。あたしが気づくと知ってて。
――んもおおおっ。
つい顔が笑う。茶目っ気たっぷりの柴崎を郁は肘で小突く。もちろん手加減して。
くすくす笑って柴崎も同じように肘で返してくる。後部座席はかすかな笑い声で包まれた。
「なんだ? 楽しそうだな。何かいいことでもあったか」
ミラーを通じて堂上が訊く。
郁は柴崎と意味ありげに目を見交わしてから「なんでもなーい」と返した。
なんでもないことないだろ。そう言い返そうとした堂上の携帯が鳴る。運転中なので、「手塚、見てくれ」と片手で放った。
ディスプレイを見て手塚が「小牧一正からです」と言った。
「代わりに出てみろ」
「はい。――もしもし、手塚です。はい、堂上一正は運転中で。……ええ、あれから色々とありまして、結局泊まりで。はい」
かいつまんで昨日の事情を話している。ややあって、手塚が振り向いた。
「毬江ちゃんが、少しお前たちと話したいって」
「毬江ちゃんが? ほんと? 出る出るっ」
堂上の携帯をひったくる様にして郁が取る。
「もしもし? 毬江ちゃん?」
「笠原さん」
思ったより明るい声だ。郁はほっと胸をなでおろす。柴崎も郁が使う携帯に耳を寄せた。
「よかった。元気そう。どう、身体の具合は」
「平気です。ご飯もたくさん食べました。検査もきっと大丈夫だと思います」
「ほんと~。そっかあ、そうだよね、きっと。一足先に帰ってみんなで待ってるから、ゆっくり小牧一正と帰っておいでよね」
「はい。あのう、実はどうしてもみなさんに話したいことがあって。無理言って幹久さんに携帯で電話してもらったの」
「話?」
郁がきょとんとなったところで、携帯を柴崎が取り上げる。
「替わって。もしもし、あたし。柴崎です」
「柴崎さん、おはようございます」
「おはよ。元気そうで安心した。ところで話ってなあに?」
そう向けると、毬江は少し逡巡する気配を見せた。それから、一語一語、明瞭になるように懸命に発音する。
「あのう、あたしがこんなことになっちゃって、もしかしたらみなさんもう海なんてこりごりだって思ってませんか? それがどうしても気になってしまって。
昨日、事故なんかに遭ってしまってほんとにごめんなさい。楽しい時間に水を差したみたいになっちゃって反省してます。――でも、楽しかったですよね。海。みなさんと一緒に昨日海で過ごして、あたし、すごく楽しかったんです。だから今回限りでナシとかにしないで、来年もまた行きましょうね。その次の次の夏も、また誘ってくださいって、それだけどうしても伝えたかったんです」
毬江は自分の力で最後まで言い切った。
きっと今彼女の隣で小牧が微笑んでいる。それが携帯越しに伝わる。
柴崎は携帯から耳を離し、車内の面々を見渡した。みな、柴崎と毬江の会話に耳をそばだてていたのだ。
柴崎はそこでにっこりと笑った。最上級の笑みを浮かべる。
「海にまたみんなで来ようって、毬江ちゃんが。来年も、その次も一緒に」
手塚が目元を緩める。堂上と郁が、声をそろえて言った。
「もちろん!」

Fin.
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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お疲れ様でした。 (セラフィム)
2009-09-26 00:26:10
柴崎の名前呼びは読んでるこっちが気恥ずかしくなりましたよ!
それに、毬江ちゃんの台詞にもとても感動しました

連載お疲れ様でした。

次回作にも期待しています!!
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お疲れ様でした! (たくねこ)
2009-09-26 08:48:07
そこで名前呼びするかっ!!しかも確信犯!さすが柴崎!!
最後の最後まで楽しませていただきました。ありがとうございました
返信する
Unknown (あっちゃん)
2009-09-26 20:54:34
はじめましてm(_ _)m
いつも楽しみながら読ませていただいてました★
そしてお疲れ様ですo(^-^)o
終わっちゃうのは寂しいですが次回作楽しみにしてます!

さっき使い方わからなくて変な所に書いちゃった?かもしれません…すみません↓
返信する
ありがとうございます (あだち)
2009-09-27 09:24:35
>セラフィムさん
帰りの車で手塚に柴崎を名前呼びさせて、それを郁が突っつく、という流れにしようと思って書いてたんですがいつの間にか、柴崎が…
あれれ? と思いましたが、流れるままに書き上げました。
毬江と小牧も最後に絶対出したかったので、目に留めてくださってありがとうございます。

>たくねこさん
たぶん、柴崎が呼びたかったんでしょうね。郁の前で。
いろいろ含んだ「光」ですいません。照

>あっちゃんさん
初めまして。コメント有難うございますv
拍手コメントも届いておりますです。これからもよろしくお願いします。

拍手、そして拍手コメントたくさんたくさん、みなさま有難うございます。大感謝です。
返信する
お疲れ様であります。 ()
2009-10-06 20:42:31
初コメであります。
楽しく読んでいます。
返信する
初めまして (あだち)
2009-10-07 14:39:03
コメントありがとうございます。足跡とっても嬉しいです。>侑さん
今後ともよろしくお願いします。
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